表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大賢者の末裔  作者: 理想久
第二章 魔術師の道程
42/87

考えることを止めた時、それは真に全てを諦めた時である。


 ■◇■


 智霊大祭五日目。

 昨日のフェイムとの息抜きを終えたゼルマは、今日こそ目的を果たすべく動いていた。

 現在は闘技場から少し離れた通りを一人で歩いている。


 フェイムの参加している第二闘技場のトーナメントにはもう特待生は残っていない。ゼルマが最も懸念していたナルミ・アズバードは問題なく対処できた。

 フェイムの実力ならば十分に本日の試合も突破できるだろう。

 特待生が少ないのは幸運だった。不安要素が減らせるからである。

 といってもこれまでとは違い、今日のフェイムの出番は一戦だけ。明日の最終日への決定戦を含めても予選は残り二戦だけとあと僅かだ。

 

 それでもしっかりと二日分の日程が設けられているのには理由がある。

 一つは実力の高い魔術師同士の試合は短期ではなく段々と長時間になっていく傾向にあること。

 純粋に保有する魔力量が多くなり、扱う魔術も多彩になる。

 フェイムとナルミがしていたように、互いの魔術を相殺しあう戦い方になっていくのだ。余りにも実力が高く、そして拮抗した魔術師同士の戦いは七日七晩決着がつかないとも言われる程である。


 そしてもう一つは大会の盛り上がりの為だ。

 新星大会に出場する魔術師といっても実力はピンキリ。

 クリスタル・シファーやナルミ・アズバードのように最高学府全体で見ても実力の高い魔術師も参加していれば、入学したての初心者のような魔術師も参加している。

 もっとも、今回は学年合同ということもあり後者の魔術師は例年よりも少ないのだが。


 こうした理由から、やはり後半まで残る魔術師には華がある。実力という華だ。

 派手で躍動的な魔術や、名前の威厳(ネームバリュー)。一戦一戦が長時間化することもあって、観客はより盛り上がり、白熱する。

 そして最終日の決勝をより心待ちにするのである。


(今日の試合相手には悪いが、余裕だろうな)


 ここまで残った魔術師だ。相手が悪い訳では無い。

 ただ、()()()()()()()

 ナルミ・アズバードクラスの魔術師でなければ最早フェイムを止めることは叶わない。


 だがそれはつまり、


(…………クリスタル)


 そう。クリスタル・シファーならば、十分敵足り得るということである。


 ゼルマがナルミをあのような方法で倒すことにしたのは、確実性という理由もあるがそれだけではない。

 それは体力。


 魔力は体力と全く別のものではない。魔術師をよく知らない者がしがちな勘違いなのだが、魔力を使うのは体力と使うことに通じるのである。

 魔力を使い過ぎれば、魔術師は自身の魔術回路に傷を負ってしまう。丁度運動をし過ぎた者が筋肉痛になってしまうのと同じようにだ。

 体力=魔力ではないものの、全く無関係の概念ではないのだ。

 そして魔術とは何も考えずに使えるものでもない。魔術節から魔術式を編むという現代魔術の方法は脳への負担を減らしたが、それでも魔術を生み出す過程では精神の摩耗が起こる。


 こうした疲労は一日休んだ程度で完全に治るかといえばそうではない。

 もちろんドワーフや獣人のように体力の回復速度が速い種族、エルフのように魔力の回復速度が速い種族もあるが、フェイムは人間でありそもそも魔術回路の回復は体力だけの回復とは勝手が違う。


 要は魔力を過度に使えば、それなりに疲労して回復には時間がかかるということだ。


 そしてゼルマの見立てでは、クリスタル・シファーには万全の状態で臨まなければ勝機は薄い。


「…………」


 ゼルマはここ数日考えていた。

 それは一つの違和感。

 本来存在するべき筈のものが無いという違和感である。

 発端はノアとの会話。そこで生じた、とある推測。

 無ければ無いで構わないだろう。

 それならばそれで平和に終了する。


 だが、そうはならない。

 何故ならば―――。


 突如、上空からゼルマに向けて魔力弾が飛来する。

 衝突し、炸裂する魔力の塊。

 飛散した高密度の魔力が閃光を放ち、通りが白く輝く。


「う、うわぁ!!??」

「な、何だぁ!?」


 突然の閃光に歩行者の間に混乱が生じる。

 通りには当然それなりの人間が歩いている。

 中央通りや闘技場付近と比べればましだろうが、決して少ない数ではない。


 にもかかわらず、魔力弾は放たれた。

 

