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大賢者の末裔  作者: 理想久
第三章 魔術師の宿題
73/87

自己犠牲とは自己への犠牲か、自己の犠牲か。


 ■◇■


「―――何か……」


 見た目上には何も変化が無い。

 だがヴィザ―の眼は確かに『何か』を感じ取っていた。


「一体何を―――ッ!?」


 瞬間。

 ゼルマが距離を詰め、急接近する。

 単純な突進。しかしその速度は先程の動きよりも数段上。


 ただの突進と共に繰り出された拳。

 魔術を伴わない、物理攻撃そのもの。

 本来ならば、対処の必要すら存在し無いもの。


 だがヴィザ―は明確にそれを回避する。

 半身を捻り、拳を避ける。

 類稀な感覚を有するヴィザ―には一目で理解出来たのだ。


 ―――これは、間違いなく『別物』だと。


「ハッ!!」

「っ〈土壁〉(アウス・ウォルト)!」


 再びの攻撃。反対の拳がヴィザ―の胴へと向けて迫りくる。


 だが先程と違うのはヴィザ―も防御魔術を展開している点。

 展開した〈土壁〉はここまでの試合でもゼルマの魔術を完璧に防いで来た魔術だ。


 拳は壁へと着弾し、ヴィザ―の思い通りに拳は停止する。

 当然だ。魔術と物理攻撃。魔術師にとってどちらが有用かなど明白だ。

 一度目の拳を回避こそしたものの、攻撃力については先程までゼルマが使ってきた魔術の方が高い。


 魔術師はあくまでも魔術師である。

 戦士ではない。〈身体強化〉(ストレガ・マキシア)があるとしても、本職のそれに肉弾戦で追い付ける筈も無い。

 魔術を手繰り、目的を遂げる事こそが彼等の本領なのだ。


 だが、


「―――面白い」


 ヴィザ―は薄々と感じ始めていた。

 傍目には単なる殴打にしか見えぬ攻撃に宿された『何か』。

 魔力による身体強化だけではない。そこに秘されたもの。

 展開された〈土壁〉に入る僅かな罅がその証左。


 態々ゼルマが戦闘方法を切り替えた理由が、そこには必ず存在するのだと。


「見せてくれ、君の力を」

「―――勿論、そのつもりですよ」


 その言葉を境に、ゼルマ連撃が開始する。

 流れるように繰り出される打撃、突撃の乱打。

 拳だけではなく蹴りを交えた物理攻撃がヴィザ―へと襲い掛かる。


〈土壁〉(アウス・ウォルト)〈土槍〉(アウス・ラノス)

〈土槍〉(アウス・ラノス)

 

