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大賢者の末裔  作者: 理想久
第三章 魔術師の宿題
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教えない事にこそ、教導の本質は宿る。

 

 ■◇■


「―――はぁっ、はぁっ」


 術符が役割を終えて崩壊する。

 術符は使い切りの魔道具。作成者が込めた魔術と全く同じ魔術を使用者が発動可能となる代償に、一度の発動で再利用は出来ない。だからこそ術符は貴重なのだ。


 全身に火傷を負い、地面に倒れ伏すカルラ。

 見上げた先には、下半身のみになった火炎の姿。


(………過去の記録なら、これで)


 カルラは遠のく意識の中で、強く願う。

 精霊の様に物理的実体の無い存在の精神が何処に宿るのか。

 それは最高学府でも大きな謎の一つである。

 そして現在最高学府で確認されている実験結果においては、精霊種の精神はより体積の大きな方へと宿るとされている。


 だからこそ、カルラは術符を使った。


 空間魔術系至上魔術〈彼方送り〉(イクス・ウルドゥード)

 一定範囲の空間そのものを別の空間へと強制転送する魔術。

 魔力の続く限り転送距離に限界は無い。何処までも遠くへと送り飛ばす。

 故に、彼方送り。


 例え上半身を消し飛ばしたとしても、残った下半身から彼の魔王は再生してしまう。

 そして無尽蔵の魔力に火炎の肉体を持つ彼の魔王にとっては生半な攻撃は致命傷になり得ない。

 だからこその転送なのだ。


 カルラが【焔の魔王】を転送したのは大陸の西の果て………即ち魔境。

 少なくとも、そう易々と最高学府に戻ってこられる距離ではない。


 故に脅威は去った―――筈だった。


「――――――」


 ()()はゆっくりと、だが確かに一歩を踏み出した。

 火炎は消えず、黒煙を燻りながら動き始めた。

 まるで何かの目的へと向かうように、ゆっくりと。


「………嘘でしょ」


 おそらく目の前の火炎に既に意識は存在していない。

 再生する素振りも見せず、その足取りも不安定な事からそれが伺える。

 下半身だけで、正確には下腹部以下の部分だけで歩いている姿に脅威は感じられない。

 だが火炎は確実に何かに向けて歩き出している。

 覚束ない足取りであっても、確実に向かっている。


 最高学府へ、その中にある何かへ。


「―――っ!」


 直感的に危険を察知したカルラが魔力を練ろうとするが、身体に力が上手く入らない。


 当然だ。術符の発動には使用者自身の魔力を要する。

 例え天賦の才を有するカルラといえども、世界の果てまで空間ごと転送する〈彼方送り〉(イクス・ウルドゥード)の消費魔力は膨大過ぎた。

 加えてカルラの全身は火傷を負っている状態だ。

 魔力が残っていても、肉体を動かせない。


「          」


 つい先程まで意味の無い言葉を垂れ流していた火炎は、今はただ静かに歩いている。

 静寂の中、一歩ずつ確実に最高学府へと近付いている。

 下半身に残った魔力を消費しながら、それでも近づいている。


「………待、て………!」


 間違いなく、目の前の残滓はじきに消え失せるだろう。

【焔の魔王】があれだけの火炎を維持出来ていたのは精霊種であった事は勿論、魔王による無尽蔵の魔力があったからだ。それが無くなった今、下半身だけで活動できる時間は決して長くはないだろう。

