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大賢者の末裔  作者: 理想久
第二章 魔術師の道程
56/88

外面は内面に現れ、内面もまた然り。


 ■◇■


「―――ッ」


 魔術の解除と共に巨大な疲労感がゼルマを襲う。

 魔力の消耗に留まらない、精神の疲労が鈍く圧し掛かる。

 纏まらない思考を強靭な理性で制し、ゼルマは立つ。


(……まだ、あまり多用は出来ないな。この辺りが限度か)


 ゼルマの魔術、〈廻る世界の(アル・クロワ・)時針〉(ディストリアム)はゼルマ固有の魔術である。ゼルマだけが使える、文字通りの固有魔術だ。

 その性質は魔術を発動する魔術……言うなればゼルマの家系であるノイルラーが扱う『賢者の石』の魔術版といったもの。

 しかし半永久的な魔術の自動発動と言えば聞こえは良いが、実際は不便な点も多い。


 その最たるものが無意識下で魔術が発動される為に精神に多大な負荷がかかるという点である。

 今回のエリザベートとの戦闘は数分程度のものだったが、既にゼルマの精神力は大幅に削れてしまっている。つまり魔力が残っていても十全には魔術を発動できない状態だ。


 そもそもゼルマの魔力は平均よりも少し上程度。魔力が膨大な者であれば精神が乱れたとしても魔力量にものを言わせて魔術の発動ができるが、ゼルマにはそれができない。

 魔術師は膨大な魔力量による魔術行使を得意とする者と精密な魔力操作による魔術師行使を得意とする者とに大別されるが、ゼルマは完全に後者である。


(それに、結局また()()()しまった……まだまだだ)

 

 その他にも制限はあるのだが……今は兎も角。


「―――ふぅ」


 一呼吸置いて、ゼルマは傍で拘束し床に触らせているエリザベートを見る。

 単純な方法だが目隠しで視界を封じ、魔術で身体を縛っている形だ。

 魔力による身体能力の強化が無ければ年相応の女性でしかない彼女にとって、魔術を使用できない今、この拘束から抜け出す事は不可能だろう。


 しかし、元の見た目が麗しいだけに、正直哀れな姿である。

 まるで拷問前の囚人だ。


『俺だ』

『うおっ!クソッ……まだ慣れねぇなこの感覚』


 ゼルマは疲労を彼女に気取られぬように、念話を飛ばす。

 会話相手はレックス・オルソラだ。


『上手くやってくれたようで何よりだ。相手はどうだった?』

『あ?普通だよ普通。制圧して、お前に言われた通り一瞬解除しただけだ』

『良くやった。素直に感謝する』

『うぜぇな。つかそんな事よりもよ、そっちはどうなったんだ?』


 レックスは面倒くさそうに報告をするが、一筋縄ではいかなかった事は想像に難しくない。

 流石にエリザベート程の実力者が居たとは思えないが、ゼルマを襲撃した刺客の件もある。闘技場の方にも手練れの魔術師が向かっていたことだろう。

 そういう意味でも彼の働きは確かに褒めるに値するものだ。


『こっちも終わったさ。普通にな』

『……殺したのか?』

『……俺が簡単に人を殺すような人間に見えるのか?』

『殺すだろ、お前は』


 否定はできない。何せ殺された当の本人が念話の相手なのだから。


『……正直、解せない部分も多いんだがな……あの時のお前は、なんというか……まぁいい』

『…………』


 レックスの違和感は正しい。

 あの時のゼルマは【賢者機関】(ワイズマン・システム)との連結により思考がかなり大賢者に()()()()()

 とはいえ、一度命を奪った上で契約を強制的に結び、手駒として扱う事を決めたのは間違いなくゼルマの意思である。

 今回のように【図書館】から【魔術陣】を借りるだけならば然程影響は無いのだが、あの時はより深く接続した為に普段のゼルマならばしない行動もしてしまったのだ。


『……まぁ、あれは俺も殺されかけたからな。正当防衛だ』

『殺した人間を手前の部下としてこき使うのが正当防衛だと……?』


 念話の向こうでレックスが苛立っている表情が容易に想像できる。

 このままレックスと会話しているのもゼルマからすれば中々に楽しい時間ではあるのだが、しかし今はそれ程時間に余裕がある訳でもない。


『そろそろ切るぞ。そっちは念の為警戒を続けておいてくれ』

『あ、おい!手前結局殺したの―――』


 接続を遮断し、レックスの声が響かなくなる。

 レックスからの発信も遮断したので、これで邪魔するものはない。

 ……念話のきっかけはゼルマだったのだが、レックスの扱いはその程度だ。

 内心ではすぐに人殺しをするように思われていた事が不服だったのかもしれない。


「さて、待たせてすまないな」

「……別に、待っていませんわ」


 冷ややかな態度でエリザベートはゼルマの言葉に返事する。

 その態度も当然と言えば当然だ。

 何処に目隠しをされ両手を縛り上げられた上に地べたに座らさせられた相手と仲睦まじく会話できる人間がいるだろうか?居たとすればその人間はどこかおかしい。


 しかしゼルマとてのんびりと彼女との会話を楽しみたい訳ではない。

 できるだけ反抗されないように優しく話しかけてはいるが、ゼルマにとっては今も彼女は敵のまま。今回はレックス達に施した契約魔術は使えないから慎重にしているだけにすぎない。

