古きを訪ねて新しきを学ぶ。
すいません、かなり遅れました………
■◇■
魔術には金がかかる。
身もふたもない、夢も希望もない話だが、純然たる事実だ。
魔術の触媒や魔道具の素材、魔導書、自身の扱う杖の手入れにも。
兎も角やたらと金が必要となる。
普通に生きて行くにも、文明社会の中である以上それなりの金銭は必要だ。
魔術師の生き方には幾つか典型とも呼べるものがある。この場合の生き方とは『魔術師』という生き方ではなく生きる為の糧………つまりは金銭を得る為の手段の話だ。
最も多いのは製作した魔道具等を売買する仕事。
これには魔道具店だけでなく、魔道具の作成を専門とする魔道技師も含まれる。
取り扱う商品は魔術の付与された物という特徴はあるが、内容としては普通の商店や職人の仕事と変わりはない。最も一般的な稼ぎ方だと言えよう。
次に多いのは冒険者として組合から出される依頼をこなし、報酬を得る者………つまり冒険者だ。
戦闘を得意とする魔術師ばかりではないことや、報酬の高い依頼には命の危険が存在すること等から商売を営む者たちよりは少ない。
しかしながらある程度実力ある魔術師にとっては良い稼ぎになり、そしてどの場所でも魔術師には一定の需要が存在していることから人気はある。
だがこれらが一般的なのはあくまでも最高学府外の話である。
最高学府において魔術師とは魔術師として生きることを決めた物、魔術の深奥を暴かんと真理を探究する者を指す言葉。
魔術師と始めるとはそういうことだ。
これは一般的な魔術師の価値観ではない。
最高学府の外に住む多くの人間にとっては魔術師とは魔術を扱う者達の言葉であり、魔道技師や薬師、占い師、そして冒険者等であって研究者としての魔術師を想像する者は少ない。
『魔術師』を『魔術を用いる者』と捉えるのが外の価値観であり、『魔術師』を『在り方』と捉えるのが最高学府の価値観ということだ。
しかしそんな最高学府であっても魔術の研究だけで稼ぎを得られる者はほんの一握りでしかない。
自身の著した魔術論文による収入や最高学府からの支援金だけで生活を送ることができる者たちだけだ。最高学府で教師や講師として教鞭を執る者や一部の特待生がこれに当てはまる。
また稼ぎを得ていないにしても、家系の支援によって学徒本人は魔術の研究のみに集中できる場合もある。魔術師の家系ではよくあることで、ある程度歴史の長い家系では当然のことだ。
しかしそれ以外の学徒は学業や魔術の研究、技術の研鑽に勤しみつつも何かしらの手段で収入を得る活動が必要となる。
そうした学徒は自身の作成した魔道具を魔道具店に卸したり、或いは自らの手で販売したりする。一部の大きな店舗では最高学府の学科と提携している場所もある。
また最高学府では一定の成績を残している学徒には支援制度が存在しているのでそれらを利用する者も多い。その支援金だけで生活は難しいとしても、余力は生まれる。
では最高学府で魔術師として最も少数な生き方とは何か。
それこそは六門主の家系たち。
最高学府の中枢を統べる六つの魔術師の一族だ。
「うーん、あれも良いなぁ………」
「………………」
そしてノア・ウルフストン、彼女もそんな選ばれし一族の一人である。
「それにこれとこれと………これも折角だし買っておこうかな」
「………………」
ウルフストンは魔術歴史部門の門主だが、その実それだけが仕事ではない。
ウルフストンの収入源は門主としての最高学府からの収入に加え、骨董品や古美術品、古文書などの売買、書籍の出版等が存在している。
こうした大規模な収入源を持つ家業を営む六門主はウルフストンだけではない。その他の門主家も同様にその界隈においても名門よ呼べるだけの歴史を有した家業を営んでいる。
例えばレオニストは各地の貴族や名家と繋がりが太く、そうした面での収入もある。
またヴィーボアはヴィーボアという名前の魔道具工房を開いており創り出される魔道具はどれも高額で取引されている。
故に六門主の人間は金銭に悩むということが無い。
他の魔術師のように、そうした者からは完全に切り離される程の財があるからだ。
「うんうん、掘り出し物が多くて嬉しいねぇ」
つまり何が言いたいのかと言うと………
「うん、買った!!」
ノア・ウルフストンはかなりの浪費家であった。
■◇■
時刻は少し遡り、ゼルマが施設での調べ事を終えた後。
「やぁやぁやぁ待たせたねぇ!」
「今来た所ですよ、先輩」
「そうかい、それは何よりだ」
昨日の約束を果たす為、ゼルマはノアと出会っていた。
本来ならば今も闘技場に居るフェイムの側についているべきなのだろうが、こちらも重要な用事である。内心では少しばかり申し訳なさを抱きつつ、ゼルマはノアと会う事を優先した。
最もフェイムも試合の無い時間帯であれば闘技場周辺を歩く事は出来る。流石に中央通り程の出店は無いが、智霊大祭の開催期間中は最高学府内どこでも一定の賑わいはある。
別に祭を楽しむだけならば自身が居なくとも十分だとゼルマは考え、この場に居ないフェイムに言い聞かせるように理屈をつけた。
「って、こんな会話前もした気がするなぁ………気のせいかい?」
「多分しましたね」
「今日は私の奢りだからねぇ、後輩の君はじゃんじゃん気にせず買ってくれたまえ」
ふふんと自身満々に胸を張るノア。
少し前に自身の魔導士認定祝いを購入して貰ったばかりのゼルマとしては、言葉通りに甘えるのは少々気まずさを感じるものがあるのだが。
