表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大賢者の末裔  作者: 理想久
第二章 魔術師の道程
40/87

時が進むように、前へ進め。


 ■◇■


「息抜きがしたいです」

「……急に何を言っているんだ?」


 智霊大祭四日目の朝。

 昨日見事にナルミ・アズバードに勝利を収めたフェイムは唐突にそんな事を言い出した。


「今日の試合は午前中で、その後はありません。つまり午後は空いています。ということです」

「大会予選も後半だからな。そういう日もあるだろう」

「ええ。ですが智霊大祭はもう半分もありません」


 新星大会も既に四日目。七日目が決勝戦であることを考えれば残りは二日しかない。

 残る出場者の数も段々と減っていき、フェイムの試合回数も残り僅かだ。

 その代わりに有力な魔術師が残るようになるので、その分一試合あたりの負担は増しているだろう。

 だがそれでもナルミを越える同世代の魔術師はそうそういない。


「息抜きがしたいです。師匠」

「だから急にどうした。というか外で師匠とは呼ぶな」

「息抜きがしたいです。先輩」


 いつにもまして頑なな態度。それにゼルマも少し戸惑う。

 フェイムの出番はこの後だ。現在二人は闘技場の外で会話している。

 距離のこともあって大会期間中フェイムはゼルマの研究室には殆ど訪れていない。

 大抵は控室か、こうした闘技場の外の人目につかない場所だ。


「先輩には感謝しています。昨日の勝利も、先輩の助言のおかげです」

「それは良かった。先輩として嬉しい限りだな」

「ですが、最近はずっと魔術の修行ばかりで息抜きをする暇もありませんでした。そして折角の智霊大祭期間中です。これは非常に勿体ないと、そうは思いませんか?私はそう思います」

「……なら勝手に息抜きでもすればいい。俺も別に禁止している訳じゃ無い。推奨していないだけだ。お前も子供じゃないんだから、買い食いでもなんでもすればいい」


 新星大会に六門主の思惑が絡んでいる可能性がある以上、有力な出場者は何らかの干渉を受ける恐れがある。そうでなくともこうした大規模な催しが行われている期間に厄介事が起こるのは常だ。

