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大賢者の末裔  作者: 理想久
第一章 魔術師の始まり
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魔術師に休息は無い。万象に真理は宿っている。

微妙な区切りだったので、19時にもう一話投稿します。

そちらもよろしくお願いいたします。


 ■◇■


 魔術。それは魔力によって現実世界を改変する術式。

 魔力とはそも万象の可能性そのものだが、魔術は魔力に命令を行う事でより変化に指向性を持たせる。

 魔術式を用いて魔力を魔術として顕現させ、現実改変を行う者。


 彼等を魔術師と呼称する。


「行くぞ?―――〈水球〉(クァズ・サク)


 魔術師の杖の先に、水の球体が現れる。

 その球体は人間の頭部程の大きさで、若干杖の先から浮きながら空に漂っていた。

 その場に水源は存在しない。つまり彼等の目の前に浮遊するその水球は、文字通り無から想像された物。魔力という万象の可能性によって具現化した水そのものだ。


「まぁこの様に魔術に基本的な限界は存在しない。無から有を生み出す事は容易い。特に基本属性の魔法は体系化されているからな、効率的な魔術式も生み出されている。そういう事は魔術式の講義の範疇だな、今ここでは言及しない」


 魔術師が再度杖を振ると浮遊していた水球が消える。魔力の供給を停止したのだ。


「魔術においては魔術式を用いて魔力に命令を与え、方向性を生み出し、形を作る。現代における魔術の歴史と発展はこの魔術式の開発に存在すると言っても良いだろう。効率化こそ、現代の魔術の基礎中の基礎だ。だが、知っての通りこれは現代魔術の話」


 魔術師が杖を構える。魔力が杖の柄から先へ、流れを成して形を作る。

 そして唱える。


「水面に揺れる三度の嘶き、静寂に呻く音を聴け。シワココカの蹄、壮健なり」


 それは、詠唱。この場に魔力を乗せて空気を震わせ、現実を改変する術。

 それ即ち現代の魔術では廃れた技術。

 古代における魔術の発露であった。


「鬣を以て威を示し給え―――〈矮小なる湖の星〉シワココカ・レクティア


 杖の先に、巨大な水球が浮かぶ。

 先程生み出された物よりも遥かに澄んでおり、遥かに美しい球を象っていた。


「これが古代魔術。魔術式を用いて魔術を顕現させるのではなく、詠唱によって現象を生み出す。古代、神によって与えられた言葉に魔力を乗せ、詠唱とする。所謂祝詞や言霊と同じ方法だが、詠唱はこれ一種類しか存在しない。何せ、神から与えられたモノだからな」


 古代魔術。神によって与えられた言葉を用いて顕現させられる魔術。

 それがいつから存在するのか、それは具体的には分からない。しかしながら、確かにその言葉に魔力を込めれば結果として現象が生み出される。


 現代魔術をマニュアルだとすれば、古代魔術はオートマチック。

 基本となる原理は同じでも、それを生み出す機構が根底から異なる。


「神の権能を借り受ける形で発動するが故に見ての通り効果は凄まじいものがある。複雑な魔術式なんかも考えないで済むしな。だが、廃れた。それは何故か?ハールト、去年の復習だ答えろ」

「はい、エルドール先生」


 白髪の少女が立ち上がり答える。

 クリスタル・シファーのそれとは異なる、絹の様な光沢のある白髪。

 少女は凛とした表情で、そのまま話し出す。


「古代魔術が衰退した理由、それは極めて非効率的だからです」

「そうだな、端的な答えだ。座って良いぞ」

「ありがとうございます」


 少女が着席すると、エルドールと呼ばれた教師はコツコツと靴の音を教室内に響かせながら歩き始める。そして同時に、杖の先に浮かべた大きな水球も彼を追尾する様に動く。


「そうだ、古代魔術はな非効率なんだ。まず燃費が悪い。確かにこの水球は特別だが、同じ大きさの水球を生み出すだけなら〈水球〉(クァズ・サク)の魔術でも出来る。それも三分の一程の魔力でだ」


 そう言うと教師は再び〈水球〉の魔術を唱え、もう一つの水球を生み出した。教室内に巨大な二つの水球が浮かぶ。

 二つを比べると、確かに〈水球〉の魔術で作られた水球は古代魔術え生み出された物よりも透明度が低い。形も綺麗な球状では無く、よく見れば動く度に多少形を変化させていた。


