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大賢者の末裔  作者: 理想久
第一章 魔術師の始まり
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一時の敗北を是とするな。戦いは勝利を求めするものだ。

 

 ■◇■


「本気でやって良いんだな?」

「大丈夫だ。私も本気を出す」

「………」


 ゼルマ、フリッツ、エリンの三人は訓練場を訪れていた。

 最高学府内の施設は基本的に申請をすれば好きに使えるものが多い。空き教室や現在使われていない施設も含めればその数は膨大だ。権利が行き届いていない場所も多々存在する。


 フリッツとエリンが向かい合う。それを少し離れた場所から見守るゼルマ。

 二人の間には剣呑な空気が流れており、互いに互いの目を睨んでいる硬直状態。

 どちらから動き出してもおかしくない状況だった。


 そして、先に動いたのはフリッツだった。


〈身体強化〉(ストレガ・マキシア)!」


 身体強化の魔術を走りながらに唱え、更に加速する。

 両者の開始点はそれなりに離れていたが、みるみるうちにフリッツは距離を詰めていく。


 だが到着を黙って待つエリンではない。


「真っ向勝負か、そればかりだな!!〈風球〉(ウィド・サク)!!」

「うおぉぉぉぉぉおおおおぉぉ!!!」


 魔力が杖に集い、風の球を形成する。目に見ない不可視の球。

 そして風という属性の性質からそれは圧縮された空気弾そのもの。


 風球が飛ぶ、一直線に走るフリッツの方向へ。

 エリンに向けて駆けるフリッツとフリッツへ飛ぶ風球。方向が逆の物が正面から衝突すれば、威力は普通に受けるよりも大幅に増加する。

 だが、避けない。回避等元よりフリッツの選択肢には無い。


「おらぁッ!!」

「な―――ッ!?」


 故に、殴り飛ばす。

 風球は不可視の攻撃だが、それでも確かにそこにあるものだ。

 空気の流れや魔力の流れである程度は存在を把握する事自体は可能である。


 そして魔術を拳で殴れば、着弾時点で破裂する様に組まれた魔術は当然破裂する。

 魔力を拳に込めて、防御を固める。そして殴り飛ばす事で胴体への着弾を回避する。


 普通の魔術師ならば対抗する魔術で撃ち落とすのだろうが、フリッツは普通では無い。

 加速する時間を惜しみ、敢えて自分で攻撃を受ける。

 余りにも脳筋な戦闘スタイルだった。


「この、脳みそ筋肉男!〈風槍〉(ウィド・ラノス)〈土槍〉(アウス・ラノス)!!」

「それは誉め言葉だぜ!!おらッ!!」


 異なる属性魔術の連続起動。

 風で形作られた風の槍が空に現れ、土で形成された槍が彼女の手に握られる。


 エリンの得意とする魔術適性は風と土。これ自体はエルフという種族に共通した魔術適性だが、魔術素養の高いエリンはこの二種類の属性ならば魔術式を殆ど意識せずとも魔術を構築できる。


 フリッツが雄叫びを上げながら、拳を構える。素手だが、魔力によって強化された拳は籠手(ガントレット)を装着しているに等しい強度を持っている。

 空に現れた風の槍が飛来する。が、フリッツは再びそれを打ち払う。貫通力に優れた〈槍〉(ラノス)の魔術節だが、フリッツの頑強な肉体を傷つけるには至らなかった。


 そして、拳と土の槍がぶつかる。


「くッ…!!」

「パワーなら俺の方が上だっつーの!」

「ほざけ………!」


 肉薄する両者。拳と槍が鍔迫り合い、押し合う。


 そんな二人を眺めながら、ゼルマはどうしてこんな事になったのかと遠い眼をしていた。


 ■◇■


 時間は少し前に遡る。


 既に新学期が始まってから四日が経過し、五日目。

 この日は初日以来のゼルマ、フリッツ、エリンが集合した日だった。


「久しぶりじゃね?こんな風に集まんの」

「授業では顔を合わせているだろ」

「いやいや講義が終わって全員集まってんのは久しぶりだろ」


 必修の講義もある為、毎日講義中には顔を合わせるが講義外の時間で集まるのは確かに初日に集まって以来の三日ぶりだ。

 全員履修している講義が異なる為に、共通した空き時間というものを見つけるのは難しい。特にエリンは履修している講義の数が膨大な為に、この三人の中では最も多忙と言って良いだろう。


