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大賢者の末裔  作者: 理想久
第三章 魔術師の宿題
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剣を持つ事と、揮う事は全くの別物である。

 

 ■◇■


「…………」


 フェイムが見たもの。それは道の真ん中でうつ伏せで倒れている少女の姿だった。

 周囲には大量の袋が撒かれており、角ばった中身が浮き出す程に中身が詰められている。

 一言で言えば、理解出来るが理解し難い状況だった。


 だがフェイムは無視も出来ない。

 周囲に居る人は関わりたくないのか、少女を避けて歩いている。

 彼女がそのまま通り過ぎれば、少女はこのまま放置されかねないからだ。


「あの、大丈夫ですか……?」

「ん?あぁごめんねぇ。大丈夫大丈夫。見ての通り、ちょっと買い過ぎちゃっただけだから。転んだけど物は守りきったから無問題だ」

「ちょっと……?これが……?」

「うん。ちょっとだよ、ちょっと」


 ちょっと。その言葉を素直に信じる程、フェイムは世間知らずではない。

 金銭感覚は少々ズレているフェイムではあるが、目の前の光景が決して『ちょっと』で済むものではない事位は理解出来る。これが『ちょっと』ならフェイムの部屋の物の数なんて、数える程も無いという事になってしまうだろう。


 そして少女は起き上がり、少しだけフェイムの顔を見つめた後、微笑んだ。


「声をかけてくれてありがとうねぇ。君の優しさに感謝しようか」

「いえ……私は何も。お怪我も無いようですし」

「道端で転げている人間を放っておかないのは間違いなく優しさだよ。謙遜しなくていいともさ」

「そうでしょうか?」

「うん。世話焼きなんだねぇ」


 世話焼き。

 そんな事を言われたのは初めてだったので、フェイムは少し気恥ずかしい気分になる。

 どちらかというと彼女は他者に世話を焼かれる方だ。そもそもの立場からしてそうである。

 産まれた時から何十人の家臣に囲まれ、身の回りの事は殆ど従者にしてもらってきた。

 最高学府に来てからは自分でする機会も多くなったが、過去の経験が消える訳ではない。


 何より、世話焼きという言葉がとある人間と重なったのだ。


「君の事は流石に知っているよ。フェイム・アザシュ・ラ・グロリア皇女殿下。うーん……長いからフェイムとかでいいかい?それとも無礼かな」

「私は構いませんが……その」

「あ、そうか。まだ名乗って無かったか。これは失礼したね」


 そう言って、少女……もとい女性は名乗った。


「初めまして。私はノア・ウルフストン。気安く『ノア先輩』とでも呼んでくれたまえ」

「……ノア、ウルフストン」


 その時になって、フェイムも目の前の人物が誰かに気付いた。

 魔術歴史部門に在籍する天才。ウルフストンの後継者。特待生としての、自分の先輩。

 彼女がノア・ウルフストン、その人である事に。


「そう。あ、まだ抵抗感あるとかなら好きに呼んでいいからねぇ。変に気を使われる方が慣れてないっていうか……まぁ、そんな感じなだけだから」

「いえ、初めまして。ノア先輩」

「…………」


 ノアの言われるままにフェイムは呼んだのだが、何故か当の本人が難しい表情をしている。


「どうかされましたか?」

「いや、なんというか逆に慣れてなくてむず痒いというか……。そういえば私の事を『先輩』と呼ぶ人間が今までに一人しか居なかったからねぇ。変な感覚だ」

「ではウルフストンさん、とお呼びした方が良いでしょうか」

「大丈夫だよ、『ノア先輩』で。よくよく思い返してみたら、真面に他人と会話するのが久しぶりだっただけだからね。それに、言っただろう?変に気を使われる方が苦手なんだ」


