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大賢者の末裔  作者: 理想久
第三章 魔術師の宿題
69/87

竜からでも蜥蜴からでも 弐


 ■◇■


 最高学府は広大である。


 外壁の内側だけで経済が成立し、住人が暮らす。

 住人とは魔術師だけに限らない。商店で働く者や貴族の従者等、様々だ。

 内部人数を正確に把握している者は最早極一部である。


 最高学府において、内外の出入りは厳しく管理されているとはいえ限界も存在する。

 過去の記録になるほど信憑性は低くなり、中には『入国』の記録はあっても『外出』の記録が無い状態にある者も多い。

 

 更に言えば多くの魔術師にとって『誰が居て』、『誰が居ないか』等どうでも良い事なのだ。

 自身の友人や門弟が居なくなったのならば兎も角、数多居る学徒の内一人が姿を隠したとて殆どの者は気にも留めない。知りもしないだろう。

 最高学府に限らず、社会とはそういう構造なのだ。


「―――ッオイ!どこ見てんだ!!」 

「………あ?」


 一人の大柄な男が突然怒鳴りだす。

 男の目の前には深々とフードを被った者が一人。


「あー痛てぇなぁ。これは痛てぇなぁ!どうしてくれんだ!?」

「…………手前が態々ぶつかって来たんだろうが」

「あ!!??聞こえねぇなぁ!」

「…………」


 そう叫ぶ男の姿は魔術師然としたものではなかった。

 どちらかと言えば戦士に近い軽装備、それも野蛮と言える程には古びている。更に腰に佩いた剣も彼が純粋な魔術師ではない事を証明していた。


「…………傭兵か」

「あ?さっきから声がちっちぇな。何言ってんのか分かんねぇよ魔術師野郎」


 それもその筈、男はそもそも魔術師ではなかった。

 男の職業は傭兵。護衛等を主として依頼を請ける者である。

 傭兵の中にも魔術師は居るが、魔術が使える者ならば他の職業を選ぶ事が多く、結果的に傭兵を生業として選ぶ者は純粋な戦士型の人間が多かった。


 こうした傭兵は基本的に最高学府へと訪れる商人の護衛として共に訪れる。

 最高学府内でも一定程度の自給自足は可能だが、それでも外の世界でなければ手に入らない品々は多い。入手地域が限られる素材や、最高学府外にも優秀な造り手は存在するのだ。


