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大賢者の末裔  作者: 理想久
第二章 魔術師の道程
52/87

強制された学びに、意味は生じない。

更新が遅くなり申し訳ございません。


 ■◇■


 水晶の花弁が砕け散る。

 飛び散った破片は魔術としての繋がりを失って、無に帰る。

 水晶の雨、或いは水晶の花吹雪。

 その光景は幻想的で、まるで童話の一頁かのようでもある。

 だがしかし、そこにあるのは決して穏やかな物語ではない。


 フェイムは足場に使った花弁が完全に崩壊する前に後方へと飛び退く。何もせず落下すれば、足元のクリスタルと衝突するからだ。

 位置としては試合開始地点とほぼ同じ場所まで後退する。

 それは警戒心の表れであった。


 零距離からの〈栄光なる剣〉(グロリア・シャーフラ)の発動は確かにクリスタルの造りだした強固なる水晶の花弁を砕いた。

 間違いなく、フェイムの攻撃はクリスタルにまで届いている。


 魔術の発動地点は基本的に魔術師に近ければ近い程に良いとされている。

 それは発動する魔術の起点が魔術師に近い程、魔術はその精度を増すからだ。戦闘において多くの魔術師が魔術を自身の周囲で発動し、その後に撃つという形を取るのもその為である。

 これが遠隔からの攻撃……例えば呪術等になると話は変わるのだが、しかし今重要なのはフェイムがクリスタルの〈水晶華〉(クリスタ・フィオレス)を突破したという事実。


 これまでの試合で鉄壁の防御を誇っていた水晶の花弁を打ち砕いたという事実である。


 だが―――。


「そう、ですよね。この程度で傷つけられる程……貴女は甘くはない」


 フェイムの眼に映り続けるのは、依然無傷のクリスタル・シファーの姿。

 その姿に一切の乱れはなく、〈栄光なる剣〉の痕跡は存在し無い。

 寧ろ穏やかな微笑を浮かべて、舞い散る水晶の花弁から優雅に歩き出している。


 それはつまり、彼女がフェイムの攻撃を完璧に防いだという事実を示していた。


 脳内で思考を巡らせる。

 その間、一秒にも満たない一瞬の思考。

 予想外では無かった。寧ろ、そうだろうと予測していた。

 これはフェイムに宿る〈予測の眼〉による未来視ではない。目の前の相手、クリスタル・シファーという魔術師を最大限に認めているからこその反応の速さであった。


 そして、次の一手は全くの同時であった。


〈炎槍〉フォアベラ・シャーフラ!」

〈結晶刃〉(クリスタ・サイカ)


 射出される炎の槍、水晶の刃。

 炎の槍は燃え盛り、触れれば肉体を焼け焦がすだろう。

 水晶の刃は鋭く、触れるもの全てを切り裂くだろう。


 互いに用いるのは威力が高く、普通の決闘ならば使われない魔術。

 しかもその数は一本、二本の話では無い。

 数十本にも及ぶ槍と刃が生み出され、放たれ、相殺する。

 攻城兵器を互いに放出する戦争の如き光景がそこには生じていた。


 それは魔術の同時発動と連続発動を掛け合わせた技術であった。

 魔術式の反復運動。俗に“回転式”とも“魔術回転”とも呼ばれる事のある技術である。


 方法としては実のところ単純なものだ。膨大な魔力による力技で、魔術を発動する。簡単に言えば最初に発動させた魔術式を繰り返し発動させているのである。

 だがこの方法は当然魔術師への負担も大きい。息継ぎをせずに水中を泳ぐような感覚、或いは全力で歯車を無理やり回転させているような感覚であり、魔術師の魔術回路に大きな負担を強いる事になる。


 ただしゼルマが使ったような遅延魔術による連続的な起動とは異なり、この方法では事前準備が必要ない。あちらは事前に遅延をかけていた分を撃ち切ればそこまでだが、これは魔術師の魔力と精神が続く限り魔術を発動させられる。


 魔力と精神をつぎ込む撃ち合い。

 つまりこれは、消耗戦だ。


 一槍が一刃を相殺し、一槍が一刃を弾き飛ばす。

 互いの中心で武器と武器はぶつかり合い、魔術と魔術が拮抗する。

 だが永遠ではない。


「くッ―――!」


 そして、先に息が切れたのはフェイムだった。

 魔術へ供給していた魔力が無くなり、射出される炎の槍が途切れてしまう。

 同い年の天才少女同士による最初の拮抗は、クリスタルの勝利で始まった。


 そしてその隙を目の前の少女は見逃さない。

 最後の水晶の刃を出現させ、放つと同時に彼女は迫る。


〈風纏足〉(ウィド・レギン)―――〈水晶刀〉(クリスタ・シャーフラ)

