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大賢者の末裔  作者: 理想久
第二章 魔術師の道程
34/87

それは澄んだ水晶の如きもの

 

 ■◇■


 智霊大祭三日目。

 ゼルマがフェイムの試合のため第二闘技場に詰めている一方、第一闘技場では。


 ―――ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!


 最高学府に存在する闘技場の内、最も巨大な第一闘技場は熱気に揺れていた。

 人々の歓声が地を揺らすかの如き音量となり、実際に聴覚が敏感な者には被害が出ている程だ。

 闘技場の機能として備わっている魔道具の力が無ければ今以上に歓声が轟き、被害は増加していただろう。今も魔道具は働き、内部の音量を下げ、外部に漏れる音を最小限にしている。


 これ程までに闘技場が盛り上がっている理由は二つ。


 一つは第一闘技場の収容人数(キャパシティ)

 第一闘技場の席数は最高学府の闘技場で最多。最も小規模な闘技場と比べれば二倍以上だ。

 またそれだけの観客が快適に試合を観賞できるようにその他設備も充実している。

 こうした特別な戦いの場でしか解放されないだけに、「折角試合を見るのなら第一闘技場で」という観客は少なくなく、一層の盛り上がりを見せているのだ。


 因みに試合の部舞台も他の闘技場に比べて広いのだが、第一闘技場の舞台は可変式であるので大会期間中は小さい方の広さに合わせている。

 最終日の試合のみ普段の大きさに戻し、広い舞台での試合となるのだ。


 そしてもう一つ。

 それは対決の組み合わせ、より正確に言うのならば、その出場選手によるもの。


『開始時刻五分前となりました。観客の皆様方も最早待ちきれないといった様子で御座いますね。では大変お待たせいたしました………これより第一闘技場にて三日目第一試合を執り行います』


 第二闘技場の試合実況に比べれば非常に落ち着いた男性の声。

 こうした大会の運営は基本的に最高学府に勤める職員が担当するが、当然職員にも役職による階級が存在し、第一闘技場ともなれば実況を担当できる者は熟練の者となるのだ。

 これは失敗が許されない仕事であるという事と同時に、魔術の試合を『見る目』に長けた熟練の者でなければ試合を正しく実況できないという理由に基づいている。


『東口より登場致しますのは、かの名家ハールトの息女。四大属性の魔術を巧みに操り、属性魔術の組み合わせについての魔術論文によって見事魔導士の学位を取得した若き才媛………』


 実況に合わせ、東の門が開かれる。

 煙と共に現れたのは、純白の髪をたなびかせた美少女。


『魔導士ヴィオレ・ハールト!!』


 魔術師然とした伝統ある装い、そして幾つかの魔道具を身に纏い、少女………ヴィオレ・ハールトは闘技場の舞台へと登る。

 陽光によって照らされる白髪は最高級の反物にも劣らない輝きを放っていた。


 遠めでも分かる可憐なる少女の登場に、歓声が一層沸き上がる。


『そして西口より登場致しますのは―――』


 しかし、それすらも今この場に集った人々にとっては前座でしかない。


『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!!!!!!』


 耳を破壊する、大砲の如き歓声。

 魔道具による音量操作すらも追い付かない程の、轟音が第一闘技場に轟く。


 それも当然だ。彼等はこの時を待っていたのだから。

 今この場における盛り上がりは一日目の一試合目には存在していなかった。

 この盛り上がりが生まれたのは、三試合目から。

 その三試合目以降、ある魔術師が登場する試合においてこの大歓声は生み出されている。


 それだけ、人々はその魔術師の戦いに魅せられてしまったのだ。


『お静かに!お静かに!!』


 やがて実況と共に魔道具による音量の操作が間に合い、闘技場に適切な歓声が戻る。

 だが音の大きさは下げたとしても、その密度は比べものにならない。


 先程とは異なる格の違う盛り上がり。

 それこそ一日目におけるフェイムの登場すら霞む程の、絶大な待望。


『ごほん。………ではお待たせいたしました。西口より登場致しますのは学園長キセノアルド・シラバスによって直々に認められた特待生が一人。入学より二年して取得した魔導士の学位は驚愕の三つ。大賢者の再来と称されし才女………』


