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大賢者の末裔  作者: 理想久
第二章 魔術師の道程
44/87

その決断を信じるのであれば、進み続けよ。


 ■◇■


 智霊大祭六日目。

 七日間に渡る智霊大祭も明日で最終日を迎える。同時に各闘技場で行われている新星大会予選も本日で決着し、明日の最終戦へと進む四名が決定する。

 最終戦となる七日目は準決勝二試合と決勝一試合のみの濃度の高い一日となる。


 いつも通りゼルマはフェイムとの朝の会話を終え、彼女を置いて一人闘技場の外へと出る。

 闘技場の外には一日目よりも一層大きな喧騒が満ちていた。

 それはここ、第二闘技場に限った話ではない。本日は全ての会場でこれまでで一番の盛り上がりを見せているだろう。


 それも当然。本日この場所で明日に戦う魔術師四名の内一人が決定するのだ。

 この六日間でフェイムの名は高まり続けている。流石にクリスタルが出場する第一闘技場に比べればまだ観客は少ない方だろうが、巷では優勝者はフェイムであると考える人間も増えていた。


 そんな喧騒から離れ、彼が向かうのは闘技場から歩いて十分程の距離にある寂れた魔道具店。見つけ辛い場所にある為か店内は常に閑散としており、老齢の店主が意外に殆ど人影はない。

 祭の開催期間中にも拘わらず普段と同じく、静かな店内で一人、ゼルマは回想する。

 思い起こすのは昨日の襲撃。それは時間で言えば二十四時間も経過していない出来事ながらも、既にゼルマの行動指針へと大きな影響を与えていた。


(これ以上誰かを……あいつら(エリンとフリッツ)を巻き込むことは出来ないな)


 彼の脳裏に過ったのは、親しくしていた数少ない友人の顔。

 彼等は現在クリスタルのサポートメンバーとして敵対する立場ではあれど、ノアと同じくゼルマにとっては確かな友人関係を結んでいる人物たちだ。


(…………覚悟、か)


 そうして五分程度だろうか。静かな空間である。流れた時間を正確に測ることは難しい。ゼルマとて店内に響く秒針の音が無ければもっと短い時間だと勘違いしていたかもしれない。

 入店してきたのはフード付きの外套を羽織った人物。

 その人物は入店するなり、壁にかけられている時計型の魔道具を見ているゼルマの背後に立った。


「……何してやがる」

「これが感慨深くてな。少し見ていた所だ」

「今何してるのかを聞いたんじゃねぇよ。何を()()のかって聞いてるんだ」

「…………」


 待ち合わせに来たフードを被った人物、先日も会話を交わしたレックス・オルソラがゼルマに問う。

 その問いかけに、ゼルマは無言で返した。

 だがレックスはそんなゼルマの無言に躊躇することなく、言葉を続ける。


「あの数から襲撃を受けるなんてのは、只事じゃねえ。お前……いったい何処を敵に回した?」


 レックス・オルソラはオルソラ家の魔術師だ。

 諜報活動に長けた魔術師として祖国であるハルキリアでは名の知れたオルソラ家。専門の魔術師も多く抱える彼だからこそ分かることもある。


「あれだけの数の専門(プロ)を雇うってのは、並の魔術師じゃまずありえねぇ。報酬(コスト)が割に合わねえからな」


 魔術師を雇うというのは決して安くない。

 魔術師というのはその人物を表す属性でありながら職業でもある。

 オルソラ家もそうだ。彼等は魔術師として生きるのと同時に、諜報活動を依頼されることによって報酬を得ている。魔術師(プロ)とはそういうものだ。

 能力にも左右されるだろうが、一人を雇うだけでもそれなりの報酬が必要となるのは確かだ。


 ゼルマとノアを襲った魔術師の総数は二三名。これは捕縛できた人数であり、実際に作戦行動に参加していた魔術師の数はここから更に増えるだろう。

 実際にゼルマと相対した二人を逃がしたもう一人の存在もある。

 それだけの魔術師を雇うというのはレックスの言うように只事ではない。

 彼がゼルマ襲撃の際にあれだけの数の魔術師を動員できたのは、彼等がオルソラ家が抱える魔術師だったからこそ。

 普通あれだけの数を動員し行うことが単なる警告もとい脅迫だけというのは割に合わない話なのだ。

 

