権威とは誇る為にあるのではない。更なる権威へと高める為にある。
18時に投降されたものもよろしくお願いいたします。
■◇■
世界最高の魔術の学び舎である最高学府。
そんな最高学府には六つの部門が存在している。これらは六門と呼ばれ、最高学府の魔術師にとっては非常に馴染み深いものとして根付いている。
入学後三年が経過したものは例外なく六つの部門のどこかに所属し、魔術を学んでいく事になるのだ。
部門が分かれれば派閥も生まれる。
現代魔術を修める者、古代魔術を修める者、魔道具を開発する者、魔物を調べる者………部門とは魔術の大系であり、大系であるが故に別の部門と分かたれたのだ。
そして六門の内が一つ、歴史を蒐集し、過去から智を取り出す部門が魔術歴史部門。
その門主となる家系こそウルフストン家であった。
■◇■
「久しぶりだねぇ、一週間位?」
「もうすぐ一ヵ月と半月です、先輩」
「えぇ、嘘だ。そんなに経ってたっけ?籠ってるとすぐ忘れるんだよねぇ」
「日光は浴びて下さい、病気になりますよ」
既に日は沈みかけ世界が朱色に染まりつつある中、二人は商店街の外れにあるベンチに腰掛けていた。
ノアは話している最中も何処か異なる場所に居る様で、目を離せばそのまま浮いて何処かに飛んでいきそうな雰囲気を纏っている。
「いやぁ探していた古書が手に入ったからさ、つい夢中になっちゃってね。知ってる?帝国だとまだまだ未発見の古書が眠ってるんだよ。宝の山だよね。この本も最近出土したやつで、もしかすると大賢者の新刊かもよ?」
「………浪費していると怒られますよ」
「大丈夫だとも。ウチはそういうの甘いからね、権威はじゃんじゃん使ってかないと損じゃない?ウルフストンは六門主の家系の中では貧乏な方だけど、使わないと腐るだけだからねぇ」
ノアの言う様にウルフストン家は他の門主の家系と比較すれば裕福ではない。しかしそれは六門主の中での話であって、ノイルラー家出身のゼルマからすれば十分過ぎる程に金持ちだ。
会話の中で出た古書も、一体幾らの値ついていたものか想像も出来ない。
「あぁ、そうか。一ヵ月も経ったという事は君は二年生だ。おめでとう、留年しなくて良かったね」
「ありがとうございます」
「あはは、後一、二年もすれば自由の身だからね。君も私を目指して頑張り給え」
「………」
ノア・ウルフストンは既に入学後三年が経過している学徒。自由にあらゆる講義を受講する事が可能であり、教師達が開く個人の教室、研究室に在籍し個人の研究を進めている時期だ。
実際ノアは有能だ。入学から五年、三つの魔導士の学位を取得している。面倒だからという理由で講座は開いていないが、講師として講座も開けるし研究室も持てる。
本来は研究費用の為に講座を開講したりするのだが、ノアは実家の財産を使う事で煩わしい金策からはかけ離れた場所に居た。
「そうだ!君が三年を終えたら私の所に来なよ!うん、それが良いね。その時には私も講義を開いておくからさ。あっでも教室は教師にならないと駄目なんだっけ………それは面倒くさいなぁ………」
講師と教師には明確な境界線がある。
講師は魔導士の学位を取得した魔術師が開講しただけの存在だ。魔導士の学位を取得さえすれば誰でも講義を開講出来る為、魔導士なら誰であっても講師になれると言える。
対して教師は最高学府から認定を受けなければならない。
魔導士の学位のみならず、教師に相応しい実績や実力を兼ね備えた魔術師。最高学府の中でも一握りの優秀な魔術師が、後進を育成する為になるのが教師なのである。
「でも良いアイディアだとは思わないかい?」
「そうですね、面白いとは思いますが………お断りします」
「えぇっ!?今のは受けてくれる流れだったじゃないか!」
よもや断られると思っていなかったのかノアが素っ頓狂な声を上げる。
「まず先輩の専門は魔術歴史でしょう。俺の専門は違うので」
「で、でも受講する位良いだろう………?」
「それに俺が先輩の研究室に行ったら今以上に先輩は駄目人間になるのが目に見えてる」
「ギ、ギクゥ!………そ、それは………まぁ、うん………」
ノアという魔術師は確かに優秀だが、同時に生活能力に関しては幼児レベルだ。
ゼルマが紹介した定期便が無ければ恐らく買い物に行くのを面倒くさがり、何も食べない生活を送っているだろう。支払いという強制力、ゼルマの紹介の二種が無ければそれすら行かないかもしれない。