「たった三日だろう。一瞬じゃないか。お前寂しがり屋なのか?」

「そりゃあエルフの時間感覚からすればな!!お前この前一年が一瞬とか言ってただろ!」

「ぐっ………それは仕方ないだろう!」


 ◇


 それは彼等が一年次だった時。


「暫く旅行とかしたいな」


 と、呟いたフリッツに対してエリンが発した言葉に由来する。


「良いな。私も少しの間だが各地を放浪したがあれは良かった」

「へぇ、どれ位旅してたんだ?」

「一年位だな。一瞬だ」

「一年!?」


 ◇


「人種だと三日は久しぶり位なんだよ!な、ゼルマ!」

「人種でも三日で久しぶりは早いだろう!?」


 遂にゼルマに話題が飛び火する。

 はぁ、と軽くため息をつくとゼルマはようやく口を開いた。


「まぁ、二人共落ち着けって」


 この二人の仲が別に悪くないという事はゼルマにとって既知の事だ。

 しかしながらこの前の昼食の様に延々と言い争いを続けられても困る為に助け舟を出す。


「フリッツ、エリンはエルフだ。多少時間感覚が違うのはもう慣れているだろ。それに俺も三日は別に久しぶりじゃないと思う」

「げぇッ!」

「ふふん!やっぱりな!」


 同じ人種なら味方してくれると思っていたのか、ゼルマがエリンの側に立った事に驚くフリッツ。それに対していつの間にかエリンはゼルマの隣に立ち、腕を組んだ状態で勝ち誇った表情だ。


「…まぁ別に責めてる訳じゃ無いけどな。ムキになった、すまん」

「ゼルマ、私は何も言ってない。悪くない筈だ」

「おまっ!謝る所だろ此処は!?」

「今回は私は何も言っていない!」


 再加熱する空気に、ゼルマは再び溜息をつく。

 こうなると長い事は経験則で知っていた。


 繰り返すが二人の仲は別に悪くない。寧ろ常に三人で居る事からも彼等の中は非常に良い方だ。

 ただフリッツは熱くなりやすい性格だし、エリンはエリンで自分が正しいと感じた時は決して譲らない。両者が時にぶつかる事は珍しくない。

 ただ短期間でこうなるのは、流石に珍しい事だったが。


 ゼルマは正直疲れていた。

 色々考える事も多く、悩む事も多い。

 恐らくもうすぐ起きる事に対しての対策も考える必要があり、少々披露していた。


 だからだろうか、これはゼルマにしては不用意な発言だった。


「なら、魔術師のやり方で決めたらいい」


 その言葉が口から洩れた時、ゼルマは気づく。

 その言葉が、より面倒臭い状況を引き起こしてしまう事を。


「…良いな、そうしよう」

「…本当にやる気か?」


 二人が向き合う。


「久しぶりに戦りたくなった。丁度良いだろ?」

「なら移動しよう。この時間ならまだ申請出来るな。決着は早い方が良い」


 先程迄の熱が嘘の様に、二人は淡々と物事を進めていく。

 そうしてとんとん拍子に話は進み………


 ■◇■


 現在に至る。


「おっらぁッ!」

〈土壁〉(アウス・ウォルト)!」


 ゼルマの内にあったのは、諦観だった。


 ゼルマは彼等が戦う事自体は構わないと考えている。

 普段は長く一緒に居るが故に、中々こうした機会というものは訪れにくい。この三人が集まる時間は大抵会話や勉強、敷地内の散策等に使われがちだからだ。


 魔術を用いた実践的な戦闘は講義の中でも行われる。

 故に改めて模擬戦を行う、というのは特に休みの時間にする事は少なかった。


 だからこそ、こうして戦い互いの実力を身を以て確認する時間は必要だと感じる。

 例え付き合いが長くとも、実際に体験しなければ分からない事はある。


 ただ問題なのは、口喧嘩が由来の模擬戦であり、その口喧嘩の内容も『三日ぶりは久しぶりかどうか』という非常にしょうもない理由だという事なのだが。


(………はぁ)


 心の中でゼルマは何回目かも分からない溜息をするのだった。


 ◇


「ははっ!やっぱりお前は強いし楽しいな!!」

「硬すぎるだろう、お前!〈風槍〉(ウィド・ラノス)

