選択とは、乖離の道である。
■◇■
『すまねぇ。これ以上は分からなかった。完璧に情報統制が敷かれてやがる』
『そうか。ありがとう。それが分かっただけでも御の字だ』
『……要らねぇ心配かもしれないが、気を付けろ。この度合いの秘匿は明らかに異常事態だ。それこそ学府の上層部が関わるレベルだろうな』
『ああ。正直気は進まないが俺の方でも探りを入れる。お前達はいつでも動けるように待機していてくれ』
『……了解』
念話が途切れると、澄んだ思考が戻って来る。
思考で会話する念話は、通常の会話とは勝手が異なる。
思った事が離れた相手に伝わる念話は便利だが、思考を直接伝えるだけに事故も起こりやすい。
本来意図しない内容までをも相手へ伝達してしまう事もある。
故に念話はある程度集中して行わなければならず、また他人の思考が直接脳内に届く感覚は中々に慣れ難いものだ。
「さて……一応、だな」
レックスとの会話を終え、ゼルマは訓練場へと戻る。
現在はフェイムとの訓練の休憩時間。ゼルマはその時間に合わせて会場を離れ、レックスに指示していた件の報告を受けていた。
命令内容は一つ。クリスタルが言っていた、特待生関連の用事を探る事だ。
だが結果は空振りに終わった。
何も分からなかった……正確には分からないという事が分かっただけだ。
ゼルマはレックスの事を彼が思うよりも高く評価している。
彼の諜報能力は非常に高い。仕事の連絡も迅速で、文句を言いつつも淡々と仕事をこなしてくれる。
流石は諜報の名家、オルソラ家の魔術師といったところだろう。何よりレックス本人の才能も高い。実際、彼はどちらかというと直接対峙して戦うような資質ではないのだ。
そんな彼が分からなかったというのだから、それは本当に分からなかったという事なのだろう。
だが完璧な情報統制は、時にそれすらも情報になってしまうもの。
少なくともレックスとゼルマの認識は共通していた。故に彼は警告したのだ。
(……そんなに大きな事が起きているのか?特待生……もしくはもっと大きな……)
ゼルマの目的からして、クリスタルの動向は常にとまでは言わずとも把握している必要がある。
単に学園内で別行動をするのなら兎も角、長期の外出や特待生に関連する予定となれば内容は極力把握しておきたい。
勿論、手っ取り早いのは学園長であるキセノアルドに確認する事だ。
特待生を統括するキセノアルドならば確実に今回の件も知っているだろう。そしてキセノアルドはゼルマと同じ大賢者でもある。尋ねれば情報共有してくれる可能性は高い。
だが―――
(もし、それ程までに大きな事が動いているなら……何故俺に共有しない?その理由はなんだ?)
仮に、彼女の身の安全すらも脅かされる様な、大賢者の研究に支障をきたす様な何かが動いているのだとすれば、何故その情報がゼルマに共有されないのか。
完璧な情報統制を敷く程の事が起きているにも関わらず、何故ゼルマには共有されていないのか。
何故、【天賦】の観察・保護を担う【末裔】へ共有されていないのか。
現状キセノアルドからもラガンドアからも情報の共有は無い。両者共につい最近出会っているのだから、話していないのであればそれは意図的なものという事になる。
正確にはラガンドアから詳細不明の助言は受けたが、それだけではあまりにも情報が足りていない状況だ。
そもそもラガンドアはゼルマに『余談』として話した。それはつまり、あの助言が必須の情報ではないという事である。
或いは、こうしてゼルマが思考し行動する状況こそが大賢者の意図なのか。
(……可能性はある。俺も、俺達にとっては研究の一部だ)
そして自分なら、大賢者ならばその様に考えても何らおかしくない。
敢えてゼルマに情報を伝えず、ゼルマがどのように動くかを見ているのだ。
キセノアルドもラガンドアも結局のところ大賢者である。研究の為、ゼルマに情報を共有しないのは十分にあり得る事だ。
「すまない。待たせたな」
「いえ、終了時間丁度です。早速再開しますか?」
「ああ。時間が惜しいからな」
「分かりました」
だが一先ずは目の前に集中しなければならない。
