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大賢者の末裔  作者: 理想久
第三章 魔術師の宿題
72/87

真に才ある者こそ、弛まず歩みを続けるものだ。

 

 ■◇■


「一番広い場所を抑えた。ここなら周囲の目を気にする必要もない。存分に力を出せるだろう」

「配慮に感謝します」

「気にするな。折角の機会だからな。どちらにとっても面白い方が良い」


 手袋を嵌め、戦闘の準備をしながらヴィザ―が言う。


 三人がやって来たのは最高学府内にある訓練施設の一つ。

 現在フェイムが貸し切っているものに引けを取らない最上級の設備を有する場所だ。

 広さ、耐久性共に申し分の無い場所である。

 いや寧ろ単純な面積だけを比べればヴィザ―の言う通り一番かもしれない。


 施設の貸出料金の事を思えばヴィザ―に申し訳なく思う気持ちもあるが、そもそもこれは彼女からの誘いである。彼女からも気にするなと言われたのならば、気にせず目の前の事に集中する事こそ彼女の為になるだろう。


 そもそもこれはつり合っていないものだ。

 本来ヴィザーと模擬戦を行う機会等、一介の魔導士にすぎないゼルマに得られるものではない。


 ヴィザ―・アージュバターナー。

 最高学府における最高峰の魔術師、物質科の科長。

 最高学府においてゼルマとヴィザ―の地位は天と地ほども離れている。


 例え大金を積んだとしても、この地位にある魔術師は模擬戦を行うとは限らない。

 だからこそ、これは得難い機会なのだ。


「ああ、そうだ。一つ忘れていた。重要な事だ」

「ハンデの事、ですよね?」

「察しが良いな。正しくその事だ」


 ハンデ。その言葉が出た瞬間、一層ゼルマの中で緊張感が高まる。

 本来ならば、舐められていると憤慨するべきなのかもしれない。

 だが、そうではないのだ。

 これはヴィザ―の驕りではない。

 ヴィザ―は真剣だ。真剣だからこそ、ハンデを提案する。

 戦いが拮抗するように、ヴィザ―がゼルマの実力を見られるように。


 事実、それだけの実力差が彼等の間には存在しているのだから。

 それを設けなければ、戦いは一瞬にして決着を迎えてしまうのだから。


「ハンデだが……こうしよう。私はこの模擬戦中、()()()()()()()()使()()()()事とする。これで君にとっては()()()()()()()に抑えられるのではないか?」

「…………ありがとうございます」


 少しの沈黙。

 その理由は、ゼルマが想定していたよりも僅かなハンデで済んだから。

 基本的な魔術しか使わない。現代魔術部門の魔術師である彼女にとって、それは魔術節で構成される単純な魔術しか用いないという宣言である。

 ゼルマが想定したハンデは、ここから更に用いる属性や系統を縛るものであった。だが彼女はそこに制限を設けなかった。

 彼女の中で、このハンデがゼルマとの模擬戦においては丁度良いものであると認識されている。


 つまり、それだけヴィザ―はゼルマの実力を信じているという事である。


 だが、念の為に確認しておかなければならない事もある。


「それはつまり()()()()()()()()()()()()()()()、という事ですよね?」

「当然だ。……不服か?」

「いえ……こうして魔術を見て貰える機会を貰えただけでも光栄です。これ以上はありません」

「そうか。ならば条件を追加しよう。君がこの戦いの中で私を追い込んだのなら……その時はアージュバターナーの血統魔術を使う。忖度無しにな。これなら君の士気も上がるか?」

「はい……俄然」


 そうだ。上がらない筈がない。


 ゼルマは魔術師だ。そして魔術が好きだ。

 そんなゼルマにとってアージュバターナーの血統魔術を直に見られる機会が、彼の士気向上に繋がらない訳が無い。

 例え大賢者の膨大な知識の中で魔術そのものについて知っていたとしても、それはあくまで『知識』であって『経験』ではない。『経験』こそが人を個人にする。


「なら良い。それ以外の細やかな決まりは大会規則を準用するとしよう。さあ、配置に着きたまえ」

「―――はい」


 そうして、二人は始まりを示す線へと着く。


 振り返り、向かい合う。

 当然、そこにはヴィザ―が立っている。

 服装は先程と大きく変わらない。

 手袋を着けた事以外は、装備すら変更していないだろう。


(警戒すべきは……あの手袋か) 


