残った疑問こそ、問題の本質であろう。
■◇■
「先輩!」
「おぉ、ゼルマ!遅かったねぇ」
ゼルマが駆けつけると、そこには何食わぬ顔で座っているノアが待っていた。
「遅れてすみません。ですが無事で良かったです」
「無事も何も、危険なんて全くなかったけれどね」
「では……こいつら全員を?」
「うん、まぁね。でも良く分からないことを言っていてねぇ。それで君に聞こうと眠らせておいたのさ。君、心当たりはあるかい?」
そういうノアの周囲には魔術によって生み出された鎖で雁字搦めにされた魔術師が塊になって置かれていた。全員気絶させられているようで、ぴくりとも動かない。
「幾つか思い当たることはありますが、確定ではありません。自分だけなら兎も角、先輩を狙う理由が分かりませんから」
「自分だけ……つまり君の方にもこいつ等が?」
「はい。ですがこっちは俺の力不足で逃げられました」
力不足、という表現は適切ではない。
ゼルマは問題なく二人組の魔術師を制圧できたのだから。
しかし突如として現れたもう一人の魔術師によって状況が変化してしまった。
乱入した魔術師が何らかの魔術、もしかすると魔道具かもしれないが、の力で二人組の魔術師を連れてその場から離脱したのである。
ゼルマの素の実力は低いとも言えないが、決して高いとも言えない。
ゼルマの戦闘方法は知識と状況毎に臨機応変に対応していくことにある。
『逃げ』に徹されれば流石に三人を捕縛することは難しい。
「力不足とは限らないんじゃないかい?そっちに来た奴の方が強かったかもしれないし」
「いえ、それは無いと思います。特別な強さは感じられませんでした。そもそもこっちに来た魔術師は三人だけです。この数を制圧した先輩に比べればまだまだ力不足です」
「まぁ、そう言ってくれるならそれはそれでいいけどさ」
改めてゼルマは捕縛されている魔術師達を見る。
ノアは魔術で縛っただけでその後は何もしていないのか、全員特徴的な仮面は外されていない。
「で、こいつらは何処のどいつなんだい?心当たりはあるんだろ?」
「恐らくは俺に向けられた刺客、フェイムの優勝を阻止したい勢力によるものだと思いますが……」
「確定ではないんだよね」
「はい。分からないのは先輩を狙った理由です。先輩はフェイムどころか新星大会にすら関わっていませんから」
そう。刺客が送られただけならば何も難しいことはない。
解せないのはその刺客がゼルマだけではなくノアに送られたことである。
ゼルマとフェイムではなく、ゼルマとノア。
前者ではなく、後者に刺客が送られた理由が分からないのだ。
ノアは新星大会には全く関わっていない。
強いて言うならば一日目と二日目にゼルマはノアと会っているが、そこからフェイムと関わりを見出すのは難しいだろう。
ノアは智霊大祭期間中、新星大会に関係している素振りすら見せていないのだ。
「……これは推測ですが、先輩が俺とフェイムの裏に居る人物だと思われている可能性があります」
「えぇ……。私そもそも新星大会の結果すら知らないのにかぃ?」
「はい。そんなこと少し調査をすれば分かることだと思いますが、それが現状で一番可能性が高いでしょう。でなければ先輩の方が多く刺客を送られている理由に説明がつかない」
だがこれにも幾つかの疑問は残る。
ゼルマとフェイムの繋がりを探るのは難しいだろうが可能だ。
新星大会の開催前では二人の関係を隠していたが、大会が始まれば隠し通すのは難しい。
調べる手段は幾らでも存在する。
だからこそゼルマも大会が始まってからは無理にフェイムとの繋がりを隠そうとはしてこなかった。寧ろ刺客が送られてくるならばそれはそれで利用できるからだ。
だがそもそもゼルマとノアを狙うというのは回りくどい話だ。
狙うならば出場する本人を狙えばいい。
その方がより確実に出場を辞退させられるのだから。
(フェイムと俺で俺の方が弱そうだから優先して刺客を送ったというなら分かる。だが先輩と俺で先輩を優先して刺客を襲っているのは明らかに先輩が狙われている証拠だ)
言葉を選ばずに言えば、ゼルマ自身はおまけ程度にしか考えられていないということだ。
何処の勢力が刺客を送ってきたのか。
何故ノアに刺客を送ってきたのか。
何故ゼルマよりもノアを優先したのか。
何故フェイムを直接ではなく、ゼルマとノアを狙ったのか。
疑問は残る。
「えーと、つまりはこういうことかい?グロリア君の出場を取りやめさせたい勢力が、何故だか分からないけれど君だけでなく私を黒幕だと考えて刺客を送ってきたと……何で?」
「分かりません。これも推測ですが、俺よりもノア先輩の方がらしく見えたのかもしれません」
「えぇ……私がかい?そんな面倒なことする訳ないじゃないか。新星大会なんて正直興味ないよ。勝手にやっててくれって感じだしさ」
