竜からでも蜥蜴からでも
一部表現を訂正しました。
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「………向こうはアイツが勝ったか」
第一闘技場でのクリスタル・シファー対ヴィオレ・ハールトの試合が終了してから程なく、新星大会でも指折りの実力者同士の試合結果は第二闘技場にまで轟いていた。
結果はクリスタル・シファーの圧勝である、と。
(ヴィオレ・ハールトも中々の実力者ではあったが………アレを止める程では無かった。やっぱり他の参加者はあてにはならないな)
クリスタル・シファーもまたゼルマ・ノイルラーと同じ大賢者の一人だが、クリスタルはゼルマとは異なり一切の情報の共有が行われていない。
ゼルマとて大賢者が有する膨大な記憶の内ほんの一部しか共有されていないとはいえ、少なくともゼルマは自身が大賢者の一人、【末裔】の大賢者であるという自覚が存在している。
記録情報の共有が行われていないクリスタルはその記憶を大賢者が直接知る事は出来ない。
記録情報の共有を行わない限り、魂に内蔵された記憶への干渉は大賢者であっても不可能だからだ。
故に、彼女の動きを知る為には外から見る為の人間が要る。
その為に生み出された観察及び保護要員こそが【末裔】の大賢者であるゼルマだ。
大賢者としてのゼルマの立ち位置は少々特殊なものだ。
そもそも大賢者という存在自体が特殊なのだから、更にそこから特殊というのはおかしな話なのかもしれないが、少なくともゼルマの在り方は数ある大賢者の中でも特殊である。
自身が大賢者である事を自覚しながら、完全にゼルマという人格を有していること。
そしてゼルマ自身もまた観察対象であるということ。
(………丁度この祭りが終わる頃に定期情報共有か)
ゼルマは定期的に記録情報の共有を行っているが、これはあくまで一方的なもの。
例えるなら図書館に置かれている【末裔】と題された本に日記をつけているようなもので、ゼルマ自身は他の大賢者が有する記録を共有されていない。
他の大賢者からは内容を読めるが、ゼルマは他の大賢者の記録を知る事が出来ないのである。
その為、実の所ゼルマは自分と【天賦】の大賢者であるクリスタル、そして【図書館】に常駐する【司書】以外の大賢者以外にどのような、そしてどれだけの大賢者が存在しているのかを知らない。
(【司書】から聞いた話では他にも人格を保ったまま活動してる大賢者は居るらしいけど………出会う機会はなさそうだ)
大賢者は皆、何かしらの研究の為に存在し活動している。
【末裔】の大賢者は【天賦】の大賢者の観察保護の為。
【天賦】の大賢者は『大賢者の才能だけを受け継いだ魔術師は、どのような魔術を生みだすのだろうか?』というテーマの為。
大賢者たちは各々の研究の為に活動しているので、他の大賢者に干渉する事は滅多に無い。
その為、世界で活動する大賢者同士が出会う機会は早々訪れないのだ。
(さて、そろそろかな)
ゼルマが第二闘技場のすぐ傍にある建物と建物に挟まれた狭い道、俗に言う所の裏路地を曲がると既にそこには目的の人物が待っていた。
「早かったね」
「……手前がこの時間を指定したんだろうが」
裏路地の壁にもたれかかるようにして待っていた人物が、深く被っていたフードを外す。
フードの下から現れたのは見覚えのある、レックス・オルソラの顔だった。
「てっきり来ないと思っていたからな。素直に集合するなんて思ってなかったって事さ」
「来たくて来てる訳じゃねえ。………クソ。これさえ無けりゃあ」
「来たならそれで良い。で、言ってたものは?」
「………此処に入れてある。読んだら適当に燃やせ」
「ありがとう先輩」
「先輩って呼ぶんじゃねえ」
ゼルマがレックス・オルソラから受け取った封筒を開く。
そこには何枚かの紙が入っていた。
どれもゼルマが依頼していた情報についての報告書だ。
「流石、オルソラ家の魔術師だ。諜報の名家だけあるな。短期間で良く調べられている」
「それはお前に呆気なく負けたオレへの皮肉か?」
「いいや。心の底からの称賛だよ」
ゼルマの称賛は真実だった。
本国であるハルキリア王国では〈砂蜥蜴〉という呼び名があるオルソラ家。砂と爪の神レイザディより血統魔術を受け継いだ魔術師の一族だ。
