万能を志し、体現する者
■◇■
次々と積み上がっていく戦利品を魔術で浮かしながら、ノアは骨董市を散策………否、蹂躙していく。財力に身を任せ、欲しい物を欲しいだけ購入するその姿を見れば、否が応でも『普通』の魔術師とは一線を画した存在であることを理解させられる。
既に以前自らの部屋が買った物で溢れかえり、ゼルマに掃除を手伝わせたことなど頭に無いのだろう。出なければゼルマの側でこのような買い方など出来る筈が無い。
ゼルマの記憶では現在の戦利品だけでも相当場所を食う筈だが、彼女は気にも留めず次々とまとめ買いを繰り返していた。
「う~ん、迷うねぇ」
「流石お目が高い!!これは東にかつて存在した国の発掘品でして………!」
「いやいやいや、こちらはどうでしょうかお嬢さん!ウチの品は安心・安全ですよ!」
「ええい、どけどけ!そんなモノ達よりも当店の選りすぐりの古文書を!」
「う~~~ん、よし!全部貰おう!!」
「「「ありがとうございます!!!!!」」」
先程からこの調子でゼルマが近寄る隙もありはしない。
人だかりから始まり、噂が噂を読んで今では自らプレゼンにやって来る骨董市の商人まで現れている。性質が悪いのはそうして紹介された商品をノアが全て購入してしまうことだ。
その為最初は本だけだった購入品も、古代の祭儀道具や曰く付きの呪具、既に機能を失った魔道具、遠方で作られた雑貨とどんどんと増えて行った。
ノアは自分では運ばない、そもそも骨董品を見るのに夢中で購入品まで気が回っていないので仕方なく同行しているゼルマが魔術で纏めて運んでいる次第だった。
「はぁ………」
ゼルマが溜息を吐く。
半分が呆れ、もう半分が諦めといった感情だろうか。
ノアは実家であるウルフストンの財力のままに魔術研究と趣味に没頭する浪費家だが、それが悪いかと言われれば決してそうではない。
寧ろ自らの趣味が実益を兼ねている彼女は魔術師としては天性の才を持っていると言える。
そもそもウルフストン家の財産ではあるが、そうした家系の力も含めて魔術師の力。ノア自身非常に優秀な魔術師であり、中身が伴っていないという訳でもない。
ゼルマとて欲しい魔導書があれば大枚を叩いてでも購入する。
ゼルマとノアとでは財力に差がありすぎる為ノアの様には購入できないが、大なり小なり魔術師とは『欲しいモノを手に入れたい』という性分が強い存在なのだ。
でなければ真理を求めて果てなき魔術の探究に途方もない時間をかけられる筈も無い。
故にゼルマはノアに対して最初に注意をしたものの、その後の振る舞いに関しては何も関与していない。彼女の部屋が物で溢れかえることと、彼女がそれでも欲しい物を欲しいままに買ってしまうことは彼女自身の裁量の範囲内であると分かっているからだ。
勿論結局はゼルマはノアの部屋の整理を手伝うことになるのだろうが。
そして、ゼルマ自身そうした未来を予期しつつもノアのこうした振る舞いに対して決して嫌な印象を抱いている訳ではないのだ。
寧ろ逆。好感を抱いている。
それはノアが六門主の魔術師という大きな責任を負う立場でありながら自らの好きな生き方を選択して生きているからだろう。
「ふんふふ~ん♪」
目の前の気ままな姿からは想像出来ないだろうが、魔術師の家系に産まれるということは同時にとても大きな歴史を背負うということでもある。
一般家庭出身の魔術師とは異なり、魔術師の家系から産まれた魔術師は生まれながらにして家系のそれまでを背負うことになるのだ。
血統魔術を進化させ、家系の力を強める。財力や権力を高めることも責務の内だ。
そうした行いを一〇〇年、二〇〇年と続けてきたからこそ名家は名家足り得る。
その最たる例が六門主だ。
六門主に産まれた魔術師には生まれながらに大きな責任を背負っている。
それは運命とも呼べるもの。
歴史を背負い、そして次代に継承するという運命。
そんなノアをゼルマはどこかで自身と重ね合わせていたのだろう。
【末裔】の大賢者としてどう生きるのかを決定させられたゼルマ。
六門主、ウルフストンの後継として生きることを定められたノア。
ノアはゼルマが大賢者であることを知らない。
だが彼等は産まれながらにして運命を定められているという点で似ていた。
予め他者によって決められた運命。
そんな中でノアは自らの好きなままに生きている。
魔術の研究を苦にも思わず、ウルフストンとして生きることを楽しんですらいる。
ゼルマと同じ様に、運命など関係なくただ純粋に魔術を好んでいる。
運命の中にありながら、自らを失っていない。
それこそがゼルマがノアと共にいる大きな理由なのだろう。
「………先輩!」
「うぉっと!急に叫んでどうしたんだい?」
買い物に夢中になっているノアを呼び止める。
