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大賢者の末裔  作者: 理想久
第二章 魔術師の道程
30/87

一人が見る面は一つに過ぎない。


 ■◇■


「終わりましたよ。褒めてください」

「次の試合も気を抜くなよ」

「………褒めてくだされば頑張ります」

「出来ることならセーブして戦えるようにな」

「………褒めてくれませんか?」

「…………」


 めんどくさい。

 こんな感じだったか、とゼルマは思う。

 少なくとも出会ったばかりの頃はこれ程直球に何かを願うことは無かった筈だ。


 試合が終わり、ゼルマはフェイムに会いに来ていた。

 既にフェイムは控室に戻ってきており、ゼルマを待っていた。


 まるで飼い主に褒められる事を望む忠犬の様に、フェイムは表情を変える事無くゼルマを見つめる。表情が一切変わらないが故に、それが彼女の本心なのか或いは冗談なのか判別がつきにくい。


 しばし、無言の時間が続く。

 ゼルマは言いたくない。このまま褒めればそれは彼女の調子に乗せられたことになる。

 そもそもゼルマが師匠になった経緯からして結局フェイムの思い通りに進んでしまっているのだが、だからこそゼルマは抵抗していた。

 しかしながらフェイムはフェイムで『褒めてくれるまでここを何も言いません』と言わんばかりに微動だにしない。今もゼルマの目を見つめている。


 そして最終的に根負けしたのはゼルマの方だった。


「……よくやった」

「当然です」

「………」


 ゼルマの称賛に即答するフェイム。

 その余りにもな対応にゼルマは思わず眉間を抑えた。


 だがこんな会話はもう何度も繰り返している。新星大会の修行の為に、ゼルマとて既にかなりの時間をフェイムと過ごしているのだ。

 だが何度も繰り返していても、慣れていることにはならない。特にフェイムはこれまでゼルマが付き合ってきた者には居なかった種類の人間だ。


 エリンは真面目だし、フリッツも軽口は叩くものの他人を揶揄って笑うというタイプではない。クリスタル・シファーも真面目という意味ではエリンに近しい。

 勿論クリスタル・シファーの真実を知っているゼルマにとっては、当然と言えば当然の話なのだが。


 育った境遇によって多少性格や思考に違いはあるが、どちらも大賢者。本質は同じなのだ。 


「次の試合は午後だ。短い時間だがゆっくり休んでおけ」

「先輩はどちらに?」


 一言告げて控室を後にしようとするゼルマにフェイムが問う。


「敵情視察、と言いたいところだが野暮用ができた。そっちの用事を済ませる。トーナメントを見る限り今日の試合は十分乗り切れる筈だ。終わる頃には戻れると思うが、戻れない場合は別に待たなくていい。勝手に帰っててくれ」

「お戻りになるまで待ちますよ?」

「明日も試合はある。身体を休める方に使え」

「ですが………」

「精密な魔術の操作には万全の体調が不可欠だ。分かったら素直に休め」

「………分かりました」


 不本意という表情だが、フェイムは何とか納得したようだ。


 最近ゼルマもフェイムがどういった人間なのかある程度把握してきた。

 フェイムは心配されるのに弱い。

 というよりも、ゼルマに気遣われるのに弱い。


 それは彼女の大賢者への尊敬の感情に依るものだろう。称賛をしきりに求めるのも、大賢者に対する尊敬が原因の一つだ。


 だが、ゼルマは大賢者であって大賢者ではない。

 それを、彼女に告げることは出来ない。


 ■◇■


 控室を出たゼルマが向かったのは智霊大祭の喧騒から少し離れた静かな広場の一角だった。

 備え付けられたベンチには既に先客がいる。

 だがその先客こそ、ゼルマの野暮用だった。


「お待たせしました先輩」

「む、全然待ってないから気にしなくてもいいよ」


 ベンチに座り、待っていたのはノア・ウルフストン。

 ゼルマにとって一番身近な先輩であり、同時に六門主家の一つウルフストンの魔術師だ。


「そうですか?」

「そうそう。それより、君が頼み事なんて珍しいからね。少しわくわくしていたのさ。可愛い後輩の初めてのおねだりだからねぇ」

「………そうでしょうか」

「少なくとも知り合ってからは数える程だと思うけどね」


 ノアに促され、ゼルマもベンチに腰掛ける。

 正直隣同士に座ると話しにくい部分があるのだが、ノアに促されてしまえば断ることも出来ない。

 そうして二人は並んだまま会話を続ける。


「それで、結果はどうでしたか」

「うん。やっぱり今回の新星大会の裏には古代魔術部門(レオニスト)の連中が関わっているようだね」


 そうしてノアが差し出したのは一枚の紙だった。

 それは智霊大祭の運営に関わる一枚の発注書。単なる備品の発注書に過ぎないが、名義は確かにレオニストの名前が書かれている。

 こうした行事の発注者は大抵、行事の運営の名前が書かれるものだ。でなければ最終的な収支計算等が複雑化し揉め事も起こりやすい。


 大量の備品の発注者がレオニストになっているのは地味ながら確実にレオニストが智霊大祭の運営に関わっている証拠でもあった。


「まぁそれ自体は分かっていたけれどね。智霊大祭はレオニストとアズバードの持ち回りだし。ただ今大会から形式が大きく変わったのはレオニストの独断専行みたい。これはウルフストン(ウチ)の代理も確認してるから間違いないね」