「それはお前もだろ!」


 エリンの魔術をフリッツは強化された肉体を以て防ぎ、フリッツの攻撃を多様な魔術を使ってエリンがいなす。

 魔術師にしては少数派である身体強化による肉弾戦を得意とするフリッツとは対照的に、エリンはエルフの魔術師らしい魔術師。両者の戦い方は対局に見えた。


 互いの実力が拮抗しているが故の、膠着。

 距離を詰められ、距離を取る。その、繰り返し。


 それは彼等にとって普段は味わえない、充実の感覚。


(だけど、二人共まだ本気を出してない)


 そして遂に―――


「フリッツ」

「あ?」

「もう少し、本気で行くぞ」

「―――良いね。乗った!!」


 膠着は解かれる。


「風の精霊よ」

「〈我が身よ、鋼となれ(フランケン・イロン)〉!」


 エリンが、フリッツが、魔術を使う。

 それ等は単なる現代魔術では無い。


 フリッツの両腕が金属の光沢を帯びる。放たれる鉄色の輝きが、彼の衣服までをも覆いやがて肩までを光沢で包んだ。

 単なるメッキでは無い。現在のフリッツの両腕は魔術により、限りなく鋼鉄に近しい物質へと性質を変化させている。

 それが示すのは単なる材質の変化に留まらない。


 フリッツの先程までの頑強さも、膂力も全て生身の肉体から放たれたもの。いくら彼の出自が特殊だとしてもだ。肉体が鋼の硬度になった今、身体強化の魔術により上昇した彼の膂力・頑強さは先程の数段上を行く。


 これこそが彼の魔術、現代に生きる魔術師の魔術。

 家系によって伝承されし、固有の魔術。

 血統魔術である。


「太祖ペンテシアの盟約の元、希う」


 だがエリンとて遅れてはいない。

 来る攻撃を寸での所で避けながら、絶妙に距離を保ち続ける。


 彼女は言葉を紡ぐ。それは詠唱、現代魔術より失われた過去の遺物。

 だが、彼女が願う相手は神ではない。

 

 精霊だ。


精霊(あなた)の声は澄み、精霊(あなた)の声は清く響く!」


 精霊。それは世界に住まう目には見えない存在。

 だが確かに存在する。それは自然の権化であり、代弁者であり、調停者だ。

 世界に住まう、もう一つの住人。

 神と並ぶ、もう一つの上位存在。


 翡翠色の魔力が凝縮する。生み出される淡い緑風の塊。

 世界に潜みし精霊から力を借り、発現する魔術。

 風の精霊から愛された魔術、精霊魔術。


 その威力は単に魔術式で構築された魔術の数倍に及ぶ。幾ら強化された肉体とはいえ、彼の魔術の効果は全身に及んではいない。巨大な風塊が彼の身体に衝突すれば、ダメージは避けられない。


 故にこそ、彼は加速する。

 古代魔術の弱点とは詠唱。魔術式によって詠唱を省略させた現代魔術とは、その起こりが圧倒的に遅い。

 膂力、一撃の攻撃力に関しては現段階で彼が勝る。だが魔術の完成は彼の鋼化した部位以外にぶつかれば身体強化の魔術を貫通し彼にダメージを与える。


「今こそ歌え―――」


 胴体に回していた魔力を脚部に溜める。身体の防御は薄くなるが、互いに必勝の一撃。先に相手に打ち込んだ者がこの闘いの勝者となる。

 ならば、関係ない。


 更なる加速。エルフの身軽さでも余裕で追い付く速度に到達する。

 そして―――。


「うおおおおおりゃああああ!!」

「―――〈風精の羽ばたき(シルフィ・アストレア)〉!」


 鉄腕が、風塊がぶつかり、弾ける。

 魔力の衝突が更なる暴風を生み出し………決着を生み出す。


 そこに残っていたのは倒れる二人。

 同時の着弾、同時の決着。

 よってこの勝負は、


「………引き分け、だな」


 気を失う二人を見下ろしながら、ゼルマは呟いた。


 ■◇■

〇魔術の構築について

 魔術節:〈水〉や〈槍〉といった現代魔術における魔術を励起させる言葉。

 魔術式:古代魔術における詠唱に相当。現代魔術では魔術節によって魔術式を呼び起こし、魔術式を構成する事で詠唱の代わりとする。故に現代魔術はマニュアル化が進んでおり、多くの魔術の魔術式効率化が為されている。


〇魔術における書について

 魔術書(スペルブック):魔力を通すだけで込められた魔術が発動する魔道具の一つ。

 魔導書(グリモア):ある魔術についての理論が書かれた書。魔術式も併記されている場合が多い。

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