 その彼女の言葉にフェイムはどこか共感を覚える。

 その共感が何に由来するものなのかは、フェイム自身にも判然としない。

 もしかしたら、他者との関わりという点に共感したのかもしれない。


「ではノア先輩と呼ばせていただきますね」

「うんフェイム。よろしく」


 差し出された手を取り、握手を交わす。


「それで……ノア先輩はこんな所で何を?」


 そして、周囲に散らばった荷物を拾いつつフェイムはノアへ尋ねる。

 彼女自身の事は知ったが、彼女が道で転がっていた事の理由はまだ分かっていない。


「さっきも少し言ったけど、ちょっと物を買い過ぎてしまってねぇ。運んでいる時にバランスを崩して……そのまま道に横になってしまったのさ」

「これだけの数を一人でとなると……確かに」

「だろう。間違っても落として壊す訳にはいかないからねぇ。つい自分を後回しにしてしまったという訳だよ。遺物は繊細だからねぇ」

「これ全部『遺物』なんですか?」


 フェイムは少し驚く。

 遺物の価値はピンキリだが、それでも数が数だ。

 袋の大きさから見て、かなりの大きさの物もある。


「うん。と言っても、そこまで貴重という訳じゃないよ。鑑定はまだだけど、それこそ聖遺物級に珍しい物はこの中には無いだろうねぇ。あったら、それはもう嬉しいけど」

「聖遺物がこの中に?」

「ま、私も実物を見た事が無いから何とも言えないんだけどねぇ。君は見た事あるかい?」

「いえ、帝国は勇者を擁していませんから」

「そうだったねぇ……まぁ、そういう訳だ」

「……でもそれでどうして寝転んだままでいたんですか?」


 そうしてようやく荷物を拾い終わったのだが、まだ本質の部分が解決していない。

 話しかけた際、ノアは別に気を失っていたり、怪我をして起き上がれなかった訳では無かった。

 何故、そんな事をしていたのか。

 答えはすぐに語られた。


「いやぁ、立ち上がるのが面倒くさくってねぇ……」

「それは……早く立った方が良いと思います」

「陽光が暖かくて、ついね……」


 確かに今日は日差しが心地良いが、そういう問題でない。

 この時点でフェイムのノアへの評価は薄々決まりつつあった。

 つまり、変わった人だ、と。


「でも此処で出会ったのも、何かの縁だ。折角だし、雑談でもしないかい?」

「私は大丈夫ですが……」

「うん、じゃあ決まりだ」


 フェイムは今日特に予定も無い。

 戻ったとしても、現在の気分では何をするにしても捗らないのは明白だった。

 ならばノアと雑談を行うのも悪くは無いだろうと、そう考えたのである。


 そして、


「何か気になる事はあるかい?こう見えても君の先輩だからねぇ、何でも良いよ。魔術の相談でも、歴史の話でも、物語の話でも、()()()でもいい」

「―――!」


 フェイムは思い出す。

 目の前の人物が、ノア・ウルフストンという人間が一体何を専門とする魔術師であったのかを。


「…………では、一つ夢の話をしても良いですか」

「うん。いいとも」

「それは―――」


 ◇


「―――と、いう訳なんです」

「ふうむ……」

「荒唐無稽な話である事は理解しています。これはあくまで、夢の話です」

「そうかい?まぁ、君がそう言うのであれば、私もそう思う事にするよ。その上で、そうだね君の相談に乗るとするなら……やっぱり私の専門分野からの話になるのかな」

「……お願いします」


 雑談とするにはフェイムにとって重すぎる話題だ。

 だがしかし、相手はノア・ウルフストン。

 ウルフストンは魔術歴史部門の門主。彼女自身も再現魔術を専門にしており、他にも様々な伝承・逸話・物語を修めている天才だ。

 そんな彼女ならば、もしかすると何らかの知見を有しているかもしれないと。

 フェイムはそんな希望を抱き、彼女に話す事に決めたのである。


「君の言うその大穴……私は君の夢を見た訳じゃないから、推測にはなるけど……二つ、似た様な伝承を知っている」

「二つ、ですか」

「うん」


 ノアは指を立てて、フェイムに語り始める。


