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大賢者の末裔  作者: 理想久
第二章 魔術師の道程
50/87

罰は罪に応じるが、罪は罰に応じるとは限らない。

 

 ■◇■


『き、決まったぁぁぁぁぁぁぁ!!勝者―――フェイム・アザシュ・ラ・グロリア!!』


 決着を告げる宣言と共に、観客が一瞬遅れて歓声を挙げる。

 眩い閃光が治まった舞台上には、沈黙した巨人像と細剣の如き剣身の光剣をへたり込むカレンの喉元に突き付けるフェイムの姿があった。

 輝きこそ先程の大魔術に比べれば劣るものの、その構図が表す意味は明白だ。

 何よりも―――。


「参った!いやー、負けちゃったね!」


 両手を挙げて、降参を告げるカレン・ラブロックの姿こそが勝敗の証明であった。

 光剣が消失すると、フェイムは剣を握っていた手をカレンに向けて差し出す。それだけで十分に意図を理解したのか、カレンは強く手を握り、立ち上がった。


「良い勝負でしたラブロックさん。楽しかったです」

「私も楽しかった!それに、カレンで良いよ。フェイム……ちゃん?さん?どっち?」

「ふふ。なら私も貴女の呼びやすい名前で呼んで頂いて大丈夫ですよ」

「ならフェーちゃんとかどうかなっ?かわいくない?」

「……それは、ちょっと……」


 先程まで死闘を演じていた二人の少女が握手を交わす。

 その光景に、再び観客が拍手を送った。


「ところで、もう一つだけ質問をしても良いでしょうか?」

「フェーちゃんは質問が多いね?良いよ、友達だもんね」

「フェーちゃん……。こほん、貴女のお父様について訊ねたいのですが」

「パパの事?」


 フェーちゃんという呼称について言いたい事はあるが、質問を優先する。

 それに、カレンの純粋な好意はフェイムにとっても悪いものでは無かった。皇女として対等な友人の少なかったフェイムにとって、その好意は多少の気恥ずかしさこそあれど、寧ろ心地良いものですらあった。


「貴女のお父様は魔術師だと言っていましたね?」

「うん。そうだよ?それがどうしたの?」

「貴女のお父様は今、何処で何を?」


 フェイムの父親。未だ謎の存在ではあるが、カレンはその人物こそがカレンの持つでたらめな魔術の鍵を握る存在であると感じていた。

 その理由は、カレンの言葉の節々から感じられる父親への尊敬の念である。


(彼女はこの大会を経ても尚父親の事を『凄い魔術師』であると認識していた。勿論『父親』という存在だけで尊敬をしている可能性もあるけれど……)


 そこに、何かの鍵がある筈である。


「パパは多分だけど、まだ村に居るんじゃないかな。最後にあったのは村を出る時に見送ってくれた時だから、今は良く分からないけど」

「……そうですか。お父様は村ではどんな仕事をされていたんですか?」

「んー何してたんだろうね?野菜とかは育ててたけど……それは趣味だって言ってたし……たまに森に入って狩りもしてたけどそれも仕事じゃないし……」

「……まさか自分の父親の仕事を知らないんですか?」

「あはは、ごめんね!聞いた事はあると思うんだけど、忘れちゃったや!」

「…………」


 余りに純粋が過ぎるカレンの性格に何を言っていいのやら分からなくなるフェイム。

 普通自分の父親が何の仕事をしているのかくらいは気になると思うのだが、カレンは興味どころか気にしてすらいないようだ。


「けどさ、フェーちゃんはどうしてそんなにパパの事が気になるの?」

「それは……」


 そう答えるべきかフェイムは少し考える。

 カレンの性格ならば正直に「貴女の魔術の秘密について知りたい」と答えた所で何も気にしないだろうが、それでもその質問をする事は憚られる。

 本来魔術師の奥義、秘奥と呼ばれるような魔術は身内にすら秘匿するものだ。師匠と弟子の関係ですら気安く教えたりはしない。最高学府は教育機関という性質から他者から魔術の教えを受ける機会は多いが、それでも魔術師の秘奥は他人に容易く共有するものではない。


「それは」

「あ!もしかして―――!」


 そして少しだけ考えた末にフェイムが口を開くよりも早く、カレンは話し出した。


「フェーちゃん、パパに会いたいんだね!」

「え」

「そうだよねー!だってパパはカッコいいもん!凄い魔術師のパパと凄い魔術師のフェーちゃん!聞きたい事もあるよね!ようし、なら今度……ってすぐには出られないんだっけ。次の休みにでも村に連れてってあげるね!約束!」

