矜持無き者に、それは生まれない。
■◇■
魔術の系統について。
魔術とは自由なものだ。
そも、現代における魔術とは無からの創生と創造。
故にそこに定型と呼ぶべきものは本来存在していない。
神代における魔術に当てはめるのであれば、系統とは神の種類であり、信仰の種類であったとも言えるだろう。
水馬と湖の神があり、火炎と熔炉の神があり、砂と爪の神があり、天空と大鳥の神がいる。
神とは、その魔術の系統そのものであった。
しかし現代における系統とは、魔術の構成要素であり、また魔術の構造である。
例えば属性魔術というものがある。
これは文字通り火や水、土などの属性に基づいた魔術である。
こうした属性の存在はは精霊によって証明されており、最も範囲が広く、魔術師にとっては基本中の基本とも呼べる魔術だ。
そしてここから更に火の派生であり熱を操る熱魔術や水の派生であり氷を生み出す氷魔術、土の派生であり砂を操る砂魔術と魔術の種類は増える。これこそが系統だ。
熱魔術も氷魔術も宿す属性は火や水であり、つまりこれらの魔術もまた広義の意味では火魔術や水魔術と呼べる。
では何故名称が異なり、細分化されているのか。
それこそまさに魔術の構成要素が同じだとしても、構造が異なるからである。
構造が異なれば、難易度も異なる。
水と氷が異なるように、微風と暴風が異なるように。
要素が同一であっても、構造が異なれば多くのものが異なる。
故に魔術師は属性魔術について呼ぶとき、属性そのものを表す広い意味での時は~属性魔術と呼び、その魔術そのものを表す時には~魔術と呼ぶ。
では、結晶魔術とはいかなる魔術か。
結晶魔術とはある属性に限った魔術ではなく、その魔術の構造を指す言葉。
構造に拠る分類で有り、そこに特定の属性は無い。
しかしその性質から主に土や水の属性で用いられることが多いのが結晶魔術だ。
魔力を規則正しく配列し、結晶構造を持った物質を創造する。
こうして生み出された物質は通常の何倍も魔力を通しやすく、更に使用する魔力の多寡によって更にその強度を増す。
「―――ッ」
閃光が収まった時、そこに立って―――否、咲いていたのは美しき水晶の花。
クリスタルの身体を覆い隠す程の、透き通った巨大な花がそこには咲いていた。
水晶の花弁には一片の欠損もなければ亀裂も生じていない。
ただ透き通り、完璧な水晶花が咲き誇る。
「――――――うおお」
訪れた静寂の中に、一つの声が漏れ、そして。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
歓声が、湧き上がる。
そう。これこそが一日目にして観客たちの心を魅了した魔術の形。
クリスタル・シファーの使う、結晶魔術。
「おお、今日も湧いてんなぁ!」
「無理もない。ここに居る多くの者は魔術師だからな」
「あんなの見せられりゃ、そりゃそうなるわな」
「かくいう私も……事前に見せられていなければ立ち上がり、より近くで見物しようと動きだしていただろう。……それ程に、彼女の魔術は圧倒的だ」
「んなの分かってるよ……そりゃあ特待生にも選ばれる筈だぜ。格が見るからに違う」
フリッツとエリンは智霊大祭開催前、初めてクリスタルの魔術を見せられた時の事を思い出す。
その時も今と同じ、〈水晶華〉の魔術だった。
結晶魔術は珍しい魔術だが、難易度自体が再現不可能な程に困難な訳ではない。
生来の資質に大きな影響を受けるとされている光属性や闇属性の魔術に比べれば格段に使いやすい魔術と言えるだろう。
実際エリンも結晶魔術を使うことは出来る。
だが使えることと使いこなすことは全くの別物だ。
「悔しいが、確かにあれは確かに大賢者の再来だ」
結晶魔術は確かに魔力の伝導性が高い物質を創造する魔術だ。