「―――っ〈三重土壁〉トリア・アウス・ウォルト!」


 一瞬の跳躍。それは上方ではなく、前方への加速の為のもの。

 風を脚部に纏う〈風纏足〉の魔術は、肉体を軽くし、同時に敏捷性を強化する効果を有している。

 そしてクリスタルの手には一振りの刀剣が握られている。

 薄い青色の光を帯びた水晶の刀。それが世の名刀に勝るとも劣らない切れ味を有している事は一目瞭然であった。


 咄嗟にフェイムは魔術を使う。

 クリスタルの突進を阻む為、出現する分厚い土の壁。

 それはフェイムとクリスタルとの直線上に盛り上がる。

 速く飛ぶ鳥が木々に衝突し自壊する様に、投げられた雪玉が崩れる様に、速さとは時として諸刃の剣である。十分な強度が無ければ、自らの身体を壊してしまう力である。


 そして三重に重ねられた〈土壁〉は障壁として十分な強度を誇っている。

 衝突すれば肉体への負傷は確定的だ。



〈水晶華〉(クリスタ・フィオレス)

「な―――!?」


 しかし、クリスタルが使った魔術によってその未来は回避される。

 それは三回目の〈水晶華〉。しかしその規模はこれまでのものと比べて明らかに小さい。

 空中に生み出された花弁は小さく、最初の花弁に比べれば大きさは十分の一にも満たない程だ。


 だがそれで十分なのだ。

 花弁が現れた位置が重要なのだ。

 規模の小ささが示すのは、目的の違い。


 クリスタルは生み出した花弁へと跳び、踏み越えた。

 クリスタルは生み出された花弁を足場として更に跳躍する。土の壁で視界を大きく塞がれたフェイムが見たのは、壁を飛び越えてこちらに落下してくるクリスタルの姿。


 そこでフェイムは気が付いた。

 これは自身がやった事と同じ事。

 クリスタルは敢えてフェイムと同じ手を選択してきたのだと。


「ッ―――〈光剣〉(フォトム・シャーフラ)!」


 剣と刀が交錯する。

 光の剣は衝突と同時に粒子を散らし、水晶の刀もまた青く発光する。

 それは異なる魔術同士が干渉して生み出される魔力の光。純粋なる光とは異なる、魔力光とも呼ばれる現象であった。


「剣術がお得意のようですので私も使ってみましたが、どうでしょう?様になっていますか?」

「―――ええ、見事な腕前です、よ!」


 フェイムはクリスタルを振り払う様に、力強く腕を振るう。

 光剣は物理的な形を持たない魔術の剣。当然その形もある程度とはいえ、自由に変えられる。

 クリスタルの振りに合わせて、クリスタルは身体を反らす。

 同時に、長く伸びた刀身がクリスタルの肉体があった場所を通り過ぎた。


「魔術の特性を良く理解しているようですね。流石です。なら―――〈身体強化〉(ストレガ・マキシア)

「っ〈身体強化〉(ストレガ・マキシア)!」

「一手遅い」


 攻撃行動後の間隙。無駄の無い身体強化の魔術。

 フェイムもまた身体強化をかけるが、一手の差は近接戦闘においては致命的だ。


 振り下ろされる水晶刀。間近を掠める美しき刃。

 命を斬らんとする冷徹さがフェイムを襲う。


(避け―――)


 思考よりも早く、斬撃は着地するだろう。

 故にフェイムが選択したのは回避ではなく、防御。

 考えるよりも早く、彼女の身体は動き出す。


「ハアッ―――!」


 光の剣が寸での所で水晶の刀を受け止める。刀はフェイムの顔面に向かって真っすぐに振り下ろされている。まさに紙一重であった。

 重みの無い〈光剣〉だからこそ可能だった防御。これが現実の刀であれば持ち上げて受け止めるのは不可能に近かっただろう。仮に受け止めたとしても、生半可な武具では彼女の〈水晶刀〉に折られて終わりだ。


 極限の集中、流れる時間が遅くなったかと錯覚する程の刹那。

 だがここで気を緩めてはいけない。

 一度の攻防が終わり、攻撃の連鎖が途切れたならば―――次は彼女の番。


「―――〈光環〉(フォトム・ゼロ)

「っ―――!」


 フェイムはここでもう一つの手札を出す。

 それは〈光環〉。

 フェイムの肉体は魔力の光を浴びて、光は衝撃となって全方位へと放たれる。

 至近距離からの広範囲の魔術。

 元々回避の困難な光魔術だが、この距離では回避は最早不可能だ。


 これまで初撃にのみ使い、そこからは使わなかった魔術。

 〈光環〉は消費の大きな魔術だが一度しか使えない訳ではない。

 しかも今回の試合ではこれが最初の〈光環〉。

 

