優秀な魔術師は千の宝にも勝る。
最近投稿時間が安定せず、すみません。
評価、感想、励みになっております。
■◇■
「―――〈火剣〉!!」
「〈水壁〉〈土壁〉」
火炎の剣が伸びて眼前に迫る。
しかし剣を迎え打つ二種の壁が身を護る。
流水の壁が火勢を緩め、土壁が襲う炎熱を弱める。
しかし、少女は手を緩めない。
「〈石槍〉!」
フェイムの手に握られる鋭き石の槍。
火炎の中を駆け抜けて、フェイムの姿は土壁の前にあった。
これこそが彼女の策であった。
既に熱への耐性を付与する〈排熱強化〉の魔術は発動している。長時間の活動なら兎も角、数秒程度ならば燃え盛る火炎の中であれ暑さを感じる事なく行動が可能だ。
少女は、フェイム・アザシュ・ラ・グロリアはこの状況を待っていたのだ。
過剰とも言える魔力を注ぎ〈火剣〉の魔術式の範囲内においてフェイムができる極限まで火力を上昇させた。そして訪れる熱を防ぐ為、物理的な遮断能力を有する〈土壁〉を相手が使用すると読んで。
〈土壁〉によって防がれる視界。それは一瞬であれど必ず隙を生じさせてしまう。
その隙を狙った一撃。
貫通力に優れる〈石槍〉を用いて〈土壁〉を突破する。
〈土壁〉と〈石槍〉。同程度の魔力ならば間違いなく〈石槍〉は〈土壁〉を穿てる。
たったの一撃。だが今回のルールでは一撃さえ当てればそれで良い。
衝撃が響き、石の槍が土の壁を貫く。
完全なる死角からの一撃である。
火炎を潜り抜けて訪れる意表を突いた一撃だ。
避けられる筈も無い。
これで勝利の筈だ。
だが……。
(手応えが、無い―――ッ!!)
咄嗟に、フェイムは殺気を感じて振り返ろうとする。
後方に感じる濃密な魔力の存在感。それは何度も感じた気配だった。
振り返らなければならない。
しかし、フェイムは振り返れなかった。
背後から首元に添えられる杖。
一動作でも行えば、杖は魔術を纏って武器へと変わるだろう。
「これで終わりだな」
「…………参りました」
フェイムとゼルマの模擬戦はゼルマの勝利で終了した。
◇
「中々基礎が出来て来たな。この調子で光魔術以外も伸ばしていけ」
「はい。ありがとうございました」
「今回の策も悪くは無かったが、視界を完全に覆う程の火炎は相手に意図を察させてしまう可能性もある。もう少しカモフラージュを学ぶんだ」
「今回は行けると思ったんですが……残念です」
「悪くは無かったと言っているだろう。後は使い方だ。それに模擬戦の趣旨は俺に勝利する事じゃない。基本的な魔術の使い方と組み分け方を学ぶ事だ」
ゼルマは模擬戦を終えて、フェイムへと指導をしていく。
少し前からゼルマはフェイムに頼まれて、度々日頃の成果を見る為に模擬戦を行っていた。
基本的なルールの部分は新星大会のものを準用しているが二人だけの特殊なルールが二つ。
一つはフェイムの光魔術の使用禁止。
フェイムの光魔術は非常に強力な魔術だ。その実力は高く、適正だけで見れば間違いなく世界最高峰の域に達している。
だがそれ故に彼女は他の属性魔術を使用する経験が浅かった。適性が低いのであれば無理に伸ばす必要性も無いが、彼女の場合は高い適正を有しながらもこれまで積極的に使用してこなかった為に練度が低いのである。
折角の高い適正も伸ばさなければ宝の持ち腐れである。その為ゼルマとの模擬戦においては光魔術の使用を禁じ、他の魔術だけで戦うようにしていた。
そして二つ目は基本的な魔術以外の使用禁止。この場合の基本的な魔術とは魔術節だけで構成されるような魔術の事だ。例えば〈火球〉や〈土壁〉のように、短文で構成される魔術である。
これには当然フェイムの生得魔術である両目の力も含まれている。
一応理由としては基礎力を伸ばしていき、対応力を向上させる為……としているがもう一つ理由がある。それはゼルマ自身の為だ。
(……そろそろ何かしないと拙くなってきたな)
ゼルマとフェイム。二人の魔術の才能を比較した際に、どちらが高いかと言われればそれは間違いなくフェイムの方である。
ゼルマには人造魔術回路によって大賢者と同じ魔術回路があるが、それは常に制限をかけられており大賢者と同じ性能を発揮できる訳ではない。
素の状態のゼルマとフェイムでは、魔術の才能に天と地程の差がある。
そんな状況で高度な魔術の使用を可能にすればどうなるか。
ゼルマの勝率はかなり下がってしまうだろう。
今はまだフェイムの未熟さ故に対処出来ているが、高度な魔術は知識の差を覆してしまうだけの力がある。そうなればゼルマも確実に勝てるとは言えなくなる。