「それも当然だ。現代魔術とは古代魔術から余分な要素を取り除き、魔術式を活用する事で単一の要素を強化したもの。同じ大きさの水球でも、圧倒的に現代魔術の方が効率が良い」


 それら言葉は、古代魔術基礎の講義でも学んだ事だった。しかし他の講義と同じく、基礎の復習から始める為にエルドールはあえて基礎中の基礎から話していた。


「そして、詠唱。これも非効率的だ。現代じゃ、詠唱している間に五発は魔術を撃たれて終わる。極めて非効率的だ。早く発動させようにも、詠唱を省略する手段はない。なら現代魔術を最初から使おうという発想になるだろ?そういう事がずっと前に起こった結果、古代魔術は廃れた」


 まぁ多くの神が姿を隠したというのはあるだろうがな、とエルドールは続けた。


 古代魔術は単に消費する魔力だけで効果が決定されるのではなく。

 魔術を与えた神への畏敬の念や、その神の理解、信仰心。そうしたものが詠唱を通して魔力に影響し古代魔術を発動させる。

 詠唱を省く事は出来ず、そしてその隙は対魔術師戦のみならずあらゆる状況で不利になる。


「じゃあ何で古代魔術なんぞ学ぶ必要があるのか?そう、ここからが古代魔術()()の内容って訳だ」


 エルドールが杖を空に向けて、振るう。

 すると二つの水球が合わさり、巨大な水球が生まれた。


「現代魔術は古代魔術の研究より生まれた。古代魔術から精髄(エッセンス)を見出し、取り出す事で古代魔術を現代魔術にて再生する。そうして多くの基本的な魔術は作られて来たんだ」


 水球が形を変える。象られたのは獣。牙を持ち、長い尾を持つ毛皮持つ獣の姿。

 水の透明感さえなければ本物と見紛う程のリアリティを備え、そこに存在していた。


「例えば〈矮小なる湖の星〉。神シワココカより与えられたこの魔術を解析する事で、我々は一定質量の水を操作する術を学んだ。そこから更に幾つかの魔術を学び、解析し、現在の〈水球〉は洗練されていったんだ」


 獣が地面に降り立ち、歩く。

 その姿は生きているとしか思えない程の威圧感を放っている。


「古代魔術基礎で古代魔術そのものについて基本的な知識を身に着けたお前達は、これから古代魔術を通して神代を学び魔術を学ぶ。未だ神の権能である部分も多い現象を、人の手に降ろす。古代魔術でしか生みだせない現象もまだ多い、それ等を学ぶ事こそこの講義の意義でもある」


 エルドールが杖の先端で教壇を叩く。するとパッ、と何も最初から存在していなかったかのように水で作られた獣の姿は掻き消えた。


 エルドールが無精髭を擦りながら教室に集った学徒達に向けて微笑む。


「それに古代魔術は強力だ。切り札として持っておいても何の損も無いだろうよ。特に外に出る事を考えている奴はな」


 現代に行ける魔術師に求められる資質は、智慧だけではない。

 確かに最高学府においては知識や智慧こそ求められる最大のものに違いないが、しかしそれだけでは駄目なのも事実だ。

 実力。或いは戦闘力と直接的に表現しても何ら問題は無いだろう。


 引きこもり研究に明け暮れるのも魔術師だが、魔術を用いて戦うのもまた魔術師である。


「では時間も少ないので、講義を始めよう。本日は実際に古代魔術から作られた魔術節についてだ」


 ■◇■


(………今日は疲れた)


 初日の全ての講義が終わり、ゼルマは一人寮への帰路へついていた。


 ゼルマが初日に受けた講義は、教養発展、魔術式学、神代歴史学、現代魔術発展、実践魔術戦闘、古代魔術発展の六講義。実践魔術戦闘も実質的には必修である事を考えれば、どれも必修の範囲内だ。

 故に多くの時間をフリッツ、エリンと共に受けたが一部異なる講義もある。例えばエリンは古代魔術発展では無く古代魔術総論を受講している為六限以降は別れて行動している。


 古代魔術総論は古代魔術発展の更にその先。基礎、発展と続き、古代魔術研究の最前線を学ぶ講義となる。故に本来二年目であるゼルマ達が履修する事は無いのだが、エリンは昨年の時点で古代魔術発展を履修していた為に今学期から総論を履修しているのだ。


 因みに言うと、エリンは六限以降も学舎に残って勉強している。

 フリッツも六限以降は別行動だ。


(少し買い物をして帰るか。そろそろ食材も切らすだろうし………)