「分かりました。でも欲しいものがあれば自分で買います」
「な、折角先輩である私が買ってあげようというのにかい!?この前は快く受け入れてくれたじゃないか!」
「あれは俺への『お祝い』だったからです。普段は俺が欲しい物は俺が買います」
「強情だなぁ、奢りなんだから素直に受け取れば良いのにねぇ」
ゼルマにもプライドというものは存在している。
いや、ゼルマは大賢者だからこそ、ゼルマは自分自身を大切にしている。
「それに前も言いましたが俺の部屋にはそんなに物は置けませんので」
「むむ………そういえばそうだった。つい忘れがちになってしまうな」
「なのでノア先輩の気持ちは今回も有難く受け取っておきますよ」
そういうとノアは何とか納得したのか表情を明るくさせた。
「まぁ気が変わったらいつでも言ってくれたまえよ。よし、じゃあ行こうか。骨董市が開かれているらしいんだ!」
「はいはい、お供しますよ」
「さぁさぁ早く行こうじゃないか!掘り出し物はすぐになくなるからねぇ!」
◇
最高学府中央通り沿い、智霊大祭特別骨董市。
普段は中央通りから少し脇に逸れた場所にある広場には骨董品がずらりと並べられた骨董市が開かれていた。
骨董品と言うと主流なのは美術品や家具、雑貨だろう。理由は人それぞれとはいえ多くの者はその物が持つ『歴史』に価値を見出し、時には庶民が一生を賭けても払えない金額で売買される。
しかし骨董品は魔術師においてはまた違った価値を持っている。
『歴史』に価値を見出すという点は同じだが、その用途が異なっているのだ。
これまた用途については様々だが、その違いから魔術的に価値の高い骨董品たちはともすれば一般的に価値のあるとされる骨董品よりも数段高い価値を有することすらある。
そういった理由もあって、魔術師は大抵古いものを好む傾向にある。
新しい物が駄目だというのではなく、古い物が持つその古さを目当てにして。
特にそうした性質が顕著なのは魔術歴史部門の魔術師たちだろう。
彼等が学ぶものは魔術の歴史、古きを温め新しきを知るというやり方を実践する者たち。
そんな部門に所属し、また自身もウルフストン家の一員であるノアもまた生粋の骨董品好きである。
「壮観壮観。やっぱりこうして古いものたちが一堂に会しているのは素晴らしい光景だねぇ」
「最高学府でも中々見ないですからね」
「場所も取るし、どうしても仕入れの過程が面倒だったりするからねぇ」
「先輩が気に入る物が見つかると良いですね」
「大賢者の新刊なんか見つかったら面白いんだけどねぇ」
とは言っても、ここに集っている品々の多くは大した価値も無い。言ってしまえば魔術的にはゴミ同然の物が殆どだ。
大きな価値を持つ骨董品がこうした野晒しの店に並ぶ事はほぼほぼ有り得ない。
「さてさて掘り出し物はあるかなあっと」
だがそれでも、俗に秘宝と呼ばれるような物が紛れ込む可能性は零ではない。
先程ノアが言った『大賢者の新刊』も過去にはこうした骨董市で発見された例もある。
他にも物語の英雄の実在性を証明する武具や、神代の古文書等………魔術歴史の中には長らくその価値が見出されず市の隅に埋もれていた事例は存在しているのだ。
誰にでも分かる価値を持つ物ではなく、一部の人間にだけ分かる価値を持つ物。
真の価値を理解し見出せる人間にとってはこうした骨董市はまさに宝探しの場だ。
ノアが颯爽と市場の中へと向かい、ゼルマもそれを追いかける。
普段は運動を嫌うノアだが、こんな状況だけは速い。
それなりの人込みを小柄な体躯ですり抜けるように進むノア。
気を緩めるとすぐに見失ってしまいそうだった。
そうしてゼルマがノアの向かった入口付近の店に辿り着くと、ノアはじっと並ぶ骨董品をしゃがんで眺めていた。その眼差しはまるで玩具を眺める子供のようだ。
「………ふむふむ」
「どうですか?」
「ふんふん」
この店に並んでいるのは主に古文書の類。
魔導書のような魔術に関する知識が記されている本のではなく、古い時代に生きていた人々が書き記したもののようだ。中に表紙が無く、見つかっている頁をまとめただけのものすらある。
「面白いよ」
ノアが現在開いているのは過去の人々の日記のようなものだった。
現在と少し似ているが、少し異なるような文字で自らの生活について書き残されている。
「ほらここ、魔術がもっと珍しかった時代のことが書いてある。こういう日記は別に希少な訳じゃないけど、読み物としては凄く良いものだ」
ノアが指さす箇所を見ると、確かに稚拙な絵と共にそのような記述があった。
「魔術的な価値は無いかもしれないけどねぇ。召喚術に触媒になる訳でも、英雄の魔力残滓を感じるものでもないし………でもやっぱり面白い」
魔術的な価値の外にある面白さ。
魔術の専門分野は単に得意不得意で選ぶ場合もあるが、自身の好きな分野を修める場合もある。
特に魔術歴史部門に所属する魔術師は後者が多い。
ノアの場合は強制的に入ったようなものだろうが、こうした姿を見る限りノアには魔術歴史部門が合っているのだろう。
「よし、決めた!」
「買うんですか?」
「うん!なぁ君」
そう言うとノアは今まで読んでいた本を店主へと差し出し………
「ここにある奴、全部くれ!」
にこやかな笑顔でそう言った。
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