 フェイム・アザシュ・ラ・グロリアという少女は単なる魔術師ではない。それはゼルマの目的に必要というだけではなく、大帝国の皇女という立場も鑑みてのことだ。


「分かってて言っていますよね?私は先輩を誘っているんですよ?この第五皇女()が」

「俺は色々とやることがある。すまないが、誰かと遊んでいる時間は……」

「ですが一昨日はノア・ウルフストンさんと一緒に蚤の市に出かけてましたよね?」

「……見ていたのか?」

「先輩忘れたんですか?私にはこの()があるんですよ」


 そう言って、フェイムは自身の片目を指さす。

 それはフェイムに宿った魔術、見た対象の未来を見通す〈予測の眼〉。


「偶然一昨日の朝に見えました。随分と楽しそうでしたね。一緒に買い物はさぞ充実したひとときだったのではないでしょうか」

「……その眼は自分の力で操れないのでは無かったのか?」

「ですから偶然です。他意はありません。勿論先輩にも事情があることは分かっています」


 その言葉の真偽は分からない。が、フェイムはつまらない嘘を吐くような性格でもない。

 彼女が偶然見えたと言っているのだから、そうなのだろう。

 運が悪かったということだ。


「ノア・ウルフストン。あのウルフストン家の魔術師。随分と親し気でしたね?」

「あの人とは腐れ縁のようなものだ。それにあの人には色々と世話になっている。あれは情報の対価のようなもので、普通に買い物に付き合っただけだ」

「そうでしょうか?少なくともそれだけには見えませんでしたが……まあともかくです」


 そしてフェイムはぐいっとゼルマに一歩近づくと、ゼルマの眼を真っすぐに見つめて言う。


「息抜きをしましょう」

「しかし……」

「息抜きをしましょう」

「やることが……」

「息抜きを、しましょうと言っているんですよ」

「…………分かった」


 既に退路を断たれたゼルマにとって、それ以外に最早言えることは無かった。


 ■◇■


 と、そんなことが午前中にありゼルマは中央通りにやって来ていた。

 中央通りには様々な出店が立ち並び、また普段の店も智霊大祭に合わせて雰囲気が違っている。


 ノアと出会っていたという事実を知られたゼルマは最低限の条件を出して共に遊ぶことを約束した。

 その条件は二つ。

 一つは本日の試合にはしっかりと勝利すること。これは絶対に必要なことだ。

 そしてもう一つは、


「お待たせしました」

「いや、別に待っていない。今来た所だ」

「なら良かったです。先輩を待たせては申し訳ないですから」


 集合場所に指定した書店の前にやってきたフェイム。

 しかしその姿は、明らかに普段とは違う。


「どうでしょうか?侍従にも確認してもらったので大丈夫だとは思いますが」


 大きな帽子に、普段の装いとは異なる普通の庶民的な私服。

 長く美しい金髪はまとめられ、特徴的なリボンも今は身につけられていない。

 顔に仮面をつけている訳ではないので覗き込めば彼女だと分かるが、逆に言えばじっくりと見なければ一目では彼女と分からない姿。

 そこに居たのはどこにでもいそうな、普通の少女らしい姿をしたフェイムの姿だった。


 これこそがゼルマが付けたもう一つの条件、変装である。


 フェイムの知名度は現在急上昇している。

 元よりグロリア帝国の皇女として有名だった彼女だが、公然の場で実力を示し、昨日には最高学府の権威の象徴の一つであるアズバードの魔術師を降した。

 最高学府の魔術師にとって現在の彼女はその美貌もあってクリスタル・シファーに並ぶ注目対象だ。

 外を出歩くとなれば嫌でも人目を引いてしまう。故にゼルマは変装を義務付けたのだ。


「何分急でしたので自分で選んでいる余裕は無かったのですが……どうでしょうか。変、ではないですか

?」

「大丈夫だ。これならすぐにお前だと露見することは無いだろう。上出来だと思うぞ」

「勿論その意味もありますが……この服は似合っていますか?」


 スカートの裾を軽く持ち上げながら、フェイムは問う。

 その仕草は庶民的な服装からすれば遥かに気品を感じさせるもので、隠しきれていない高貴さを感じられた。


「……別に変だとは思わない」

「私は似合っていますか?と聞いているのですが」

「……似合っている、んじゃないか?女子の服は良く分からないが」

「そうですか。なら大丈夫ですね」


 ゼルマの中にある大賢者の知識に女性の服装に関するものは無い。

 大本の【図書館】にはそうした情報もあるのかもしれないが、少なくともゼルマは分からない。

 あったらあったらで嫌だな、等と思いつつゼルマは似合っていると口にした。


「博識の先輩にも分からないことはあるんですね」

「どういう意味だ」

「言葉通りです。他意はありません」


 冗談か本気か判然としない言葉を零しつつ、フェイムは仄かに笑う。


「さて、行きましょうか先輩。実は行ってみたい場所があるんです」

「……はぁ」


 ゼルマは溜息を吐きつつ、フェイムに続いて歩き始めた。


 ◇


「見てください先輩。これとても綺麗ですよ」

「宝石か。確かに触媒として有用そうだな」

「城には山程財宝がありましたので、こんなに素朴な宝石は新鮮です」

「中央通りの物価はその程度だ。もっと良い物が欲しいなら専門街に行った方が良い」

「どうしましょうか、悩みますね」


 初めに訪れたのは中央通りにある雑貨屋だった。

 店内には雑貨だけでなく、家具や書籍、食品に魔道具など多種多様な商品が雑多に並べられており、一つ一つ見て回れば相当な時間を要するだろう。

 軽く見て回ったその中で特にフェイムが気になったのは装飾品が並べられている場所だった。

 雑貨屋に並べられているそれらは、専門店の物と比べれば安く、装飾も非常にシンプルなものだ。嵌められている石も大した素材ではない。

 しかし素朴さが逆に気に入ったようで、フェイムは手に取りながら眺めている。


「値段もとてもお安いですね。本当にこれで利益が出ているんでしょうか」

「魔術の付与も無く、たいして希少でもない石の装飾品なら適正なんじゃないか」

「そんなものなのでしょうか」


 こうした雑貨は最高学府内からだけでなく、外から仕入れられている物も多い。

 魔術の付与もされていない指輪な大抵は後者だろう。


「うーん。ですが私こういう普通の指輪は中々付ける機会が無いんですよね。部屋にも侍従が用意した装飾品(アクセサリー)がうんとありますし。結局実用性を選んでしまうというか」

