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大賢者の末裔  作者: 理想久
第三章 魔術師の宿題
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最も偉大かつ困難な宿題


 ■◇■


「はいッッと、じゃあ今日の講義はここまで!!……っとと、結構時間を余らせてしまいましたねッ!」


 とある教室、声の大きな魔術師が学徒達の前に立って話していた。

 教室には現在一〇〇人前後の魔術師達が席に着いており、一部の学徒を除き、殆ど全員が真剣な表情で教室前方にある黒板を見つめている。


 その黒板に書かれているのは複雑な文様、或いは数式、或いは文章。

 一見支離滅裂に見えるそれだが、よく観察してみると一定の規則性があるようにも見える。


 教鞭を執る魔術師の名前はトキワ・エルモンド。

 専門は魔術式学である。


「それじゃあ少し宣伝をッ!……え、嫌ですか?そうですか……。ならッ!今日は少し豆知識でもッ覚えて貰いましょうかね!!」


 想定よりも速いペースで講義が進行したのだろう。

 時計の針は終了時刻より五分程早い。

 こうした場合の教師の対応はまちまちだが、トキワは残り時間を雑談に費やす人間だった。


 普通の学校なら飽きて寝ている者も多いかもしれないが、流石は最高学府といった所だろうか。

 ほんの極一部の者を除き、多くの生徒がトキワの雑談を楽しみにしているようだ。

 勿論、この講義が進級に関わる必修の講義であるというのも大きな理由の一つだろうが。


 兎も角、トキワは文字通り弾みながら学徒達の前で話す。


「皆さん、最高学府に入学する前は大抵普通の魔術師か……或いは魔術とは無縁の人間として外の世界で暮らしていたかと思います!となると、薄々気が付いているでしょうが……所謂外の世界での『魔術』と私達の知る『魔術』というのは大きく違うんですねッ!」


 一部の学徒が頷ている様子が見える。


 最高学府の講義は基本的にどのような学徒であっても受けられる。

 故に講義には学年の異なる学徒が肩を並べて受講するのだが、この講義は必修である。つまり、基本的に現在この講義を受講しているのは二年目の魔術師達なのだ。


 二年目というと確かにクリスタル・シファーを始めとした実力者も存在するが、ああした魔術師は特例だ。普通、最高学府における二年目の魔術師はまだまだ初心者のレベルである。


 そうした魔術師達にとって、最高学府の外はまだまだ新しい過去だ。

 多少は慣れて来た頃かもしれないが、それでも慣れない常識の方が多い事だろう。

 今頷いている学徒は、そうした魔術師達だった。


「魔術とは何の関りも持たない普通の人間にとっては、現代魔術や古代魔術といった我々が普段当たり前に使っている区分すら存在していない事も多いのです!ええ、事実なのです!」


 トキワが熱弁する。


「非魔術師にとって、『魔術』とは……『なんだか良く分からない不思議な力』程度の認識なのです!」


 まるで舞台であるかのような大袈裟とも言える仕草だが、トキワはこれが平常運転である。


「……と、此処までなら普通のお話ですよね?これは魔術式学の講義ですから、もう少し深堀しますよッ!」


 にやりとトキワが笑うと、黒板を指さす。

 そこには先程まで講義で使われていた魔術式が書きなぐられていた。


「魔術式とは魔術を形作る構造です!現代魔術とは魔術式を書いて、魔術を創り出す……魔術式無くして現代の魔術は存在しませんッ!それは古代魔術でも同様、詠唱無くして魔術は存在しません!!」


 魔術式、それは魔術における設計図とも呼ぶべきもの。

 古代魔術から現代魔術への大きな転換点であり、現代魔術そのものといっていいもの。

 現代魔術とは魔術式を書く魔術の在り方なのだ。


「ではここで、一つ問いましょうかッ!魔物が使う『魔術』、或いは一部の人間に宿る天性の力である『生得魔術』とは我々の知る『魔術』でしょうか?」


 トキワが学徒達に問う。

 二年目の魔術師といっても知識量はまちまちだ。

 既に魔導士の学位を有するような者から、やっと自分で魔術式を書く段階に入った者まで。様々な魔術師が教室内には存在している。

 だが少なくとも、『魔物』と『生得魔術』の事は知っている。

 何故ならば前者は世界共通の存在であり、後者は既に一年目で習っているからだ。

 トキワが学徒から人気の教師である理由は、こうした『知識』の引き出し方が上手いからでもあった。


「ええ、そうなのですツ!実のところ、これらは『魔術』ではないのです!」


 両腕を広げ、宣言する。

 予想が付いていた者も、或いは驚いて居る者も居る。

 だが誰しもがトキワの話に耳を傾けていた。


「魔物の使う『魔術』に魔術式は存在しません。魔術式とは我々魔術師が作った発明だからですッ!同時に、魔物は詠唱もしません!つまり彼等の使う魔術とは、彼等が生まれながらに持つ『能力』なのですッ!!……おや、この特徴、何かに似ていますよね?」


