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大賢者の末裔  作者: 理想久
第一章 魔術師の始まり
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出会いは時に祝福を齎し、時に呪縛となる。


 ■◇■


「へぇー、じゃあ魔術を本格的に学んだのは最高学府からなんだー」

「そうですね。実家を出てすぐに入学したので」

「良くそれで入学試験を突破出来たな……いや、素養を持つ人間用の試験もあるんだったか?」

「普通の入学試験を受験しましたよ。魔術自体は独学ですが使えましたから」

「それで史上最高評価か……」

「あくまで独学です。それに入学時点の話ですから」

「でも誰か教えてもらったのは入学してからだろ?やっぱ天才なんだな」


 四人が席に着き、談笑している。

 良い意味でも悪い意味でもこれまで目立っていた三人に、更に特待生であるクリスタル・シファーが混ざり周囲の視線が彼等に集まっていた。

 だが、誰も衆目等気にしていない。全員視線には慣れていた。


「つーか一限は必修の教養発展だろ?何で一限の時間に難癖なんか付けられてんだ?」

「特待生は教養を含む必修科目が免除されているのです。勿論望めば履修する事は出来ますが、教養科目は不要であると感じたので」

「はー流石特待生だ。良いなぁー俺も教養発展とか受けたくねぇよー」

「それは特待生だから免除されているんだ。お前は寧ろ教養発展をもっとしっかり受けろ」


 本来教養科目は入学後三年間必修となる。しかし特待生はそもそも必修科目という制限が存在していない。普通四年目以降の自由登録が特待生は文字通り特別待遇として与えられているのである。

 極端に言えば、何の講義を履修しなくとも特待生は許される。勿論特待生としての義務等はあるが、それ以外は基本的に自由。

 特待生にはそれだけの価値がある事を、最高学府側から公式に認められているという事だ。


 そうして暫く魔術の話や特待生について四人が会話をしていると、「あぁ」とクリスタルが何かを思い出した様に声を上げる。そして静かに持っていた食器を手元に置きゼルマの方へ向き直った。


「そうでした。ノイルラーさん、先程は助けて下さりありがとうございます」


 クリスタルがゼルマに礼を述べる。そしてこう続けた。


「―――ですが、あれは私一人でも十分に対処出来ました。何故私を()()()()()()()のですか?」

「………………」


 ゼルマは黙って食事を口に運んでいる。

 しかし彼女はそのまま気にせず言葉を紡ぐ。


「客観的に見て、私は強い方だと思います。自惚れでは無く、比較して。少なくともあの方々には負けなかったでしょう。多少は怪我を負ったかもしれませんが、それだけです」


 彼女の言葉は単なる事実確認だった。

 本人の主観ではなく、客観的に見て確かな事実。故に否定する事は出来ない。

 上級生達も決して弱い訳では無い。だが、そういう話では無いのだ。故に疑問に感じたのだろう、何故落ちこぼれと呼ばれるゼルマが彼女を助けたのか。


「失礼ながら貴方の噂は聞いています。ノイルラーさん、貴方では彼等には勝てない。なのに―――」

「じゃあこっちこそ失礼ながら言わせてもらう」


 匙を置き、今度はしっかりと水晶の如き瞳を真っすぐ見つめ彼は言う。

 その視線は睨んでいる訳では無かった。ただ真っすぐ、彼女の眼を見据えていただけだ。

 だからこそ、彼女はその言葉を真面に受け取ってしまったのかもしれない。


「俺はアンタの事を可哀そうな奴だと思う」

「―――な」

「だから、助けた。……ご馳走様、じゃあな」


 それだけを簡潔に言うと、ゼルマは食べ終えた食器を手に席を立ち去って行く。

 言葉を飲み込めなかったのか、或いはそれだけの衝撃だったのか言葉を失う少女。

 そんな少女に後の二人も声をかけ。


「ま、そういう事。じゃあな!またどっかで会ったら飯でも食べようぜ」

「また魔術について話せれば良いな。あぁでも明日からは必修外の講義も多くなるから難しいかな?」

「うげ……嫌な事思い出させないでくれ」

「私の半分以下だろ、しっかりしろ」


 そうして残されたフリッツとエリンも席を立ち、分かれの挨拶をして去って行った。

 