「―――来たか」


 ゼルマの身体を覆う半透明の膜。

 物理的な壁としての意味は存在しない、純粋な魔力の盾だ。

 魔術として最も基本的な魔力による肉体保護の発展技術である。

 その壁が飛来した魔力弾を防いだのだ。


 混乱の声の中ゼルマは魔力弾の飛来した方向、その屋根を見上げる。

 そこには黒い外套と仮面を身に着けた人影が二つ。


 ゼルマに視認されて尚、二つの影は姿を隠さず屋根に立っている。


「〈風矢(ウィド・アロウス)〉」

「〈火矢(フォア・アロウス)〉」


 ゼルマの目線を確認した後すぐさま第二の攻撃が行われ、それぞれ風と火で形作られた矢が放たれた。魔力弾とは異なる、魔力に形が与えられたもの、即ち魔術。

 それは単なる魔力弾よりも遥かに攻撃的なやり方だった。


「〈土壁(アウス・ウォルト)〉」


 魔術と共に地面より伸びる土の壁。

 風と火の矢が壁にぶつかるが、突破するには至らない。

 熱風が場に吹くが、それもすぐに霧散した。


 そして生み出された壁を足場に、ゼルマは跳躍する。

 魔力を回した肉体の強化。〈身体強化〉の魔術程の強化幅は無いが、屋根の上に登る程度なら十分である。


「〈火矢(フォア・アロウス)〉!」

「〈風壁(ウィド・ウォルト)〉」


 滞空に合わせ、再び火の矢が放たれるがゼルマはそれを向かい風によって弾き飛ばす。

 逸れた火の矢は通りに落ちるが、元から込められた魔力が少なかったのかすぐに火は消えた。


 屋根の上へと登り、ゼルマは二人の正体不明の魔術師と対峙する。

 二人の魔術師が使用している外套、仮面はどちらも同じもの。

 背丈こそ微妙に異なるが、似通っていると言える範囲内だ。

 つまり、外見から得られる情報はこれ以上に存在しない。


「………」

「よう、少し話をしないか?」


 ゼルマは正体不明の魔術師に向かって話しかける。

 自身への襲撃者に対し、悠長な態度かもしれない。

 だがゼルマは今も尚静かに魔力感知を行い続けている。

 これは情報を得るための行為であり、同時に時間稼ぎの行為なのだ。


「ゼルマ・ノイルラー、ダナ」


 仮面の魔術師がゼルマの名前を呼ぶ。

 当然だが、名前程度の情報は割れているようだ。


「白昼堂々、襲撃とはな。余程お前達の飼い主は焦っているらしい」

「……ソレハ違ウ。コレハ警告ダ」

「警告。成程納得した。通りで弱弱しい魔術な筈だ」

「下ラナイ挑発ダ」

「本心だ。実力は簡単な魔術程露骨に表れるもんだ」


 魔術師の片割れが、ゼルマの呼びかけに答える。


(声色は分からない。あの仮面が変声の魔道具なのか?)


 魔術師の声はくぐもっており年齢どころか性別すら判然としない。

 仮面が変声の魔道具でるとするならば、もう一人の魔術師も同じようなものだろう。


「それで?警告なんてされる覚えはないが一応聞いておいてやる。いったい何に対しての警告なんだ?」

「シラバックレルナ。オ前ノ行動ガ全テダ」

「すまないが本当に覚えがないんだ。お前達とは違って真摯に魔術師として生きてるんでな」

「…………」


 魔術師は少々の苛立ちの雰囲気こそ漏らせど手は出してこない。

 私怨による襲撃であれば、ここで我慢する必要性は存在しない。

 レックス・オルソラの様に、手当たり次第の攻撃は仕掛けて来ない。

 つまりこれは計画的な何かの為の襲撃であり、


(こいつら本業の魔術師か)