決闘で用いたように砂魔術を得意とし、歴史の中では暗殺をも行ってきたオルソラ家だがその本領は暗殺分野ではない。
オルソラ家の本領は諜報活動。
形を自由自在に変える砂魔術を用いて情報を収集し、時には鋭い刃で政敵の首を刈り取る。
事実ハルキリア王国ではオルソラ家の持つ情報を利用しようとする貴族は多い。
「一応先輩の口からも報告を聞こうか」
「チッ………」
舌打ちしながらもレックスは報告を始める。既に内容は頭に入っているのだろう。ゼルマに手渡した報告書を見る事もなく、レックスは話し始めた。
「大体は手前が考えていた通りだ。殆どの特待生は乗り気じゃなく、学園長からの特待生としての課題で仕方なく出場してるだけだ。補助要員を付けてる奴も四人しか居ねえ」
「その四人というのが」
「三年はズィエ・ロルテン。二年からはクリスタル・シファーとスティア・レイゼルン。それで一年からは………」
「フェイム・アザシュ・ラ・グロリア」
「ああ。手前が一番良く知ってるだろ」
知ってるも何も、フェイム・アザシュ・ラ・グロリアの補助要員、サポートメンバーこそがゼルマ自身だ。
「つまり、この三人が本気で勝ちに来てる魔術師という事か」
「さあな。個人で参加してる奴もいるだろ。あくまで補助要員を付けてる奴ってだけだ」
「先輩の見立てでは誰が怪しい?」
「わざわざそれを聞く必要があるのか?」
「一応先輩の方が最高学府の学徒歴は長いからな。一応だ」
ゼルマは現在最高学府二年目の魔術師。対してレックス・オルソラは六年目の魔術師である。
最高学府においては新星大会でもそうであるように、最高学府では三年目までと四年目以降とでは学徒としての在り方に大きな違いが存在する。
三年目までは必修科目等の義務があるが、四年目以降はそれが存在しない。また学徒はそれぞれ各部門を選択して入門する事になる。
例えばノア・ウルフストンであれば彼女の実家でもある魔術歴史部門神代歴史科。レックス・オルソラであれば血統魔術をより活かせる古代魔術部門信仰科といった具合だ。
神代歴史科や信仰科というのは各部門内に更に存在している学科と呼ばれるもので、より専門性の高い分野を取り扱う為に細分化されたものだ。
「………正直、俺も詳しくはねえ。んな事に興味が無かったからな。優勝賞品に関しても、少なくとも俺は欲しくもなんともねえしな。だがズィエの野郎は、いけ好かない奴だ」
「ズィエ・ロルテン。呪術の大家、ロルテン家の魔術師か」
「直接の面識はねえが、奴は自分以外の魔術師を見下しながら生きている。噂じゃあ同学年相手に何度も問題を起こしてるらしい」
「それはあの時の先輩みたいにか?」
「それ以外は知らねえ。これで良いか?」
「ああ、ありがとう。参考にさせて貰う」
苦虫を嚙み潰したような表情で答えるレックスに、多少の鬱憤を晴らしたゼルマは素直に感謝を述べる。
既にあの晩の襲撃は許しているのだが、最近のゼルマはフェイム勝利の為に動きっぱなしであり、ほんの少しだがストレスが溜まっていた。
要するに八つ当たりしたのだ。
「つうか本当に聞く必要があったのか?手前自身でも調べてやがるんだろ」
「五日目以降に残る可能性がある奴の対策さえすれば必ず勝てる。フェイムにはその才能がある。これはあくまでも九九%を一〇〇%にする為の行いだ。本番はその後にある」
「チッ………まぁ、手前が言うならそうなんだろうな」
ゼルマの見立てではフェイムの魔術の才覚はこの最高学府でも跳び抜けて高い。
魔力量や魔術回路といった生来の血統に由来するものだけでなく、高度な光魔術を操るセンスに加え、帝国で身に着けた体術も優れている。
総じて天才だ。
仮に冒険者としてでも歴史に十分名を残すだけの力量を有しているだろう。
(流石は〈栄光帝〉の血統。凡百の魔術師達とは存在の規模からして違う)
だからこそ、より〈栄光帝〉の恐ろしさが分かるというものなのだが。
「さて、調査ありがとう先輩。また呼ぶまで見つからない様に適当に自由にしておいてくれ」
「おい!待ちやがれ!!」
調査結果を受け取り、別れようとしたゼルマをレックスが呼び止める。
「何か?」
「………約束を果たせ」
「ああ、そうだったな」
「忘れんじゃねえよ。『仕事一つにつき、一つの報酬』だろうが」
「良いよ。何が欲しい?」
「俺を自由にしろ」
「それは無理だ。それ以外だ」