「――――――」


 その場に残されたのは、言葉を失った水晶の如き少女一人。

 彼女は彼等を目で追うが、やがて三人の姿は食堂の喧騒の中へ消えていくのだった。


 ■◇■


 食堂から去り、午後。

 最高学府の時間割は基本的に六時間の構成だ。日によって増減はあるが、六時間を基本として時間割が作られる。必修科目以外の講義に関しては教師の都合により講義日程が異なる為、当然複数の講義が同じ時間に開講されていたりもする。

 エリンの様に必修科目以外の講義を多数履修しない限りは毎日六時間全て受講するという事にはならないが、それでも三年目までは必修科目が時間割の内半分程度を占める事になる。


 ただし例外もある。それは必修科目ではないが、多くの魔術師に履修が推奨されている科目だ。

 魔術師には戦闘を主体に魔術を行う者と研究を主体に魔術を修める者に分けられるが、基本的に魔術師はどちらも出来なければならない。特に最高学府の魔術師は。

 故に必修では無いが、幾つかの実践科目は履修が推奨されている。

 そうした実践科目の内の一つ、最も主流(メジャー)な科目が実践魔術戦闘だった。


 五限目。実践魔術戦闘。


「はぁ~い!ヒヨッコちゃん達、こんにちはぁ。二年目一般入学組の実践魔術戦闘担当のウェス、ウェス・オールフリーよ~、よろしくね。こう見えて元軍人だから、ビシバシ行くからね~覚悟しといて」


 ウェスと名乗る男性魔術師がにこにこと笑いながら眼前の学徒達に呼びかける。

 筋肉質ながらしなやかな体躯。鍛え上げられた長身に相応しい優美さを纏っている。


 実践科目はその性質上、多くの講義と異なり実際に身体を動かし魔術を用いる。座学講義でも魔術を使う事はあるが、それとはまた規模や威力も異なる。

 文字通り実践科目は実践。実際の戦闘を想定した講義なのだ。


 そういった都合もあり、特に実践魔術戦闘は受講人数が増える。殆ど全ての魔術師が一度は履修する為、必修科目と大差ない人数が集めるのだ。

 しかしそうなると教師一人では管理しきれない。その為実践科目は特例として入学時期や学年によって受講者を区分しているという訳である。

 教師となる魔術師もウェス・オールフリーの様に元軍人や長く教育者として最高学府に所属している魔術師が担当する事が多い。


「じゃあ早速だけどぉ、座学ね。あ~、『実践じゃないやん』みたいな顔しな~い。知識は重要よ?上に『やれ』って言われてるからって言うのも半分位あるけどね。一年の時にも習ったと思うけど、二年からは皆ぐっと実力が高くなるの。だから改めて色々復習ね」


 彼等が集まっているのは最高学府の敷地内にある実践科目用の屋外訓練場だった。

 最高学府は広大だ。様々な施設が敷地内には存在し、その多くが自由に解放されている。

 

「まず実践科目の基本法則一つ目~。『殺傷禁止』。当たり前だけど、相手を殺すのはタブーよ。実践とはいえ、これはあくまで講義の一つ。もし相手を殺しちゃったら確実に退学になるからね~?過去にもうっかり~とか言い訳してた子が居たけど、そういうの通じないから」


 どこから取り出したのか、黒板にウェスがルールを書いていく。


「そして二つ目~。『悪意ある追撃禁止』。こっちもやったら最悪退学だから。良い?此処は最高学府、世界最高の智の集会。ルールを守って鍛えるのよ~?野蛮なだけなら外でも出来るから、優雅にね」


