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大賢者の末裔  作者: 理想久
第二章 魔術師の道程
58/87

魔術師の道程


 ■◇■


「あはは……負けちゃいました」


 フェイムは顔を合わせてすぐに、申し訳なさそうに言った。

 出会うまでに泣いていたのか、頬が少し赤らんでいる。


「……そうか」


 ゼルマはそんなフェイムの言葉に、どう返せば良いのか分からなかった。


 大会が終わり、勝者を讃える閉会式も終わった。

 結果は優勝クリスタル・シファー、準優勝フェイム・アザシュ・ラ・グロリアである。

 三位決定戦は行われず、ズィエ・ロルテンとカレン・ラブロックの二名が入賞している。

 学園長からの賛辞を得た後は、各自解散。賞品は後日授与されるといった流れだ。


 智霊大祭は本日の終わりまで続くが、どの店も店じまいの準備をしている頃だろう。

 祭はいつか終わる。終わらない祭は存在しないのだ。


「やっぱり、シファーさんは手強かったです。まさか魔術陣の中にあれ程強力な反撃魔術を待機させていたなんて。考えもしませんでした。凄く贅沢ですね、才能のある人は」

「…………」


 ゼルマは試合の最後を見ていない。

 丁度その頃、離れた場所で後処理をしていたからだ。

 工夫すれば見れない事も無かったが、そんな余力も無かった。


 だが試合を見ていた者……エリンに顛末は聞いている。


 ゼルマが授けた切り札……〈終譚宣言〉(リウファオン)は正しく機能しクリスタルの魔術を消失させた。使うタイミングとしてはこれ以上ないものだっただろう。


 だが、問題はその後だった。

 攻撃が肉体に到着する直前、突如として現れた結晶の壁が彼女の攻撃を跳ね返したのである。


 それは俗に反撃魔術、反射魔術とも呼ばれるもの。

 何らかの条件によって作動し、効果を齎す魔術である。

 今回の場合は『致命的な魔術による攻撃』に対して反応し、その魔術を跳ね返すといったものだったのだろう。フェイムがクリスタルに向けた攻撃が、そのままフェイムに襲い掛かった。


 それ自体は咄嗟の反応で防いだものの、一瞬の停滞の内にクリスタルは体勢を整え直し、逆転されてしまう。首元に突き付ける筈の光剣は無く、逆に水晶刀を首元に突き付けられた形だ。


 こうなると勝ち目は限りなく薄い。

 首元迄突き付けられた刃は、いつでも自身を殺せるという証拠である。

 どんな魔術を使おうとも、刃を動かす方が速い。

 加えて、フェイムの体力も魔力も底を衝きかけている状態。


 見紛いようのない、敗北の光景である。


「先輩……私は少し、いえ、とても悔しいです」


 フェイムは薄く笑う。

 その笑顔が、単なる強がりである事は明白だった。


 魔術陣の待機枠は、その魔術師の実力とおおよそ比例する。

 魔術陣とは『魔術』そのものではなく、それを使う為の『技術』だからだ。

 実力ある魔術師で魔術陣を苦手とする者は居ても、その逆は無い。


 とはいえ、魔術陣の待機枠は貴重なものだ。

 限定的な無詠唱。速度を重視する現代の魔術師において、その価値は余りにも高い。


 そんな貴重な待機枠をクリスタル・シファーは反撃魔術に割いている。

 確かに有用であれど、それよりも優先すべき魔術が存在するだけに選択肢に入り難い反撃魔術を、しかもフェイムの攻撃を跳ね返す程の強力な反撃魔術を待機させている。


 それは二つの敗北を意味していた。

 一つは戦略の敗北。相手の防御手段を警戒できなかったという思考の敗北。

 そしてもう一つは……実力の敗北。

 結局の所、クリスタルが魔術陣を使ったのはその一度切り。

 彼女の待機枠はあの反撃魔術によって全て埋まっていたという見方もあるかもしれない。

 だがフェイムも、ゼルマも確信していた。


 彼女は()()()使()()()()()()()()()