魔力の伝導性が高ければ高いほど魔力による強化の幅は広い。
それは翻れば、生み出される結晶自体の強度はさほど高くないということでもある。
結晶魔術だから凄いのではなく、力量のある魔術師が使うからこそ結晶魔術はその真価を発揮する。
より完璧に生み出された結晶程曇りはなく、澄んだ物質になる。
そして、クリスタルの生み出した水晶には一点の曇りも存在していない。
魔術師は魔術師だからこそ理解できる。
自分にも使える魔術だからこそ、明確にそれは現れる。
例えば全く無知な子供であれば、例えば魔術に触れる機会薄き戦士ならば。目の前の魔術、そこに秘められた魔力と実力に気が付く事は無い。
魔術の道を進む者であるからこそ、理解出来るのだ。
目の前で微笑む少女と、自らの間にある絶対的に隔絶された実力の差が。
一度目は絶句した。
そしてすぐに理解し、彼らは熱狂した。
人は、余りにも自分よりも上位の才を見た時、その才能に熱狂する。
そして静かに諦める。
ああ、自らとは違うのだと。
しかし、
「―――〈炎雷剣〉!!」
もう一人の少女は諦めていなかった。
再び生み出された炎雷の剣。
先ほどよりも多く込められた魔力によって、それは一回りも大きい。
魔術は必ずしも込められた魔力の多さに比例する訳では無いが、それの威力が明らかに先程のそれを上回る事は誰の目に見ても明らかだ。
衝突し、爆風と閃光が再現される。
既に生み出されていた〈水晶華〉は未だ壊れておらず、込められた魔力が切れる気配もない。
そして二度目の〈炎雷剣〉もまた危なげなく受けきる。
「―――ッまだ!!!」
少女が咆哮する。
それは恐らく、彼女自身ですら出したことのない大声。
少女の自尊心が、矜持が、戦えと叫んでいるのだ。
「〈火炎強化〉、〈排熱強化〉、〈炎熱領域〉!」
次々と付与されていく魔術。
そのどれもが自身の魔術を強化する為の強化魔術。
これらは布石である。
火属性魔術を強化し、自身の熱に対する耐性を増強し、火属性の魔力が高まる領域を創り出す。
どれも単純な魔術では無いが、この程度ヴィオレには問題にならない。
強化魔術を並列起動し、自身の能力を極限まで高める。
それらの魔術が意味するもの。
「白磁の大光、紺碧の瞳孔、我が祈念に応じて焔と鎚の太祖に願う!」
詠唱。これまでの現代魔術とは異なる魔術の形、即ち古代魔術。
言葉に魔力を。魔力を形に。神威を以て世界に示す。
「不壊の金床を持ちて、世に顕れし豪炎を今此処に!」
ヴィオレがその右手を高く掲げる。
そうして光と熱と共に現れる炎の剣。
それは詠唱と共により大きく、より長く伸びる。
「あらゆる鋼を熔かし、炎熱を手繰る者!」
あたかも目に見えない鍛冶師が今まさに刀剣を鍛えるかのように、それは作り出される。
「マツァマラの双手、此処に在り!」
そして、それは完成する。
舞台上にて新たに打たれた焔の刃。
莫大な魔力と共に、たった今打たれた最も新しき刃。
神代の炎を借り受けて現れる、熔解の為の炎。
「―――〈熔かす者が為の剣〉!!」
そして振り下ろされる焔の剣。
かつての時代、天賦の才を持つ鍛冶師の為に与えられた熔かす為の豪炎が今。
目前にて咲き誇る水晶の花を融解せんが為に、顕現する。。
息を呑む観客たち。
それは闘技場の外からでも見える程の刃渡りを持った火焔。
舞台の端から端までを優に超す長さであり、このまま振り下ろされれば観客席にまで届くだろう。
例え舞台上と観客席との間には被弾を避ける為の強力な結界が張られていると知っていたとしても、その威容は見る者に恐怖を与える。
人の本能が反射的に火を忌避するように、それは見る者をそうさせる。
だが、
「ふふふふふ」
一人だけ、笑う者が居た。
豪炎が放つ熱波を前にして、静寂の中で。
少女は見た。水晶の花の奥でただ一人笑う、もう一人の少女の姿を。