周囲の喧騒に呑まれぬよう、それなりの声で呼んだからかノアは驚いた様子で振り返った。
「その辺で止めておきましょう」
「えぇっ、そんなぁ!?まだまだ見てない所があるのにかい!?」
「全部見て回りたい気持ちは分かりますが、きりがありません。それに幾ら予算に余裕があったとしても、置く場所がないですよね?」
「うっ………!」
この骨董市に来てから結構な時間が経過しているが、まだ全体の十分の一も見て回っていない。
ノアが適当に全てを買っているのではなく、しっかりとその店に並んでいる商品の全てを確認した上で購入している為だ。
一つ一つの店に時間をかけているので、軽く見て回る何十倍も時間がかかっている。
にもかかわらずゼルマの両脇には山程の戦利品があるのだから凄まじい。
だからこそゼルマは再び口を挟んだ訳だが。
「で、でも全部面白いし良いものなんだよ?」
「先輩の目利きを疑ってはいません。ただきりが無いというだけのことです」
「た、確かにそうだけれど………」
このペースで見て回ったとしても、今日中に全てを見て回ることは出来ない。
そもそもこの骨董市自体今日含め残り六日間ある智霊大祭の内の一日でしかなく、こうしたイベントは残り期間中にも開催されるのだ。
「先輩は明日以降のマーケットも回る予定ですよね?」
「勿論だとも!毎年楽しみにしているからねぇ。特に最終日は私にとっての智霊大祭本番さ!」
「なら今日はこの辺りにしておきましょう。少なくとも店ごと買うのは控えるべきです。ここからは絞って見て行った方が良い」
「う、うぅ~~~む」
そして一分程悩んだ末。
「はぁ………分かったよ。君の言う通りだね。最終日に備えてこの辺りで抑えておくことにしよう。他の祭りを楽しんでいる人間にも少し悪い気がするしねぇ」
「ありがとうございます先輩」
「ただし!全部見て回るのは諦めないからね!」
「勿論お供しますよ」
「な、なら良いんだ。うん」
◇
こうして暴力的な大人買いを止めて二人はゆったりと骨董市を見て回ることにした。
先程より回るペースを上げても全ての店を見て回るにはそれなりの時間がかかる。
しかしそれでも随分とマシだ。
「そういえば先輩」
「ん?何かな?」
隣に居るノアにゼルマが話しかける。
「お聞きしたいことがあるのですが」
「おー、いいとも。私に答えられることなら何でも尋ねたまえよ」
「ではナルミ・アズバードについて教えてください」
ナルミ・アズバード。
六門主アズバード家の魔術師であり、特待生。
現在二年目の魔術師であり、つまりゼルマの同学年だ。
そして今回の新星大会に出場している魔術師の一人でもある。
「うっ………そういう方面の話かぁ。さては君、今日の本題はこっちかい?」
「違います。あくまでついでです」
「そう言ってさぁ、君は抜け目ない所があるからさぁ」
「本当です。質問だけしたいなら買い物に付き添ってません」
「はいはい。と言ってもねぇ………彼は私と同じで滅多に外に顔を見せないからねぇ」
今現在は外出しているノアだが、その本質は引き籠りに近しい。
彼女の趣味であり研究分野である骨董品の蒐集以外の目的では滅多に彼女は外出しない。
智霊大祭終了後は買い集めた骨董品の研究の為、数週間は外に出なくなるだろう。
だがそんなノア以上に姿を見かけることが無いのがナルミ・アズバードという魔術師だ。
六門主アズバードは現代魔術部門の門主。
その特性から現在の最高学府における部門の中では最多の所属学徒を誇っている。
その権威は古代魔術部門の門主家であるレオニストと並び、最高学府の二頭と評される程大きい。
にもかかわらず、ナルミ・アズバードが表舞台に顔を覗かせる機会は余りにも少ない。
ゼルマもこれまでに一度もその顔を見た事が無い。
特待生という授業に参加せずとも良い立場がそれを助長している。
「今の門主、ガルミさんなら出会ったことはあるけどねぇ。ナルミには会ったことが無いなぁ。あぁでもこの前の門主会議には参加してたらしいよ?代理人じゃ無かったからってウチの代理人が驚いてた。でも本当にそれくらいしか知らないね」
「そうですか………ではナルミ・アズバードの魔術についてはどうですか?」
「あ~それなら少しは話せるかもしれないねぇ」
そう言ってゼルマとノアは適当な長椅子まで行き、そこに腰を落ちつけた。
「確か、彼が魔導士の学位を取ったのは………」
「『植物操作魔術の発芽促進とその利用』、『人体成長に関する生体干渉魔術』です」
「そうそう。確かそんな名前だったかな」
魔導士の学位は普通一つでも取れば十分実力を認められていると言える。
特にナルミはゼルマ等と同じくまだ二年目の魔術師。三年を終えた四年目以降の魔術師でも無い学徒が既に魔導士の学位を二つ所持しているというのは破格の才能だ。
