探求せよ。それが魔術師に課せられた使命であるが故に 弐
■◇■
『会場にお集まりの皆々様!!大ッッ変長らく!お待たせ致しましたぁ!』
実況の声が闘技場全体に響き渡る。
歓声は鳴りやまず、熱狂と興奮の渦の中に居た。
『先程の試合において生じていました結界の不具合につきましてもつい先程解決致しました!開始時刻が大幅に遅れました事、此処に謝罪をさせて頂きます。―――それでは遂に七日間に渡る智霊大祭のメインイベント!!新星大会最終日の~!決勝試合の準備が整いましたぁ!!』
ゼルマが予定表を確認すると既に開始予定時刻から一時間程の遅れが生じている。
これは先程の試合、つまりフェイム・アザシュ・ラ・グロリアとカレン・ラブロックとの試合において舞台を覆っている結界に不具合が生じた為である。
最高学府の闘技場に存在する全ての舞台には、舞台から観客席への魔術の影響を防ぐ為の結界が張られている。この結界がある事によって試合を行う魔術師はある程度自由に魔術を使う事が出来るのだ。
この結界は非常に頑丈で、余程の魔術が放たれでもしない限り破壊される事は無い。魔道具によって出力や範囲の調整も可能という優れものだ。
しかし先程の試合の後に結界の不具合が生じたと大会の運営側から放送がなされ、大会は予定を一時中断。それによって決勝戦の開始は遅れる事になったという訳である。
結界が無ければ使える魔術は当然大幅に制限される。元々こうした公式の試合では対戦相手を殺してしまう程の魔術は実質的に使えない為に、結界までもが無いとなれば必然低威力の魔術を使うしかなくなってしまうのだ。
なので結界修復の為の一時中断は当然と言えば当然なのだが、それは一つの疑問も生み出していた。
『さて、それでは決勝戦の開始にあたり……あの御方にお言葉を頂戴したいと思います。新星大会創設者であり、誰もが知るあの御方!そう、最高学府学園長……キセノアルド・シラバス様です!どうぞ!』
実況の案内と共に、闘技場に集った観客の目がある場所へと集まる。
それは闘技場の中でも一際目立つ場所に独立して存在している豪奢な席。一般の観客席が野晒しであるのに対し、その場所は独立した部屋とでも言うべき場所なっていた。
所謂特別席。最高学府の重鎮や、権力者、来賓だけが座る事を許される席である。
実況の声から数秒、影の中から一人の老人が姿を現す。
様々な魔道具で身を包み、手に携えられた杖は生み出されてから何百年もの年月が経過しているであろう荘厳さを醸し出している。
身に着けている装飾品一つ一つが秘宝とでも言うべき力を秘めている事は一目瞭然。しかし老人の本質は決して外側に存在するものでは無い事もまた一目瞭然であった。
身に迸る魔力は老人とは思えない程に若々しく、しかし眼光に宿る知性は見た目のそれよりも老獪であった。
あれだけ五月蠅かった会場がシンと静かになる。静寂が会場を満たす。
彼等はそうすべきだと知っているのだ。
彼等の中に老人を知らぬ者等いないのだ。
彼こそはキセノアルド・シラバス。最高学府学園長。
『―――会場に集いし魔術師の諸君。今日という日を再び迎えられた事を、私は嬉しく思っている』
老人の力強い声音が会場に響く。
拡声器を介しても、この老人の声に宿る覇気は微塵も失われていない。
『そも智霊大祭とは今日まで連綿と続けられてきた魔術の歴史、それらを創り上げてきた過去の魂を祀る祭事である。特に我らが最も偉大なる魔術師……大賢者を中心として』
智霊とは文字の如く智の霊。それは幽霊や動死体といった不死者ではなく、人の魂を指す言葉であり特に最高学府においては魔術師の魂を指す言葉だ。
『諸君等も既知の通り生物の魂魄は死後、大いなる流れに乗り世界へと帰還し純然なる魔力となって再び世界を満たす。全ての生命が魂の廻りによって存在するように、我等魔術師もまた先人の築き上げた道の上に立ち、彼等の燃やした魂を受け継ぎ此処に存在している』
それは輪廻と呼ばれるもの。