勿論それはそれで構わない。
彼女の才能から言って、そう遠くない日に完全にゼルマを抜かす日が来るだろう。
それははゼルマにとって決して悪い事ではない。
だがゼルマの敗北は、同時に彼女に対して疑念を生じさせる可能性を孕んでいる。
疑念……即ち、『ゼルマが大賢者ではないのではないか』という事だ。
それを避ける為に、ゼルマはこのルールを付けた。
建前はフェイムの成長の為。しかし実際にはゼルマも同時に成長する為に。
来るべきその日を、出来る限り遅らせる為に。
「……しかし、毎回ここまで良い場所を抑えて貰わなくても大丈夫だぞ?単なる模擬戦だ」
「そんな事はありません!師匠との貴重な時間ですから、出来る限り良い空間で行わなければ」
「まぁ……ありがたい事はありがたいが……」
二人が現在居る場所は最高学府に数ある訓練場の一つだった。
以前エリンとフリッツの模擬戦の際にも使用した訓練場だが、一つあの時とは異なる点がある。それはあの時使った場所よりも圧倒的に広く、設備も充実しているという事だ。
「これだけ広いと貸出料も凄いんじゃないのか?」
「それ程高くありません。一月あたり三百万アルゼ程です」
「…………もう一度言って見ろ」
「一月あたり三百万アルゼ程です」
アルゼというのは最高学府内通貨の名称である。
最高学府内で勤務する一般の職員の一月あたりの平均収入が約三十万アルゼだ。そして三十万アルゼもあれば普通は生活に困る事なく暮らしていける。
その、十倍の金額。
有りえない値段と言って良いだろう。
因みにエリンとフリッツの模擬戦で使用した訓練場は無料である。
訓練場にも無料の物と有料の物があり、当然使用金額が高額になる程設備も充実していくのだが……それでもこの額は最高クラスだ。
「通りで良い場所だと思ったよ……いや、待て。お前今一月あたりと言ったか?」
「はい。言いました。それが何か?」
「何故一日あたりと言わなかった?お前まさか……」
「勿論。一ヶ月単位で借りていますよ?」
「――――――」
絶句とは正にこの事である。
ノア・ウルフストンも金遣いは荒い方だ。一月の使用金額で言えば決してフェイムに引けを取らないどころか買っているまである。
だがしかし、彼女の支出は実際に物を購入するという使い方だ。購入した物もピンキリだとはいえ無駄にはならないし、手元に残る。もし要らなくなれば売却もできる。……彼女はしないだろうが。
だがフェイムは違う。
一月あたり三百万。その全てを十全に使うのならばまだ良いだろう。
しかしゼルマがこれまでフェイムと模擬戦を行ったのは智霊大祭からの約一か月間で本日を含めて四回。凡そ一週間に一度の頻度である。
残りの日は、全て使わないのに使用金額を払っているという事だ。
「……何故一か月単位で借りているんだ?」
「もし急に師匠と模擬戦を行う事になっても安心ですし、それに模擬戦以外でも訓練に使えますから。いっそ貸し切り状態にした方が安心かと思いまして」
「…………」
実際こうした使用金額が設定されている施設を一か月、或いは年単位で借りる事は無くはない。
教師が開く教室が借りたり、或いは学徒団体や講座で金を出し合って活動場所にするという事もたまにある話だ。
だが個人の場合は訳が違う。ましてや一か月に数度しか使わないにも関わらず、これだけの金額の施設を一か月単位で借りるのは非常に稀だ。
「……あの、駄目でしたか?」
「いや、駄目という訳ではないが……」
ゼルマも魔導士になってそれなりに収入を得られるようになってきたとはいえ、あくまでもそれなりだ。魔導書の購入や研究の為にも、無駄遣いはしないように心がけている。
使えない金が無い訳ではないのだが、手を付けなければ無いも同然。
そんなゼルマにとって月三百万は驚愕の金額である。
勿論上を探せばまだまだあるのだろうが、それでもだ。
たった二人だけで使用するにしては広大な空間。外部からの盗み見等を防ぐ魔術によるセキュリティ。各種訓練器具等も取り揃えられている他、日常的に過ごす事を想定した生活部屋も備わっている。
正直ゼルマの自宅よりも研究室よりも良い空間だ。
「だが良いのか、月に三百万も使って。何か言われるんじゃないのか?」
「それは問題ありません。生活費としてそれなりの金額は与えられていますので。月に三百万程度なら、まだ大丈夫です」
「……そうか」
流石は大陸随一の大国である帝国の皇女。
金銭感覚というものが最初から違っているらしい。