気は進まないにしても、四の五の言っていられる状況ではないとゼルマの直感が告げている。
何も特待生はクリスタル・シファーだけはない。
レックスには出来ず、ゼルマには使える情報源が目の前に居るのだから。
◇
「〈光球〉」
ぼう、とフェイムの掌から淡い輝きを放つ光球が浮かび上がる。
一つ目が宙に浮かべば、その次が。その次が浮かべば、そのまた次が。
次々と光球はフェイムの周囲に浮かんでいく。その数は合計で十個。
「すぅ…………ふぅ…………」
フェイムが落ち着いた様子で深呼吸をする。
目を閉じて直立し、光球をゆっくりと自身の肉体を軸にして回転させていく。
一見すると地味な行為。現れている〈光球〉の出力もかなり抑えられているので、例え肉体に触れても魔力防御に弾かれ負傷する事は無いだろう。
では何の為にこんな事をしているのか。
それは魔術の制御力を伸ばす為だ。
「どれかが速くても、遅くても駄目だ。一定の速度で回転させ続けろ」
「はい、師匠」
魔術は魔力という燃料を元に形成される。
魔術に込めた魔力が無くなれば、当然その魔術は消える。
裏を返せば、魔術は魔力が供給され続ける限り消えないという事でもある。
生み出した岩石は消えず、炎は燃え続け、氷は凍り続ける。
魔術師が魔術を手放さず、魔力を供給し続ければ可能だ。
「ふぅ…………」
そして魔力を供給し続ける間、魔術は制御できる。
現在フェイムが行っているのは正しくそれだ。
生み出された十個の〈光球〉は今も魔力が供給され続けており、フェイムの意思でゆっくりと彼女の周囲を回っている。
ゆっくりと等速で移動する〈光球〉。
現在の彼女は十個の魔術を同時並行的に動かしている状態だ。
当然、普通に〈光球〉を使う何倍もの集中力を要する。
魔術の複数制御は、魔術を砲弾の様に用いるのであればあまり重要とはならない能力だが、魔術師には必要不可欠な能力。
これはそんな魔術の制御力を成長させる、基礎的な訓練法なのだ。
「辛いか?まだ開始から三十分程度だぞ」
「大、丈夫です。まだ辛くありません」
「そうか、なら数を倍にしろ」
「―――!……はい!」
だが、基礎的な訓練法だからといって簡単な訓練法ではない。
そもそも魔術の複数制御は簡単に覚えられるようなものではないのだ。普通の人間が生きていれば実感する事の無い意識の割き方を学ぶ必要があり、フェイムのような天才でも簡単に伸ばせる能力ではない。
最も、初めて数時間で既に二十個の同時制御に挑戦しているフェイムはやはり天才である。
普通はもっと長期間で覚えていくもの。こんな簡単に「倍にしろ」と言われて倍にできるようなものではないのだ。
異常な成長速度と言っても良い。
(もしかしたら…………こいつなら届くかもしれないな)
そうして、特訓を始めてから二時間。
「―――っ」
「止めだ」
「っ……はぁ……はぁ……もう、終わりですか」
「二時間経っているからな。今日の所は十分だろう」
生み出した光球の一つが遂に乱れ、他の光球へと衝突した。
それは遂にフェイムの集中力と体力に限界が来た証拠だった。
「どう、でしたか……?」
「十分だと言っただろう。まぁ……良くやった」
「ありがとう……ございます」
その場にへたり込むフェイム。
随分と精神を消耗したのだろう。一筋の汗が流れ落ちていく。
最終的にフェイムが制御した〈光球〉の数は三十個。
結局あれからの十個だけ記録を増やしたという結果だ。
十個から三十分時点で二十個に増やした事を思えば、三十個という結果は伸び悩んだようにも見えるかもしれないが、そもそもフェイムは初日である。
初日で三十個。末恐ろしい結果だ。
「次までに、もっと増やせるように、しておきます」
「いや、数は十分だ。次は精度を上げていく事になる。一先ず自主訓練では二十個を完璧に制御できるようにしておけ」
「はい……!」
フェイムとの訓練は定期的に行われているが、フェイムもその時間だけ訓練している訳ではない。当然、彼女もゼルマと会わない日は自主訓練を行っている。
毎回訓練の終わりにはこうして次回までに何をやっておくかを伝えるのも師匠としての役目だった。
「ほら、飲んでおけ」
「ありがとうございます」
