想定外を想定し、想定外を排除せよ。
■◇■
「すまん、少し席を外す」
「おう、気ぃ付けてなー」
試合開始前、実況の声が響く中でゼルマは一人席を立つ。
そのまま彼が向かうのは闘技場の外縁に幾つか伸びる通路の一つ。
点在する照明で薄暗い通路の影には先客が待っていた。
「待たせたか?」
「別に。……てか良いのか?」
通路に居た先客の正体はレックス・オルソラ。
ゼルマにとっては既に見慣れた顔である。
「何がだ?」
「何って……クリスタルの試合を見なくてよ」
「あぁ……その事なら大丈夫だ」
「はぁ?」
ゼルマは確信を持ってレックスに伝える。
彼からすればレックスがそのような言葉を紡ぐ方が意外だった。レックスにとってはクリスタル・シファーという魔術師は現状を招くきっかけになった存在だ。
そして、そんなゼルマの答えに納得ができていないのか、レックスは更に言葉を紡ぐ。
「俺が言うのもなんだがな、ズィエはかなり危ない奴だぜ?いくらあの女でも厳しいかもしれねぇぞ」
ズィエ・ロルテン。
ゼルマも彼の事は自分の知識とレックスから齎された情報によってある程度だが知っている。そこから読み取れるのは確かにレックスの言うような危険な人間性だった。
だが同時に、確信もしていた。
人間性に幾ら欠陥があろうが、それ自体が勝敗を分けるものではないのだから。人間性が影響するのは勝ち方や負け方であって、勝敗そのものではないのだ。
故に、クリスタル・シファーは勝利する。
「問題ないだろ。多少時間はかかるかもしれないがアイツは勝つ」
「ふん……まぁ俺には関係ないことだがな」
自分から聞いておきながら、関係ないと話を切るレックス。
もしかすると、今の問いかけは彼なりの気遣いの一つだったのかもしれない。
「それで、頼んでいた事は?」
「用意出来てなきゃ此処に顔なんか出さねぇよ」
「それもそうか……ありがとう」
「感謝なんか要らねぇ」
レックスが最早恒例のように封筒を差し出す。
ゼルマも流れる様に封筒を受け取り、封筒から一枚の紙を取り出す。
それを照明の下で一瞥し、内容を確認した後に魔術で燃やす。
「―――やはりそうか」
「で、どうするつもりなんだ?」
「言っただろ。俺がやる事は決まっているとな」
そうだ。ゼルマのやる事は決まっている。
今からする事も、その後始末ですらも。
自分が何をするのか、その意味を理解していないゼルマではない。
故に、ゼルマは止まる事は無い。
「準備は出来ているな?」
「当たり前だろ。アイツ等もとっくに待機させてる」
「よし」
ゼルマが振り返り、影を背にする。
それは合図であった。
「先に行ってろ。俺は後から行く。動きを見せたら渡しておいたアレを使え」
「―――了解」
ゼルマが元来た道を戻る時、既に背後にレックスの影は無かった。
■◇■
『勝者―――クリスタル・シファー!』
大歓声の中で勝負は決着を迎えていた。
勝敗は実況の言葉の通りである。
ズィエ・ロルテンが敗北し、クリスタル・シファーが勝利した。
それはある意味で誰もが予想した結果だったのかもしれない。
だが予想外が試合にあったからこそ、この盛り上がりもまた存在している。
舞台上では勝利したクリスタルが去ろうとしている所であり、魔術によって気絶状態に陥っているズィエが従者の魔術師に介抱されている最中だった。
「ふぅー結構面白かったな!」
満足そうにフリッツが言う。その様子はまるで演劇を見終わったかのように楽し気であった。
彼もそうだが、クリスタルの補助要員であるエリンにも彼女の勝敗を心配していた様子は一切ない。
彼等は補助要員としてクリスタルが魔術を使っている様子を近くで見ていた。
智霊大祭の開催期間中、そして大会への出場を決めてからも彼女は殆ど特訓らしい特訓をしていない。日常的な魔術の使用、そして彼女自身の研究に収まる程度のものだけだ。
だがそれは決して過信では無い事をフリッツとエリンは知っている。
「流石呪術の大家ロルテン家だな。あの年齢であれだけの呪術を巧みに操るとは凄まじい才能だ。しかしそれ以上に恐ろしいのはクリスの方だったが……」
「まさかかけられた呪いを全部跳ね返しちまうなんてな。流石だぜ」
ズィエの出身であるロルテン家は呪術の大家として有名な家系である。
呪術とは一般には呪いと呼ばれるものを他者に与える魔術のことだ。最高学府では『直接的に人間に対して負の干渉を行う魔術体系』であるとされている。
ズィエの戦法も様々な状態異常を付与して相手を追い詰めながら戦うというようなものだった。