 ヴィザ―は杖を持っていない。

 杖は必ずしも必要ではないが、あれば魔力制御を補助してくれる。

 魔道具としてその外にも様々な機能を備える事もあり、便利なものには違いない。


 そんなヴィザ―が模擬戦に際して唯一身に着けたものがあの手袋である。

 杖ならぬ手袋。そこに何かがあると考えるのは当然の推理であった。


(魔道具か、それとも単に装備としてなのか。……いずれにしても、警戒は必要だな)


 過剰な警戒も認知を歪める事に繋がってしまうが、警戒をしない事もまた良くない。

 適度な警戒。現状では思考の片隅に置いておくことが適切だろうとゼルマは判断した。


「じゃあ行くよ。準備は大丈夫?」

「問題ない」

「大丈夫です」


 審判役兼見物人としてついてきたシジュウが確認をとる。

 互いに準備は終えている。

 この模擬戦に大会規則が準用されるのであれば、後は合図一つだけ。

 シジュウの声かけ一つで戦いが始まり、それは決着するまで終わらない。


 ゼルマの心拍数が上昇する。これまでに無い緊張が彼を襲う。

 この戦いにおいて、ゼルマは大賢者の力を一切使えない。

 レックスとの決闘の時のように、膨大な準備もできていない。


 文字通り、手元にあるものだけで戦わなければならないもの。

 ゼルマ自身の実力が測られるものだ。


 そして―――


「試合開始!!」


 戦いの火蓋が切って落とされる。


 ■◇■


〈火槍〉(フォア・ラノス)


 最初に仕掛けたのはゼルマだった。

 瞬時に組み上げられる魔術。燃え盛る火の槍が投擲される。


〈土壁〉(アウス・ウォルト)


 だが槍はヴィザーの肉体に到達する以前に防がれる。

 現れた土の壁へ槍が突き刺さり、火は霧散する。

 堅牢なる壁。しかし、そのあり様は壁ではなく盾に近かった。

 視界を遮らぬ様に、必要最低限の範囲にだけ展開されているのだ。


「美しい魔術式だ。基礎を疎かにした者ではこうはならない」

「それは、ありがとうございます―――〈火槍〉(フォア・ラノス)!」


 余裕を見せるヴィザ―に対し、ゼルマは間髪入れずに二つ目の槍を投擲する。

 一撃目と同様の魔術。だが軌道は異なる。先程の〈火槍〉が身体の中心を目掛けて放たれたのに対し、今回は更に上方、頭部へと真っすぐに放たれた。


〈土壁〉(アウス・ウォルト)。だがその火力では私を落とす事は不可能だ」


 しかし、それもまたヴィザ―によって軽々と防がれてしまう。

 彼女の盾が槍を防ぐ。


 彼女の言う通りである。

 この程度の火力では彼女へと攻撃を通すことは叶わない。


 丁度槍を防げるだけの大きさの土壁。

 局所的に展開される魔術は、いかに彼女の実力が高いかを示していた。

 凝縮された魔力が単純な〈土壁〉の威力をも底上げしているのだ。


 だが、それでもゼルマは攻撃の手を緩める事は無い。

 ゼルマが勝利する方法は限られているからだ。


〈火槍〉(フォア・ラノス)〈土槍〉(アウス・ラノス)〈水槍〉(クァズ・ラノス)!」

〈土壁〉(アウス・ウォルト)


 様々な属性による攻撃が飛翔する。だがその全てがヴィザ―の壁一枚で防がれてしまう。


(単純な〈土壁〉だけでもこの強度か……!)


 魔術の効果を決定するのは込められた魔力量や魔術式の出来だ。

 同じ魔術でも出力が異なるのはその為である。

 単純な魔術であっても魔術師が熟練の者であればある程に効果は高くなる。寧ろ、単純な構造であるだけに実力が如実に表れる。


(当然魔力量でも相手が上……!長期戦は不利になるだけだ)


 その点、ヴィザ―の魔術は完璧であった。

 見事な魔力の操作、見事な魔術式の組立。

 単純な〈土壁〉がより上位の魔術と見紛う程に洗練されている。


 感嘆する他ない、美しき魔術がそこには存在している。


〈身体強化〉(ストレガ・マキシア)〈土槍〉(アウス・ラノス)

「ほう―――〈土壁〉(アウス・ウォルト)