「魔術が付与されていない物でも後から付与魔術をかければ良い。お前ならすぐに覚えられるだろ」

「成程、自分で加工すれば良いのですか……その発想はありませんでした」

「皇族ともなればそうだろうな」

「はい。今所持している魔道具も帝国から持ってきたものです」


 今は身に着けていないが、フェイムの所持している魔道具はどれも一級の高級品だ。

 最高学府内で購入するとすれば、一つで普通の学徒が一年以上遊んで暮らせる程の価値があるだろう。少なくともゼルマが有する魔道具の中ではある一つを除いてその価格はフェイムの足元にも及ばない。

 その効果も相応に高く、基礎魔力の向上や魔力消費効率の向上等、シンプルながら役に立つ魔術が高水準で付与されている。

 単純な数値では表せないが、仮に実力が拮抗していた魔術師が対面していた時にはその勝敗を左右するだけの性能があるということだ。


「ですが私にも可能なのでしょうか?付与魔術は経験年数がものを言うと聞いたことがあるのですが」

「それはどの魔術でも同じだ。いや、魔術に限らずともな。『時が進むように、前へ進め』だったか。時間を無暗に過ごさなければ技術というものはある程度伸びていく」

「大賢者様の言葉ですね。確か『マグラ書』でしたか?」


 意地悪そうに、或いはそう見えるだけかもしれないが、笑うフェイムを敢えて無視しゼルマは続ける。


「……だがやはり基本となる才能の差は大きい。その点で言えばお前には十分才覚があるし希望もある。後は種族の差だが、これは後から変えられるようなものでもないしな」


 一般的に鉱人(ドワーフ)が物作りに長けている理由は、彼等が土属性の親和性が高く、それ故に素材の性質を見抜く眼があるからであると言われている。或いは彼等が古くは地中で暮らす種族であったが故に、種族全体としてそうした才能と知識が身についたのだとも。

 同じように森人(エルフ)は植物の知識に長けているとされている。

 現代では多くの種族がかつての住処を出て大陸中に散らばっているが、しかしこうした種族の特徴とも言えるものが薄れていない所を見ると、やはり種族そのものが齎す差は大きいのだろう。


「種族とはそういうものですからね」

「……そうだな」


 一応変える方法が無い訳でもないということは黙っておく。ここで話したとしても意味がないことだし、例え知ったとしても実践すべきでないとゼルマは思うからだ。


(種族を変える魔術は禁術中の禁術だ。下手に教えて使われても責任がとれない)


 ゼルマはあくまでも智霊大祭期間中の臨時の師匠。

 智霊大祭が終わり、新星大会も終わった時、そこで二人の関係は終わる。

 ゼルマは自分の魔術師としての人生で弟子をとるつもりは無かった。


 それはゼルマが大賢者であるからだ。

 フェイムもそう。彼女は大賢者であるゼルマを慕っている。

 彼女が慕っているのは、魔術師ゼルマ・ノイルラーではないのだから。


「ではこれからの期待も込めてこちらの指輪を購入させて頂きましょうか。赤と緑、二種類ありますがどちらの方が良いと思いますか?」

「使っている石の質は似たようなものだ。どちらを選んでも問題ないだろ」

「どちらの色が良いのか、と私は聞いているんですが……」

「……なら赤だ」

「そうですか。私も赤が良いと思っていたんです」


 ゼルマはフェイムが普段身に着けているリボンと同じ色だから選んだだけなのだが、彼女はゼルマの回答に満足したようで店員の元迄にこやかに商品を持って行った。


 そうして袋に入れられた商品を手に戻ってきたフェイムと共にゼルマは雑貨店を後にし、次に訪れたのは魔道具店だった。中央通りから少し外れた場所にあるその店は、先程迄居た雑貨屋と比べればかなり静かな落ち着いた雰囲気だ。

 店内にもゼルマとフェイムを合わせて四人ほどの客が入っている。

 