 オルソラ家の魔術師と同業。

 だがレックスが簡単に使える程度の練度しかない二軍の魔術師であった彼等とは異なり、それなりに経験を積んだ魔術師だ。


 彼等にとって目的は依頼主の依頼通りに行動すること。

 私怨で無暗に攻撃をすることも無いし、無駄な行動は行わない。

 その点で言えば、今の所は安全であると言えるかもしれない。


「……大会カラ手ヲ引ケ。サスレバ無暗ニ命ヲ危険ニ晒ス事モナイ」


(……やはりそれか)


 想像通りの答え。

 この時期にこの襲撃。どんな人間だろうと嫌でも思い至るだろう。


「無駄ナ行イハ止メ、大人シクシテイロ。コレハ()()ダ」

「残念だが、それは無理な相談だ。俺には俺の目的があるんでな。それに少し前までなら素直に聞いてかもしれないが丁度投げ出せなくなったタイミングだ」

「手ヲ引ク気ハ無イトイウコトカ」

「それ以外に聞こえたか?」


 ゼルマは既にフェイムを自身の後輩であると認めている。

 それを投げ出すことはゼルマ自身の矜持に反することだ


「コレハ最終通告ダ。手ヲ引カヌナラバ貴様ノ主ガ危険ニ晒サレル」

「主?なんのことを言っている」

「コレ以上ノ会話ハ無駄ダ……ソノ意思、ソノママ届ケサセテ貰ウ」


 翻り、後ずさる魔術師達。

 だが……そうはならない。


「待て。このまま逃がす訳ないだろ?」

「……止メテオケ。戦イハ無意味ダ。ソレニ、タカガオ前ニ何ガ出来ル?」

「生憎、とっくに()()したんでな。―――遅延魔術起動、〈土縛鎖(アウス・チェン)〉」

「ッ!」


 ゼルマの魔術は既に完成しているのだから。


「コレハ……!」


 魔術節と共に生じる無数の土鎖。

 魔術師達を取り囲む鎖は四方八方から彼等の肉体を縛り上げる。


 それこそはゼルマ唯一の得意分野、遅延魔術の起動。

 魔術の発動を遅らせ、連続して魔術を発動するという技術である。

 遅延魔術によって予め発動された計二十四の〈土縛鎖〉が同時発動されたのだ。


「ゆっくり話をしようか。先ずはお前達の飼い主のことから」

「…………」


 四肢を拘束され、身動きがとれない様にされた魔術師達。

 鎖の縛り方は絶妙であり、完全に四肢を固定された形だ。


「……一刃の尾鰭、水の貴公。声に応じて空を裂け」


 だがしかし、彼等もそのままでは終わらない。

 短文の詠唱。魔力が凝集し、具現する。


「―――〈水公の尾刃(メルーズ・サイカ)〉」


 具現するは尾鰭の如き形状の水刃。

 現れた水刃が、土の鎖を両断する。


 断たれた土鎖が崩壊する。

 込められた魔力が鎖の形を保てず、霧散したのだ。


(……水を通して魔力を浸透させたのか)


 冷静に状況を分析するゼルマ。しかし見ているだけではない。

 