だからこそ既に三つの学位を取得しているクリスタルが大賢者の再来ともてはやされているのだが。
「良く覚えているね」
「一応は。アズバードの魔術師がどんな論文を書いたのか興味もありましたし」
「………ふーん」
「勿論先輩の論文も拝読していますよ」
目の前のノアも三つの魔導士学位を所持している天才の一人。
ノアの才能からすると少ないようにも思えるが、面倒臭がりのノアは趣味で行っている研究を論文として完成させず、審査に出していない。
本来ならばもっと多くの魔導士学位を所持しているべきなのだ。
「まぁ良いや。えっとそうだねぇ、アズバードがどんな魔術師かは知ってるかい?」
「少しは」
「そう。なら折角だし少し話そうかな」
そう言ってノアは足元に転がっていた木の棒を手の取り、足元に文字を書き出す。
「現代魔術部門の門主、アズバード。現状の最高学府で最も多くの学徒を抱える門主家であり、古代魔術部門のレオニストと並んで最高学府でも最も権威のある門主家だねぇ」
地面にはアズバードの紋章である霊鳥とレオニストの紋章である獅子が簡略的に描かれる。
余談だが、ノアの絵柄はかなり可愛いらしい。
「知っての通り、現代における魔術師にとって最も親しみ深いのは現代魔術だ。だからこそ多くの魔術師は現代魔術部門を選ぶ。所属する魔術師の種族性別家柄も千差万別。でも共通して色んな意味で新しい魔術師が多いかな?」
魔術節によって魔術式を構築し、魔術を創る現代魔術。
神に与えられた詠唱を以て魔術を創る古代魔術。
より効率を求める現代の魔術師にとって、親しみ深いのはやはり現代魔術の方だ。
「一方レオニスト率いる古代魔術部門は名家だとか貴族が多いからね。現代魔術部門と古代魔術部門は扱う魔術だけじゃなく所属する魔術師も相反している訳だ」
だが古代魔術には古代魔術にしかない特徴も存在する。
例えばオルソラ家が砂と爪の神レイザディから与えられた魔術を用いる様に、魔術師の名家や貴族では血統魔術として古代魔術を用いる者も多い。
こうした魔術は神からその一族にのみ与えられた魔術である為に、その使用を独占できる。
仮に他の魔術師が〈流砂の暗器〉の詠唱を行っても〈流砂の暗器〉は発動しないのである。
つまり血統魔術の存在こそが名家や貴族をそうたらしめていると言っても良い。
そしてまた、血統魔術の存在が拭いきれない差別意識の理由の一つにもなっている。
「じゃあそんなアズバードの魔術師としての特性は何かというと、万能性にある」
ノアが言う。
「数多くの魔術を使いこなし、そのどれもに才覚を示す。器用貧乏じゃなくて、万能。それがアズバードの魔術師だね」
魔術師には向き不向きが存在する。
生得属性仮説において魔術師には生まれ持った属性が存在しており、それに相反する属性は使い難いないしは全く使うことができないとされている。
だが属性以外の面でも、例えば攻撃魔術が苦手な魔術師も居れば、回復魔術を不得手とする魔術師も居る。これは魔術の性質の面での向き不向きだ。
この向き不向きはゼルマにも存在する。
だが、アズバードの魔術師にはそれがない。
あらゆる属性、あらゆる魔術を全て同じように使うことができるのだ。
「全属性魔術師、ですか」
「生得属性仮説における最高位の魔術師だね」
「生得属性仮説はあくまでも仮説ですが、言い表すならそうなるんでしょうね」
「それが全員っていうのがアズバードの凄さなのさ」
「………」
あらゆる属性、魔術を使える万能性。
その真の恐ろしさは攻撃性ではない。
寧ろその逆だ。
万能性の真の強みは、弱点が存在しない事にある。
「どうかな、役に立ったかい?」
「ええ、ありがとうございます」
正直、今ノアから聞かされたのは事前にゼルマが調べた通りの情報だった。
だが同じ六門主家であるノアから直接教えられる事によって、改めてその強さを評価出来た。
「ところでなんでナルミ?」
「………先輩は新星大会のトーナメントを見ましたか?」
「いや?あんまり興味ないからねぇ」
気を使うこともなくそう言い放つノアに小さな溜息を吐きながら、ゼルマは懐からフェイムの参加している闘技場のトーナメント表の写しを手渡す。
それをノアは受け取り、目を通すとすぐに理解したようだ。
「このまま勝ち進んで行けば、明日フェイムはナルミと当たります」
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〇血統魔術
魔術師の家系に伝承される、その家系固有の魔術。
現代魔術としての血統魔術と古代魔術としての血統魔術が存在する。現代魔術としての血統魔術では家系の名を魔術節とし、古代魔術としての血統魔術では神から与えられた固有の詠唱を用いる。
どちらにおいても魔術の使用可否は血統に依存し、他の魔術師では使えない。