 今の火炎は、坂を転がった石が余韻で平地を転がっているようなもの。

 じきにその動きは止まるだろう。


 だが、常に想定外は起きるもの。

 現に【焔の魔王】は下半身だけでも動き始めている。

 カルラの予想に反して、歩み始めている。

 そうなれば下半身が残った魔力で自爆を行う事も決して有りえない事ではない。

 それがどのような規模になるのか………想像もつかない。


 それどころか万が一にも再生すれば。

 それこそ絶望的な未来だ。


 カルラは力を振り絞る。


 ただの一度。それだけの魔術を放つ。それだけで十分だ。

 そうすれば今度こそ魔王の火炎は霧散する筈だ。

 だが、今のカルラにはその一度があまりに遠い。


 自身の体内にある魔力しか利用できない人間にとって、一度枯渇してしまった魔力は短時間では回復しない。個人差はあるにしても、数分で回復するようなものではないのだ。


 そして、火炎が遂に地面に這いつくばるカルラの傍を通り過ぎようとしたその時。


「――――――――――――」


 それは一条の光だった。

 光が半身を穿ち、そしてそのまま半身は消え去った。


「な―――」


 まるで薪の無くなった焚火の如く。

 最初から何も無かったかのように、あっさりと。

 火炎は消え去り、焼け野原だけが残った。


 一瞬の事象。微かに覚える言い表しようの無い感覚。

 だが、それだけを見届けた後にカルラは意識を失った。


 ■◇■


「―――入り給え」

「失礼します」


 学園長室へ一人の少女が入ってくる。

 手元には分厚い紙束が抱えられていた。


「求められていた今回の件についての報告書です」

「確認しよう」


 クリスタルから報告書を受け取り、学園長キセノアルド・シラバスが静かに目を通していく。

 報告書には様々な情報が詳細に纏められており、目を通すだけでも相当な時間を要しそうなものだが、学園長は一枚に一分とかけず確認していく。


 一枚、一枚と紙が捲られていく音が静寂に響く。

 机の前に立つクリスタルの視線は報告書ではなく、キセノアルドそのものへと向けられていた。


 そして、その時が来る。


「今回の件、何処から先生の想定内だったのですか」

「ほう。君がそのような問いかけをするのは珍しいな」

「ヴィザー先生と私を同じ場所に配置したのも、意図があっての事ですよね?」


 キセノアルドは報告書から目を離し、自身を見つめる少女の方へと視線を移す。

 その表情からは、どのような感情も読み取れない。

 だがそれはクリスタルも同じ。

 普段と変わらず、彼女は曇りの無い眼で学園長を捉えていた。


 そう、彼女は咎めているのではない。ただ疑問を呈しているだけなのだ。


「ヴィザー先生には過去に【焔の魔王】との因縁があるようでした。実際、【焔の魔王】は私達の場所へ落ちてきている。これは必然であったと考えるのが順当ではないでしょうか」

「では何故、私は予測できる未来を回避しなかったのかね」

「私に()()()()()為ですね」


 臆さず、隠さずにクリスタルは言う。

 それは目の前に最高学府の学園長が居るとは到底思えない程の不遜さでありながら、しかし彼女の持つ独特の雰囲気故か、それが正解であるとすら思わせる。


「魔王という力を、実際に私に見せつける為に貴方は対処しなかった。違いますか」


 魔王。

 それは決して単なる称号ではない。

 明確な基準により実在する、『存在』の名称だ。

 魔術の王、魔法を手繰る者、権能保有者。

 そして、()()()()()()()()


 だがしかし、現在知られている多くの魔王は滅多に俗世に姿を現さない。

 序列に並ぶ魔王ですらそうで、序列外ともなると余計にだ。

【黒の魔王】に至っては、現代において一度も活動を確認されていない。


 ()()

 目の前の魔術師は、そんな貴重な存在である魔王を自身へと見せる為、敢えて本来可能な対処をしなかったのだと。クリスタルはそう推測したのである。


 それは決して人道的とは言い難い事実だ。

 今回の件で、ヴィザー・アージュバターナーとカルラ・アズバードの両魔術師は大きな怪我を負っている。幸い命に別状は無かったが、それはあくまでも結果でしかない。

 そもそも被害が二人で済んだ事は奇跡と言っていいだろう。

 数百、数千の命が失われたとしても何の違和感も無い。


 クリスタルは目の前で見たからこそ理解できている。

 魔王が魔術師の上位互換と称される、その所以を。

 満点の星の如く煌く、破壊の火を、その力を。


 そんな判断を、最高学府の学園長が下した。

 勿論理解は出来る。納得もできる。

 魔術師ならば、そう判断したとしてもおかしくない。


 だからこそクリスタルは確認をしている。

 そして、その確認に対し学園長は静かに言い放った。


「そうか。及第点だな」

「では貴方の真意は何処にあるのですか」


 すかさず、クリスタルが再度問いを投げかける。

 だがキセノアルドはそんな彼女に対し、表情を変えず次の言葉を言い放った。


「良いか、クリスタル。何かを教えるとは、教えない何かを選ぶ事だ。教え導く事とは、何も全ての答えを親鳥の如く雛へ与える事では無い。寧ろ、教えない事にこそ、教導の本質は宿ると私は考えてすらいる」