「ええ。では、正面から比べ合うとしましょうか」
誰にも聞こえないであろう声。
だがヴィオレは理解した。
―――来る、と。
それは予感ではなく、確信。
言葉を介さない、目による会話であり意思表示。
「魔力構造凝縮、結晶体創造、支配領域拡大」
過剰なまでの魔力。
それは〈水晶華〉が生み出された時に見えた光景と同じかそれ以上の幻想的な光景を生み出す。
「―――〈千年結晶刃〉」
迸る魔力の粒子一つ一つが刃へと成長する。
水晶で作られた、無尽の刃。
小さくともそれは十分に誰かの命を奪えてしまうモノ。
〈千年結晶刃〉。
クリスタル・シファーが新たに創り出した結晶魔術。
既存の魔術に無い、全く新しきクリスタル・シファー独自の魔術である。
魔術の開発は簡単なものでは無い。
効率化された既存の魔術を越えるものでなくてはならないからだ。
効果や威力、越えなければならない問題。
それらを越えてこそ、初めて新たな魔術は生み出される。
だがそれは、言うまでもない。
彼女の魔術は完璧だった。
〈水晶華〉の裏、クリスタルの周囲にて待つ〈千年結晶刃〉。
結果は単純だ。未来は単純だ。
ヴィオレがクリスタルの防御を突破出来れば、単発の威力で劣る〈千年結晶刃〉は〈熔かす者が為の剣〉に飲み込まれるだろう。
反対に、クリスタルの防御が勝利した時。場に残る〈千年結晶刃〉はすぐさまヴィオレの身体目掛けて射出されるだろう。
ともあれ結果は大きく動く。
魔術の応酬で続いた数分間の決闘の優勢が明確に決定する。
故に。
「高き空の音、蒼く輝く稲妻!いと疾き翼を持つ者よ!」
「―――!」
ヴィオレは自らの限界を、超える。
同時に起動された古代魔術。詠唱と共に魔力が賦活される。
今もなお豪炎の剣は紅く燃え上がり、その火勢は弱まるところを知らない。
ヴィオレが高くもう片方の手を掲げる。
「地上に下されし雷を!天より齎されし恩寵を今此処に!」
そこに握られていたのは蒼く光輝く雷の槍。
かつての時代、神の怒りとして下された雷の具現。
ヴィオレは気が付いたのだ。
此処だ。此処こそが勝負の分かれ道。
勝者と敗者の分岐点。
後の運命を大きく変える場所であると。
元より魔術の並列起動はヴィオレの得意とする所。
通常の魔術であれば十を超える魔術であっても同時に使えるだろう。
ハールト家。六門主に名を連ねぬ魔術師の一族の中では五指に入る程の名家。
その血統魔術は〈白の魔〉。
長きに渡る肉体、否、血統の改良によって成された常時発動型の血統魔術である。
その効果は単純にして明快。『大気中からの魔力吸収効率上昇』である。
通常、消耗した魔力を回復する手段は限られている。
特殊な回復薬を除けば、概ね時間経過による自然回復のみ。そして魔力の完全な回復には個人差はあれど消費に比べ膨大な時間を要する。
故に魔術師の戦いにおいて魔力切れとは殆どの場合、死を意味する事になる。
魔力が無くなれば肉体の防御も無くなり、魔術も使えない。
こうなった魔術師は最早魔術師としては戦えない。
だからこそ魔術師は常に自身の残存魔力に配慮して魔術を使う必要があるのだ。もしも魔力が切れてしまえば、後に待つものは悲惨な結果のみ。
だがハールトの血統魔術はこの問題を緩和する。
これによりハールトの魔術師の魔力回復速度は他の魔術師の何倍も速い。
故に複数の魔術を並列発動したとしても、その負荷は他の魔術師よりも軽くなる。
加えてヴィオレは生得属性仮説で言う所の全属性魔術師。
ヴィオレ・ハールトという魔術師に苦手属性は存在しない。
多種多様な魔術を組み合わせ、並列起動して戦う。
それこそがヴィオレ・ハールトという魔術師なのだ。
「……ぐっ!」
しかして消耗の大きな古代魔術、しかもどちらも威力の大きな攻撃の魔術となれば、その負担は通常のそれではない。