 だからこそレックスは考えた。

 ゼルマを襲った何者かが、あれだけの数を態々それだけの為に動かした理由。

 否、動かせた理由と言うべきだろう。

 考えられるのは三通り。それだけ何者かにとって新星大会の優勝が大きな意味を伴うものであるか、レックスと同じように元より自派閥の魔術師だったのか。

 或いは……その両方か。

 無論、これが正解とは限らない。

 だがもしも、三つ目の場合であったのであれば、それは一つの事実を暗示する。


「こんな大それた真似が出来る奴ってのは最高学府(ここ)でも限られる。俺にだって察しってもんがつく程にな」

「…………」

「答えやがれ。お前今、()を敵に回してやがる?」


 怒りを含んだレックスの質問を、ゼルマは静かにじっと聞いていた。

 彼の怒りも無理はない。

 現在のレックスの生殺与奪はゼルマが握っていると言っても過言ではないのだ。逆に言えば、ゼルマに何かが起こった時にレックスの身も安全ではないことは容易に察しがつく。


 やがて、ゼルマは背後を振り返ることなく彼へと向けた言葉を紡ぐ。


「さあな。関係ない」

「―――ッ手前!」


 レックスが激昂し、振り返る。

 一言「ふざけるな」とゼルマへ言う為に、彼は背後に立つゼルマへと振り返ったのだ。

 だが喉元まで来ていた筈のその言葉は身体から飛び出ることはなかった。


 レックスの視界に写ったのは、此方を向いたゼルマの姿。

 そして目に飛び込んでくるのは、ゼルマの余りにも冷たい眼差しだった。


「関係ないんだよ、もう。それが何処の誰であろうとな」

「お前……」

「俺がどうするかは、もう決めている。相手が何処の誰であろうと。やることを変えるつもりはない」

「……それがどうい意味なのか……本当に分かって言ってるのか?いくらお前でも……」

「御託はいい。さっさと頼んでたものを見せてくれないか。時間なんて幾らあっても足りないんだ」

「―――チッ」


 氷の如く冷めきったゼルマの態度。

 それを見て胸倉を掴むべく伸ばしていた手はレックスは下ろす。

 彼は察したのだ。そして同時に思い出したのだ。

 目の前の魔術師が……誰なのかを。


 レックスは以前のように、頼まれていた資料をゼルマへと手渡す。

 それは以前のものよりも二回り程小さなもの。

 例えるならば封筒に入れられた手紙程度の大きさだ。


 手渡されたそれの封をゼルマは丁寧に破り、中から一枚の折り畳まれた紙を取り出す。


「…………ありがとう。確かに受け取ったよ」


 ゼルマは紙片を一瞥すると、それを再び封筒の中へと戻した。

 彼が内容を見た時間は数秒程度だろうが、それで十分だったからだ。


「相変わらず、仕事が丁寧で助かる。言動の方もそうしてくれると助かるんだけどな」

「……仕事だからな」

「さて、『契約』だったな。報酬を払おう。今回は何が良い?出来る限り善処する」

「その前にもう一つ聞かせろ。言っておくが、これは仕事に関することだ」

「言ってみろ。報酬かどうかは内容次第だな」


 以前レックスは情報を、即ち『質問』を以て『報酬』とした。

 それに倣うならば、彼の今回の質問もそうあるべきだろう。

 だが同時に、レックスは現在ゼルマの下について仕事を行う立場でもある。上下関係は確かに存在しているとはいえ、そういう『契約』なのだ。

 レックスがゼルマの命令に従って行動し、その過程で必要となるのであれば、それは仕事に必要な情報であり『報酬』ではない。


 しかし、そうであるかどうかを判断するのもゼルマである。

 どのような質問がくるのかと、ゼルマが考えていると、やってきたのは意外な質問だった。


「次に俺は何をすればいい?」

「…………!」

「おい、何とか言えよ。調べるのだってすぐにとは行かねぇんだぞ。分かってんのかよ」

「……いや、すまない。先輩からそんな言葉が出てくるのが意外だった」

「おい、舐めてんのか?」

「……まぁそうではないんだが」


 ゼルマの知る限り、レックス・オルソラという人間は非常に高慢な人間だった。

 それは『契約』によって縛られている今でも変わっていないと考えていた。

 舐めてる、というのは否定こそしたが確かにそうだと言える。

 故にゼルマはレックスの言葉の正直に驚いたのだ。


「何故いきなりそんなことを?心変わり……いや反省でもしたのか?」

「馬鹿言いやがれ。……どの道働くことになるなら、少しでも時間の余裕があった方が良い仕事ができるってだけだ。もうお前から……逃げられるなんてことは思ってねぇよ」


 そういうレックスの声には、少しの諦念が滲み出ていた。

 レックスは現状最高学府でゼルマの正体を知る唯一と言っていい魔術師である。

 ある特殊な事情を有する者達とは異なり、純粋にゼルマの権限で動かせる、言うなればゼルマの配下といった立ち位置だ。

 エリンやフリッツ、ノアとも異なる奇妙な関係性。

 ゼルマもそれが分かっているからこそ、例え一度殺されかけたとしても彼を生き返らせて『契約』を用いたのだ。


「……何だよ。早く仕事を寄越せ。無いなら無いで俺は帰らせてもらう」

「いや……少し、感慨深いと思っただけだ」


 最高学府における魔術師。

 権謀術数の学び舎に身を置く、数多の魔術師たち。

 ある意味そんな彼等から程遠いと思っていた自分が、彼等がするように他者を支配下に置き、利用している。それが不思議な感慨深さをゼルマに与えていた。


 決して良好な関係とは言い難いだろう。

 レックスの態度はあくまでも大賢者という彼にしてみれば絶対的な強者への恐れに由来するもの。『契約』で縛っていなければ、当然のようにゼルマとは相容れない存在。


 そんな彼と、寂れた魔道具屋で会話をしている。


「はは……」

「何笑ってんだ手前」

「すまない。……なら報酬の前に、一つ仕事を頼みたい。少し難しいかもしれないが、期限は明日の決勝戦までだ。その分……そうだな、次の報酬はなるべく善処する。頼めるか?」


 ゼルマはレックスの顔を見る。

 彼の表情は、以前と全く変わっていない。


「どうせ、やるしかねぇんだろうが」


 だがそんな彼の表情が、少しだけ頼もしくも見えたのだった。


 ■◇■


 そして。六日目が終わる。

 歓声と熱狂の中、遂に新星大会最終日へと進む四名が決定された。

 王道か予想外か。最終日へと駒を進めた四名の魔術師たち。


 選び抜かれた才能の原石、まだ見ぬ可能性の塊。

 彼等が相争う絶好の機会であり、智霊大祭における最高の娯楽。


 出場者。


 第一闘技場―――クリスタル・シファー

 第二闘技場―――フェイム・アザシュ・ラ・グロリア

 第三闘技場―――ズィエ・ロルテン

 第四闘技場―――カレン・ラブロック

 

 以上四名。

 新星大会、その最終日が始まる。

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