「や、約束ですね……?」


 勘違いをしている。大きな勘違いを、している。

 だがそれについて指摘する暇すら無い。まくしたてる様に話した後、カレンはフェイムの手を取って指切りを行う。それは良く知られる約束を示す行為だ。


「あのーすいません!舞台の整備等がありますので両選手そろそろ退場してもらってもよろしいでしょうか?」

「あ!すみませんすみません!じゃあねフェーちゃん!また今度、一緒にお買い物でもしようねー!ばいばい!」

「あ、ばいばい……?」


 大会運営の職員に退場を促され、カレンはそのままフェイムに手を振りながら退場していく。それぞれの入場口に出場選手の控室が存在している為、退場も入ってきた門からだ。

 因みにフェイム・アザシュ・ラ・グロリア十六歳、「ばいばい」と口にしたのは今日が始めての事であった。


 嵐の様に去って行ったカレン。その背中を見送った後、フェイムは自分の手を静かに見つめていた。


 ■◇■


 最高学府、とある塔の中。


「報告いたします」


 一人の女性が傅いていた。

 その部屋は豪奢であり、置かれているあらゆる調度品が芸術品であった。一つだけを取って見ても成り立つような、そんな芸術品である。

 言うなれば、多種多様な個性の詰め合わせとでも言うのであろうか。

 だが不思議な事に、その部屋には奇妙な一体感が存在していた。


「智霊大祭の運営は現在順調に進んでおります。また今年度の収益は前年度二七%増見込み、総来場者数も現在集計時点で前年度と同程度です。入学者数増加に伴う新規催事も調査によると概ね好評を得ているようです」


 女性は書類を見る事も無く、すらすらと報告を続けていく。

 その間、一度も顔を上げる事は無く床を見続けていた。


「また、各種催事における運営についてですがこちらも恙なく進んでおります。最終日の閉幕に向けての準備についても……」

「あのさぁ」

「―――っ!ど、どうか、されましたか」


 そこで、初めて女性の声以外の声が部屋に響く。

 短い言葉。しかしその言葉を聞いて、何かを恐れるように女性は肩を震わせる。


「そういう報告は俺じゃあ無くても良いよ。君達の間で完結させておいて良い。俺にする必要は無いよ。そんな報告が聞きたいなんて俺は言ったっけ?いつ言った?」

「……も、申し訳ございません。では……私はこれで失礼を……」

「ああ、言葉が足りなかったかぁ。エリザベート、俺が聞きたいのはさぁ、()()()()()じゃなくて、新しい()は見つかったかどうかなんだよねぇ……で、どうなの?」

「―――っ」


 一言で言うなれば、威圧。

 一見すれば優しい口調の様にも思える声。しかし女性は男性の一言一言に怯えている。

 まるで子兎が獅子を恐れるかのように。

 女性はその声が放つ意味に恐れている。


「エリザベート。俺はさぁ、君の口から聞きたいんだよ。ほら、言えば良いんだよ。一言で良いんだ、『大丈夫です』だけでも良いんだ。それだけで良いんだよ」


 声の主がゆっくりと傅く女性の下へ近づく。

 俯く女性のすぐ傍まで声がやって来ている。

 震えている。彼女は恐れていた。


「どうしたんだエリザベート。この部屋はそんなに寒いか?ん?寒いなら温めてやるから、ほら、君が言いたい事を言えばいいんだよ」


 命を失う事を恐れているのではない。

 彼女は彼に見限られる事を恐れていた。


「だ……」

「だ……?」


 そうして、彼女は震えた声を精一杯に使って言葉を紡いだ。


「大丈夫、です。全ては順調、何も問題はありません」

「そうか。それなら良いんだよ」


 彼は満足そうな声でそう言うと、彼女の元から離れていく。

 ばさり、と布の音が聞こえるが何の音なのかまでは俯く彼女には分からない。


「あれは実に良い血を持っているだろうからね。俺はほら、そういうのが欲しくなってしまうんだよ。分かるだろうエリザベート。良いものは欲しくなるんだ。だから手に入れるんだ、実に単純で明快だ。分かるだろう?」