 ただ、使う程の相手では無かっただけなのだという事を。


「折角先輩が教えて下さったのに。折角、夢だった事を叶えられたのに」


 静かに、彼女は笑う。

 その笑顔は、最早笑顔かどうかも分からない。

 泣いているようにも、怒っているようにも見える。

 複雑な感情が入り乱れた、不明瞭な表情。


「私が……不甲斐ないせいで……無為にしてしまいました」


 そんな表情を見て、ゼルマは。

 ゼルマ・ノイルラーは、ただ一言。


「……それでいい」

「え?」


 彼女の事を肯定した。


 その言葉が意外だったのか、フェイムの表情が変わる。

 不自然な笑顔ではない、どこか間の抜けた……年相応の少女らしい自然な顔。

 美しく輝く、若き才能がそこには宿っている。


 その表情を見て、ゼルマは少しだけ安心して続けた。


「フェイム。お前、魔術は好きか?」


 その質問は、かつてゼルマが自分自身にしたものと同一のものだった。


「自分より才能がある魔術師と相対して、切り札さえも破られて、努力では届かないものを見せつけられても、その努力でさえも負けているような相手と出会っても尚……お前は魔術が好きか?」


 魔術師とは残酷だ。

 世界には自分よりも才能溢れる魔術師が存在している。

 魔術師とは残酷だ。

 自分の全力でさえも及ばない事を見せつけられる。

 魔術師とは残酷だ。

 同じ道を進んでいるからこそ、その差を実感してしまう。


 魔術師は楽な道では決してない。平坦な道では決してない。

 自分の才能と向き合う事は余りにも残酷で、努力を重ね続ける事は余りにも残酷だ。

 そうまでしても、及ばない事実を知る事は余りにも残酷だ。


 ゼルマ自身がそうであったように。

 

 だが、それでも―――それでも確かに存在しているモノがある。


「―――はい。好きです」


 その言葉を聞いて、ゼルマは微笑んだ。

 彼を知る者が見れば驚いていたであろう、優しく穏やかな微笑みだった。

 それは安心だったのかもしれない。或いは、喜びだったのかもしれない。

 もしかすると、同情だったのかもしれない。


 かつて聞いたその言葉が、変わっていない事を確認して、ゼルマは。


「それなら大丈夫だ。俺も、同じだから」


 真っすぐにそう語った。

 たった一つの言葉である。

 言葉にしてしまえば、余りにも単純で簡単な言葉である。


 だが、それが全てだ。


 ゼルマにとっての理由。魔術師を始めた、彼にとっての始まり。

 輝く水を思い出す。微風が花弁を浮かび上がらせる光景を思い出す。

 土の人形が楽し気に踊り、白雪が世界を照らす光景を思い出す。

 世界が輝いていて、美しかったあの光景を思い出す。


 今にして思えば……幼い思い出だ。

 フェイムの始まりに比べれば、ずっと子供っぽい。

 それは至極簡単な魔術であり、今のゼルマならば再現は容易だろう。

 だが、それで良かったのだ。

 幼き日の憧憬が今も尚、彼の中に宿っている。

 遠き日の思い出が、今も彼の中で輝いている。

 今も尚、彼の背中を支えている。


 ある日を境に彼等は運命を決定づけられた。

 少年と少女は生きる意味と目的を決められた。

 互いに大いなる存在によって人生を形作られた者同士。

 同じ“想い”を抱く魔術師同士。

 