「はい。だから調べればすぐ分かるのに解せないと言っているんです」
ノア・ウルフストンという魔術師は基本的に自分の興味のあること、つまりは魔術歴史の為にしか動かない人間だ。研究に没頭し、ほぼほぼ外出することもない。
骨董市に出向くのはそれが自身の興味に直結するからであり例外中の例外と言えるだろう。
「ですが現状から推理できるのはここまでです。後のことは……」
「こいつらから聞くしかない、ってことか」
「そうしたいのは山々ですが、どうやら無理みたいです」
ゼルマはそう言うと、ある場所を見る。
そこには人ごみの中、一際目立つ団体がこちらに向かって近づいてきていた。
彼等は全員が最高学府から支給される共通の服を身に纏っている。
その服装は最高学府に住まう魔術師ならば一度は目にするであろう象徴。
「騒ぎがあったと聞き駆けつけましたが、どうやら既に鎮圧されているようですね。ご無事そうで何よりです」
「ぐぇ、青杖隊」
共通の青色の服装をした彼等こそ、最高学府における警備隊。
所属する魔術師が全員青色の服を着用することから通称『青杖隊』と呼ばれている魔術師達だ。
彼等は最高学府で勤務する職員のようなもので、中には教師を兼任している魔術師もいる。実力はまちまちだが、総じて最高学府の治安維持を担当する機能の一つだと言えるだろう。
「何の用だい?言っておくけれど、私達は被害者だからね」
「勿論把握しております。通報では『少女の魔術師が仮面の魔術師達に襲われている』とありましたから」
「少女だって!?私はもうとっくに大人だよ!」
「存じております、ノア・ウルフストン様」
「む」
青杖隊の隊員がそう言うと、ノアは口をつぐんだ。
ノアは六門主、ウルフストンの魔術師である。
最高学府の全員がノアの顔を知っているとまではいかないが、有名人なのだ。
少なくともウルフストンの名を知らぬ者はいない。
そして最高学府の機能の一つである青杖隊ならば当然彼女の顔を知っていてもおかしくない。
六門主とは最高学府における公権力の象徴のようなものなのだから。
「ですが目撃者が貴女様の年齢までをも把握することは困難であると、どうかご理解ください」
「まぁ……それもそうだね。君に言っても仕方の無いことだったね。ごめんよ」
「納得して頂けたようで何よりです」
では、と隊員が姿勢を正す。
「暴徒の鎮圧に協力してくださり感謝いたします。彼等は我々が連行しますので、後の事は我々に任せ、智霊大祭を存分にお楽しみください」
「そうはいきません。こいつらには聞きたい事があります」
「貴方は確か……」
「……ゼルマ・ノイルラーです」
ノアとは違い、顔を見ただけでは分からなかった隊員に対してゼルマが名乗る。
すると隊員は少し考える様子を見せると、はっと顔を明るくした。
「あぁ、ゼルマ・ノイルラーさんでしたか!すみません、思い出すのに時間がかかってしまいました。確か、つい先日魔導士の学位を取得されたとか」
「……ありがとうございます」
「残念ながら件の決闘を見ることが叶いませんでしたが、確かな実力をお持ちだと伺っております」
珍しい対応に、ゼルマの方が若干だが面喰ってしまう。
ノイルラーと言えばレックスが言ったように『時代遅れ』の名前。
大賢者の末裔でありながら、それでしかないという一族の名前なのだ。
それがこれ程明るい反応をされたのは初めてであり、ゼルマには意表を突かれる形になった。
そもそも普通は魔導士の学位取得者を一々覚えていたりはしない。これは少なからず彼がゼルマ・ノイルラーという名に注目していた証左だろう。
「貴方もノア様と共に暴徒鎮圧に協力してくださったのですね。再度、感謝申し上げます」
「……別に感謝を求めてる訳ではありません」
戦ったのはノアだけで自分は何もしていない、とは言わない。
それを言えばゼルマはこの場に関わる立場ではなくなってしまう。
「そんな事より、俺達はこいつらに聞きたい事があります。この場で『はい、さよなら』と別れる訳には行きません」
「そうは言われてもですね。我々にも我々の職務があります。当然取調べ内容は後程ノイルラーさん達にもお知らせ致しますので」
この隊員の言う事はもっともだ。
公然の場でこれ程の数と戦闘を行えば当然こうなる。レックスの襲撃時とは明らかに状況が違うのだ。到底隠蔽し、秘密裏にとはいかない。
それに、ノアはゼルマが大賢者であると知らないのだ。強引な手も彼女の目の前では使えない。
そのように考えていると、他ならぬノアが口を挟む。
「私からもお願いしたいね。こっちは覚えもないのにいきなり襲いかかられて迷惑しているんだ。自分で聞き出したいと思うのも当然じゃないかい?」
「ノア様……しかしですね……」