 言い終わるとウェスが軽くウインクをする。

 その所作は確かに言葉通りの優雅さが秘められていた。


「じゃあ早速だけど今日は軽い組手から始めようかしら。今日の所は使って良いのは身体強化だけね。は~い二人組になって~!余ったら私とよ~皆程甘くないからね、私は」


 ウェスが言い終わるや否や、学徒達は急いでペアを作り出した。


 ◇


「なぁ、ゼルマ……ほっと!」

「ッ―――どうした?」


 ゼルマとフリッツが組手をしながら、会話している。


 二人一組という事で、普段三人組で動きがちな彼等だったがエリンは別の人間とペアを組んでいた。

 当然エリンは渋ったのだが、どうせ今後の講義の中でも組手は行われるからと納得させられたのだ。


「もしかしてさぁ、シファーの事気になってる?」

「……それは、どういう意味で?」

「うーん、まあ全般?」


 周囲ではゼルマ達と同じ様に身体強化の魔術を用いて軽い組手が行われている。

 ゼルマ達は教師から目立たない位置で組手を行っていた。


「で、どうなんだよ?」

「まさか。別にいつも通りだっただろ?」

「そう言われれば、そうだけどさ。適当な所とか、ちょい言い方キツイ所とか」


 魔術師は一般的にそれ程近接戦闘に優れている訳では無い。そもそも身体強化は非魔術師であっても自身の魔力を使えば行える事であり、魔術である必要性は薄い。

 それ故か、或いは初回という事もあってか、組手は比較的緩く進んでいた。


「だけどさ、普段『ノイルラー』について何か言われてもゼルマは聞き逃してるだろ?なのにああやってお前が言い返したのは意外っちゃあ意外だった訳だよ」

「そう見えたか?」

「うーむ、勘だな」


 フリッツがゼルマの胸倉を掴もうと手を伸ばす。

 しかし伸ばされた腕をゼルマがすんでの所で掴み、後方へ受け流そうと向きを変えた。

 勢いが余り、互いに背中合わせの形になる。フリッツの筋力はゼルマのそれを圧倒している。完全に受け流す事が出来なかったが故の不思議な膠着だった。


「お前の勘は良く当たるからな」

「だろ?一年一緒に過ごしてるからな……っていや、気になって無いんだったら外れてるじゃんか!」

「世話になってるって話だ」


 ツッコミを入れるフリッツにゼルマが「ははっ」と小さく笑う。

 そして位置を元にすると、ゼルマは話し出した。


「だが、本当に深い意味は無いんだ。ただ少し、思う所があっただけだ。大人げないかな?」

同年(タメ)だろ?気にする事は無いんじゃね?」

「いや、シファーは十六歳だが?」

「は!!??」

「……ついでに言うと俺は十八だ」

「え!!!???」


 まさか知らなかったのか……と呆れるゼルマ。

 余りに大きな声に近くに居た学徒達の視線が集まるが、フリッツはまだ現実が飲み込めていないのか気が付いていないようだった。

 わなわなと震えながら「マジ……?」と呟いている。


「え、てことはゼルマってオレの三つ下だったのか?」

「本当に今更だな……そうだ。学年は同じだけどな」

「エリンはこの事を……?」

「知っているだろ、当然。まぁエルフの年齢感覚じゃあ誤差だろうけど」


 長命種であるエルフからすれば、たかが三つの年齢の違いは誤差だろうとゼルマは言う。

 一般的にエルフを代表に長命種は時間の感覚がその他の短命種と大きく異なる。エリンは比較的若いエルフだが、それでも彼等の倍は生きているのだ。


「今からでも敬語を使いましょうか?フリッツさん」

「だあああ!止めろ止めろ!もう今更だし、なんかお前が敬語なのすげー気持ち悪い!」


 揶揄う様に笑うゼルマに、フリッツは頭を振りながら答える。

 

 最高学府ではこういった事は珍しい事では無い。最高学府の門扉は全ての魔術師に対して開かれている。そこから最高学府に学べる者は試験等によって絞られる事にはなるが、それでも年齢制限や種族による制限はこの場所には無い。

 現在行っている実践魔術戦闘の講義にも少し周囲を見渡せば顎鬚を貯えた男性魔術師も居れば、大人の女性魔術師も居る。種族も同じく、比率としては人種が多いが様々な種族が居る。