 故に最高学府には頻繁に多種多様な商人、商会が訪れる。

 そして彼等を護衛する為に冒険者や傭兵といった者達が雇われ、共に最高学府へと訪れるのだ。


「おら、誠意を見せろや。そんなんも分かんねぇのか!」

「…………チッ」


 フードを被った人物が一瞬、手にしていた杖を強く握りしめるが、すぐに力を緩める。


 そして数秒の沈黙の後、


「……悪かったな」


 謝罪の言葉が紡がれる。

 誰がどう聞いても心からの謝罪では無かったが、確かに謝罪の言葉ではあった。


 そうして、フードを被った人物が傭兵の傍を通り過ぎようとしたその時。

 ガシッ、と。伸びる手に肩を握られる。

 手の主は当然……傭兵であった。


「おい、ちげぇだろ。誠意だよ、誠意。誠意を見せろって言ってんだ」

「謝っただろうが」

「おいおいマジで言ってんじゃねぇだろうな?まさか魔術師ってのはそんな馬鹿なのか?誠意って言ったら……金だろうが!当たり前だろうが!!」

「…………正気を疑うな」


 傭兵の手は太く、筋肉質だった。

 傭兵の語気の強まりに合わせ、手はより強く肩を握る。

 金を払う迄、傭兵の手が緩まる事は無い事は明白だった。


 傭兵は怒りの表情を浮かべている。

 自身の想定通りに事が運ばない事が気に喰わないのだろう。


 一瞬の沈黙が訪れるが、それすらも今の男には我慢できなかったらしい。

 男は一層怒気を孕んだ声で、叫ぶ。


「分かったならとっとと金を―――ッ!?」


 しかし、その言葉が最後まで紡がれる事は無かった。

 まるで何かが傭兵の口を覆ったかのように、声が途中で途切れたのだ。


「―――ぁあ、あぁ!?」

「…………クソ、分かったよ」


 だがそれも一瞬。

 すぐに傭兵の声は元に戻り、耳障りな野太い声が響く。


 何を理解できていない傭兵は戸惑いを隠せずにいる。

 対して、フードを被った人物は何かを諦めたように懐から金を取り出し傭兵へと差し出した。


「て、手前何しやがった!!??」

「そんな事気にすんな。これが目的なんだろ、さっさと受け取れよ」

「―――チィッ!」


 傭兵は差し出された金を奪い取る様に受け取ると、そのまま走り去って行った。

 まるで、理解出来ないものに背を向ける様に。


「…………クソ面倒臭いな」


 そんな男の背中を見る事も無く、フードを被った人物は再び歩き始めた。


 ■◇■


「…………ふぅ」


 そこは殺風景な部屋だった。

 家具や物が少ないという意味ではない。生活感が無いという意味で殺風景だった。

 その部屋には暮らしている空気が無かったからだ。


 部屋に完全に入るや否や、その人物は先程まで深々と被っていたフードを脱ぐ。

 フードの下から露わになったのは、鋭い目つきをした若い男性の顔。


 男の名はレックス・オルソラ。

 最高学府から居なくなった事になっている魔術師である。


「ふぅ―――」


 レックスは上着を脱ぎ捨て、ソファに寝転がる。

 その動作はこなれていて、普段から彼がこうしている事が見て取れた。


 そうしてソファに寝転がったレックスが瞼を下ろそうとしたその時、彼の胸元に熱がこもる。

 不機嫌そうに目を開くと、そこには薄く赤い光を放つ首飾りがあった。


「あぁクソがッ!!!!」


 レックスは叫ぶが、その声に答える者は居ない。

 少なくとも、今は。


「……何の用だ」

『悪いな先輩。起こしたか?』

「……いいや。だが一番最悪なタイミングだ」

『そうか。それはすまなかった』


 念話。それは遠く離れた相手との意思疎通を可能にする力だ。

 この力によってレックスはいつでもどこでもゼルマ・ノイルラーからの指示を受ける事ができる。そう、いつでもどこでも、どんな時でもだ。


『だが、首飾り(それ)のお陰で少しはマシだろう?折角褒美で渡したんだ、活用してくれ』

「結局手前から突然連絡が来やがるのは同じだから腹立ってんだよ……!」

『それは俺だって同じだ。……まぁ俺の方は一段階噛ませてるが』

「クソが…………許さねぇ…………」

『仕様だからな。仕方ないんだ。説明しただろ?それに分からなくても不便だ』


 ゼルマの言う通り、念話は非常に便利な力である。 

 距離の限界があるのかレックスには分からないが、少なくとも最高学府の端から端までは余裕で会話可能。しかも魔力消費も少ない。

 そして『いつでも』、『どこでも』というのはレックスの私生活を考えれば非常に腹立たしい要素ではあれど、この力を更に強力にしている要素でもある。

 非常時に気が付きませんでした、では洒落にもならない。


 レックスにもそれが分かっているからこそ、前回の褒美として利便性を上げる首飾りを要求したのである。


「で、今日は何の用だ?仕事の話ならさっさと言え」

『ああ、そうだな。今日の用件は二つだ』


 その言葉にレックスは少しの疑問を覚える。

 それは今までのゼルマの言葉とは違った言い回しだったからだ。


『まずはエリザベートへの情報共有だが、感謝する』

「あ、なんだそれ?何今更言ってんだ?」

『褒美をやる必要があるからな。好きなものを言ってくれ』

