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大賢者の末裔  作者: 理想久
第二章 魔術師の道程
48/87

石よ、巨人となって護れ。


 ■◇■


 時は智霊大祭二日目まで遡る。

 それはゼルマが学内に存在する、魔導士専用の図書館施設。

 カレン・ラブロックに関する情報を調べに来ていた時だ。


「もう一度全理論検索をお願いします。検索条件は―――」


 ゼルマがしようとする事は多くの場合無駄な事である。

 一度『カレン・ラブロック』で検索をして、見つからなかった。

 全理論検索とは文字通り最高学府が有する膨大な魔術論文の中から条件に合致するものを探し出す機能。蔵書検索の中でも魔術論文の検索に特化した検索の仕方だ。


 それをゼルマは著者名である『カレン・ラブロック』で検索を行った。

 現在の最高学府の図書館施設の多くは自動人形(オートマタ)によって運営されている。学内最大の中央図書館では人間の司書が現役だが、こうした小規模な図書館施設は無人の場所が多い。


 何故ならば人間よりも自動人形の方が圧倒的に検索業務に向いているからである。

 最高学府の図書館では中央に納められた蔵書・論文を複製し目録化して点在する図書館施設に保管される。特に魔術論文はそうで、現物が存在するのは中央のみだ。

 施設間の連携機構は十全に整っている為、小規模な図書館施設でも申請さえすればすぐに複製が届き読む事が出来る。

 そういう訳でこうした小規模な図書館に求められる業務の大半は検索業務なのだ。

 逆に、検索業務以外にも様々な機能を有している中央を始めとした大図書館は人間の魔術師が勤務しているのだが、そうした図書館でも検索業務はやはり自動人形に任される事が多い。


 自動人形の検索は完全自動(フルオート)

 故に、検索漏れは発生し得ない。

 仮に漏れたとするならば、それは検索の仕方が悪いだけだ。


 だからこそ、ゼルマのそれは基本的には無駄な行動だった。


「検索条件はラブロックで。全理論検索をお願いします」


 ラブロックそれは彼女の姓である。

 少なくとも最高学府内では知らない姓であり、ラブロックと言えばカレン・ラブロックの事を指すくらいには珍しい姓であると言える。


「畏まりました。少々お時間を要しますが大丈夫でしょうか?」

「構いません」


 だがそれは当然の事だ。

 何故ならばカレン・ラブロックは非魔術師の家庭出身、つまりは一般家庭の出身である。

 そして素養入学という事実からも、彼女が最高学府に入学する以前には魔術に関しての全くの素人であったという事が理解出来る。これは魔術師の家系出身ならば有りえない事だ。


 最高学府に入学するにしろ、入学しないにしろ魔術師の親は自身の子に魔術を教えるものだ。

 経験と知識によって実力が大きく変わる魔術師にとって、所謂勉強は早ければ早い程良い。六門主の家系ともなると言葉を覚えるよりも前に魔力の操作を覚えると言われる程である。

 そしてそれは冒険者の魔術師であってもそうだ。

 魔術師の数は少なく、魔術を扱える人間は貴重だ。魔術を覚えていれば食うには困らないともなれば、魔術師の親はその価値を理解しているだけに魔術を積極的に教えるだろう。


 故に十五になるまでカレン・ラブロックが魔術を使えなかったという事実は、彼女の家系が魔術師では無かったという事実を推測させる。

 そして魔術師でないならば、『カレン・ラブロック』で見つからなかった魔術論文が『ラブロック』で見つかる筈も無い。ラブロック家の魔術師は最高学府にはカレンただ一人の筈なのだから。

 魔術師の世界では血の繋がりが大きな意味を持つだけに、同じ姓を持つ魔術師同士は必ずと言って良い程に近親者である。


 ゼルマはノアとの約束の時間まで、残り僅かである事を自覚しながらも無意味な筈の検索結果をカウンターの前で静かに待った。どうせなら、心残りの無いようにと思いつきで検索をしたが無駄だったかな、等ど少しばかりの後悔をしながら。