三百万程度とは、一体生活費はどれだけになるのだろうか。
「あ、侍従には小言を言われました」
「……何と言われたんだ?」
「『無駄にならないようにしてください』とか『しっかり持ち帰るんですよ、逃がさないように』とかですね。勿論、しっかり訓練で得た経験は持ち帰るつもりです。師匠との貴重な時間ですからね」
明らかに後者は普通の小言ではない。
「……そうか。因みにその侍従には俺の事を話したのか?」
「はい。あ、勿論話しても良い部分だけですけれど。最近魔術を教わっている人が居る、と」
「その時他に何か聞かれたか?」
「はい。師匠の事について聞かれたので当たり障りなく答えておきました。最近気になっている魔術に詳しい男性の魔導士の方、と。あの事については誓って話していません」
「……………………そうか。良く、分かった」
確かに間違っていない。何も間違っていない。
帝国の皇女であるフェイムは本来ならば侍従を付けなければ自由には出歩けない立場の筈だ。少なくとも帝国ではそうだっただろう。
それが仮にも今自由に行動出来ているのは最高学府という場所の特異性があっての事だ。
最高学府において、帝国皇女という身分は確かに高いとはいえ帝国内程に絶対的なものではない。帝国皇女であっても最高学府では一学徒。権力に無頓着な魔術師にとっては何も関係ないと言っても良いだろう。
しかし、それでも万が一はある。
実際にゼルマとノアは街中で襲撃にあったし、ゼルマはレックスに一度殺されかけている。
最高学府の中であったとしても、それが危険ではないという事にはならないのだ。
侍従の仕事はフェイムの身の回りの世話だけではない。
彼女の身の安全を守る事もその仕事の内。まして、彼女に付いて遠い帝国の地から最高学府にまでやってきた者達だ。その忠誠心は非常に高い筈だろう。
故に侍従がフェイムが出会う人間について尋ねる事も、調べる事も何も間違っていない。
寧ろ当然の行動だ。ゼルマが同じ立場でもきっと同じ事をする。
『帝国の皇女が毎月三百万も使って訓練場を貸し切りにしてまで隠れて出会う程に有能な正体不明の男性魔術師』。怪しいにも程がある。調べないという方が無理がある。
それでも今こうして二人きりで出会えているのはフェイムがそれ程に信頼されているからなのだろう。それはひとえに彼女の人望あってこそだ。
だが言い方が悪かった。
恐らく侍従達の間では実態以上にゼルマの存在が大きく見えている筈だ。
あのフェイム・アザシュ・ラ・グロリアが魔術を教わっているのだから、さぞ素晴らしい魔術師なのだろう、といった具合に。
そして、これはあくまでもゼルマの憶測に過ぎないが文字通り『持ち帰ろう』とされている可能性もある。つまるところ引き抜きだ。
大陸には『優秀な魔術師は千の宝にも勝る』という言葉がある。大賢者が残した言葉ではないが、広く知られている言葉だ。
更に言えば文字通りではない持ち帰られ方も考えられている可能性すらある。
これが魔術師の怖い所だ。
「はぁ…………」
ゼルマは天井を仰いで、深くため息をつく。
最近広まっている噂に引き続き、侍従から注目を受けているという事実まで発覚した。
この件に関してフェイムを責める謂れは無い。フェイムはしっかりとゼルマの事を隠した上で、訓練場を用意してくれている。……訓練場の値段はさておくとして、だ。
(どの道、いずれはこうなっていた……か)
フェイムとここから先、師弟関係を続けていくのであればいずれは侍従からの目が増える。それは仕方の無い事だ。
だが正体が露呈するのは避けなけばならない。侍従にゼルマの正体が割れれば、間違いなくその上に……〈栄光帝〉にまでゼルマの事は伝わってしまう。
(何か対策を考える必要があるかもしれないな……考える事が多い)
そんな事を考えていると、フェイムから声がかけられる。
「あの、それでこの訓練場はどうしましょう?実は来月分ももう予約しているのですが……」
「…………」
フェイムの言葉を受けて、ゼルマは訓練場を見渡す。
どこを見ても質の高い訓練場だ。
少なくともゼルマの収入では手が届かない。
少し考えた末、ゼルマは。
「……そのままで良い。だが勿体ないのでこれからの指導は此処を使うようにする。頻度も上げよう」
「!!ありがとうございます、師匠!」
喜ぶフェイムを尻目に、ゼルマは内心で何度目か分からないため息を零すのだった。
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