「あー、あれもそういや仕事だったな」


 余りにも単純かつ簡単な仕事だったが故に、レックス自身も忘れてしまっていた。

 確かにエリザベートへの情報共有もゼルマから言い渡された『仕事』である。

 そして『仕事』であるのなら、レックスには褒美を貰う権利があるのだ。


「悪いが、一旦保留で良いか?また思いついたら言うからよ」

『勿論構わないさ。好きな時に言ってくれ。但し、内容によってはすぐに用意できない事だけは覚えておいてくれよ?』

「ああ、それでいい」


 普段ならば予め何かしら考えておくのだが、今回は不意だった為に考えていなかった。

 それならば今無理矢理に褒美の内容を考えるよりは、必要に応じて褒美を貰う方が効果的であるとレックスは判断したのだった。


「因みにだが、褒美の限界はあるのか?」

『無い。契約上、どんな内容の仕事であれ一つにつき一つの褒美だ。俺の独断で褒美を増やす事はあるだろうがな。少なくとも意図的に上限を下げる事は無い』

「へぇ、そりゃ良心的だな。全部あんな仕事なら楽でいいぜ」


 どのような仕事でも貰える褒美の質が変わらないのであれば、当然簡単な仕事の方が良い。

 レックスに与えられたこれまでの仕事は、どれも何かしらの危険性を孕んでいた。諜報活動然り、闘技場での制圧も然りだ。

 だがエリザベートへの情報共有は完全に安全な仕事だった。


 ゼルマへ襲撃を仕掛けたレックスが言える事ではないのだろうが、最高学府の中で普通に過ごす分において命の危険というのは無いに等しい。

 エリザベートへの情報共有も、大枠で見れば十分普通の生活の範疇だろう。


『それは違うな』

「あ?」


 だが、そんな考えをゼルマは否定する。


『先輩は刺激が無い生活には耐えられない人間だろう?』

「…………」


 ゼルマの言葉に、レックスは何も言えなかった。

 その言葉は確かにレックスの無意識の性質を掴んでいたから。

 言ってしまえば図星だったのである。

 

『さて、二つ目の話に入ろうか』

「……やっと仕事の話かよ」

『いや、仕事の話ではないな』

「あ?仕事じゃないなら何なんだよ」


 これまでゼルマは基本的に仕事の話しかしてこなかった。

 世間話をする事はあっても、それは仕事の前座だけ。

 私生活の話をする事も、共にする事も無かったのだ。


『これまで頑張ってくれたからな、お前達全員に対して何かしら褒美を出そうと思う』

「は……?んだそれ。しかも今全員って言ったか?」

『ああ。全員だ』


 現在ゼルマと契約を結んでいるのはレックスとエリザベートだけではない。あの日ゼルマによって殺されたオルソラ家配下の魔術師もまたゼルマの契約魔術によって縛られている。


 彼等もレックスと同じく褒美を受ける権利を有しているのだが、一々ゼルマが全員と話すのも非効率的であるため普段はレックスに窓口を集中させているのだ。

 そしてレックスもまた全員から褒美を確認するのは面倒くさいので、これまでは褒美を一律保留にしておいて何かあればゼルマに伝えるという形を取っている。


 これができるのはレックスが現在もオルソラ家から仕送りを受けているという背景があるからだ。


「急にどうしたんだ?気でも狂ったのか?」

『酷い事を言うな。単に前回の一件はお前達の働きで助かったからな。士気を上げる為にも、何か還元してやろうかと思っただけだ』

「…………」

『で、何が欲しい?勿論限界はあるが』


 突然の提案。

 だが先程の個人的な褒美とは異なり、今回は全員に作用する褒美だ。

 

「……それも保留にしといてくれ。一度アイツ等にも聞くからよ」

『へぇ。随分優しくなったんだな?』

「クソが。オレは変わってねぇよ」


 レックスの決定に逆らうような部下は居ないだろう。

 彼等はオルソラ家の魔術師としてレックスに忠誠を誓っている。

 更に現在はレックスが指揮系統で言えば上司としてゼルマとの繋ぎも担っている事から、裏切られるという心配もない。


 だがそれでも彼等を気にかけたのは、同じ境遇に居る仲間という意識がレックスの中に生じているからなのかもしれなかった。


「……で、話は以上か?ないならもう切る」

『ああ。話はこれで終わりだ。……いや、すまないもう一つあった』

「…………なんだよ。今日はムカつく事があって気が立ってんだ」


 現在レックスは最高学府に存在し無い事になっている。

 その為、レックスはゼルマから極力目立たないように言いつけられていた。

 実際、諜報活動等を行う視点からしても素性が露呈しないようにするのは効果的だ。


『そろそろもう一つ仕事を頼む事になりそうだ。心の準備だけしておいてくれ』

「……了解」

『エリザベートにも頼む予定だ。何かあれば先輩として助言も頼む。じゃあな』

「―――あぁ!?おい!待て!!おい!!!!」


 そんな面倒な事、引き受けるか!と。


 だが既に念話は終了し、声は一切届かない。


「クソッたれ!!!!!!!!」


 レックスは怒りのまま、今日一番の怒声を上げたのだった。


 ■◇■


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