 故に、ゼルマは次の段階へと移る。

 身体能力を向上させ、遠距離ではなく中距離の戦闘へと移行する。


 硬い物質同士が衝突する音が響く。

 強化された筋力による一撃。しかし、それもまた彼女の防御によって防がれる。

 槍の穂先は彼女の肉体から少し離れた場所で土の壁によって停止してしまう。


「なら、そろそろ私の番だな」


 一瞬の停滞。槍が土壁に突き刺さる事で生まれた、動きの停止。


「―――〈土槍〉(アウス・ラノス)

〈三重土壁〉トリア・アウス・ウォルト―――クッ!!」


 瞬間、土の壁が隆起し形状は槍へと変化する。

 咄嗟にゼルマは槍を引き抜き防御を行うが間に合わない。


 槍は壁を貫通し、ゼルマの服を切り裂く。

 衣一枚分の回避。もう少し飛び退くのが多ければ槍は容赦無くゼルマの肉体へ到達していただろう。


「次だ。〈火球〉(フォア・サク)

〈水槍〉(クァズ・ラノス)!!」


 だが攻撃の手が緩まる事は無い。

 攻撃こそ最大の防御。しかしゼルマはたった今それを失った。


 飛来する火球。迎え撃つ水の槍。

 衝突した両者は水蒸気と共に消滅する。


「防御ではなく迎撃を選んだか。良い選択……」

〈二重火槍〉デュア・フォア・ラノス!!」

〈土壁〉(アウス・ウォルト)


 放たれた火の槍。二重に重ねられたそれは一回りほど鋭く、大きい。

 だがそれでもヴィザ―の〈土壁〉を破るには足りない。


(傷一つ、つかないか……!)


 〈土壁〉は基本的な魔術の一つだ。

 魔力で形成された土の壁は、物理と属性の両方への耐性を備えている。

 込めた魔力が強度へと直結する魔術。故にこそ多くの魔術師が多用する。

 実力ある魔術師が用いる〈土壁〉は鋼鉄の盾にも勝るのだ。


「意外と行儀が悪いじゃないか」

「真剣勝負ですから、ね!!」

「もっともだ。〈土球〉(アウス・サク)〈火槍〉(フォア・ラノス)


 ゼルマは手に持っていた土の槍を勢いよく投擲する。

 だが槍は〈土球〉で軽くいなされ、それどころか反撃として〈火槍〉が飛翔する。


〈土壁〉(アウス・ウォルト)

〈三重土槍〉トリア・アウス・ラノス!!」

「……!」


 ゼルマの攻撃は全て防がれる。

 だがヴィザーの攻撃はいとも簡単にゼルマへと達する。

 実力の差が顕在化する。基本的な魔術師か用いないヴィザ―の足元にも及ばない。


「ハッ!!」

〈身体強化〉(ストレガ・マキシア)〈風壁〉(ウィド・ウォルト)

「ッ!」


 振るわれる長槍を重ねて強化した身体能力と以て回避する。

 同時に、風の壁によってまき上げられた砂埃が一瞬ヴィザ―の視界を遮った。


 一秒にも満たない視界の混乱に乗じ、ゼルマは後方へと距離を取る。

 隙を突く攻撃ではなく、距離の確保を優先したのは身の安全を優先したからだ。

 優れた魔術師は魔力の感知能力も優秀である。ヴィザ―程の魔術師ならば当然、すぐにゼルマの位置を特定し追撃を仕掛けてくる事を見越しての行動だ。

 

「中々に良い動きだ。魔術式の乱れも殆ど無い。君の年齢でこれ程の練度とは。感嘆に値する。……だが、単調な魔術だけでは戦局が動く事はない」

「勿論理解しています」

「ではどうする?」


 ゼルマにとって重要な事、それは負けない事だった。


 当たり前の事かもしれない。

 だが、負けては逆転の機会も生じない。

 ゼルマにとって時間は敵でもあり、信頼のおける味方でもあるのだから。


「欲しかったのは時間です」

「ほう?」

「遅延魔術……起動!」

「ほう―――!」


 瞬間、ヴィザ―を取り囲むようにに展開される〈火槍〉(フォア・ラノス)

 その数、二五。


 二五本の火槍が一斉に射出される。


〈石壁〉(スティン・ウォルト)