 先程同様に、西門が開く。

 煙に巻かれ、その魔術師は姿を現した。


『魔導士クリスタル・シファー!!』


 白く艶やかな長髪、小柄な肉体。そしてそれに見合わぬ大きな杖。

 だが何よりも特徴的なのはその名の如く水晶の様に透き通ったその瞳だろう。

 美しく、何物にも汚されない、そんな静謐を感じさせる少女だった。


 名を、クリスタル・シファー。


 二人の少女は壇上に登り、互いの手が届く距離にまで近づく。

 そしてヴィオレが差し出した手を、クリスタルもまた握り返した。


「久しぶりよね?まぁ、アンタは私の顔なんて覚えてないでしょうけど」

「申し訳ありませんが、そうですね。ですが貴女の魔術は覚えています。とても()()()組み合わせをする方だと」

「ふーん、そう」


 美少女二人が握手を交わす姿に、観客が沸き立つ。

 舞台上の音声は観客他、舞台の外には届いていない。

 まさか観客も二人がこのような険悪な雰囲気を醸し出しているとは思っても居ないだろう。

 観客席の一部を除いて。


「あー、絶っ対無意識に挑発してるよな?」

「多分な。凡そ馬鹿正直に『貴女の事なんて知りませんでした』とでも言っているんだろう」

「まぁ………普通にマジなだけなんだけどな」

「それが余計に質の悪い」


 短い期間だがクリスタルと共に友人兼サポートメンバーとして過ごしたフリッツとエリンは舞台上を見ながら話す。

 ゼルマの件もそうだが、クリスタルは優秀過ぎるが故に世間知らずな部分があり、尚且つ魔術に関係する範囲にしか興味が及んでいない。

 そして質の悪いことに、クリスタルは意外にも普通の部分が多いのだ。悪いと感じる部分があれば反省し、指摘されれば修正しようとする。そうした真面目さが魔術の腕にも表れているのだろう。


『さあ両者出揃いました!これより、新星大会三日目第一試合―――』


 歓声と実況の声が舞台に五月蠅く響く中、二人の少女向き合う。


 互いに白き髪を携えた少女達。しかし受ける印象は全く異なる。

 ヴィオレ・ハールトが布の如き光沢のに対し、クリスタル・シファーは例えるならば水晶の如き輝き。それはあたかも両者の性質の違いを外側に表しているかのようだ。


 実況の最中、ヴィオレ・ハールトが口を開く。


「言っとくけど、私、アンタに負けるつもりなんて毛頭ないから」

「おや………ではお手柔らかにお願いしますね?」


 そして。


『―――開始ですッ!!』


 戦いの火蓋が切って落とされる。


 ■◇■


〈火風槍〉フォア・ウィドア・ラノス!」


 最初に魔術を放ったのは、ヴィオレ・ハールト。


 熱く燃える槍が熱風を撒き散らしながら飛翔する。

 それは火属性と風属性の複合魔術。

 複数の魔術節を使い、消費する魔力も上昇する。しかしながらその威力と速度は単純な〈火槍〉や〈風槍〉に比べ、各段に向上している。


〈土壁〉(アウス・ウォルト)