 基本的に学徒含め最高学府内の人間は敷地内に存在している居住区にて生活している。

 最高学府には魔術師しか存在しないが、しかしその全てが学徒として存在している訳では無い。一部の人間は内部の魔術師向けに各種サービスを提供する運営側として最高学府内に住んでいる。

 故に小国に匹敵する敷地面積を誇る最高学府の内部には、数多くの商店が立ち並び内部に住まう魔術師達の生活を支えている。


 魔術師は基本一人暮らし。

 一部貴族出身の魔術師が使用人を連れている事もあるが少数派だ。

 これが在る程度の門弟を抱える魔術師となると世話をしてくれる弟子等が居たりもするが、少なくともゼルマの様な魔術師には縁遠い話である。


 そうしてゼルマが訪れたのは寮近くに存在する商店街。

 流石に数の面では大国のそれに劣るが、専門性や扱う商品の幅広さでは勝るとも劣らない。

 生鮮食品のみならず、魔道具や魔術の素材等も取り揃えている商店が軒を連ねている。


 その中の一つ。肉や野菜を纏めて取り扱う食品専門商店へゼルマは足を踏み入れる。


「あーゼルマ君!いらっしゃい」

「こんにちは。いつものセットを貰いたいんですが」

「オッケーオッケー!いつものねー」


 中に入ると明るい店員の声が飛んでくる。

 慣れた様子でゼルマは注文を行い、店員も慣れた手つきで店に並んでいる食材達をひょいひょいと袋の中へと詰めていく。ゼルマはこの店の常連だった。


「いつもありがとねー!袋売り始めてから結構うまく行っててさー!ゼルマ君のお陰だよ!いつも通りサービスしとくからね!」

「ありがとうございます。ありがたいです」

「良いの良いの。魔術師って奴は不養生だからね、定期的に来てくれるだけでもありがたいのさ。おっさんの話相手にもなってくれるしね」


 店員は快活に笑い、これもいつもの様におまけの果物まで袋に詰めてくれる。

 

「そういえば今日から二年目だね!どうだった初日は?」

「疲れました。まぁいつも通りと言えば、いつも通りですが」

「確かに!此処に居て疲れない日の方が少ないか!」


 カウンターでゼルマが袋を受け取り、代金を支払う。

 最高学府内で用いられる通貨は様々な種族が居る事を考慮して独自の物が用いられている。各種通貨を敷地内の両替施設に持っていけば、両替してもらえるという仕組みになっている。


「思い出すね、丁度一年位前だもんね。ゼルマ君がウチに始めて来てくれてから」

「そういう事になりますね」

「君のお陰で立地は悪いけど何とかやっていけてるし、本当感謝だよ!」

「別に俺は自分が便利な様にして貰いたかっただけですから」

「それでもね!」


 時は一年前。寮に越してきたばかりのゼルマが初めてこの店を訪れた時の話だ。


 一々肉やら野菜やらを他の店に巡るのが煩わしかったゼルマが、この店主に定期的に購入するのでまとめて仕入れて置いてくれないかと頼んだ事がきっかけであった。

 そうなると同じく手間を面倒臭がった魔術師がゼルマと同じ事を頼み、今では袋売りと称して様々な種類の食品をまとめて販売する商店になった。


「じゃあ次はまた七日後だね!新鮮なの用意しておくから楽しみにしてて!」

「ありがとうございました。ではまた」


 そうしてゼルマが店の外に出ようとしたその時―――


「よう、久しぶりだねぇ」

「おっいらっしゃい!」

「おじさん、いつものおくれ」

「あいよ!」

 

 一人の少女が店内へ、そしてゼルマが先程した様に注文を行う。

 その少女は艶やかな金髪のショートカットを揺らしながら、何かに気が付いたのか彼の方を振り返る。まばらに入った黒のメッシュが特徴的な頭髪、そして片眼鏡(モノクル)

 彼が見紛う筈も無かった。


「おや、ノイルラーではないか!」

「………ノア先輩」


 彼の、唯一の先輩と言っても過言ではない魔術師。

 ノア・ウルフストンだったのだ。


 ■◇■


〇現代魔術と古代魔術

 現代魔術:神代以降の魔術。魔術節によって魔術式を構成し、魔術を発動させる。

 古代魔術:神代以前の魔術。詠唱によって魔力を形にし、魔術を発動させる。


 厳密に言えば、現代魔術にも詠唱は存在する。魔術式が詠唱に相当するもの。

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