 そして、訪れた閃光が会場を覆い尽くした。


 ■◇■


 閃光が会場を覆う。

 それは予測しえない閃光であり、油断していた観客の視界を白く染める。

 幾ら遮光器を携帯していたとしても、着用していなければ効果は無い。

 一部の遮光器を面倒臭がって外さなかった者や反射神経に優れ、目を瞑るのが間に合った者を除いて観客席には少しばかりの混乱が訪れる。

 所々で悲鳴が上がり、狼狽えて席から立ち上がり移動しようとする者まで現れる。


 しかし―――


「―――よ、慧眼なり。〈眼は何よりも見る〉(バラディ・アイラーフ)


 それは一瞬の出来事であった。

 閃光に灼かれた視界は瞬時に回復し、視界が元に戻った観客達の混乱(パニック)が治まる。

 それは明らかに自然のものではない。

 回復した観客達も自分に何が起こったのかを把握しきれていない。

 会場全域に発動した魔術の効果によるものである事は明白であった。


「これで煩わしい声も治まるでしょう。ゆっくり試合に集中できる」

「……感謝する、シャアよ」

「感謝には及びません。俺が気に障っただけですから」


 特別観客席の中、豪奢な椅子に座った二名の魔術師がそのような会話をする。

 老人の声と、力強い男性の声が閉鎖的な空間の中に通る。


 その会話には、何も驚きは存在し無い。

 どれもが当然の事のように進む。

 会場全域、観客の殆ど全てという人数を一度に治療した事を男性は誇ろうともせず、老人もまた必要以上に褒めようともしない。


 彼等にとってこの程度の魔術は当たり前である証拠であった。


「まったく、彼等も一応最高学府の魔術師なのだから自分で自分を治す魔術くらいは使えなければ。学園長、最近の魔術師は少々弛んでいるのでは?」

「構わん。どの道その程度の腕しか持たぬ魔術師は最高学府で生き残る事は出来ぬ。それにだ、シャアよ。他者に強制された学びに、意味は生じない。未来を決定するのは常に己以外の何者でもない」

「確かに。此処はそういう場所ですからね。失礼しました、学園長」


 キセノアルド・シラバスの言葉にシャア・レオニストが頷く。

 キセノアルドの言うように、最高学府とはそういう場所だ。

 知的好奇心を持ち、自らを高められる者、先へと進み続けられる者にしか最高学府に真の居場所は生まれない。シャアを含む六門主だってそうだ。

 伝統と権力に驕り研鑽を怠れば、それは六門主の家系であろうと関係なく落伍者である。


 だからこそ六門主はそれぞれの方法で魔術師として高みに登る為に研鑽を怠らない。

 レオニストもアズバードも、ウルフストンもそうだ。全ての六門主は六門主という立場に驕る事なく、研鑽を積まねばならない。

 権力を求めるのも、自身の部門により優秀な魔術師を集めるのも、全ては魔術という学問を学び、真理を知る為である。


 故に六門主は特別なのだ。

 才能のあるものが、休まずに研鑽を積む。

 その歴史こそが六門主の力を保証する。


「さて、学園長はどちらが勝つと思いますか?シファーですか?それともあの第五皇女ですか?」


 シャアは隣に座る学園長に問いかける。

 しかし、キセノアルドの視線は舞台上から動く事は無い。


「今、回答をする事は控えよう。それよりも……動くぞ」


 シャアが視線を舞台上に戻す。

 そこには魔術を放った事で体力を大きく消耗し、呼吸を乱したフェイムの姿。

 そして、


「これは、もう少し楽しめそうだな」


 依然、無傷を保つクリスタル・シファーの姿があった。


 ◇


 時を同じくして、観客席の一角。


『……これで聞こえてんのか?おい!』

『……聞こえてるよ。五月蠅い位にな』

『うぉっ!驚かせんなよ!おい!!』


 脳内に直接響くかのような言葉に対し、眉間に皺を寄せつつ答える。


『で、連絡してきたという事は()()()()()なんだな?』

『チッ……対象に動きがあった。二班に分かれてやがる。闘技場の地下と外だな。勘だが本命は外の方だな。どっちも俺の部下が追ってるが、どうする?指示をくれ。その通りにやる』


 確認に対し、声の主は声から感じる不満とは裏腹に律儀かつ丁寧な報告を行う。

 レックスの報告を確認し、ゼルマは改めて闘技場の中心を見る。

 舞台上ではなく、闘技場の中心……舞台そのものを見る。


 そして、確信を得た後にレックスに返答する。


『問題ない。事前に伝えていた通り、本命は俺が対処する。お前はそっちを処理しておけ』

『―――了解』


 幸か不幸か。混乱の中で会場を去ったゼルマに気付いた人間は誰一人としていなかった。


 ■◇■

〇魔術の発動に関する技術

ゼルマの遅延魔術……遅延魔術に時間差を付ける事で魔術を同時・連続的に発動する。事前準備が必要かつ、魔術数の増加に伴い消耗も大きくなる。

魔術式の反復発動……一度発動した魔術式を反復(リピート)する事で魔術を連続的に発動する。事前準備が不必要で精神が保つ限り連続発動できるが、発動中は多大な負荷が生じる。


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