世界の機構であり、全ての生命に平等に訪れる流れである。
『私が新星大会を作った理由も正に其処にある。この大会は、最も新しき魔術師の力を最高学府に示す為に存在しているのだ。故に、私は嬉しく思う。今年の新星もまた美しく輝きを放っている事を』
キセノアルドの目線が、舞台上で待機している二人の少女へと向けられる。
クリスタル・シファーとフェイム・アザシュ・ラ・グロリア。
片や大賢者の再来と称される天才であり、片や栄光を受け継ぐ皇女である。
その才能が放つ輝きは、空に輝く星々に勝るとも劣らないものだ。
『そして、惜しくもこの場に残れなかった魔術師達にも告げる。“探求せよ。それが魔術師に課せられた使命であるが故に”と』
それが何処から引用されたのか、最高学府に属する魔術師で知らない者はいない。
『魔術師達よ、探求せよ。何れ世界の全てを知るその時まで』
『魔術師達よ、探求せよ。何れ全ての未知を埋め尽くすその時まで』
『魔術師達よ、探求せよ。何れ我等の全てを満たすその時まで』
『偉大なる先人の言葉を借りて、決勝戦開幕の挨拶とさせて頂く。学園長、キセノアルド・シラバス』
老人が言葉を終えると同時に、闘技場が沸き立つ。
それまで座っていた者も立ち上がり、偉大なる魔術師の言葉に拍手を送る。熱狂と歓声が空間を満たし、期待と興奮が混じり合った空気が流れる。
老人がそのまま後方へと去って行き、彼の姿が完全に見えなくなるまで拍手は続けられた。いや、恐らく多くの者が姿が見えなくなったとしても拍手を続けていただろう。
最高学府に所属する全ての魔術師は、彼の教え子なのだから。
それでも拍手が止まったのは、続けて聞こえて来た司会の言葉があったからだ。
『キセノアルド学園長、貴重なお言葉をありがとうございました。……それでは皆様、お待たせ致しました!いよいよ新星大会七日目決勝戦を執り行いたいと思います!クリスタル・シファー選手、フェイム・アザシュ・ラ・グロリア選手、準備が整い次第開始地点までお進みください!』
案内に合わせて、これまで舞台の中央で肩を並べていた二人が向かい合う。
クリスタルとフェイム。互いに最早最高学府では知らぬ者がいない程の知名度だが、顔を突き合わせるのはこれが初めて。
互いの容姿が互いの瞳に映る。
水晶の如き眼に栄光の輝きが映る。
宝石の如き眼に理知の輝きが映る。
「以前から名前は聞き及んでおりますが、こうして直接出会うのは初めましてですね。フェイム・アザシュ・ラ・グロリアさん。失礼かもしれませんがグロリアさんとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「勿論です、クリスタル・シファーさん。こちらもシファーさんと呼ばせて頂きますね」
「構いませんよ」
フェイムが手を差し出すと、クリスタルも一瞬遅れてその手を取る。
これまでの試合でも見られて選手同士の握手。
だが、この後に続く握手は無い。
これが今回の新星大会で最後の握手である。
「今日の試合で貴女からどんな魔術が見られるのか……楽しみにしていますね」
「こちらこそ。シファーさんの胸を借りるつもりで臨ませて頂きます」
互いに笑顔だが、その裏にあるのは探り合いだ。それは単に思考に限った話ではない。
優れた魔術師ならば、見るだけでも相手の力量を量る事が可能だ。そして直接触れ合う事でそれはより精度を増す。
一見自然な流れの握手一つでも感じ取れるものは存在する。
握手を終えて、両者が背を向け歩き出す。
試合が始められる開始地点まで進む。
(……なんて濃密な魔力。流石、大賢者の再来と称されるだけの事はありますね)
フェイムは開始地点までの数秒間、思考を必死に巡らせていた。
(準備は万端。後は……)
―――どれだけ出し切れるかだけだ。
二人の少女が開始地点で辿り着き、振り返る。
再度向かい合う二人の魔術師。
そこに存在しているのは和やかな馴れ合いでは決してない。
互いの矜持と矜持を賭けた、真剣勝負。