 にやりと笑って、彼は続ける。


「厳密に言えば『生得魔術』の形は多種多様です!『生得魔術』に魔術式が完全に無いとは言い切れないのもまた事実。しかしこうした理由で、一部の魔術師の間では『生得()()』という呼称を廃止すべきという議論も存在しているんですねッ!!私個人としてはッ!『生得魔術』も魔術で良いと思いますがねッ!」


 そこまで話した所で、教室内に鐘の音が鳴り響く。

 それは全ての講義において共通の、講義終了を知らせる合図であった。


「と!そろそろ終了時刻ですね!では皆さん、また次回!あ、そろそろ定期考査ですので課題は計画的に進めておくようにッ!以上ッッ!!解散!!」


 ■◇■


 ―――と、そんな話があった日の昼休み。


「あああああああああもおおおおおおお!!」

「五月蠅い!!静かにしろ!!」

「もう嫌だぁ!!」

「ええい、黙れ!!」

「いてぇ!!??」


 昼休みの図書館にはゼルマとエリン、フリッツ、そしてクリスタルの四人の姿があった。

 普段、昼休みに集まる際は食堂で集合する事の多い四人だが今日の集合場所は図書館である。


 というのも理由がある。


「私達は態々お前の課題の為に集まっているんだぞ!せめて真面目に進めろ!」

「分かってるけどよぉ!!」

「……はぁ」

「お二人共仲が良いんですね」


 そう、今日の集合理由はフリッツの課題の手助けをする為であった。


 最高学府では一年を概ね三等分とし、単位取得の条件として試験や課題の提出を課す講義が多い。

 智霊大祭からおよそ一か月後。それが多くの講義における最初の試験及び課題の締め切りであった。


 しかしながら単位が取得できなくとも、四年目からならばあまり影響は無い。

 四年目以降の学徒には進級という概念も無く、自分の研究に打ち込んだり、興味のある分野だけを受講する等、最高学府での学び方は自由である。

 一応悪質な受講を防ぐ為に幾つかの制度は存在するが、殆どの真面目に学ぶ学徒には関係ない事だ。


 だが三年目までは別である。

 入学から三年目までの学徒には進級の為に必ず受講しなければならない必修科目というものが存在し、これの単位がなければ次の学年に上がる事は出来ない。

 ゼルマ達で言えば、来年に三年目になれないという事になるのだ。


 それはまずい。非常にまずい。

 だからこそ三年目までの学徒は必至に勉強するのだが、更にまずい事もある。


 そう、端的に言えばフリッツは頭が良くなかったのだ。


「皆さん大変ですね」

「……まぁ、そうだな」


 目の前で漫才の様な会話を繰り広げるエリンとフリッツを眺めながら、ゼルマをクリスタルは自分の研究を進めていた。


「良いよなぁ特待生は……課題が無くてよー……マジ羨ましいぜ」

「ありますよ?大会に出たのもそれが理由ですから」

「あーそういやそうだっけ」


 特待生であるクリスタル・シファーには必修科目が存在し無い。

 正確にはそうした制限そのものが存在し無い。

 その代わりに学園長から直々に課題が下され、それを以て特待生として認められる。

 ゼルマからすれば学園長からの課題の方が面倒臭そうであり、必修科目の試験や課題の方が何倍もマシだった。


「でも勉強系の課題はねーだろ?それが羨ましいんだよなぁ」

「お前の記憶力は鳥か。定期的な論文の提出義務もあるとこの前聞いたばかりだろうが」

「アッ!!そうだ!なんか月に一本とか……うッ頭がッ!!」


 自分の事でも無いのに論文の提出という言葉だけで頭が痛くなったフリッツ。

 それを呆れた眼で見るゼルマと、まるで姉の様に叱るエリン。

 そして良く理解していないのか、微笑んでいるクリスタル。


 いつも通りと言えばいつも通りの、最近の日常の風景である。


「そもそも魔術式ってあんましよく分かんねんだよなー」

「トキワ教諭は言動こそアレかもしれないが、魔術式学については非常に知識が深い魔術師だ。今回の講義も非常に分かりやすく説明してくださっていただろう」

「そうかぁ?俺は正直集中できなかったぜ?」

「……まぁ、確かに声は大きいが」


 実際、エリンもどちらかというと静かな空間を好む性質である。


「つかそんな事よりも課題だよ課題!!全然進んで無いんだって!」

「そもそも魔術式学の課題はそれ程難しくない筈だよな?」

「それはゼルマだからだって!俺の理解度は多分お前の半分以下だぞ!?」

「……本当にお前二年目なのか?」


 それまで静観していたゼルマだったが、見かねて会話に参加する。

 エリンの言う通り、ゼルマから見てもトキワは教え方が上手い良い教師だ。課題についても現状で不可能な難易度のものは決して課す事はしない。


「皆さん、魔術式学の講義で今は何を学んでいるのですか?」

「あ、そうか。すまないそれを説明していなかったな。ほら、フリッツ。それ位お前から説明しろ。復習になるだろ」

「マジかよ」


 特待生であるクリスはトキワの魔術式学を受講していない。