 万が一彼女が逃げ出そうとするのならば、その時は然るべき対応をするだけだ。


「それで……一応聞いておくが、お前等の目的はなんだ?」

「……今更そんな事を聞く必要があるんですか?」

「おおよそ察しはついているが確認は大切だからな。何事も答え合わせは大切だろ?」

「白々しい事を……!よくもそんな事が言えますわね……!」

「そんなに怒るなよ」

 

 エリザベートの表情が怒りに染められる。

 目隠しをしていなければ間違いなくゼルマの事を睨みつけていた筈だ。


「で、どうなんだ?一度負けを認めたんだ。今更足掻く意味も無いだろう?」

「……決まっていますわ。私達の目的は―――」


 ゼルマ達が阻止したものの、あのまま事が運べばエリザベートの不意の一撃は間違いなく試合の行く末を左右していた。それだけクリスタルとフェイムの試合はどちらに転んでもおかしくない試合だった。

 そうして八百長によって試合に勝利し、優勝賞品を手に入れたクリスタルに対して勧誘を行う。彼女が魔境における利益を受け取ってしまった後ならばより効果的だと考えて。


(だが甘い考えだ。クリスタルが脅迫に屈する訳が無いというのに)


 等と考えているゼルマの耳に飛び込んできたのは、


「グロリア帝国第五皇女、フェイム・アザシュ・ラ・グロリアの勧誘ですわ」

「…………ん?」


 想像とは全く別の人間の名前だった。


 エリザベートの口から出た名前はクリスタル・シファー……ではなくフェイム・アザシュ・ラ・グロリア。聞き間違いである筈も無い、そして同姓同名の人間がこの世に居る筈も無い。

 それは、ゼルマの戦う理由となった少女の名前である。


 思考が一瞬停止したが、すぐに復帰し、ゼルマはエリザベートへ問い直す。


「待て。アイツは……フェイムは俺の選手だぞ?」

「だから何を白々しい事を!!そもそも横入してきたのは貴方の方でしょう!!」

「…………」


 しかし返って来た言葉は更に予想とは異なるものだった。


「最初は魔術歴史部門(ウルフストン)が横入して来たのかと思いましたが……まさか裏で糸を引いていたのが貴方の方だったとは思いませんでしたわ。……まさか、ノア・ウルフストンを懐柔したのもこのような手を使ったのですか?」

「…………そういう事か」


 そうして、ようやくゼルマは理解した。

 正確にはゼルマの中でもう一つの推論を立てる事ができた。


「つまり、フェイムに先に声をかけていたのはお前等の方だったと?」

「だから今更何を…………え、まさか知らなかったんですの?」

「……………………アイツ」


 ゼルマは最初クリスタル・シファーを勧誘する為に、決勝で戦う可能性が高いであろうフェイムを牽制してきたのかと考えていた。そして確実にクリスタルを優勝させる為に試合に介入しようとしたのだと。

 だが違ったのだ。


 エリザベート達の狙いはクリスタルではなく、フェイムの方。

 彼女達は最初からフェイム一人だけが標的だったのだ。


 そこでゼルマの中にあった幾つかの違和感が氷解する。

 襲撃の際にゼルマとノアだけが狙われた理由もゼルマ達をサポートメンバーから手を引かせる為だったのだ。まさか勧誘しようとしている対象を襲撃する訳にもいかない。

 八百長による脅迫も無理があると感じていたが、恐らく試合への介入は最終的にゼルマかウルフストンにでも押し付けられる予定だったのだろう。

 

 しかし、それならそうとおかしな点もある。


「だが待て。何故フェイムを?確かにあいつは優秀だが……まだ一年目だ勧誘にはまだ早い」

「決まっていますわ。だってクリスタル・シファーは古代魔術を使わないですもの」

「……まさか、そんな……いや、そうなるのか」


 言われて見ればその通りである。

 クリスタル・シファーは現代魔術しか使わない。特待生である彼女は必修科目等の制限も無い為に、おそらく人前で古代魔術を使った事は無い筈だ。

 対してフェイムは古代魔術も使う。彼女の血統からみても使う古代魔術は一級品だ。


 ゼルマからすればクリスタルが問題なく古代魔術を使えるのは常識だったので、他の人間からすれば『現代魔術しか使わない』という要素がそこまで重要になると思い至らなかったのである。