彼女等に存在するのは……自らの才能への自信。
『決勝戦開始の合図はこの御方!古代魔術部門門主、シャア・レオニスト様です!ではシャア様、宣言をよろしくお願いいたします』
『うん。言うべきことは学園長が言ってくれたからね。俺からは省略しよう。……それでは、俺が宣言しよう』
司会の言葉と共に特別席の陰から現れたのは美しい金髪の男だった。細身ではあるが決して華奢ではない。例えるならば、無駄のない筋肉を有する捕食者の如き肉体であった。
彼こそが古代魔術部門門主であり、今年度の智霊大祭を仕切るレオニストの当主。
シャア・レオニストその人である。
シャアは姿を現してから一拍おいて、そして。
『―――試合開始だ!』
高らかに試合開始を宣言した。
■◇■
フェイムが杖を構える。
瞬間、魔力が凝集していく。
それは幾度となく見て来た光景。
開幕と同時に放たれる最速最大火力の攻撃である。
一部の観客が来たる閃光に備えて目を瞑る。或いは遮光器を装着する。
結界の外に攻撃そのものは及ばない為、閃光による影響は遮光器だけで十分だ。
始まりの光が治まった時、どのような魔術で攻撃を防いでいるのか。
誰もがそうなる事を予想していた。
だが最初に発動したのはフェイムの魔術ではなかった。
「〈水晶華〉」
クリスタル・シファーの魔術が展開される。出現するは巨大な水晶の花弁。透き通った花弁がクリスタルを護る様にして舞台上に大きく花開く。
それはクリスタルが愛用している防御用の結晶魔術。
創造された花弁は一つ一つが鉄壁の防御を誇る。ヴィオレ・ハールトの魔術を防いだように、実体の無い魔術に対しては特に高い防御能力を有する魔術だ。
〈光環〉は言わばふるいだ。
この魔術に対応できないものを屠り、また高威力広範囲の攻撃は相手に防御の選択肢を強要する。
試合が進む程に、フェイムの戦術は理解され、対戦相手は〈光環〉を警戒せざるを得なくなる。
フェイムが比較的楽に勝ち進んでこれたのもこの魔術による恩恵が大きいだろう。
だからこそ、クリスタルは防御した。
理解しているのならば当然だ。
フェイムの魔術よりも更に早く、クリスタルは魔術を発動させた。
幾ら事前に来ると理解していても、フェイムの魔術発動速度は速く、それよりも速く魔術を発動させるのは困難だ。
この光景が示すのは、少なくとも魔術の発動速度においてクリスタルはフェイムの力量わ上回っているという事実。
だからこそ、
「―――〈三重石槍〉!」
フェイムはそこを突く。
「―――!」
水晶の花弁に突き刺さる巨大な石槍。
幸いにも槍は花弁を一枚だけ穿った所で停止したが、その切先は真っすぐにクリスタルの肉体へと向いていた。仮にだが全ての花弁を抜けていれば、石槍はクリスタルの肉体を貫いていただろう。
水晶の華は高い強度を有するが、魔術への耐性に比べれば脆い。〈光環〉ならば完璧に防げたであろうそれは、石の槍によって一枚分穿たれてしまった。
クリスタルは瞬時に意識を切り替える。
彼女の眼に映るのは石の槍の上を駆けているフェイムの姿。
彼女は花弁の直前で跳躍し、花弁を乗り越えてクリスタルの上方へ。
そして間髪入れず、魔術を展開する。
「〈二重炎槍〉、〈二重氷槍〉、〈二重石槍〉!」
「〈水晶華〉!」
空中で展開される三種の魔術、三本の槍。
炎の槍が、氷の槍が、石の槍がクリスタルへと向かって降り注ぐ。
だがクリスタルも遅れてはいない。
同時に発動された〈水晶華〉が三本の槍を完璧に受け止める。
空中に咲き誇るもう一つの水晶の華。
それは舞台上のクリスタルと空中のフェイムの間に生じている。
その花にフェイムは―――着地する。
当然と言えば当然の事。
だが予想外。
物理的な実体の存在する〈水晶華〉。だが相手の出した魔術に着地するという曲芸の如き動きは、クリスタルの思考を一瞬遅れさせる。
そして―――
「失礼。―――〈栄光なる剣〉」
花弁へと押し当てられたフェイムの手から生じた栄光の剣が、水晶の花弁を穿ち貫いた。