特にロルテンの血統魔術は強力であり、呪怨との組み合わせは非常に凶悪なもの。
普通の魔術師が相手であれば時間経過と共に重なる膨大な呪術によって成す術も無く敗北を喫していたかもしれないが……残念ながらクリスタル・シファーは普通の魔術師ではなかった。
あろうことかクリスタルは試合中にズィエの魔術を解析し、かけられていた呪術を跳ね返してしまったのである。
かけられてた数多の状態異常、弱体化がそのままズィエに跳ね返ってしまった事で一気に試合が動き、そのままズィエは敗北したというのがこの試合の顛末だ。
「呪詛返し……いや魔術の相殺か……?確かクリスの論文には……。それに水晶魔術を仮の触媒にすれば簡易的な儀式を……」
「おい、自分の世界に入り込み過ぎだって」
そんなクリスタルの試合に一番触発されていたのはエリンだった。
元より知識欲が高いエリン。それは最高学府で受けられる限界まで講義を受講している点からも見て取れる。
そんなエリンにとって今の試合は大いに考察のしがいがあるものだったらしく、フリッツの言葉も耳に入っていないのか、自分の世界にのめり込んでいる。
そしてこうなると長いという事をフリッツは経験から身を以て知っていた。
以前とある魔術師の決闘を見学した時には一時間以上もこの状態だった事もある。
因みにその時は直接決闘していた魔術師に質問する機会をゼルマ達が設ける事で無理やり動かした。
「しっかし次は姫様の試合だっていうのにゼルマの奴遅いな……迷ったか?」
「……精霊魔術……いや、詠唱は無かった。何かしらの魔道具……?」
「こうなると長いんだよなぁ……っておーい!」
フリッツが手を振ると、視線の先にはゼルマが帰って来ていた。
観客席は人でかなり賑わっている。簡単に元居た席を見失ってしまう状況だ。
故にフリッツも戻って来られるか多少心配していたのだが、無事ゼルマは帰って来た。
そうしてゼルマはそのまま元居た席へと座る。
「すまん。待たせたな」
「良いって別に。で、姫様の機嫌はどうだったんだ?」
「ん……あぁそこそこだな」
「そこそこか。まぁ十分だな。そこそこが一番良いまである」
「あぁ十分だ」
フリッツが言っているのは補助要員の仕事の事である。
補助要員の仕事は意外と多い。
対戦相手の情報収集はその一つに過ぎず、選手の精神状態を良好に保つのも補助要員の役割だ。魔術師にとって精神状態は魔術の安定性に直結する為、非常に重要なものでもある。
実力に開きが無い場合、先に調子を崩した方が敗北するというのはどの世界でも共通なのだろう。
そんな補助要員をフリッツ達は手分けして役割をこなしていたが、ゼルマは一人である。しかも選手は帝国の皇女と最高学府でも指折りの重鎮となれば気も使って然るべきだ。
フリッツはどうやらゼルマが離籍した理由がそちらの関連であると推測したらしい。
そしてゼルマも態々それを訂正したりしない。勘違いしていて貰った方が都合が良い。
極力ゼルマの私情に友人を巻き込みたくない。
それはゼルマの本心であった。
「お、始まるみたいだぜ。……お前もそろそろ戻ってこい」
「血統魔術の解析をあの短時間で行ったのだとすれば……ブツブツ」
◇
歓声の中、実況に導かれて二人の少女が舞台の上に立つ。
それだけで一層観客達は沸き立つ。
一挙手一投足に声援が上がる。
それも当然かもしれない。
片や凛とした雰囲気を纏う皇女、フェイム・アザシュ・ラ・グロリア。
片や朗らかな雰囲気を纏う少女、カレン・ラブロック。
魔術師の実力に見た目は関係ないが、両者共に系統は異なれど相当の美少女である。
新星大会を娯楽として捉える者達にとっても、そうでない者にとっても見目麗しき少女二人が相争う光景は楽しみという事なのだろう。
勿論観客の興奮の理由はそれだけでは無い。
フェイムはグロリア帝国という大陸最大級の影響力を持つ帝国の皇女であり、かの〈栄光帝〉の娘だ。そしてカレンもまた名高き特待生の一人である。
そんな事情を知っている為、少しばかり冷めた様子のフェイムに対して試合相手であるカレンは先程からずっと周囲の観客席に対して手を振っていた。
「うわぁーすっごい人だねー!」
「……貴女、昨日も戦っていたんですよね?」
カレンの言葉に思わずフェイムが突っ込みを入れてしまう。
フェイムの言う通り、カレンもまた新星大会の最終日まで残っているという事は昨日までの戦いを勝ち抜いて来たという事に他ならない。
クリスタルが居た第一闘技場やフェイムが居た第二闘技場に比べて他の闘技場は多少は落ち着いていたと聞くが、それでも数多の観客に囲まれてこれ迄試合をしてきた筈である。