 クリスタル・シファーの才能から考えて使えないという事はありえないので、単に拘りから使わないだけなのだが、時に拘りというのは単に才能が無い事よりも凶悪だ。


 そして今の言葉から、分かっていたとはいえ確定した事がある。

 それはこの一件には間違いなく古代魔術部門(レオニスト)上層……ともすれば門主本人の意向すら関わっている。

 元より古代魔術部門は血統主義、貴族主義的な空気がある部門だが、上層部になる程その思想は顕著になる。そうした者達にとって、現代魔術を使う事はともかく、古代魔術を主としない者が部門に属するなんて事は有りえない事だろう。

 そもそも古代魔術部門でなくとも、部門で主として扱う魔術を使わない魔術師がその部門に所属するというのは有りえない事なのだが。


「…………はぁー……」


 ゼルマは眉間を抑えながら、深々と溜息を吐いた。

 複雑な感情だった。

 そんな基本的な事を見逃してしまっていた自分自身への怒り、エリザベート達の短絡的な行動への呆れ、フェイムが命を狙われていたのでは無かった事への安堵……そして、


(……逆に考えよう。これで、最悪の結果は避けられた)


 とはいえ、大きいのは自分自身の不甲斐なさへの怒りだ。

 今回は相手も予定外の事が多かった為か、そこまで複雑な計画と行動があった訳でも、ゼルマにも対処不可能な戦力を用意されていた訳でも無かった。

 しかし結果的に完璧に対処できたとはいえ、ゼルマの予想は真実から大きくずれたものだった。

 更に言えば、フェイムに少しでも話を聞くなり相談していれば判明していたであろう真相だっただけにやるせなさのようなものがある。

 これまでフェイムに余計な心配をかけさすまいと黙っていたツケが回って来た形だ。

 まぁ、先にレオニストから直々に声をかけられておきながら勝手にサポートメンバーをつけて出場を決めたフェイムが悪いと言えば悪いのだが。


「…………はぁ」


 先に声をかけていた筈のフェイムがサポートメンバーに選んだのはゼルマであり、そのゼルマはウルフストンの魔術師と智霊大祭中に楽しく歩き回っていたとなれば勘違いも無理はないかもしれない。

 そしてエリザベートの勘違いから想像するに、フェイムはゼルマをサポートメンバーに選んだ事もエリザベート達には話を通していなかったのだろう。


 結果としてその行動は一連の行動になった。

 勧誘対象であり、〈栄光帝〉の娘でもあるフェイムに迂闊に接触する事も出来ず、かと言って何もしなければ機会は永遠に無い。

 そうして彼女達は今回のような行動を取らざるを得なかったのだ。


「一つ、聞いても良いでしょうか」

「……ん。何だ?」


 一気に疲れが増したゼルマに、エリザベートが逆に聞いて来る。

 断る理由も特に無かったので、ゼルマは聞いてみる事にした。


「……私は、この後どうなるんですか?」

「……逆に聞くが、どうなると思う?」


 その言葉に、エリザベートは静かに答える。

 その声は僅かに震えていた。彼女の強がりだったのだろう。


「……暗殺を企てた敵の魔術師が捕まった後にされる事なんて決まっていますわ」

「例えば?」

「…………それ、は」

「すまない、少し意地悪が過ぎたな。そんな事はしない。それに暗殺とは言うが、殺そうとした訳ではないんだろ?今回の件はあくまで未遂だ」


 ゼルマに加虐趣味はないのだが、つい先程まで高慢な態度だったエリザベートがしおらしくしているのを見て少し意地悪をしてしまった。

 その事を内省しつつ、ゼルマはエリザベートにできるだけ優しく告げる。


「……殺さないんですか?」

「しない」

「……拷問されたりとか……」

「だからしない」

「…………凌辱とか……」

「だからしない。……どいつもこいつも俺がそんなに人を殺すのが好きに見えるのか?」


 レックスから言われた言葉を思い出しつつ、ゼルマは明確に否定する。

 そして、その理由をも伝える。


「それに、結果的に意味が無かったからな」

「…………意味が、無い?」

「そうだ。お前達はあの魔術で試合の結果が変わると思っていたみたいだが……それは違う」

「それは……どういう意味ですの?」

「そのままの意味だ」


 ゼルマは遠くに見える闘技場を見ながら、言った。


「―――あの程度じゃ、アイツは崩れないってだけだ」


 その眼は、全てを見通しているかのようだった。


 ■◇■


〇【賢者機関】連結による精神への影響について

記憶情報共有を行っていないゼルマは普段は『ゼルマ』の人格を有しているが、【賢者機関】との連結によって一時的にその思考回路は『大賢者』そのものに近付いてしまう。記憶情報共有を行っている訳ではないので、連結が停止すれば思考回路は元の『ゼルマ』へと戻る。

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> とはいえ、一度命を奪った上で契約を強制的に結び、手駒として扱う事を決めたのは間違いなくゼルマの意思である。それは間違いことだ。 えどどっち?
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