ゼルマが水筒を差し出すと、フェイムは丁寧にそれを受け取る。
中身は魔力回復を促進する成分の入った飲料だ。魔力回復薬程即効性は無いが、その分安価で手に入りやすい。
そして、これまた美しい所作で水を飲んでいるフェイムへとゼルマは話しかける。
「なぁ、フェイム」
「ふぅ……どうかしましたか?」
「まずは礼を言わせてくれ。この前の事だ」
「この前……?」
フェイムは礼を言われるような心当たりが無いのか、ゼルマの言葉を繰り返す。
だが、構わずゼルマは続ける。
「ああ。お前のお陰で、少し前に進む事ができた。……ありがとう。今度何か礼をさせてくれ。俺にできる事なら善処する」
「えっ、そんな私は何もしていないのに礼なんて……良いんですか?」
「ああ。勿論俺にできる事なら、だが」
「では少し申し訳ない気持ちもありますが。考えておきます」
心当たりの無い事で礼を貰うのは気が引けるのだろう。
だがそれでもゼルマが自分の願いを叶えるという言葉の魅力には抗えなかったようだ。
「それで、だ。もう一つ……いや、二つだな。確認したい事がある」
「なんでしょう?」
「お前、魔儀大祭に参加するつもりはあるか?」
「―――!それは……」
魔儀大祭と聞いて、フェイムの身体に一気に緊張感がやってくる。
当然だ。一年目とはいえ、魔儀大祭の事は最高学府に居る魔術師なら誰もが知っている。
年に三つ開催される大祭の内の一つ。年度末に行われる、魔術師達の総決算。
最高学府の全魔術師が参加可能な闘技大会、大賢魔戦。
最高学府の全魔術師が参加可能な理論大会。理智魔会。
これ等二つの大会によって構成される大祭こそ、魔儀大祭だ。
「勿論、まだ決めていないならそれで良い。参加の募集はまだ随分と先だからな。だがもし、今から参加の意思があるんだったら幾つか話しておかなければならない事がある」
「話しておかなければならない事、ですか?」
「そうだ。俺個人の事情だからな……正確には、話しておきたい事、かもしれない。で、どうなんだ。参加するつもりか?何度も言うが、今の時点で良い」
自身の状態に鑑みて、発言内容を訂正したゼルマだったが当のフェイムは良く分からないといった表情だ。だが、それでも言うべき事は分かっていたのだろう。
「勿論、参加するつもりです。両方共に」
「……そうか」
彼女の言葉に、半分安堵し、半分不安感がやってくる。
ゼルマもそんな言葉が返ってくるだろうとは思っていた。
現在ゼルマからの厳しい訓練を受けている彼女が、魔儀大祭に参加しない訳はないと。
だが、参加するのなら、尚更言わなければならない。
ゼルマはフェイムにはフェイムの選択をして欲しいと考えている。
『ゼルマが参加するから』という理由で彼女には参加を選んでは欲しくなかった。
彼女が参加するだろうと思っていたとしても、万が一にも自分の参加が彼女の選択肢に影響が無いように、ゼルマは先んじて彼女に参加の意思を確認したのだ。
そして、告げる。
「フェイム。次の魔儀大祭……俺も参加する」
「そうですか」
だが、返事は意外にも淡白なものだった。
「意外に驚かないんだな」
「師匠ですから。参加しない訳ないと思っていました」
「……そうか。それは……俺の事を良く見ているんだな」
「勿論、私は師匠の弟子ですからね」
くすりと微笑むフェイム。
信頼されているのだろう。
魔術師として、師匠として、そして大賢者として。
それが嬉しくもあり、同時に寂しくもある。
彼女が見ている自分は、ゼルマではないという事実を改めて認識する。
「師匠が相手でも負けないつもりで戦います。……理論大会の方は……あまり自信が無いですが」
「そうか。ならこれからは座学も増やしていく必要があるかもしれないな?」
「…………頑張ります」
だが、今回の選択をしたのは他ならない自分自身、ゼルマ自身である。
ならば問題ない。ゼルマは自分の意思で出場を選んだのだ。
そして、彼女が信じる自分の姿に少しでも近づけたのかもしれない、と。
そう考えて、ゼルマの不安感は少しだけ薄くなった。
「あ、それで二つ目は何だったんですか?」
「…………ああ、それは―――」
■◇■