出会ったのは一ヵ月半ぶりだが、その間もノアは定期的にあの商店に行っていた筈だ。逆に言えばそれ以外では殆ど外に出ていなかったが故に、久しぶりの邂逅だった訳だが。
「じゃ、じゃあ君が三年を終えるまでに少しはマシな生活を送れる様に頑張るよ!うん!」
「………じゃあ俺も考えておきますよ」
「ほ、本当だね?魔術師の契約だぞこれは!」
「そこまで大層な物じゃないでしょうが。それに出来るんですか?」
ノアは最高学府に入学してから五年、今が六年目だ。ゼルマが現在二年目なので、ノアはゼルマの四年先輩という事になる。
しかしノアとゼルマでは入学時の年齢が異なる。
ゼルマが入学したのは十七歳で現在十八歳だが、ノアが入学したのは十五歳であり現在ニ十歳だ。
この十五歳というのはクリスタル・シファーの入学時の年齢と同じだが、ノアの場合は家庭が家庭なのでそれ程早いという訳でも無い。
「出来るとも!これでもウルフストンの魔術師だからね!」
「全然心配だな………」
殆ど根拠の無い家名の宣言に一層不安になるゼルマだった。
◇
「そういえば」
何かを思い出したのか、目の前の砂場で作っていた城づくりの手を止めてゼルマに語り掛ける。
見ればかなり精巧な造りの城が砂場には聳えている。
「アレはどうなったんだい?ちょっと前に結果が分かったんじゃないの?」
アレ。その言葉にゼルマはすぐ思い当たる。
「………駄目でした、まぁ予想通りです」
「そっか………でもまだ機会はあるし、諦めず挑戦だよ若人よ」
親指を立て、にへらと笑うノア。
砂場の上に居る事も相まって、その姿は非常に子供っぽく見える。元々童顔だが、一層にだ。
「若人って二年しか変わらないじゃないですか」
「二年は大きいだろう!魔術師は二年もあれば蛹から蝶になるぞ!」
「………蛹から蝶はもっと早く変態しますがね」
「………確かに、これは例えを間違ったかねぇ」
ゼルマは静かに砂遊びを再開したノアの様子を見守っていた。
街灯が在るとは言え、そろそろ夜の時間。次第に影が支配する。
「私は結構すんなり通ったからねぇ………アドバイスはへたくそなんだ」
「期待してないです」
「何だと!?」
「ノア先輩が優秀なのは分かりきっている事ですから」
「おゅ、そそすか………」
どれだけ幼く見えても、ゼルマの目の前に居るのは名門ウルフストンの魔術師。
クリスタル・シファー程では無いにせよ、五年という期間の間に三つの学位を取得した天才なのだ。いや、彼女の性格がもっと真面目だったのなら、より多くの学位を取得していた筈だ。
彼女にとって研究は趣味であり、娯楽。古書の解読ですら、苦とは何も感じていない。
だからこそ優秀なのであり、だからこそ不真面目なのだ。
それが彼女の血故の性なのか、彼女自身の特性なのかは分からないにしても。
彼女自身は、確かに天才の一人だ。
「………そうだ。分かりきっていただろ、俺が駄目な事なんて」
その呟きは、誰にも届かず空に消える。
誰の言葉なのかも、既に分からなくなる。
ただ虚しさを、悲愴を滲ませ、言葉は過ぎていく。
「さて、そろそろ帰りましょうか先輩」
「えぇ………もう少しで完成なんだけどねぇ」
「どうせ明日も残ってますよ。続きは明日にしましょう」
ここは商店街の外れ。
そもそもゼルマ達が住まう寮は最高学府の敷地の中でも栄えた所からは少し離れている場所にある。商店街も本通りに比べれば小さなもので、人も少ない。
明日も砂場の作品が残っている可能性は高いだろう。
「うーん、それもそうだね。じゃあ帰ろうか、寮へ」
「はい。帰りましょう」
そうして二人は寮へと戻って行った。
砂場に遊びとは到底思えないクオリティの砂城を残して。
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「もう止めときませんか………?」
「そうですよ!気にする事ないですって!」
「馬鹿が!このまま、舐められたままで外に出られるか………!」
「で、ですが………」
「………ぶっ殺してやるよ。落ち零れの分際で………」
〇六門主
最高学府の六門の門主を代々務める家系。その源流は最高学府設立初期にまで遡る。
最高学府内外に対しても大きな権力を有し、特に学内における権威は大きい。
この事から六門主の名前を以て各部門の名前とする事もある。
例えば魔術歴史部門は『ウルフストン』と呼ばれる。