「一つは大陸北端にある大窪み。嘗て【略奪の魔王】の領域が在った場所。そして、その地を風化させた存在……序列第三位【半神】。これが第一候補かな」

「【半神】……」

「真っ先に思いつくのは【半神】かな。なんたって有名な()()があるからねぇ」


 大陸北端にある大窪み。

 現在は時間経過と共に水が流れ込み海の一部となっているその場所。

 その地こそ、【半神】の力の強大さを示す逸話の証明だ。

 数ある【半神】の逸話の中でも、現実に証拠が残っているだけに語られる機会の多いものである。


「でも、第一候補とは言いつつ正直考えづらいかもねぇ。【半神】は人間の敵じゃない。味方……かどうかは微妙かもしれないけれど、そんな虐殺を行う存在とも考え難いしねぇ」


 フェイムも僅かだが【半神】については知っている。【半神】が君臨する共和国は帝国の間近に存在する国なので、そういう面からも興味があった。

 曰く、神でありながら王であるもの。

 苛烈でありながら、穏やかであり、豊穣を司るものであると。

 残酷でありながら、大らかであり、流転を司るものであると。


「だから二つ目。私的にはこっちかな」


 そう言って、ノアは二本目の指を立てた。


「大陸の東方、現在の帝都よりも更に東。嘗て其処には山があり、栄えた国が存在していた。だが国は一夜にして山ごと滅んだ。……序列第二位【侵略の魔王】の力によって」

「…………」

「君も当然、知っているとは思うけどね」

「はい。寧ろ私は……真っ先にそちらを思い付きました」

「だよねぇ。君の近所の話だもの」


 偶然にも今ノアが挙げた二つの存在は帝国に縁がある。

【半神】が君臨する共和国は帝国の隣国であり、【侵略の魔王】が滅ぼした山の跡地は帝国から程近い場所だ。薄い縁かもしれないが、未来を知っているフェイムにとっては確かな可能性でもある。

 未来がそうであると確定しているのであれば、どのような薄い線でも起こる可能性があるだけで十分なのだから。

 

「以上二つ。定番と言えば定番だけど、そもそもそんな事象を起こせる存在なんて、数える程しか居ない。居たとしても、もう居ないからねぇ」

「もう居ない、ですか……?」

「そう」


 もう居ないという言葉に引っかかりを覚えて、フェイムは問う。


「今は残念ながら、そして幸運な事に現代だからねぇ。神代じゃない。神代とは神が支配していた時代だ。故に……現代において、神罰は存在しない」

「…………」

「だから、現代で私が思い当たるのは【半神】と【侵略の魔王】かな」


 言われてみれば当然の事実。

 現代は神代ではない。人間と神が近かった、嘗ての時代とは何もかもが異なっている。

 そもそも現代において、残った純粋な神は一柱のみだとされている。

 物語において起きるような神罰の類は、現代では起こりえない事なのである。


 だからと言って、全ての脅威が存在し無くなった訳ではない。序列に並ぶ強者達を始めとして、【焔の魔王】の様に序列に並ばずとも人間の脅威である者も居るのだから。


「……やっぱり、その二人ですか」

「この二人は出来るだけの力があるし、実際にやっているからねぇ。『剣を持つ事と、揮う事は全くの別物である』という事さ」

「『レグリア写本』ですね」

「お、もしかして君、大賢者のファンなのかい?」

「…………まぁ、そうかもしれません」


 まさか自分が大賢者に師事しているとは言えないので、ファンであると誤魔化す。

 それにファンというのも決して間違っていない。フェイムの場合は熱心過ぎるが故に、という事でもある。


「まぁ、兎も角。今の情報で私に言える事はこのくらいかな。あんまり確度の低い事を言っても、参考にならないだろうからねぇ」

「……因みに、確度の低い事、というのは?」

「伝承が少なすぎて、存在が特定出来ないモノとかね」

「一応、参考に伺って良いでしょうか」

「良いけど……ま、いいか」


「曰く―――破壊するもの」


 ■◇■


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