 そこで初めて、ヴィザ―は一つ段階を上昇させる。

 周囲から自身に向けて射出される火の槍一つ一つの威力は然程大したものではない。

 遅延魔術はあくまでも魔術の発動を遅らせる技術。そこに威力向上の効果はない。


 だが二五本の火槍は一方向から向かっているのではないのだ。

 一つを防いだとしても、残りの槍が別方向から彼女を狙う。

 時間が足りず、数こそ少ないがレックスに対して行ったやり方と似たようなもの。


 一撃で足りぬならば物量で押す。それがゼルマのやり方。


 だが、それすらも。


「〈三重水壁〉!」


 地面に薄く展開される〈水壁〉。

 三重に重ねられたそれは通常よりも水量が多い。


 熱せられた石の壁に加え、漏れ出た火槍とぶつかり水の壁が一気に蒸発する。


「水蒸気か!」

〈気配遮断〉(ストレガ・ヒドロ)


 白い水蒸気が熱気と共に周囲に満ちる。

 水蒸気は視界を遮り、そして感覚器官を鈍らせる。

 加えて発動した〈気配遮断〉の魔術によって、ゼルマは物理的にも魔力的にも姿を隠した。


「魔力を帯びた霧……成程。魔力感知を対策したか」


 そうだ。現在この場に満ちている水蒸気は単なる水蒸気ではない。

 〈水壁〉が蒸発する事によって生じた水蒸気。それは微細ながらも魔力を宿している。

 僅かであっても〈気配遮断〉と併用すれば空間に満ちるゼルマの魔力が、ゼルマ本人の位置を隠してくれる。深い森の中に一本の木を隠すかの如く、魔力感知を妨害するのだ。


「だがまだ甘いな」


 未だ余裕を崩さぬヴィザ―が笑う。

 その笑みは何故か。

 それは深い霧によって隠される。


 だが、嫌な予感が―――


「君の技を借りよう。……遅延魔術、起動。〈五重土槍〉クイン・アウス・ラノス!」


 形となって襲い掛かる。


「ッ!!!!〈三重土壁〉トリア・アウス・ウォルト!」


 無数の針の如き土槍がヴィザ―の周囲に展開される。

 先程と似ているが、槍の先が向く方向は全くの逆。

 外から内に射出されるのではなく、それは内から外へと向けて放たれる。


()()()()()()…!そういう意味か!)


 準備していた攻撃魔術を破棄し、ゼルマは防御魔術を展開する。

 咄嗟の魔術。しかし三重に重ねられた〈土壁〉は見事に無数の槍からゼルマの身を守りきった。

 大半の槍がゼルマとは無関係な場所へと飛翔した事も防御できた理由だろう。

 全てがゼルマへと向けられていれば、〈三重土壁〉程度、防御にもならなかった筈だ。


 だが防御ができたとしても、状況は好転していない。

 無数の土槍が射出された風圧で、空間に満ちていた水蒸気がすっかり晴らされてしまっている。

 苦労して用意した場も、既に攻略されてしまった。


「……さて、どうだ」

「流石と言わざるを得ません」


 自分よりも巧い者が、自分よりも強い者が自分の技を使う。

 それは確かに光栄であれど、悔しさは隠せない。


 魔導士となり、魔術論文を公開するという事はそういう事だ。

 魔導士とは魔術を導く士の事。

 ゼルマの技術を用いる者が他に居たとしても、それはなんら不思議な事ではない。

 実際、ゼルマも過去の魔術師が残した論文を見て魔術を学んできた。自分だけ例外、とはいかない。


 だが理解はしていたとしても、眼前で見せられればそう思いもする。

 才能の差。自分よりも才能がある者が、自分よりも長い時間を鍛錬に捧げて来た。


 それがヴィザ―・アージュバターナーという存在なのだ。


「相手が仕掛ける機を読めばこの様にも使える。多少の誤差も対処可能になる上、反撃にも有効だ」

「…………」

「さぁ、終わりか?」


 だが、それでもゼルマの中にあるのは高揚だった。

 自らの力だけで戦える状況。自らの力を示す機会。

 あらゆる制限から外れた中にある、尊敬する者との手合わせ。


 終わりな筈が無い。


「いえ。さっきも言いましたが俺には時間が必要でした」


 ゼルマが杖を握り締め、魔力を集中させる。

 それは合図である。


「ここからが真打です」


 ―――〈廻る世界の(アル・クロワ・)時針〉(ディストリアム)起動。


 今、再び時計の針は動き出す。


 ■◇■


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