「承知しております」

「君はウチの中でも実に働き者だからなぁ。俺は嬉しいよ、有能な家族(ファミリー)が居てさぁ。やっぱり持つべきものは家族(ファミリー)だよなぁ」


 男性は誰に話しかけるのでもなく、言葉を発している。

 その優しい声音が、彼女にとっては何よりも恐ろしいものだった。


「さて……俺もそろそろ行くよ。これも仕事だからね。家族の為に働くのは、俺の義務だから。それじゃ、後は万事()()()から。良い報告を待っているよエリザベート」

「……行ってらっしゃいませ―――シャア・レオニスト様」


 ■◇■


 最高学府、とある塔の中。


「……あのさ、もう帰っても良いかな?」

「良い訳無いです」

「あれは仕方無くない?」

「言い訳無用です」

「うぅ………」


 木材と書籍の香りが満ちる部屋の中、三人の男女が落ち着いた革の長椅子(ソファ)に腰掛けている。

 一人は小麦色の頭髪の少年。残る二人は似たような顔立ちの美女。

 美女二人が少年を挟みこむ様にして三人は長椅子に一列に座っていた。

 尚、少年の両腕は美女二人に固く抑えられており、立ち上がって逃げられないようにされている。


「お爺ちゃんだって忙しいと思うし……そうだ!また後日っていう事には……」

「なりません」

「……ですよねー」


 少年……ナルミ・アズバードは何とかしてこの場から逃げ出したいと考えているようだが、侍女の二人……正確には彼の右腕を抑えている侍女は彼の言い訳を悉く否定する。

 左腕を抑えている方の侍女はというと、積極的に会話には参加してこないものの、もう一人の侍女に逆らう気も無いのか呑気に欠伸をしつつ座っていた。


「きっちり当主様に報告して貰います!今日という今日は絶対に逃がしませんからね!」

「なんとか言ってくれよイズミ……」

「まー三日もピトー姉さんから逃げられたんだから上出来じゃないですか?」

「それはフォローにはなって無いよイズミ……」


 そわそわと落ち着かない様子のナルミ。

 それも当然だ。

 彼は今、とある事を報告する為にこの部屋を訪れている。


「……やっぱり無理だ帰ろう!!」

「こら!ナルミ様!」


 と、ナルミが立ち上がろうとしたその時であった。


 ギギィ、と扉の開く音がする。

 中腰の姿勢のナルミも、二人の侍女も入口の方向へと顔を向ける。

 そして入室者を確認するなり、侍女はナルミの拘束を解いて立ち上がり、ナルミもまたぴしりと気を付けの姿勢をとった。


 こつこつと靴底が小気味の良い音を鳴らす。入口付近には絨毯は敷かれておらず、古い木の床がそのままだ。硬い靴底と暑い木の床とがぶつかって、どこか懐かしさすら感じさせる足音が部屋を移動していく。

 そして音の主は静かに、部屋の窓際に存在していた一際大きな背凭れ付きの椅子に腰かける。


「……さて、話を聞こうか。……ナルミ」

「は、はい!お爺ちゃん!」


 両手を真っすぐに身体に付けて、ナルミがこれ以上ない程美しく直立する。

 威厳を感じさせる声であった。時代を感じさせる声であった。

 皺枯れていながら、しかし悠久の時を生きた大樹を思わせる存在感。


 ナルミは知っている。

 世の中には恐ろしい人間が三種類居る。

 一つは自己を省みない人間。

 二つ目は無気力な人間。

 そして三つ目は……


(お爺ちゃん……怖すぎるよぉ!!)


 それは彼の祖父。

 現代魔術部門の門主にして、アズバードの現当主。

 ガルミ・アズバード。

 老獪にして剛毅。最高学府の『智』を体現するかのような魔術師。


「イズミから、大体の事情は聞いておる。……試合を放棄したそうだな」

「ち、違……」

「ではどうしたのだ?儂はお前の口からも事情を聞きたいと思っておる」


 そうだ。ナルミはこれを恐れていた。

 ガルミ・アズバードという人間は公正な人間だ。

 ある意味で魔術師らしくないと言える程に、正しい人物だ。

 しかし、だからこそナルミは祖父が苦手だった。


「あのまま続けても……僕に勝機は無かった。なら少しでも早く試合を終わらせるのが相手にとっても良いかと思って……降参したんだ。試合を放棄した訳じゃないよ」


 半分事実で半分嘘。

 勝機が無かったであろう、というのはナルミの主観に過ぎないが真実だ。だが相手の事を思っての行動というのは完全に嘘である。

 あの時のナルミは自分が楽になりたいという一心であった。


 つまりこれは言い訳である。

 だが……


「嘘だな」

「う、嘘じゃないよ?」


 思わず否定するが、それが悪手である事はとっくに気が付いている。


「お前は嘘を吐くのが下手だ。自分の欲求に正直過ぎるからな。恐らく前半の予想は真実、後半は作り話といった所か。真偽を織り交ぜるのは良いが、余りに下手が過ぎる。向いていないのであれば、最初からくだらない嘘等吐かない方がましというものだ」


 完全に見抜かれている。


「う、嘘じゃないって。だってあの子も疲れてそうだったし……」

「では仮に、お前の言葉に嘘が無かったとしてだ。その試合は本当に勝ち目が無かったのか?主観ではなく、客観的に見てお前に可能性は残されていなかったのか?まさか魔術師としての眼までも偽る訳はあるまいな?」