ヴィオレは意識を手放しそうになる所を、決死の覚悟で持ちこたえる。
〈熔かす者が為の剣〉は広範囲の直線上を焼き尽くす豪炎の魔術。維持するだけでもヴィオレの魔力を凄まじい速度で消費している。
〈白の魔〉による補正を加えても、ヴィオレの魔力を食い潰す程の魔力消費。
だが、それでも。
「ザンディオンの声、鋭利なり!」
最後の詞を言い終えて、その雷は顕現する。
「〈地鳴と共に降る雷鳴〉!!!!」
雷の音と共に、ヴィオレは雷槍を投擲する。
雷の速度で飛来する魔術。
それは光の軌跡を残して、目にも止まらぬ速度で一直線に翔る。
あたかもそれは神話における雷の神の如く。
着弾、そして轟音。
一瞬の出来事だからこそ、その大きすぎる変化に見る者は気が付く。
本来小さな筈の大きな変化に、多くの者が気が付く。
多くの者が、その音を聞く。
舞台上の音が届かなくとも、その光景だけで音を幻聴する。
パキ。
「――――――」
これまで完全無欠でそこに聳えていた水晶の花に、確かな亀裂が走る。
水晶の花弁に走る、一筋の線。
これまでの試合を見て来た者達からすれば、それは有り得ない光景であった。
これまでの試合を見ていない者からしても、それは有り得ない光景であった。
完全の防御かと思われた〈水晶華〉。
無欠の防護かと思われたクリスタル・シファーの魔術。
これまで一度たりとも突破されず、試合を続けてきた彼女に産まれた唯一の罅。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!」
間髪入れず、振り下ろされるは〈熔かす者が為の剣〉。
莫大な熱量を秘めた炎剣が、クリスタルの身に迫る。
「――――――」
水晶に生じた罅は単なる罅ではない。
結晶魔術の性能は、創造された結晶の整然さに由来するもの。
魔力を良く通すが故の防御力も、魔力を良く通すが故の持続力も。
これは結晶魔術の構造に由来する性質であり、結晶魔術が結晶魔術である限り逃れられない特性。
つまり、結晶魔術とは一度乱されれば格段に脆弱性が上昇する性質を有する。
故に今目の前に咲き誇る花は既に全盛のそれではない。
誰かが思っていた。音にせずとも、言葉を紡がずとも感じていた。
―――ハールトは良くやった。だが勝つのはシファーだ。
―――果たして今日はどのように華麗に勝利する?
―――さぁ、私達を今日も魅せてくれ!
大賢者の再来。
その【天賦】の大賢者を知らずとも、その名が持つ効果は絶大だ。
誰もが期待する。期待した上で戦いを観覧する。
疑惑を持っていた者でさえも魅せつける美麗さと優雅さ。
幻想的な結晶魔術の見た目もそれに拍車をかけているだろう。
結局の所、ヴィオレ・ハールトという魔術師に今日求められていたのはこれまで以上にクリスタル・シファーという魔術師を魅せる為の引き立て役。
誰も言葉にしない、無意識の共有。
だが、だからこそ。
その罅の意味は大きかった。
―――まさか。
そう、まさか。
―――そんな。
―――そんな事があるのか?あり得るのか?
見る者に恐怖を与える豪炎の剣。
故に、人々は感じる。その、まさかの可能性を。
完璧と呼ぶに相応しい水晶を打ち砕き、その刃を突きたてる様を、想像する。
(負ける気は――――――最初から無い!!!!!!)
元よりヴィオレ・ハールトに敗北する気は皆無。
最初の宣言通り、彼女は勝ちに来ている。
持てる全てを出し尽くし、全身全霊で彼女を倒さんとしている。
ヴィオレ・ハールトにあるのは自負だ。
自身の才能だけではない。自身が積み重ねて来た研鑽が、目の前の少女に決して勝るとも劣らないものであるという自負。
(絶対に、勝つ!!!!!!)
そして――――――。
深紅の焔が舞台上を覆い尽くした。
■◇■