 そして―――


「こちらが目録となります」

「―――え?」


 その自動人形の声を、正確には声では無く音なのだが、を聞いて彼を自身の耳を疑った。

 そして更に続く自動人形の言葉に、彼は言葉を失った。


「条件に合致する魔術理論は一〇二件見つかりました」


 それは、有りえない結果であったからだ。


 ◇


「なぁ……エリンよお」

「……どうした」


 フリッツがいつにもなく神妙な面持ちで隣に座るエリンに話しかける。

 エリンもまた少し遅れ、それに反応する。

 視線は舞台の上から話さず、二人は会話を続ける。

 舞台の上ではフェイムが〈光環〉を発動し終え、カレンへと攻撃を行っている最中であった。


「普通魔術式を書かずに魔術って発動しねぇよな?」

「普通はそうだろうな。そもそも魔術とはそういうものだ」

「そうだよな……じゃあ俺の気のせいか?さっきなーんか違和感あったんだけどよ……」

「……癪だが、正直私も何か違和感がある」


 エリンは苦虫を嚙み潰したような表情でフリッツに答える。

 普段なら「それくらい勉強しろ」、「常識だぞ」等と言葉を加えるエリンだったが今日は明らかに様子が違っていた。

 彼女をそうさせている原因、それは彼女自身の自負に由来するものだ。

 エリンには自身が殆どの最高学府の学徒よりも貪欲に魔術を学んでいるという自負がある。

 実際に彼女の勉強量は凄まじく、同じ二年目の魔術師の中では彼女に魔術に関する知識量で勝る者はいない程だ。

 だからこそ、彼女は目の前で起こっている何かを理解出来ない事が歯痒くて仕方が無かったのだ。


「なぁゼルマよぉ。お前の方でなんかアイツの事で分かった事とか無かったのか」

「……フリッツ」

「わかってるって今はライバル同士だって言いたいんだろ。でもよ、少しぐらい聞いても大丈夫だろ?それにまぁ、この試合に限ってはあの姫さんを応援したって問題ない訳だしよ」

「まぁ……それはそうかもしれないが」


 既にクリスタル・シファーは先の試合で勝利し、決勝を争う事が確定している。

 つまりフェイム対カレン。この試合で勝利した方がクリスタルと戦うという事。

 エリンがフリッツを嗜めたのは、そういう事情があっての事だ。

 

「で、どうなんだよ。何かないのか?」

「私達も彼女については調べてみたんだが……分かったのは完全な素人という事だけだった。それと……まぁこれは魔術には関係ないんだが、彼女は普通に善良な人間だった」

「まぁ試合自体この大会が初めてらしいからな。無くて当たり前っちゃ当たり前だぜ」


 どうやら彼等もまた独自にカレンを調査していたようだが、良い結果は得られなかったらしい。


「……俺の方でも調べてみたが、『カレン・ラブロック』に関する情報で大したものは存在し無かった。お前達と同じでな」

「やっぱりかぁ……まぁそうだよな」

「だが……」


 そこでゼルマは少しだけ言い淀む。

 ゼルマが得た事実は、本来有りえない事実を指し示すものだったからだ。

 そして、やはりエリン達には言うべきだと思いゼルマは口を開いた。


「だが、『ラブロック』の情報はあった」

「な……!それはどういう事だ!?」


 エリンが思わず声を挙げる。

 そして周囲に観客が居る事を思い出したのか気まずそうに咳払いをした。


「……それはおかしいだろう。だってラブロックは……」

「そうだ。カレン・ラブロックは魔術師の家系出身ではない。にも関わらず……最高学府には『ラブロック』が書いた魔術論文が少なくとも一〇二本見つかった」

「一〇二本ッ!!??おいおい有りえねぇだろ!?」


 フリッツが先程のエリンを上回る声量で驚愕の声を挙げる。

 エリンと違ったのは周囲を気にする事なく、更に言葉を続けた点だ。


「え、だってよ……ゼルマがこの前必死に書いた奴で一本だよな?」

「ああ。あれで一本だ」

「それで……確かクリスが書いたのが……」

「三本だな」


 ゼルマは現在『遅延魔術による連続的魔術の起動理論』の分野で論文を書き上げており、クリスタルは『結晶魔術の錬金的法則論:水晶魔術』、『複合属性魔術の相反属性魔術研究』、『精霊魔術における詠唱とその継承』の三分野で魔導士の学位を取得している。