「それができないならせめて、取調べに同席させて欲しい。それに彼等を眠らせたのは私だ。起こすのも私がいた方が手早く済むよ?」
隊員はノアの言葉に困った様子を見せる。
ノアの言葉にも一理ある。
刺客を制圧したのも、眠らせたのもノアである。
魔術の効果は永遠ではないのでノアの手を借りずともしばらくすれば目を覚ますだろうが、術者であるノアがいればすぐにでも目を覚ます事ができる。
こうした魔術には発動した後術者でも干渉できないものと、術者の任意で解除できるものがあるがノアはその中間の魔術を用いたのだ。
そして彼はしばらく悩む様子を見せた後、
「……はぁ。分かりました。同席を許可しましょう。こちらとしても取調べが円滑に進むならばその方が良いですし、ノア様の頼みとあれば無碍にする訳にもいきません」
仕方なく、といった様子でノアの提案を受け入れた。
「迷惑をかけてすまないねぇ」
「いえ構いません。ただし、取調べは我々が行います。これは学園長に任ぜられた我々の仕事であり、義務でもありますので」
「理解しているとも」
他の青杖隊の面々は気絶した刺客達の移送準備を終えたようで、既に後方でノア達の会話を終えるのを待っている。
「ではノア様、ノイルラーさん。ご同行願えますか」
「うん。……あ、先に行っててもらえるかい?」
「それは勿論構いませんが……場所はお分かりでしょうか?」
「分かる分かる。どうせすぐに取調べの準備ができる訳じゃないだろうしね」
「かしこまりました。では、一端失礼いたします」
そうして彼は他の青杖隊の隊員と共にこの場から去って行った。
残されたのはノアとゼルマ、そして既に賑わいを取り戻した通り。
「先輩はああいう堅苦しい人間は苦手だとばかり」
「苦手さ。なるべく会いたくない」
はぁぁ、と長い溜息を吐くノア。
どうやら気を張っていたようだ。
「けど、まぁ彼等には彼等の仕事があるからねぇ。その限りでは無闇に嫌う必要もないだけさ」
青杖隊は最高学府の学園長から学府内における治安維持を任せられた存在。
そして六門主もまた学園長から最高学府を纏める仕事を任せられているともとれる。
ノアの態度は、ある種の共感なのかもしれない。
「先輩は大人ですね」
「勿論大人だよ」
そういうノアの笑顔は普段は感じられない、どこか大人びた雰囲気を感じられる。
「あ、そうそう。取調べだけど私だけで済ませておくよ。だから君は好きにしときな」
「良いんですか?」
それはゼルマにとっては都合が良い言葉だった。
「良いよ良いよ。君はこれから忙しいだろう?私はどうせ暇だしねぇ。大丈夫、君が聞き出したいことはちゃんと聞いといてあげるから」
「……ありがとうございます、先輩」
これが周囲に人の目が無ければ、或いは誰にも見つからずに処理できる状況であればまた話は違っていただろう。
だが既に刺客は青杖隊によって連行され、また取調べも彼等が行うようになっている。
ゼルマ自身が聞き出したいことはいくつかあれど、ゼルマが自らの力を振るうことは出来ない。
ならば時間を有意義に使えるという意味で、ノアに代わりに同行して貰うのはありがたい提案と言えた。
「何か、お礼をした方が良いですか?」
「お礼かぁ……そうだねぇ……」
うーん、と悩む様子を見せ、数秒後ノアは何かを思いついた。
「そうだ!今度一緒に野外調査に行かないかい?」
「野外調査、ですか?勿論構いませんが……」
それは意外な提案だった。
ノアは基本的に引き籠りがちな屋内嗜好である。
野外調査に行った経験があるというのは彼女との過去の会話で知っているが、彼女自身からその提案がされるというのはゼルマにとっては意外なことであった。
「いやぁ骨董市を回ってたらさぁ、なんかこう、発掘欲が湧いてきちゃってねぇ……勿論市の中から掘り出し物を見つけ出すのも良いんだけどね。やっぱり自分の手で遺物を発掘するのは一入だからねぇ」
うんうんと腕を組みながら語るノアの姿からは彼女の熱意が伝わる。
「分かりました。ではまたどこかで行きましょうか」
「だ、大丈夫かいそれ。そう言いながら行かないやつじゃないよね……?」
「疑い過ぎです先輩。行きますよ。……まぁ、暫くは忙しいでしょうが」
嘘は無い。ただ『暫く』というのが、いったいどれだけの期間なのか彼自身にも分からないだけで。
「分かった、楽しみにしているよ!……じゃあ私はそろそろ行ってくるからね。また後で会おう!」
「気を付けて」
そうして、笑顔で手を振るノアと明日出会う約束をしてゼルマは別れたのだった。
■◇■
○他者に直接干渉する魔術について
大抵は二種類。
効果発動後術者でも干渉不可能なもの。
効果発動後術者による干渉が可能なもの。
それぞれに長所と短所があり、魔術によってその性質は異なる。




