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大賢者の末裔  作者: 理想久
第二章 魔術師の道程
31/87

運命が存在するならば、全ての偶然は必然なのだろうか

お久しぶりです。八月は一週間に一度を目標に頑張っていきます。

ベツバラ!!についても更新頑張ります。


 ■◇■


 智霊大祭二日目。


「……さて」


 二日目となる今日、ゼルマの姿は闘技場には無かった。


 フェイムが昨日敗北した訳では無い。彼女は昨日の試合順当に勝ち進んだ。

 ゼルマとの約束通り、対戦相手の魔術師を瞬殺して彼女は試合を終わらせている。


 今頃フェイムは闘技場の控室で次の試合を待機している頃だろう。

 では何故サポーターであるゼルマが闘技場に居ないのか。

 本来ならゼルマは闘技場に居るべきだ。だが彼は闘技場を訪れてすらいない。


 今朝方彼の研究室で簡単なミーティングをフェイムと済ませ、彼は現在とある場所に来ていた。


「……流石に凄い盛り上がりだな」


 ゼルマは通りの人々を見ながら、歩く。


 智霊大祭は二日目。智霊大祭が七日間に渡って開催されることから、まだまだ序盤だ。

 だが最高学府内の盛り上がりは十分最高潮と言えるだろう。

 新星大会は正直なところ、実力の高い魔術師にとってはまだまだ見どころが少ない段階だ。フェイムがそうであるように、出場者の実力に開きがある以上ある程度数を減らすまでは余興のように感じる魔術師も少なくないだろう。


 だが何も智霊大祭のイベントは新星大会だけではない。

 新星大会ですら言ってしまえば智霊大祭という大きな祭の一イベントに過ぎないのだ。

 様々な出店が立ち並び、祭りに合わせて最高学府内の商店も大安売りを始める。戦いに興味が薄い物であっても十二分に智霊大祭を楽しむことは可能だ。


 寧ろ本来ならばゼルマもこちら側のはずだった。

 フェイムに巻き込まれることが無ければ、ゼルマは今頃最高学府中の書店を巡りに巡っていただろう。そして普段よりも安価で購入できる本達を買い漁っていたはずだ。


 ゼルマは自身の中にある大賢者の知識に頼りたくないと考えている。

 大賢者の知識は、例えるならば用意された御馳走のようなものだ。

 膨大な魔術の知識、それらを操る為の方法、世界の真理に近づくもの。

 世界に生きる魔術師にとって、何よりも貴重な財宝。


 だがそれを手にすることは、ゼルマにとって一つの終わりを意味する。


(あいつなら今日の試合も問題ないだろう。手間が省けて良かった)


 本日のフェイムの試合は最高学府でもある程度名の知れた魔術師だった。特待生や一部の特異な魔術師に比べれば見劣りはするが、一定程度の結果を残し、期待の新人と呼べる者達。

 彼等はこの先最高学府で学んで行けば、十分高名な魔術師となるだろう。魔導士の学位を取得し、ともすれば教師の中に入ることになる可能性もある。

 つまり彼は順当で真っ当な魔術師なのである。


(彼等には悪いが、真っ当な魔術師程あいつ(フェイム)には勝てない)


 ゼルマがフェイムに教えたのは、そういう戦術だ。

 相手のこれまでの経験を役立たせない為の戦い方、そして彼女の天性に頼り切った力圧し。故にこそ真っ当な魔術師程に彼女の対策を立てられない。


 ゼルマが警戒すべきなのはこれまで表舞台に上がることの無かった魔術師、そしてそういった戦い方すらも関係ない実力を有している魔術師だ。

 ゼルマにとっては寧ろ普通に強い程度の魔術師は逆にありがたい存在だろう。


(つまり俺が今すべきなのは……)


 ゼルマは目的の門をくぐる。


 そこは智霊大祭の開催期間中にもかかわらず、普段と変わらずに静かなままであった。


「すいません調べて頂きたいことがあるのですが」

「はい。では魔導士の学位証明書を提示してください」

「どうぞ」


 ゼルマは受付の女性型の自動人形に促されるままに予め用意しておいた学位証明書を提出する。

 学位証明書、即ちゼルマが魔導士という身分であることを証明するものだ。

 勿論原本ではなく複製だが、こうした複製は申請すれば簡単に発行して貰える。


「……はい、ありがとうございます。学位の確認が出来ました。学位『魔導士』、ゼルマ・ノイルラー様ですね。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「理論検索をお願いします」