「……おいおいそれってありえねぇだろ!?」

「一〇二本……」


 正確には魔導士に認められる為の論文と魔導士になってからの論文とでは少しばかり制度が異なるのだが、それでもフリッツが言うように一〇二という数は信じ難い数である。


「という事はラブロックの家系は少し前の最高学府では著名な家系だったという事か?何かのきっかけで没落し、最高学府から名前ごと無くなった家系だと?」

「それは少し違う。『ラブロック』は家系じゃない」

「……?それはどういう」


 ゼルマが図書館施設で自動人形からの報告を聞いた時に驚いた理由は三つあった。

 一つは『ラブロック』の名前で書かれた魔術論文が存在していた事。

 一つは、その数が一〇二本という数であった事。

 そしてもう一つが……


「―――書かれた一〇二本の魔術論文は、たった一人の魔術師が書いたものだ」

「「――――――!!」」


 その一〇二本もの魔術論文がたった一人の魔術師によって書かれたという事実であった。


 最高学府において、卒業という概念は無いに等しい物だ。

 最高学府を出ない限り、そこに所属する魔術師は一生涯学徒である。

 三年目までの魔術師も、魔導士も、教師も等しく学徒。故に、最高学府に所属している限りは常に魔術論文を執筆し、発表する権利を有している。


「一人、だと……それは……何年間でだ?」

「察しが良いな」

「え、どういう事だよ」


 エリンが冷静を装って、ゼルマに問う。

 エリンはゼルマが驚いたその真意を察しかけていた。


「フリッツ、一〇二本という数を聞いてどう感じた?多いと思ったか?」

「え?まぁそりゃ勿論そう思ったけどよ」

「そうだ。一〇二本という数は確かに多い。だが一人の魔術師が一生をかけた書いた本数としては……()()で済む程度だ」


 最高学府に所属する学徒は、常に魔術論文を執筆し発表する権利を有している。

 そして魔術師には明確な引退というものは存在し無い。

 魔術師を始めて、魔術師を終えるその時まで魔術師は魔術師であり続ける。

 エリンが言う通りである。

 一〇二本という数字は確かに多い。

 だが、一人の魔術師がその一生を費やしたとするならば有りえない数字ではないのだ。

 勿論普通の魔術師はそれ程の魔術論文を書き上げる事は出来ないにしても、クリスタル・シファーを代表に天才と称される魔術師ならば有りえない数字ではない。


「なぁゼルマ。……その一〇二本の論文は一体何年間で書かれたんだ?」


 だからこそ、エリンは感じていた。

 ゼルマが驚いたのは、その裏にあるものであると。


「……その魔術師が在籍していた期間は……僅か十五年だ」

「十五年……それは……にわかには信じ難い数字だな」

「ああ。しかも論文の多くは最後の五年間で書き上げられたものだった」

「そいつはどんな魔術師だったんだ?」

「……詳しくは分からない。書かれたテーマは幅広く、一貫性の無いものだった」

「……その、魔術師の名前は?」


 エリンが、問う。

 それに一拍だけ置いて、ゼルマは答えた。


「オルト・ラブロック」


 ◇


 舞台上に出現した巨人の(かいな)

 そしてその腕に抱かれ、護られるカレン・ラブロック。

 二本の巨大な腕をフェイムは見据える。


「な、なんか思ってたのと違うけど……よーしやっと反撃だよ!行っけぇぇぇぇ!!」

「―――ッ〈三重光線〉!」


 カレンの命を受けて、巨人の片腕が振り下ろされる。

 咄嗟にフェイムは魔術で迎え撃つが、しかし腕の動きを止めるには至らない。

 放った魔術は巨人の腕を傷つける事なく、表層で弾かれてしまったのだ。


(まだ()は使えない……!なら!!)