レックスも断られることが前提だったのか、少し表情を歪めただけですぐに次のものを言う。
「………なら教えろ。報酬は情報でも良いんだよな?」
「ああ。予想以上に賢い選択で正直驚いているよ」
「………オレは何で生きている?あの日、あの夜、オレは確かにお前に………」
「殺された、か?」
「………ああ」
レックスは自分の身体を擦る。優しく、それでいて力強く自身の両腕で胴体を抱えるように。
それは肉体が凍えた時に生じるものではなく、まるで自分の肉体がそこに確かに存在していることを再確認するかのような擦り方であった。
「今でも覚えてる………肉が、燃える感覚………それに………全身が消えて………」
「あの炎は特別製だ。効いただろ?」
「効いただろ?じゃねえよッ!!!!」
裏路地にレックスの絶叫が響いた。
表にまで轟くような声量であったが、幸い気が付いた人間は居ないようだった。
まぁ、ゼルマが裏路地に入った際に〈静寂〉の魔術を発動させていたので当然なのだが。
「冗談はさておくとして、質問にはちゃんと答えるさ。それが『契約』だからな」
やれやれと言わんばかりに、ゼルマはレックスとの『契約』を果たし始める。
「あの日、お前は確かに俺の魔術で死んだ。が、完全に死んでない。完全に死んだらこの場に居るお前は不死の使い魔という事になるからな。流石にそこまでじゃない」
「はぁ?意味分かんねえ事言ってんじゃねえ。分かりやすく言え」
「あの場で使っていたのは〈自動復元結界〉という魔術だ。これは結界解除時に内部の物質を発動時点状態まで復元するという魔術なんだが………時に先輩、回復魔術で蘇生は可能だと思うか?」
「………不可能だ。回復魔術で死からの蘇生はできない。蘇生には蘇生の為の魔術と、複雑な条件が必要な筈だ。それこそ、神聖魔術の奥義のような」
少し悩んだ後、レックスが答える。
回復魔術とはあくまでも肉体を回復させる為の魔術。その効果は魂にまでは及ばない。
一時的な肉体の死ならば兎も角、肉体から剥がれた魂を器に戻す為には専用の蘇生魔術が必要であり、それはより高度な技術と条件を要する。
復元魔術も同様で、その効果範囲は物質に限定される。
「そうだ。死からの蘇生には幾つかの条件がある。使用する魔術は当然として、死からの経過時間、そして魂が戻る為の適合した器も必要だ。逆に言えば、魔術さえ使えるのなら、後は器をどうにかすればそれで良いということでもある」
「………おい、まさか」
「そう、炎で先輩が焼死し、その魂魄が完全に欠落してしまう前に結界を解除した。そうすれば焼けて消えかけの肉体も元通り。復元魔術は例え塵からでも元に戻せる。後は蘇生魔術をかければ良い。勿論、細工はそれだけじゃないけどな」
ゼルマの魔術〈浄罪の火〉によってレックスの肉体が燃え、そしてレックスが死ぬ。その瞬間に結界を解除すれば〈自動復元結界〉の効果によってレックスの肉体は生きている状態にまで復元される。
勿論それだけでは肉体が生きているだけ。魂は肉体に戻っておらず、蘇生は出来ていない。
だが肉体が完全に回復・復元されてさえいれば大賢者には幾らでもやりようはある。
「じゃあ、その時にコレも?」
「細工はそれだけじゃないと言っただろう?」
レックスの首に浮かび上がる首輪の様な模様。それはゼルマがレックスにかけた契約魔術の表れだ。
レックスも含めてあの場に居た魔術師全員に契約魔術をかけてある。
契約内容は主に三つ。
一、『契約主の命令には必ず従う事』。
二、『一つ命令を完遂した場合、一つの報酬を得る権利を得る』。
三、『契約主に対する敵対行為は禁止』。
これらの他に細かな条件付けもあるが、主となるのは以上の三つだ。
本来ならば自我の強固な種族相手の契約魔術には両者の合意が必要なのだが、ゼルマはレックスを一時的に魂の状態にすることでその条件を緩和した。
因みに強制的に契約を行う魔術も存在することには存在するのだが、消費魔力が多い事や必要な工程が多い等の理由もあって流石に自重した。
「さて少しサービスし過ぎたかな。今度こそさよならだ。また用事があれば連絡する」
「………了解」
そうしてレックスは裏路地の向こうへと消えていった。
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