 しかしそれを防ぐ土の壁。炎は土に衝突し熱風と共に霧散した。


「―――〈火風槍〉!」


 そこに間髪入れず、次なる魔術が唱えられる。

 構築の速さもさることながら、注目すべきはその数。


 二本の槍がクリスタル・シファーの胴を目掛け、放たれていた。


 クリスタル・シファーは慌てる様子も無く、〈土壁〉の魔術を再発動させる。

 ヴィオレとクリスタルの間に生じる強固な土の防壁が、再び攻撃を防いだ。

 しかしその威力は単純な二倍では済まない。

 先程とは異なり、生み出された〈土壁〉もまた衝突と共に崩れ落ちていた。


「流石ですね。複数の魔術をこうも流暢に発動させるなんて」

「白々しい。見え透いたお世辞は止めて。こんなの何とも思ってない癖に」

「本心なのですが………そう思われるのなら仕方がないですね」


 ヴィオレが先程唱えたのは〈火風槍〉。

 しかし一度の魔術節に対して生じた〈火風槍〉は二本だった。

 一度の魔術発動に対して、二回分の魔術が発動する。


 ゼルマが決闘で見せたように、こうした現象自体は起こるもの。

 だがこれはゼルマが決闘で見せた遅延魔術によるものではない。


 ヴィオレが行ったのは魔術式の並列起動。

 一度の魔術節に対して、二つの魔術式を喚起し、同時に二つを発動させたのである。


 そもそも魔術とは自由なものだ。


 詠唱による魔術の発動は、定められた魔術しか発動できない。

 込める魔力量によって威力や範囲は増減するが、根本の魔術の発動数は変化しない。

 つまり神代においては詠唱と魔術は一対一の対応だった。


 対し、現代魔術とは魔術節を以て魔術式を喚起し、魔術を発動させるもの。

 魔術節によって魔術師はより手軽かつ自由に魔術を発動させられるようになった。

 そして魔術節の機能、その本質とは魔術式を呼び起こすという機能。

 そこに古代魔術のように詠唱による一対一の対応は無い。

 一つでも、二つでも、極端に言えば百を超えたとしても魔術節は魔術式を喚起できる。


 しかし当然、一つが二つに増えるだけでも必要とされる処理能力は各段に増加する。

 右手と左手で同時に文章を書きながら計算式を解く様なものだ。


「ではこちらからも―――〈石槍〉(スティン・ラノス)


 お返しとばかりに発動される魔術。

 土よりも固く、また鋭利な石の槍。

 原始的な武器を彷彿とさせる形状の槍がヴィオレを穿たんと射出された。


〈三重氷壁〉トリア・アーセア・ウォルト!」


 それを防ぐべく生じたのは三重発動された〈氷壁〉。

 通常の〈氷壁〉よりも分厚く、強固な氷の壁がクリスタルの〈石槍〉を迎え撃つ。

 ドォン!、と。硬い物同士がぶつかり合う重い衝突音が響く。

 見ればヴィオレの〈三重氷壁〉にクリスタルの〈石槍〉が突き刺さり、攻撃が防がれていた。

 しかし完璧ではない。石の槍、その先端が壁を少し突き破っていた。


 さらさらと込められた魔力が消え、二つの魔術が消える。

 双方共に魔力によって生み出された物質。込められた魔力が失せればその創造物もまた消える。


 射線が通り、目線もまた通る。それはある種の合図。

 そして両者は現代魔術師の本領………即ち魔術の撃ち合いへと移る。


〈二重火風槍〉デュア・フォア・ウィドア・ラノス〈二重氷槍〉デュア・アーセア・ラノス!」

〈石壁〉(スティン・ウォルト)〈石槍〉(スティン・ラノス)