 ゼルマが訪れた場所、それは魔導士以上の学位を保有する魔術師のみが利用を許可される特別な図書館施設であった。

 最高学府においては得た学位や資格に応じて様々な権限が解放されていく。この図書館施設もまたそうした特権の一つである。


 だが普通の図書館ならば魔導士でなくとも最高学府に属する魔術師であれば利用できる。実際最高学府で現在最多の蔵書数を誇るのは入学式でも使われた大図書館だ。

 そして最高学府の図書館の基本機能として本の貸出や蔵書検索、魔術論文の検索があり、それらはゼルマが現在訪れている図書館施設でも共通しているものだ。


 では何が特別なのか。


 一つは機密性が高い事。

 魔導士のみに利用が限られるために、普通の図書館に比べ利用者は格段に少ない。またこうした施設は最高学府に複数存在するためにただでさえ少数の利用者が更に分散するのだ。

 結果智霊大祭の開催期間中であっても現在施設内に居る利用者はゼルマ一人という状況が発生する。

 情報を制限したいゼルマにとってこの状況は非常に好都合だといえよう。


 次に、特別な検索業務。

 特殊かつ専門的な蔵書及び論文の検索機能。正に現在ゼルマがこの場にきた目的だ。

 最高学府の蔵書及び論文は基本的には全学徒に解放されている。


 だが中には一般開放されていないものも存在している。

 そうしたものは俗に禁書と呼ばれ、最低でも魔導士の学位を有する者でなければ存在を知ることすらかなわない。そして魔導士であったとしても、内容を知る為には最高学府から許可を得る必要がある。


 最高学府で全ての書にアクセスする権限を持つ者は六門主と学園長だけだ。


「著者名はカレン・ラブロック。全理論検索をお願いします」

「畏まりました。少々お時間を要しますが大丈夫でしょうか?」

「構いません」


 ゼルマの了承を聞いた自動人形が丁寧にお辞儀をすると、静かに受付の奥に引っ込んで行った。


「……」


 しばしの待機時間。防音が施された施設の内部は外の喧騒に比べて静かだった。

 施設内に設置されているソファに腰かけ、検索が終わるのを待つ。

 流石に内部に立ち入ったことは無いのでどのような形式で理論検索が実行されているのかまでは知らないが、何せ膨大な量の魔術理論が最高学府には蓄えられている。

 一つの理論を見つけ出すにもそれなりの時間を要するのは想像に難くない。


「…………」


 静かな時間が流れる。

 ゼルマは付近の書架に並んでいる本を一冊手に取り、読みながら待つ事にした。

 今回の主目的は読書ではないが、そもそもここは最高学府の図書館施設。

 目に見える範囲だけでも膨大な図書が書架に並べられている。


 内容は古代史、中でも神代の英雄に関する物語を紐解くもので気楽に読む分には適したものだ。


 全ての理論から検索を実行する全理論検索にはそれなりの時間を要するだろう。

 幸い次の予定迄には時間があるのでゼルマは有効に使うことにした。

 

 ◇


「ゼルマ・ノイルラー様。お待たせ致しました。検索が終了しましたので受付までお越しくださいませ」


 そして、待つ事三十分ほど。

 遂にゼルマの名前が呼ばれる。


 ゼルマが受付に向かうと先程と同じ自動人形が待っていた。


「大変お待たせ致しました」

「大丈夫です」


 自動人形は予め定められた魔術式に従って動かされる魔道具。

 つまりそこに感情は存在しないのだが、ゼルマは律儀にも返事をする。


「それでは検索の結果ですが……申し訳ございません。著者名が『カレン・ラブロック』の魔術理論は見つかりませんでした」

「……一つも、ですか?」

「はい。少なくとも魔導士の学位権限内では魔術理論は存在しません。再度条件を変更して検索を行いますか?」

「……では現在一年目の魔術師が提出した魔術論文を検索してください」

「畏まりました」


 自動人形は先程と同じ様に返事すると、再び奥の部屋に入って行った。


(……そう上手くは運ばない、か)


 カレン・ラブロック。

 一年目の特待生にして、素養入学での入学者。


 今日この場所を訪れたのは彼女についてより詳細な情報を得る為であった。

 ゼルマも以前彼女については簡単な情報は調べてはいるが、今回はより詳しく探る為の行動である。

 だが結果は何も無し。念の為条件を変更して再度検索をしてはいるが、著者名での全理論検索で見つからなければ殆ど見つかる可能性はないだろう。


(ラブロック……ラブロックか。六門主に連なる家系にも、貴族にも聞いたことが無い家名だ。素養入学だから当然と言えば当然だが……そんな偶然があるのか?)