 壁によって行く手が遮られ、槍が交差する。

 じりじりと近づく互いの距離。演舞の如き攻撃の応酬。

 一手、また一手と攻撃と防御が繰り返される。


 手に持つ得物は同じ槍。凝固した土が槍の形状をとっているもの。

 硬度で言えば圧倒的にヴィザ―の生み出した槍の方が上だ。

 魔術の強度は魔術式と込められた魔力量によって左右される。

 どちらも超一級のヴィザ―の魔術は基本的な魔術であっても上位の魔術に劣らない。

 ただの〈土槍〉であっても決して侮れるものではない。


 故にこそ、差は別の場所にて現れる。


「―――!」


 僅かに、徐々に、だが確実に。

 ヴィザ―の形成が押され始めていた。


 それは単純であるが故に、全ての基盤となる能力。即ち筋力。

 特にこうした近距離から中距離での戦いにおいて、身体能力の差は如実に姿を見せていく。

 得物を振るう力にも当然影響している。


 幾度もの衝突。

 そしてついに、ゼルマの振るう槍がヴィザ―の持つ槍を弾く。

 手にした武器の精度はヴィザーが上だったとしても、使い手の筋力によって上回られたのだ。


〈身体強化〉(ストレガ・マキシア)〈三重石槍〉トリア・スティン・ラノス


 だがヴィザ―に焦燥は無かった。

 冷静に再び自身の身体能力を強化し、二本目の槍を用意し、射出する。

 そもそも魔術とは手に持って使うだけが用途ではない。手に持っている間は新に生み出さなくとも良いという利点があるとはいえ、撃って使う方が簡単だ。

 身体能力に差が生じていると判明しているのであれば尚更の事である。


〈三重土壁〉トリア・アウス・ウォルト


 ゼルマの眼前に生じる〈土壁〉。

 だがそれは既出のもの。ゼルマの〈三重土壁〉では、二重に重ねられたヴィザ―の〈二重土槍〉を防ぐだけの強度は無い。ヴィザ―も当然それを理解している。


 ―――だがそれは悪手だ。


 現在ゼルマの出せる最大の防御。それが何かをヴィザ―は未だ把握していない。

 だがゼルマはこれまでの戦いにおいて、三重(トリア)以上の魔術を用いていない。

 ここから推測できる仮説はゼルマの最大防御が〈三重土壁〉であるという事。


 あくまでも可能性でしかない。だが〈三重土壁〉ですらヴィザ―の放った〈土槍〉を防ぐのに一苦労という強度だった。ならば更にその上、三重に重ねられた〈石槍〉ならばどうなるのか。


 ヴィザ―の想像通りに、〈三重石槍〉は壁を貫通する。

 切先鋭き石の槍。ヴィザ―の生み出した槍は原初のそれを同じ素材と言えども、名工が生み出した武具に匹敵する強度を有している。

 土槍よりも数段上の魔術。

 魔力による基礎身体能力強化や魔術への耐性が無い者ならば簡単に肉体を穿ち貫いてしまう。


 それでもヴィザ―は油断しない。

 魔力は巡り、魔術式が再び編まれていく。


〈三重石(トリア・スティン)―――!」


 だが、その時ヴィザ―は見た。


 見えたものは空白だった。空間に存在する空白。

 崩壊していく土の壁。そこには穴がぽっかりと開いている。

 穴を通して壁の裏側が露わになっている。


 そこには何もない。

 正確には、向こう側にあるこの施設の壁しか見えていない。

 