 魔術が交差する。

 互いに当たれば重症は免れない威力。

 しかし互いにそれらを防ぐ。


 初撃こそ目測を見誤ったヴィオレだったが、続く攻撃に油断は微塵も存在しない。

 だがそれはクリスタルもまた同様。感情が表に出た、出過ぎているとも言えるヴィオレに対し、クリスタルの表情には未だ余裕が見える。

 しかし両者の攻防は拮抗している。

 美しい可憐な少女たちが互いに必死の攻撃を応酬する。


 熱風の槍が放たれれば、岩の壁が迎え撃つ。

 岩石の槍が放たれれば、氷の壁が迎え撃つ。

 複数の攻撃に、より強固な壁で迎え撃ち。

 強壮な一撃に、より分厚い壁で迎え撃つ。


 ヴィオレとクリスタル。両者の魔術師としての技術は高い。

 単純な魔術の腕で言えば、ゼルマやレックスより数段上だ。

 土魔術の派生、石魔術。水魔術の派生、氷魔術。

 互いにより高度な技術を要する魔術だが、しかし両者にとっては見せ札でしかない。


 見せ札。つまり、白熱した魔術の応酬であっても、彼女等にとっては未だ様子見の段階。


「魔力の消耗を気にしていて大丈夫ですか?」

「………そうね。やっぱりアンタ相手に長期戦を想定するのは間違いみたい」


 そして、様子見が終われば戦いは次の段階へと突入するのは必然だ。


段階(ギア)を上げるわよ」

「はい喜んで」


 その宣言通り、ヴィオレの身体に一回り濃密な魔力が集中する。

 それを見た観客の一部にどよめきが起こる。

 それに気が付いたのは一定以上の実力を有する魔術師だ。

 智霊大祭期間中は外部から多数の人間が訪れるとはいえ、しかしここは最高学府。観客の多くもまた魔術師である。


 彼等は気が付いたのだ。自身の既知の中から、すぐにそれが何かを推測したのだ。


 最高学府では魔術に関する制限、或いは禁則事項は殆どない。

 制度に関する規則・制限はあれど、魔術そのものに関する禁則は少ない。

 だが少ない、という事は無いということではない。

 例えば一部の禁忌魔術は最高学府から公式に研究や使用を禁じられたものだ。


 しかし、それでは治安は悪化する。

 魔術師とは元来自分勝手な気質を持つものだが、最高学府は超巨大とはいえ組織であり、一つの土地の中で多くの魔術師が住まう共同体でもある。


 だからこそ暗黙の了解がそこには存在している。

 大量殺戮の魔術、疫病を撒き散らす魔術、精神を支配し操る魔術………つまるところ、魔術師にとっての倫理。

 それに反した魔術師は最高学府そのものからではなく、そこに存在する魔術師によって排斥される。


 ヴィオレが使う魔術も、そうした類のものであった。


「―――〈炎雷剣〉フォアベラ・ザンディ・シャーフラ!」


 生み出される、炎雷の剣。

 モノを焼き焦がす、鋭利なる炎と雷の剣だ。


 そも剣とは、人が人を害する為に作られた文明の産物。

 遥かな昔、狩猟の為に作られた槍とはその敵意も機能も異なる。

 槍が穿ち、貫くことを目的とするのであれば、

 剣の目的とは切り裂き、断ち切ること。


 魔術としての〈剣〉(シャーフラ)の魔術もまた敵を殺す為の魔術節。


「素晴らしいです、ヴィオレさん」


 最高学府において魔術師による魔術師の殺害は固く禁じられている。

 それは最高学府において魔術は至上のものであり、またそれを研究し生み出す魔術師もまた財産であると認識されているからだ。

 これは公的な魔術師の戦い、即ち決闘であれば尚更。


 つまり〈剣〉の魔術を使うという意味―――それは相手を殺す気であるという証明だ。


 燃え滾る剣がクリスタル・シファーに切迫する。

 速度は先程までの魔術と大差ない。

 しかし高速で迫る剣、回避は困難だ。


 だが、そう、それでも。


「―――」


 少女の顔に、焦りは微塵も存在しない。


 剣が彼女を切り裂くまでの数秒。

 剣が彼女を燃やし尽くすまでの数秒。

 剣が彼女を遺体に変えるまでの数秒。


 彼女の顔には笑顔があった。


 既に魔力は滾っている。

 彼女の周囲には魔力が可視化される程に充満している。

 まるで、世界が彼女を守る様に、魔力が集まっている。


 クリスタル・シファーが口を開く。

 魔術節。現代魔術における最大の発明を以て、彼女をもまた魔術を紡ぐ。


 『大賢者の再来』。それは最高学府において、既に彼女を指す言葉となっている。

 だが最初からそう呼ばれているはいなかった。


 彼女が最初に呼ばれた名前。


 それこそ。


「―――〈水晶華〉(クリスタ・フィオレス)



 水晶姫。


 クリスタル・シファーに与えられたもう一つの呼び名。


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