「前に見かけて、気になっていたんです。先輩は来たことは?」

「ここはまだ来た事が無いな。そもそも中央通り自体普段は来ない」

「確かに、先輩は賑やかなのは嫌いそうですからね」

「どういう意味だ」

「そのままの意味です」


 因みに先程の雑貨店はノアと訪れた店とは違う店だ。ゼルマはフェイムに連れられるままだったので単なる偶然なのだが、なんとなく良かったとゼルマは思う。


「魔道具が沢山置いてありますね」

「魔道具店だからな。そんなに珍しい光景でもないだろ」


 最高学府の中には大小様々な魔道具店がある。

 扱う魔道具もそれぞれで、専門店ともなれば他では見ないような魔道具も売っている。

 この魔道具店は大きさは小さいが、品ぞろえは平均以上といった所だ。


「それは最高学府だからですよ。普通の町だと、魔道具店は一つあれば良い方だと思います。それもこんなに品数は多くありません。半分もあるかどうかですよ」

「帝都でもか?帝都といえば大陸最大の都市の一つだと思うが」

「帝都で市井を出歩くなんて真似が皇女()にできると思いますか?」

「……できないだろうな」


 帝国における皇帝の権威は凄まじいと聞く。

 例え皇女であっても外に出歩けば厄介なことになるのは想像に難くない。

 そして帝都は大陸でも五指に入るであろう最大級の都市の一つ。人口で考えても最大級だ。そんな都市であれば影響は尚更甚大だろう。

 

「しかし、ならどうして普通の町のことを知っているんだ?」

「最高学府までの旅路で身分を隠しながら少し。侍従にはいつも小言を言われましたが、これも勉強だと説き伏せました。流石に帝都ではそんな言い訳はできませんから」

「……そうか大変だな」

「ええ。長い時は半時間も説得しました」


 この大変だなはフェイムではなく侍従に向けられた言葉だったのだが、フェイムは自分に言われたと思ったらしい。

 ゼルマは侍従には会ったことが無いのだが、侍従もまたフェイムの押しの強さに負けたのであろう。今正に押しに負けた結果この状況になっているゼルマは少し親近感を抱く。


「先輩、これは何の魔道具ですか?」

「ん。ああ、これか。……すいません、これ試用しても大丈夫ですか?」


 離れた場所に居る店員に向かって声をかけると、「いいよー」と許可を貰う。

 普段の自分への態度とは異なる姿にフェイムは何か言いたげな視線を送るが無視し、ゼルマはフェイムから魔道具を受け取る。

 それは胸の中にすっぽりと収まる程の大きさの卵型の形状している魔道具だ。側面には二つの穴が空いており、片方ずつ反対に空いている。

 そして俺は側面に空いた穴に向かって指を入れ、魔力を通す。

 

 すると―――


「わぁ……」


 片方の穴から出て来たのは冷たく白い結晶、つまりは雪だった。


「こんな具合だ。魔力を通して雪を作り出す装置だな」

「凄いですけど……何に使うんですか?」

「食うんだ」

「……雪をですか?」


 どうやら余りピンと来ていないのか、フェイムは小首を傾げる。


「そうだ。作った雪……まあ小さな氷に糖液(シロップ)をかけて食べるんだ。かき氷と言うんだが知らないか?確か、学府内にも出している店があった筈だが」


 ふるふると首を振るフェイム。どうやら本当に知らないらしい。

 文化が発達している帝都で同じような魔道具がないとは思えないので、何かしら理由があるのだろう。例えば皇族の食事には不適格とみなされていた、などの理由が。


「美味しいんですか?」

「まぁ味は完全にかける糖液の味だな。後は冷えているので暑い時期は特に人気だな」


 ゼルマもフリッツやエリンと共に一度食べに行ったことがある。

 その時はかなりの人気で、購入するまでに三十分程待った。

 味の感想もその時のもので、甘味としては美味しい部類に入ると記憶している。


「へぇ……色んな魔道具があるんですね」

「ここにある魔道具の多くは生活魔道具だからな。種類も形も多い。魔道具学で学ばなかったか?……いや、そうか」

「はい。特待生ですから必修科目は免除されています」

「そうだったな……」


 こうして話していると忘れがちだが、フェイムもまたれっきとした特待生の一人なのである。

 特待生に与えられた特権の一つが、本来在学三年目までの必修科目免除。

 最高学府の入学方法は主に二通りあるが、その足並みを揃える為の最低限度の知識を身に着ける為に必修科目は設けられている。新星大会の出場者が基本的に二年目、三年目ばかりなのも二年目以降から本格的に戦闘の為の魔術を学び始めるからだ。