「………」


 学園長キセノアルド・シラバス。

 最高学府の現学園長であり、世界最高峰の魔術師の一人。

 そしてクリスタルの知る限り、最も優秀な教育者。

 そんな彼が言う言葉に彼女は確かな重みを感じる。


「だが、私が敢えて戦力を集中させずにヴィザー・アージュバターナーと邂逅させたという点に関しては君の言う通りだ。私は態とヴィザーと魔王とを相対させた。だがそれは、君だけの為ではない。私は全ての為に、私はそうしたのだ」

「………そういう事ですか」

「そうだ」


 クリスタルはそれだけの言葉で理解を終えたようだった。


「今回の戦闘により、我々は過去とは比較にならぬ程の記録を得た。魔力の試料採取に成功し、長時間の戦闘記録を残した。そして一連の戦闘の中で、魔王の用いる技の一端を垣間見、効率的な対処法について糸口を見出した」

「ヴィザー・アージュバターナーとカルラ・アズバードという二人の魔術師の力によって」

「正しく。これは過去数百年に及ぶ期間、この世界の誰にも成し遂げられなかった偉業だ」


 これまで【焔の魔王】に関する記録は殆ど存在しなかった。

 秘匿書架で保管されていた箒火星に関する記録、そして魔術歴史部門魔王科で保管されていた唯一の魔力証文以外の情報は皆無だった。

 だが二日前の戦闘の後、収集された記録の数はこれまでの数十倍にも上る。

 更には【焔の魔王】の在り方が露わになった事で、幾つかの地方伝承に登場する存在が【焔の魔王】である事も明らかになった。

 過去から現在。多くの記録が今も尚分析され続け、不鮮明であった魔王の姿を解き明かさんと動き始めている。間違いなく、魔王と相対した二人が居たからこその戦果だ。


「クリスタル・シファーよ。我々は何だ?」

「魔術師です」


 キセノアルドからの問いに、クリスタルは迷わず答える。

 それは自分の在り方を確信しているからこその即答。

 自身が今、何処に居るのかを自覚しているからこその回答だった。


「そうだ。我々は魔術師だ。真理へと至らんとする者だ。では問おう。魔術師である以前に、我々とは何だ?」

「………人、でしょうか」


 少しだけ考え、クリスタルは答え慣れていない様子で答えた。


「そうだ。我々は人だ」


 人。それは広く人間種を呼ぶ言葉。

 明確な定義は無いが、最高学府におけるその定義は『文明を築くもの』。


「クリスタルよ、知るが良い」


 キセノアルドが強く言い放つ。


「我々は、人は、前へと進まねばならない。文明とは智慧の灯火。燦然と輝ける、何者にも絶やせぬ大火で無ければならない」


「我々は確かに敗北した。だが次に彼の魔王と相対した時、我々は彼の魔王退ける。そしてその次に相対した時……我々は彼の魔王を超克する」


「我々はいつしかあらゆるものを記し、残す。そして我々は受け継ぎ、繋ぐ。それが我々だ」


「それこそが人だ」


 キセノアルドははっきりと、言い淀む事無く言葉を告げた。

 その言葉はまるで、キセノアルドの魂から滲み出た言葉であるかのようだと彼女は思った。

 

「ありがとうございます」

「では君は君のすべき事を行い給え。時には立ち止まり、思慮する時間も必要だ」

「ええ。そうさせていただきます」


 そうして、感謝を告げてクリスタルは学園長室を後にした。

 退出する瞬間も、その表情はいつもと変わらず。

 ただ透き通るような瞳がそこにはあった。


 ■◇■


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>我々はいつしかあらゆるものを記し、残す。そして我々は受け継ぎ、繋ぐ。それが我々だ なおリアルだと歴史は何回も繰り返す 病気でさえ人がはっきりと勝ったと言えるのはただ一つの天然痘だけ...
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