 ―――悠長な事は言っていられない。

 本来ならば次戦に備えて魔力と体力の温存の為にもカレンとの試合は魔術を抑えるつもりであったが、それは最早不可能だ。

 巨人の腕に内包する魔力は明らかに膨大であった。

 元より光魔術と物理的な実体を有する土魔術とは相性が悪いのだが、これはそういう次元ではない事くらいフェイムは理解していた。


 魔術が他の魔術と衝突した時に何が起こるのか。

 それは魔術によっても様々だが、あらゆる魔術に共通する法則が存在する。

 それは込められた魔力量の差に由来する消滅現象。

 山火事にバケツ一杯の水を注いでも意味が無いように、膨大な魔力を伴った魔術は他の魔術からの影響を無為にする。


 だがそんな事はまず起きない。

 人間の内包する魔力量には限度というものがあるからだ。

 起きるとすれば大賢者や勇者、そして魔王格の魔術のみ。


〈土石強化〉(アウス・マキシア)〈三重土壁〉トリア・アウス・ウォルト!」


 フェイムは舞台から伸びる土壁を支柱の様にして迫りくる掌底を迎え撃つ。

 三重に重ねられた〈土壁〉は強化魔術の力も合わさり、込められた魔力は先程の倍以上。そして先程とは異なり実体を有する土壁は今度こそ巨人の腕を受け止めた。


「―――っぅ!」


 痛みは無い。魔力を消耗した事による多少の疲労感はあれど、巨人の腕を受け止めたのは感覚の通らない魔術でありフェイムではないからだ。

 しかしそれでも、フェイムが無意識に声を漏らしたのは間近に迫る巨人の腕を腕を見て、改めて実感してしまったからだった。


(―――これは、何……!?)


 目前で止められている巨人の腕。それは間違いなく魔術である。

 だが、フェイムは気が付いてしまった。それにはあるものが、欠けていた。

 欠ける筈の無いものが、存在していなかった。

 フェイムの眼は特別だ。

 特殊な生得魔術、未来を垣間見る〈予測の眼〉と一度見た魔術を再現する〈複写の眼〉。

 片方だけでも特別な眼が、フェイム・アザシュ・ラ・グロリアという少女には二つ備わっている。

 そんな眼を持つからこそ、フェイムは目の前の魔術の構造が見えてしまった。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!)


 目前の巨人の腕は間違いなく魔術である。

 魔力によって物質を動かし、構造を強化した魔術である。


 魔術式とは魔術の構造そのものと言えるものだ。優れた魔術師であれば魔術を実際に見なくとも魔術式を見ただけでそれがどのような魔術なのか完璧に把握できる。

 例えば〈土壁〉を例にとっても、魔術式には『魔力を集める』『魔力から土を創造する』『土を成形する』『土の構造を強化する』等の内容が含まれているのだ。

 古代魔術における詠唱も魔術式と同じであり、魔術の構造を言葉にして表すものである。

 複雑な魔術である程に魔術式もまた複雑化する。そういった視点では古代魔術によって固定化された詠唱は現代魔術よりも複雑な魔術の発動には有利ともとれるだろう。


 『舞台上の物質を操って巨人の腕を創り出し、強化して動かす』

 それ程複雑な魔術では無いにしても、そこには当然相応の魔術式が存在している筈だ。

 だがフェイムが自身の眼を通して理解した魔術式は……余りにも簡単過ぎたのだ。


 言語化するならば、たったの一文のみ。


 ―――石よ、巨人となって護れ


 当然、そんな魔術式で目の前の魔術が発動する筈も無い。

 発動したとしてもこれだけの出力と性質を有する魔術になる筈が無い。


「行っけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「くっ……!」


 言葉に呼応して腕の圧力が増す。

 土壁に大きな亀裂が入り、今にも崩壊しそうな程だ。

 後持って数秒。このまま圧力が増せば、間違いなくフェイムは圧壊するだろう。


 だがフェイムとて呆然と目の前の攻撃を見ているだけではない。


「―――〈栄光なる剣〉(グロリア・シャーフラ)!!!!」


 瞬間。フェイムが振るう光り輝く剣が巨人の腕を切りつけた。


 ■◇■


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