 割合で言えば人種8:獣人1:その他1程度である。因みにエルフはエリン一人だ。


「俺は確かに若く見られる方じゃないが、シファーの方はかなり若く見えるだろ」

「二人共大人びてるっつーか、落ち着いてる感じだからよ。てっきり同年だと思ってたぜ。まさか三つも離れてるとは………」

「三年なんてすぐだろ。大人になれば誤差だよ誤差」

「何で年下のお前がそれを言うんだよ………」


 どこか年齢に相当しない雰囲気を纏うゼルマ。達観している様で、時に感情的に行動する。落ちこぼれと呼ばれているにも関わらず、それを全く感じさせない立ち振る舞い。

 故に時には注目を集める彼の事が、フリッツは嫌いでは無かった。


「ま。っつー事で新事実が判明した訳だが」

「別に新事実でも何でも無いけどな。俺は知っててため口だった訳だし」

「うっせ!……これまで通りで大丈夫だ、寧ろそっちが良い」

「………そうだな、それで良い」


 その言葉にゼルマは笑みで返す。つられてフリッツも明るく笑った。


「こら~!そこ~!何向かい合って感傷的な雰囲気醸し出しちゃってんの~?まだ講義時間中よ、しっかり組手しないと成績どうなっても知らないからね?」

「やべ、ほら再開だ再開!」


 遠くの方からウェスの叱る声が聞こえ、フリッツは慌てて組手を再開するのだった。


 ■◇■


「いやぁ今年も豊作ですねぇ」

「去年程じゃないが、確かに粒ぞろいだ。特にスプリングの三男は優秀だな。あれは伸びるぞ、今から研究室が取り合いになる未来が見える」

「いやいや!やはり外せないのは第五皇女でしょう!若くして聡明で美しい!かの皇帝の血筋だ、推薦するに申し分無いでしょう」

「素養入学の方でも面白い奴が居ました。あれは教えがいがありそうですね。魔術を知らないとは思えない魔力量と適正でしたよ」


「しかし………こう思うと去年が凄すぎたのかもしれませんね」

「あぁ確かに、それは否めませんね」

「質では今年も負けてないのですが、去年は数が多かった。印象に残るのも当然かと」

「………問題児の数も、ですがね」


「双星の魔術師、ペンテシアのエルフ、アズバードの後継者、ハールトの息女………皆入学時から現在に至るまで優秀な成績を残しています」

「彼等は一年目で殆どの基礎科目を履修し終えていましたからね。今年は既に研究室に赴いている者も居るのだとか」

「戦闘能力では特に狂犬の魔術師、人造の魔術師が突出しているな」

「どちらも問題児じゃないですか………」

「構わんさ、優秀な学徒を此処は求めている」


「ですが、ええ」

「そうだな。やはり彼女の存在だろう」

「クリスタル・シファー、シファーの一族に生まれた天才」


「シファーは古い家系だが、彼女程突出した才媛は居なかった。あれは恐らく歴史を変える」

「かの皇帝、法国の聖女、獣王国の姫巫女………()()として歴史に名を刻むのは常に優秀な魔術師だ。特に現代においてはな」

「姫巫女は兎も角、かの皇帝を含めても良いのか?あれはまた違うのでは?」

「魔術師には違いありません」


「あぁそうだ、歴史が長く古い家系と言えば………ノイルラーもありましたね」

「………皮肉なものだな。同じ世代に、その両家の二人か」

「片や『大賢者の再来』、肩や『未来無き魔術師』ですか」


「誰が悪いという訳でも無い。ただ、()()が悪かった」

「私達ではどうする事も出来ない領域の話ですからね」


「………どちらにせよ、楽しみですね」

「そうだな。此処は我らが誇りし最高学府」

「全ては人間の未来の為に」


 ■◇■


〇人間

 大陸においては人種、エルフ、ドワーフ、獣人等を総括して人間と呼称する。

 人口比率では人種が最も多く、次いでドワーフ、獣人、エルフと並びその後は少数種族が続く。

 その為大陸における国家の殆どは人種国家であり、慣例的に人種以外の人間を亜人と呼称する事もある。

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