 だが特待生には必修科目の登録義務はない。

 それは勿論学園長自ら、それで十分であると認めたからなのだが、才能のみで特待生に選ばれた魔術師には時折こうした事も起こる。

 即ち、本来備わっている筈の基礎知識が抜け落ちているのだ。

 だからこそこうした歪な形が生じてしまう。


 ゼルマ個人の考え方としては特待生のこの必修科目免除は別に構わないと思っている。

 そもそもこの足並みを揃える為の三年間は、既に魔術師として一定以上の修練を積んでいる魔術師にとっては余りにも簡単だからだ。

 しかし同時に、ゼルマは学ぶべきだとも考えている。

 フェイムのように優秀な者にとっては特に。


「フェイム、帰ったら今お前が受けている講義を教えろ」

「え、どうしたんですか急に。勿論大丈夫ですが……」

「お前に足りていないものが分かったからだ。帰ったら講義のリストを作る。それだけでいい、今からでも履修しておけ」

「え……分かり、ました」


 まだフェイムは一年目である。

 今から質の良い講義だけでも履修するようにすれば基礎知識は十分身につくだろう。

 なまじ才能があるだけに、偏った知識のつきかたでも十分やっていけるのが特待生という存在なのだ。だが、だからこそ学ぶ必要がある。


「ですが正直、一年目の必修科目は興味が湧かないと言いますか……内容も簡単なものばかりですし。それに今から、というのも少し気後れしていまします」

「必修科目は最高学府で必要な各種魔術分野の基礎知識を網羅している。内容は簡単かもしれないが、馬鹿にならない。必然、教える教師も優秀な魔術師が多いしな。それに……まぁ魔術を学ぶ、というのは案外悪くない」


 ゼルマは自分に重ねてそう言った。

 大賢者となったゼルマが今も尚生きて最高学府で魔術師をする理由が、正にそれなのだから。


「……そう、ですね。分かりました、先輩が言うならそうします」

「ああ。そうしろ」


 そして、少しだけ時間をおいて……


「……それに、だ。もし講義が嫌なら俺が最低限教えてやってもいい。兎に角…「本当ですか!?」っと!」


 今朝と同じように、フェイムがぐっと顔を近づける。

 目前に迫るフェイムの顔。美しい瞳が、真っすぐにゼルマを覗く。

 帽子が外れ、中から金の髪の毛が飛び出す。


「それはつまり、大会が終わっても私の()()で居てくれるということでしょうか!?」

「―――っそれは」


 自分でも、矛盾していることにゼルマは今更ながら気が付いた。

 智霊大祭が終われば、新星大会が終われば彼女とは赤の他人になる予定の筈だ。

 故に、フェイムという魔術師の今後にゼルマは何の関係も無い、その筈なのに。

 ゼルマの口から洩れたのは、そう取られてもおかしくない言葉だった。


「……あっ!す、すみません。つい興奮してしまいました」

「いや、良い。何も気にしていない」


 フェイムはすぐに我を取り戻したのか、急いでゼルマから離れる。

 そして落とした帽子を拾い上げて、また深々と被った。

 幸い店内の客は僅かだ。今の一瞬でフェイムであると分かった者は居ないだろう。


 だがフェイムと分からなくとも、この場に居るのは若い男女の魔術師。

 しかも女性の方が大声を出して男性に飛びついたとなれば嫌な噂の一つでも立つ可能性はある。

 何せゼルマは何も変装などしていないのだ。

 そして万が一これがフェイムと結び付けられれば最悪である。


「……今のは、まぁ言葉の綾だ。忘れろ」

「……そう、ですか。私、先に外で待っていますね」


 気まずい空気の中、フェイムが店の外へ出て行く。

 ゼルマは空気を読み、少しだけ店員と話してから外で待つフェイムと合流した。 


 ◇


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