「理由は分かりましたか?」

「その場で話に出たのはレオニストの擁立者或いは勧誘候補がいるとからしいけど、確定じゃないね。結局特待生に向けての課題でうやむやになったっぽいし。そもそもそんな話を会議で自分から言い出す筈が無いだろうしさ」

「ふむ………」

「その場にはヴィーボアを除いた門主家の代理が居たけど、明らかにレオニストの行動は咎められて然るべきだったみたいだね。あ、あと代理人の態度も結構むかついたとかなんとか」

「それは要りません」

「ま、純粋なレオニストの魔術師って傲慢で高飛車だからねぇ」


 ノアもあの会議の様子を直接見た訳では無い。ノアの話している情報はほぼほぼ会議に出席していたウルフストンの代理人によるものだ。

 そのためノアの得ている情報は若干だが代理人の主観が混じっていたのだった。


「先輩自身の考えとしてはどうですか」

「うーん、正直これだけの手間をかけてまですることかなとは思うねぇ。だって結局優勝者を絞る目的って他派閥の妨害だろう?それならもっと効果的な方法があるし」

「………武力行使ですか」

「他にもあるよ。特にレオニストは金持ちだからね。予算は潤沢、傭兵だって暗殺者だって雇い放題さ。或いは………」

「言い過ぎですよ」

「おっと、ごめんね」


 魔術師の世界でも富、つまるところ金銭の類は重要だ。

 それは独自の貨幣を用いる最高学府でも変わらない。寧ろ最高学府の内外に共通する資産を持つレオニストの影響力は六門主随一だ。

 派閥の魔術師のみならず、レオニスト個人が有する私兵や、外部に依頼する資金力も潤沢。取れる手段は山ほどあるだろう。


「だから、もし会議で出た話が事実なら、よっぽどの逸材が居たんだろうね。新星大会の形式を変えてまでアピールしたい一人が」

「………………」

「心当たりは?」

「あります。ですが、俺の知る限りそんな取引に応じるような人間じゃない」

「じゃあレオニストがそれこそ勝手にしているのかもね。唾だけつけておいてさ」

「………可能性は、ありますね」


 レオニストは人材に困っていない。

 レオニストが門主を務める古代魔術部門はその特性上、一定の教養を受けた魔術師や家系的に優れた魔術師が多い。アズバードが門主を務める現代魔術部門とは真逆だ。


 故に、レオニストが求める人材といえば………ゼルマが思い当たるのは一人しかいない。

 クリスタル・シファー。大賢者の再来と呼ばれる魔術師。


 彼女が新星大会に出場した理由はゼルマの知る限り、特待生の義務を果たすためだった筈だ。


(………レオニストにとって彼女が参加するのは賭けだったのか?いや、それなら出場を決める前に大会の形式を変更するなんてマネはしない筈だ)


 大会の運営、準備は一朝一夕でできるものではない。特に智霊大祭は最高学府の中でも最も大きく重要な祭典の一つだ。

 その準備には相応の時間もかかる。クリスタル・シファーが参加するかどうか未確定の状態で新星大会の形式を大幅に変更することは余りにもリスクが大きい。


(もしかして最初から優勝賞品はアイツを狙い撃ちにしたものだったのか?優勝賞品を与える代わりに、派閥に入ることを要求するつもりだった………)


 そう考えればいくらか納得がいく部分も多い。

 ゼルマから見てもクリスタル・シファーは確かに優れた魔術師だ。どうしても派閥に引き入れたい程の魔術師であると、客観的に見ても十分納得ができる。

 その為にクリスタル・シファーが欲しがるであろう賞品を用意し、彼女の為の新星大会を用意した。

 この場合クリスタル・シファーが実際に参加するかどうかは賭けになるが、元より彼女の為に優勝賞品を用意しているのだ。普通に勧誘するよりも可能性は高いだろう。


(だが結局クリスタル・シファーに声をかける前に学園長自ら特待生に強制参加の課題を課した。優勝と引き換えの加入交渉は意味をなさなくなってしまった………)


 まだ分からない部分は多いが、ゼルマが得た情報で推測できる中では最も妥当なものだろう。


「私としてはね、これ以上深堀しないことをおすすめするよ?レオニストはやる時は必ずやる。そういう奴等だ。ウルフストンやヴィーボアと違って、あっちは勢力争いの中に生きてるからね」

「無理ですね。俺の選手はあの皇女殿下だ」

「まったく!君は本当に見ていないところで厄介事を抱えてくるねぇ」

「自分でもそう思いますよ」


 ノアの言葉にゼルマは苦笑する。

 かくいうノアとの出会いの切っ掛けも、厄介事の一つだったことは伝えなかった。


「それで、じゃあ君はこれからどうするんだい?も、もし予定が空いているのなら私と智霊大祭を回ったりなんかしちゃったりして………」

「すみません先輩。この後は予定があるので、これで失礼させて頂きます」

「えっあぅ………そ、そうだよねぇ。君ってば忙しいもんねぇ………」

「………明日なら少しは時間が取れると思います」

「!しょ、しょうが無いなぁ!君がそんなに私と一緒に回りたいなら時間を空けておいてあげよう!」

「はい。よろしくお願いします」

「ふふん!」


 そして明日の約束をし、二人は別れたのだった。


 ■◇■

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