 にも関わらずこの場に居るのは、完全に彼女の優しさだろう。


「あー確か、なんか魔術式の読み方……みたいな?なんか、再現が云々……」

「つまり、『魔術式の可視化及び規則性に関する再現性の推測』ですね」

「あ、それだ!!!」

「何故今の説明で分かるんだ……」

「以前トキワ先生の論文を読んだ事があったので」


 当然と言えば当然だが、教師をしている魔術師も論文を書いて最高学府に提出している。

 というより、教師とは魔導士の中から更に最高学府に認められた存在として魔術師を育てる為に選ばれた存在の事を言うのだ。


 本来最高学府の魔術師は真理を求める為、自分の研究に専念したいものだ。

 だがそれでも知識を広く知らしめ、教導する為に彼等は教師という仕事に就いているのである。

 その為、彼等には単なる魔導士以上の権限が最高学府から与えられている。

 単なる『講座』ではなく、『教室』を開く権限もその内の一つだ。


「なら、【十二典載】はもう習われたんですか?」

「じゅうに、てんさい?なんだそれ?」

「それはまだだな。丁度次の講義辺りだと思う」

「え、マジで何なの?何で知ってる前提なの?え、ゼルマも知ってるか?」

「……まぁな」

「うそ……」


 フリッツが縋るような目線でゼルマの顔を見る。

 流石に危機感のようなものを抱いたらしく、顔がひくついていた。


「えっと、恐らくトキワ教諭からも説明があるとは思いますが……簡単に言えば【十二典載】とは、魔術師にとって最も偉大かつ困難な宿題の事です」

「最も偉大かつ困難な宿題ぃ?」

「はい」


 クリスタルは手元にあった本の一冊を閉じて、差し出す。

 そして「お借りしますね」と断りを入れた上で、一冊、また一冊と目の前に積み上げていった。


 そして、クリスタルは十二冊の本を机に積みあげた。

 十二冊の異なる本が、机の上に摘まれている。


「大賢者はこれまでに多くの魔導書を残しています。今も尚見つかるそれは、『大賢者の新刊』と呼ばれ、見つかるだけでも魔術師にとっては一大事なのです。何故だと思いますか?」

「え、そりゃまあ凄いからだよな?流石に俺でも分かるぞ」

「そうですね。勿論それもあります。ですが私達研究する側にとっては、もう一つ意味があるんです」


 そう言うと、クリスタルはゼルマの方をちらりと見る。

 それはまるで、許可を求めるかのような眼差しだった。

 ゼルマも意図を理解したのだろう。何も言わず、無言で肯定を示す。


「それは、『大賢者の新刊』が自分の魔術を()()()()()()()()可能性を孕んでいるからです」

「―――!」

「…………」


 それは、ゼルマ自身が誰よりも良く知っている事だった。

 だが、同じような経験は今までもあったのだ。

 『大賢者の新刊』は発見される度に魔術を更新する程の内容があった。

 それはつまり、『大賢者の新刊』は発見される度にその分野を結論づけて来た事と同義である。


 勿論、大賢者が到達点であるとは限らない。

 そうでない可能性だって当然あるだろう。

 だが、越えられないのならば同じである。

 世界最高の魔術師である大賢者を越えられないのならば。

 越えられないのであれば、終わりと同じだ。


「その中でも十二冊の魔導書に記された、十二の魔術式。内容こそ残されているものの、余りにも高度過ぎて現代の誰にも再現できない十二の魔術を【十二典載】と呼ぶのです」

「…………」


 理論としては存在している。

 魔術式として魔導書に全て記されている。

 だが、誰にも使えないので再現できない。

 大賢者の次元に、現代の誰も追い付けていないから。


「で、でもよ、誰にも使えないならなんで良いって分かるんだよ?もしかしたらただの落書きとかかもしれないんじゃないのか?」

「はい。それ故かつて【十二典載】の真偽を確かめるべく、学園長と当時の六門主、そして魔術式学に精通した魔術師が集まり十二の魔術式を解読する一大計画が発足しました」


 ごくりと、フリッツが唾を飲みこむ音が聞こえる。

 不思議な緊張感が漂っていた。


「―――結果、学園長達によってそれら十二個の魔術は全て『動作する』と結論づけられたのです」


 最高学府にとって、学園長の決定は最高学府全体の決定と同義。

 そこに六門主まで加わったとなれば尚更である。

 『動作する』。つまりそれは落書きや理想論ではない、魔術式であるという事。

 ただ単に、現代の誰にも再現できない魔術であると、そう判明したのである。


「これを以て【十二典載】は魔術師にとっての宿題となりました。これを越えなければ、魔術師は先へは進めない。魔術師にとって、最も偉大かつ困難な宿題……十二典の魔導書に記載された十二の魔術。それが【十二典載】なのです」


 クリスタルははっきりと、そう言った。


 ■◇■

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