 何故。答えは明白だ。そこには誰も居ないからに他ならない。

 ならば今ゼルマは何処に居るのか。


「―――〈二重火槍〉デュア・アウス・ラノス!」

「―――〈三重石壁〉クイン・スティン・ウォルト


 背後から迫る火炎の槍。

 突如として発生した熱に対し、迎え撃つ石の壁。

 石の壁に衝突した火槍は霧散するが、火焔の中を青年は進む。


 そうして、一撃。

 単なる拳、単なる打撃。

 だがその一撃は既に先程のそれと同じではない。


 鈍い音が響き、石の壁に亀裂が生じ、そして。


「―――ハァッ!!」


 壁が破れ、ゼルマがヴィザ―の前に姿を現した。


 近距離戦へと転じた事、そして悪手にも思えた土壁による視界の遮り。

 だがそれ等は全てゼルマの策。即興で講じられた、戦闘方法であった。


 魔術は、〈廻る世界の時針〉アル・クロワ・ディストリアムは既に三度の発動を迎えている。

 発動時点で一度。槍により応酬中に一度。

 そしてたった今、三度目の発動を迎えた。


 ゼルマにとって時間は敵であり、味方でもある。

 長時間の戦闘になればなる程、地力で劣るゼルマに勝機は無くなる。

 だがゼルマにとっての勝機である〈廻る世界の時針〉には発動の待機時間(クールタイム)がある。

 加えて、【賢者機関】非連結時における制限時間はそれ程長くない。


 故に三分。それがゼルマの現状における最善戦闘時間。


 三分を持たせ、三分で決着を着けなければ勝機は無くなる。

 それがゼルマの導きだした考え。


 既に〈身体強化〉(ストレガ・マキシア)は三度目の発動を迎えた。

 エリザベートとの戦闘時と同じ状態。ゼルマの戦闘能力は本職の戦士に勝るとも劣らない。

 だがあの時とは違い、ゼルマは既に体力も魔力も消耗してしまっている。

 猶予はない。残り時間は後僅か。


 拳を固く握りしめ、ゼルマはヴィザ―へと殴り掛かる。

 最も単純で、最も対処しやすい直線的な攻撃。


 血迷ったのか。感情的になりすぎたのか。


〈三重石壁〉トリア・スティン・ウォルト


 ヴィザ―が拳を防がんと魔術を発動させ、盾の如き壁が材質を石に変えて再び現れる。

 先程よりも多く重ねられた石の壁。

 今のゼルマでも一撃では破壊できないと、見ただけで分かる強度。


 だが問題は無い。

 ゼルマの目的は防御の破壊ではない。

 それは既に不可能だと理解している。

 いくら身体能力を強化したところで、ヴィザ―の魔術は容易くそれを上回るだろう。

 今すぐにでも彼女はゼルマの状態を理解し、適応し、戦い方を変えて来るかもしれない。

 実際、三重に重ねられた〈石壁〉はそれだけでゼルマの攻撃に追い付いている。


 だからこそゼルマの目的は防御の破壊ではない。


「な―――」


 ゼルマは突き出した拳を石の壁に衝突する寸前で軌道を変える。

 端的に言えば、ゼルマは石壁を回避する。


 石の壁が文字通りの壁の様に前面へ張り出されていれば不可能だった。

 ヴィザ―があくまでも効率的に防御をした為に、ゼルマに回り込むという選択肢が生まれていた。


 強化された身体能力。加えて敏捷性向上の魔術が掛けられている。

 ヴィザ―との距離を詰めるのに、長い時間は要しない。


 伸ばされた両手は攻撃に使われる事無く、ヴィザ―の両腕を握り締める。


 そうだ。ゼルマの目的は此処だった。

 ヴィザ―の目の前。ヴィザ―の肉体を直接に掴める位置。


 ゼルマにヴィザ―の防御を破る手段は存在し無い。

 ならばヴィザ―の防御を破らずとも言い。

 ゼルマは勝てば良いのだ。防御を突破するかどうかは勝利条件ではない。


「ようやく、掴みました」

「驚いた。ここまで暴力的な手段だとはな。で、次は?」


 エリザベートですら抑え込んだ力。

 当時とは条件が幾つか異なるとしても、純粋な身体能力の差は歴然だ。

 身体能力をかけているとはいえ、それ程重視してかけていなかったヴィザ―と三度目の発動を終えているゼルマとでは簡単に振り解ける筈も無い。


 だがそれでもヴィザ―が余裕を崩さないのは、彼女ならまだここから抜け出す手段を幾つも有しているからに他ならない。

 彼女にとってこの戦いはあくまでも模擬戦。ゼルマの出す手を受け止めた上で勝つ事が彼女には制約として課せられている。

 しかも彼女は基本的な魔術意外を用いていない。


 ゼルマは歯痒かった。

 今の実力がヴィザ―に全く届いていない事を痛感させられる。

 自身がもっと実力のある魔術師であればヴィザ―も多彩な魔術を用いた筈だ。


 だが勝負は勝負である。

 ゼルマも手を抜くつもりは無い。


「俺は魔術師ですから。当然、決着は魔術で付けますよ」

「ほう。この状態からか」

「はい」


 ヴィザ―の言う通り。

 魔術が遠距離で主に使われる理由の一つは、威力の高い魔術ではどうしても周囲に影響が及ぶからだ。例えば〈火槍〉など、近距離で放てば自身も焼けてしまいかねない。

 威力の高い魔術である程に、そうした傾向は強くなる。点ではなく面での攻撃になっていく。


 今のゼルマとヴィザ―の距離は殆どゼロ。

 密着状態と言っても過言ではない。

 この状態で勝敗を決する程の魔術を用いればゼルマも当然被害を受ける。

 かと言って手を離せば千載一遇の機を逃がす。


 ならば当然―――


「遅延魔術起動」

「お前……」

「勝ちますよ、俺は」


 ゼルマは勝利条件を満たす。

 当然防ぐ算段はつけている。

 耐えられるかどうかは一か八かになるだろうが、今のゼルマならば可能だ。


「―――〈土槍〉(アウス・ラノス)!」


 瞬間、空間に生じた二〇本の槍が彼等へと降り注いだ。


 ◇


 そして。


「……非常に面白かったよゼルマ・ノイルラー。〈身体強化〉(ストレガ・マキシア)を重ね掛けていたのか。だが詠唱が無かった。あれはどうやったんだ?まさかアズバードの……いや、少し違う気配がした。魔術式に細工があるのか?」


 空間に立っているのは二人。

 少し離れた場所で穏やかな笑みを浮かべているシジュウと、もう一人。


「まぁ今はよそう。最後まで考え乗り越えようとする姿、実に良かった。だが自分自身をもっと大切に扱った方が良い。君にも、君を大事に思う者が居るのならな」

「……はい」

「分かったなら良い。君の策自体を否定する訳ではないからな。自己犠牲も時には必要な事だ。……さてシジュウ、大会規則に則ってアレを宣言してくれ」

「はーい了解!」


 無傷のまま立つ、中性的な女性。

 勝者は見て明らかだった。


「勝者、ヴィザ―・アージュバターナー!」


 ■◇■


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三重身体強化で握り潰すことはできない? できるのなら触れた時点で勝ち判定だと思うか
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