しかしながらフェイムの目の前のカレンはまるで初めて都市やってきた子供の如く、目を輝かせているのだ。
「それはそうだけどさ。やっぱりこれだけの人に見られてるとワクワクしちゃうよね!」
「ワクワク……ですか?」
「そうそう!だって闘技場に居る人みーんな魔術師なんでしょ?それに、すっごい人達と戦えるなんて、凄く楽しいんだもん。あ、勿論貴女と戦うのも楽しみだよ!えへへ」
心底楽しそうに、見ている側の毒気が抜けてしまう程の純粋な姿。
それに思わず、フェイムは笑みが零れてしまう。
「……ふふ」
「え、どうしたの?」
不思議そうにカレンが聞く。
それに対して、フェイムは微笑ながら答える。
「いえ……ふふ、ラブロックさん。貴女、変わった人ですね」
「え、そうかなぁ?普通じゃない?」
「貴女も魔術師なのに、そんなに魔術師と戦うのが楽しみなんですか?」
「村には魔術師なんて居なかったんだもん。あ、パパ以外だけど!」
カレンの言葉におかしな点は存在しない。
最高学府で生活をしていると感覚が麻痺してしまうが、魔術師とはそもそも貴重な存在なのだ。それこそ田舎の村落では一人居るか居ないかの存在である。
大多数の人間は自らの体内にある魔力を使う事は出来ても、それを操り魔術を編む事は出来ない。或いは適正があったとしても、それを正しく伸ばす為の知識を学ぶ事が出来ない環境にある。
冒険者と呼ばれる人々の間で魔術師の絶対数が少なく、ある程度貴重な存在として扱われているのもこうした事が原因だ。そもそも、粗野な人間の割合が多い冒険者と知識を追い求める魔術師とでは属する人間の方向性が異なるというのもあるだろうが。
「成程お父様が魔術師で……。では魔術はお父様から教わったのですか?」
カレンの言葉を受けて、フェイムが質問をする。
それは自然な流れだったが、しかし返って来た答えは当たり前のものでは無かった。
「んーん。パパは『魔術なんて危ない!』とか『魔術師なんて碌なもんじゃない!』なんて言って教えてくれなくて。だから私、最高学府を受けたんだ。そしたらびっくり!受かっちゃった!」
「……噂は本当だったのですね」
「え、噂?何か私、噂になってるのかな?」
「いえ。こちらの話です」
(嘘を吐いているようには見えない。ということは本当に素人の状態から決勝まで……?)
彼女がこの場に居るということは真実なのだろう。
そもそも素養入学とは非魔術師の中から魔術師として高い適正を持つ人間を見つけ出し、最高学府で育て上げる為の精度。
つまりカレン・ラブロックが魔術に関して素人である事は、実の所なんの問題も無い。
問題なのは、カレンが特待生であり、かつ並み居る魔術師に勝利して今日まで残ったという事だ。
素養入学者はその特性上、平均よりも高い魔術への才能を有している。
しかし、だからといって特待生に選ばれる程に最高学府は甘くは無く、そして勝利できる程に最高学府の魔術師は弱くない。
最高学府において一年の差は余りにも大きい。
才能によっては埋められる差ではあるが、逆に言えば才能が無ければ到底埋められない差でもある。クリスタルが当たり前のように上級生を下してきたのは彼女の圧倒的な才能が故である、フェイムとて作戦による部分が大きい。
だが、目の前のカレン・ラブロックという少女はフェイム達とは根本から異なる。
非魔術師の状態から特待生に選ばれ、魔術師になってから僅かしか経過していない一年目が他の魔術師を押しのけ最終日まで残っている。彼女は補助要員すら付けていないのだ。
ならばそれは―――一体どれ程の才能なのだろうか。
(見極める……余裕はありそうにないですね)
フェイムの思考は至極冷静であった。
彼女は自身の師匠から教わった事を忠実に行おうとしている。
危険。不穏分子。計算外。
想定外を想定し、想定外を排除せよ。
当然の判断、当然の行い。
そこに目の前の純粋無垢な少女への配慮は存在していない。いや、存在してはいけないのだ。
『それでは新星大会最終日第二試合―――』
準備がかかる。
それでも、ただ一つだけ。
短いながらも会話を交わした少女への餞として。
「悪く思わないでくださいね」
「え?」
カレンが真意を確かめる隙もなく。
『―――開始ですッッッ!!』
「〈光環〉」
瞬間、余りにも眩い閃光が舞台を覆い尽くした。
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