 言わずもがな、特待生にはそう易々と選ばれない。

 例えばゼルマの友人であるエリンは非常に優秀な魔術師だが、それでも特待生には選ばれず優秀な学徒止まりでしかない。

 特待生に選ばれるには、何か明白な理由が存在するのだ。


 もし魔術論文も無く、目だった功績も無く特待生に選ばれているのだとすれば、


(それは、クリスタル・シファーと同程度の……)


 無い。とは言い切れない。

 彼女の才能は間違いなく大賢者のものだが、それだけだ。

 魔力量、魔術回路の質と量、そして魔術を操る天性の素養。大賢者のそれらを与えられたクリスタル・シファーは間違いなく天才だが、それだけなのだ。


 ゼルマは自分が【末裔】の大賢者(ゼルマ)だからこそ知っている。

 大賢者の本質は魔術の才能だけではない。

 大賢者の本質は膨大に蓄えられてきた知識。

 叡智の蓄積こそが大賢者を大賢者足らしめている。

 才能だけがあったとしても、その魔術の知識が無ければ“大賢者”は“大賢者”ではない。


 故に、仮にカレン・ラブロックの才能がクリスタル・シファーのそれに比肩するものであったとしても、殆ど有り得ないだけで絶対に無い訳ではないのだ。


(だがそれは理論上の話だ。大賢者に肩を並べる程の才能を持つ魔術師が、極々一般的な非魔術師の家系から産まれるなんて……天文学的な確率でしかない)


 魔術師の家系とは、言わば魔術の土台、基礎条件と言っても良い。

 そもそも魔術師とて生物。両親からの特徴を受け継ぎ、掛け合わされて次代に繋ぐ、それが生物としては健全な営みだろう。

 魔術師が血統や家系に拘るのも、魔術を扱うのにそうした生まれながらの条件が重要であるからに他ならない。そうでなければ、そうした風習などはとっくに廃れている筈だ。


 魔術師の家系から優秀な魔術師が生まれるのと、非魔術師の家系から優秀な魔術師が生まれるのでは余りにも違い過ぎる。

 蜥蜴から竜種が誕生するようなものである。


 故に可能性はあっても、有り得ない。

 そう断言できる程の極小の可能性。


 だからこそ、ゼルマはもう一つの可能性について考えていた。

 いやそこに思い至るのは当然の結果なのかもしれない。


(……何か、学園長だけが知る事情があるのかもしれない)


 特待生の選考基準は不明だが、選ぶ人間は公然となっている。

 学園長キセノアルド・シラバス。特待生を選ぶのは彼自身だ。


 


(だがそうなると……)


 そこまで考えた所で、


「ゼルマ・ノイルラー様」

「―――」


 再び、彼の名前が呼ばれる。

 彼が時計を確認すると、既に十分程の時間が経過していた。

 いつの間にか思考に集中していたようだ。

 

「大丈夫ですか?」

「……はい、ご心配をおかけしました。……それで、検索結果は?」

「こちらが目録となります」


 そうして自動人形が数枚の紙を手渡す。

 そこには現在一年目の魔術師が書いた魔術論文の題名がずらりと並べられていた。


「条件に合致する魔術理論は四三件見つかりました」

「ありがとうございます」


 ゼルマは紙に目を通す。その中には見覚えのある名前が幾つか存在していた。『結晶魔術の錬金的法則論:水晶魔術』、著者名はクリスタル・シファーだ。

 論文の中身を読む為には閲覧料を支払う必要がある為、この検索だけでは中身は分からないが、この論文に関してはゼルマは既に中身を読んでいるので問題ない。


 内容は結晶魔術という魔術を錬金術の分野で応用し、より高度な魔術に昇華させるといったもの。クリスタルは結晶魔術の中でも土属性魔術に属する水晶魔術が得意のようで、この論文はかなり高い評価を受けている。


 その後も幾つか気になるもの、名前を知っているものは見つかるが、やはりカレン・ラブロックが著者になっている論文は存在しない。

 そもそも全理論検索の段階で見つからなかったので、ダメもとではあるのだが。


「他に何か用件がございますでしょうか」

「いえ、もう結構で―――いや、もう一つ良いですか?」

「はい」


 ここで得られるものはもう無いだろうと断ろうとしたその時、ふとゼルマは思いつく。

 それは余りにも単純だが、普通は意味の無い行為。

 だからこそ、ゼルマは最後に試してみる事にした。


「もう一度全理論検索をお願いします。検索条件は―――」


 ■◇■

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