「……多分、五分五分……かな。ちょっとだけ、僕の方が不利だけど」


 ナルミは観念して、改めてあの試合の評価を行う。

 感情を除いて、自信が一魔術師としてあの試合を観戦していたならばどう評価するかを、正直に言葉にして話す。

 祖父がナルミ・アズバードという人間の魔術師としての眼について言及した。それは彼の祖父が彼の魔術師としての能力を評価しているからこそ。

 それを裏切る事ができる程、ナルミは屑ではなかったのだ。


「そうか。では試合を途中で切り上げる事が、相手の利になるのか?実力が拮抗した魔術師同士の試合が一秒でも長く続く事が、何の利益にもならないと。本気でそう考えるのか?」

「…………」


 そこまで言われなくとも、ナルミは分かっている。

 魔術師同士で試合をする機会というのは実の所貴重なものだ。

 最高学府の魔術師は基本的には研究者である。最高学府の時間割(カリキュラム)の殆どが座学を中心としたものである事からもそれは分かる。

 だが同時に魔術師とは探究者でもある。

 未知を追い求めて魔術の世界に眠る知識の数々を見つけ出す探究者。


 魔術師同士の戦いは、それだけで未知との遭遇であり、新たな可能性へと繋がるもの。

 戦いを通じてより効率的な魔術へと改良する事もある、新たな魔術の発想へと繋がる事もある、魔術師同士の交流を深める事にもなる。

 最高学府では命をやり取りする程の激しい戦闘は禁じられているが、決闘等の制度が整えられているのも魔術師同士の試合から得られるものが大きいからこそである。


 ではあの試合はどうだったか。

 言うまでも無い。


「沈黙がお前の答えか?」

「……違うよお爺ちゃん。……僕は……後悔しているんだ。あの試合を続けていれば……もっと面白い魔術を見る事も、使う事もできたかもしれないって。そう思ったから」


 ナルミ・アズバード。彼は良い意味でも悪い意味でも素直な人間だ。自身の欲求に忠実に従って動く本能的な人間である。

 その素直さは、若くして天才魔術師として評価される実力にもなり、そしてその場その場で感情を優先してしまう悪癖にも繋がってしまう。

 だからこそ、今の言葉もまた彼の本心。


 彼は心底後悔していた。

 もっと、もっと戦いを続けておけば。

 あの魔術も、あの魔術も、あの魔術もあの魔術もあの魔術も……使えたかもしれないのに、と。


「ではお前の先程の言葉は嘘であると、そう認めるのか?」

「……うん。ごめんお爺ちゃん。怒られたく無くて……嘘吐いちゃった」


 ナルミはすっきりした表情で謝罪をする。

 今度こそ正直に言い訳をせず。


「自身の過ちに気がついたのならばそれで良い。その素直さも、ナルミ、お前の良い点だろう」

「うん。ありがとう、お爺ちゃん」


 朗らかな空気が部屋に流れる。

 まるで普通の祖父と孫のように、両者の間には最早緊張など存在していない。


 だが……


「しかしそれはそれとして、アズバードの名に恥じる行いをした罰はどこかで受けて貰おう」

「えええぇぇ!!??今の流れでぇ!!??」

「当然であろう。ピトー」

「はっ」

「罰の内容はお前に任せる。ナルミができるだけ深く反省し、尚且つ今後に活かせるような罰を与えろ。その為のお目付け役だ」

「かしこまりました旦那様」

「ひ、酷い!!ピトー!!この裏切り者ぉ!!!!」


 ピトーと呼ばれた侍女が深々と頭をガルミに向かって下げ、その横でナルミが騒いでいる。更にその横ではもう一人の侍女、イズミが我関せずといった表情で向かいの本棚を眺めている。

 いつも通り。もう何年も繰り返されて来た光景だ。


「ほら、行きますよナルミ様!では旦那様、私達はこれで失礼致します。ほら、動いてください!」

「助けてイズミ!ピトーが僕を虐めるんだよぉ!!!!」

「頑張ってくださいねー」

「お、お爺ちゃん!!ピトーにこんな事を許してもいいの!?」

「それが罰というものだ。儂はピトーを信頼しておる」

「そ、そんなのって無い!!」


 そうして足掻くナルミをピトーはひょいと持ち上げて、三人はそのまま部屋から退出していった。静かに座したままのガルミ・アズバードを残して。


「……我が孫の事ながら、なんと情けない……」


 ぽつりと呟いた声が、果たして老人のものであったのか。

 それを知る者は最早部屋には存在していなかった。


 ■◇■



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