 ゼルマにとっての―――人生の後輩。


 今もゼルマは理解している。

 彼女にとっての憧憬は自分であって自分ではない。

 彼女が求める大賢者は、少なくともゼルマではない。

 ゼルマは彼女に嘘を吐いて、彼女の前に立っている。

 それが彼女にとっての裏切りである事も理解している。


 故に彼は誓った。彼女の為に戦い、彼女の為に全力を尽くした。

 少しでも彼女に誇れる自分自身である為に。


 彼女に誇れる、師である為に。

 ただ、それだけの為に。


 そうして、幾らかの時間が過ぎた。

 ほんの数秒だけ、ゼルマとフェイムは目を合わせた。

 真っすぐに視線を交わして、少し恥ずかしくなってゼルマの方から目線を反らした。


 そして。


「それで、だ」

「はい」

「今回の大会の反省点だが、まずは手数の物足りなさだ。折角全属性に適性があるんだから光属性以外も鍛えろ。現状だと出力勝負になれば取れる選択肢が少なすぎる。例えば土は自分の攻撃を遮ってしまうという弱点もあるが、それこそクリスタルのように結晶魔術を覚えるというやり方もある。複数の属性を組み合わせる事で、より複雑な魔術へと繋げられる。光属性は強力だが、それを活かす為の違う手段を覚えていけ」

「え、え、あの」

「それと基礎的な知識もだ。特待生という立場は確かに破格の待遇を得られるが、基礎を疎かにしていい訳じゃない。知識は武器になる。魔導書として世に出回っていない基礎知識の中でも専門的な部分を学べる環境というのは間違いなく最高学府強みだ。細かい部分は誰かに尋ねるのが手っ取り早い。そうだな、この辺りも後日まとめて教える事にしよう」

「あ、あの―――」

「それと!だ」


 堰を切ったかのように語りだすゼルマを前に、フェイムは戸惑いを隠せない。

 ゼルマの言葉は全て的確な指摘で、今回の大会を経て判明した課題点と改善点を挙げていた。

 それはまるで、よくあるような、師弟関係のよう。


 そうして最後に、ゼルマが言葉を強調する。

 こほん、となにやら覚悟を決めるかのように咳払いをすると、どこかバツが悪そうに彼は言葉を紡ぐ。


「これから……二人きりの時限定だが……師匠と呼んでも、まぁ、構わない。好きにしろ」

「え!?ほ、本当ですか!?」

「二人きりの時だけだからな。そこは弁えろ!」

「はい……はい!師匠……師匠!」

「本当に分かっているのか……?」


 先程まで薄っすらと浮かべていた涙は何処へ行ったのか、幼い子供の様に喜ぶフェイムを見てゼルマはまた少し気まずくなってしまう。

 流石にやり過ぎたか?等と、言い放ってからまだ一〇秒と経過していないにもかかわらず後悔の念が生じ始めるが、後戻りはできない。後戻りするつもりもない。

 これはゼルマの選択だ。

 彼自身の責任の元にした選択だ。

 例えば嘘を吐く続ける事になったとしても、ゼルマは自分の道を選択した。

 彼女にとっての憧れであり続ける道を選択した。


 ◇


「~~~♪」


 帰り道、夕日に照らされて、人々は日常に帰還する。

 そんな中で少女は楽しそうに鼻歌を歌っている。

 彼はその歌を知らない。

 恐らく彼女の故郷の歌なのだろう。

 楽し気で、子供らしいような、明るい旋律だ。


 彼は少し先を歩く少女の背中を見つめながら、幾つかの事を考えていた。


 クリスタル・シファーが優勝し、そう遠くない日に最高学府から離れる事。

 フェイム・アザシュ・ラ・グロリアが六門主によって目を付けられている事。

 そしてゼルマ・ノイルラーはどうしたいのかという事。


 考える事は多かった。

 ゼルマはフェイムの師匠という立場を得た。

 だが彼は……【末裔】の大賢者、ゼルマ・ノイルラーである。


 見守るという立場は同じなれど、それらは全く異なる。

 先に立ち導く者と影に隠れ護る者。


 これまで以上の何かがゼルマに訪れるだろう。


「師匠」


 そんな事を考えていると、フェイムが振り返ってこちらを見ていた。

 夕日に照らされて、彼女の髪が美しく輝く。


「魔術って、面白いですね」

「……あぁ、そうだな」


 そうだ。

 焦ることは無い。

 魔術師の道程は長いのだから。


 ■◇■


ありがとうございました。第二章 魔術師の道程はこれにて終了です。

今後ともよろしくお願いいたします。

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