「……〈二重土縛鎖デュア・アウス・チェン〉」

「〈石壁(スティン・ウォルト)〉」


 続く一撃。強化した〈土縛鎖〉を撃ちだすが、しかしそれは屋根を突き破り伸びた石壁によって防がれる。

 いくら二重に強化した魔術とはいえ、込められた魔術と強度の違いからそれは簡単に弾かれてしまう。


「……宣戦布告カ」

「冗談だろ。先に手を出してきたのはそっちだ」

「世間知ラズトハ、余リニモ愚カダナ」

「街中でいきなり魔術を撃って来る奴に言われたくないな」


 ゼルマは考えていた。

 襲撃にも不自然は覚える。だが理解出来ないことではない。

 ゼルマの()()()()()()()()()()を考えれば起こってもおかしくないことだ。

 故に、ここまではゼルマの想定通りとも言える。


 フェイムを優勝させるならば、当然他の魔術師を優勝させようと目論む者達は敵となる。

 大会内で決着すれば良いだろう。だが、そうもできない理由が出来た。

 フェイムの優勝が夢物語ではなくなったからだ。


 最早ナルミ・アズバードを降したフェイムはクリスタル・シファーと並んで優勝候補。

 当初の推測通り、クリスタル・シファーを勝利させ自派閥に引き込みたい派閥にとってフェイム・アザシュ・ラ・グロリアは明確な敵対者となったことになる。


(だが、だとすれば何故だ?)


 そう、そこに違和感が存在している。


(……刺客が、少なすぎる)


 勿論警告において対象を殺害する必要は存在しない。

 寧ろ『警告』と言うからには殺害は目的ではない。

 だが脅威が不足すれば警告にもならない。


 ゼルマの目の前に居る二人の魔術師はそれなりの魔術師だ。

 だが戦力としては圧倒的に不足している。


(俺が魔導士になった決闘位は把握している筈。にもかかわらず二人しか刺客を送ってこない)


 そしてもう一つ。

 先程の魔術師の発言だ。


(まさか……)


 ゼルマの考えは的中している。


 ◇


「あのさ、もしかしてこれって襲撃かい?」


 時を同じくして最高学府内のとある骨董市(マーケット)のすぐ近く。

 智霊大祭を遊びつくすと宣言していた通り、彼女は一人でもそこへ足を運んでいた。


 いや、運ぼうとしていた。


「申し訳無いんだけど、私は忙しいんだよね。骨董品との出会いは一期一会なんだからさ」


 ノアを取り囲む魔術師。

 全員が仮面を被り、黒い外套を纏っている。

 

 十人以上の同じ姿をした魔術師が、彼女を包囲している。


「ノア・ウルフストン、ダナ」

「違うよ。私はそんな名前じゃない。人違いじゃないかい?」

「誤魔化スナ。既ニ貴様ハ包囲サレテイル」

「変な声だねぇ。それ取ったら方が良いよ。うん」

「……状況ガ、分カッテイルノカ?」


 自身を取り囲む魔術師にも萎縮することなく、普段の調子を崩さないノア。

 それに対して会話をした魔術師は多少の苛立ちを見せた。


「コレハ警告ダ。今スグコノ大会カラ手ヲ引ケ。ソウスレバ痛イ目ヲ見ナクテスム」

「???何を言ってるのかよく分からないね。私は新星大会とは何も関係が無いよ」

「アクマデモシラバックレルツモリカ」

「いや、しらばっくれるとかじゃなくてさ―――っと!」


 ノアに向けて振るわれる剣。

 ノアが回避し、剣はノアの喉元があった場所を素通りする。


「危ないなぁ。珍しいもの使ってさ」


 それは魔術で作られたものではない。

 金属をうち作られた現実の鉄剣だ。


 魔術師は基本的に杖を用いる。

 だがそれはあくまでも基本の話。

 剣を使う魔術師もいれば、槍を使う魔術師もいる。

 極論、魔術を組み上げる為の邪魔にさえならなければ使う道具は何でも良い。

 それでも多くの魔術師が杖を用いるのは、魔道具としての杖が多く存在しているというのが一つ。そしてもう一つは魔術師の本分は近距離攻撃ではないということだ。


 しかし、これは逆に言えば近距離戦闘を主体にする魔術師ならば剣を普通に扱うということ。

 珍しい存在とはいえ、決してその存在はゼロではない。


「コレデ最後ダ。手ヲ引ケ、ウルフストン」

「……ふーん。そういう感じね。なら仕方ないかぁ」


 そう言って、ノアが両手を上げる。

 それは良く見られる降参を意味する仕草。


「……じゃあ()()しかないよね」


 ―――瞬間、ノアに剣を振るった魔術師が、炎上する。


「ナッ…………!!貴様ッ!」

「ようし、色々と試そうかな!」


 動揺する魔術師を前に、ノア・ウルフストンは肉食獣の様に無邪気に笑う。


 ■◇■


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