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大賢者の末裔  作者: 理想久
第一章 魔術師の始まり
3/68

優秀とは出来る事では無い。出来ないを知る事である。

 

 ■◇■


「なぁーゼルマ」

「何だ?」

「あれで良かったのか?結構陰湿そうだったぜあの先輩。絶対後から因縁付けられるぜ?」


 諍いの場を離れ、廊下を歩むゼルマにフリッツが言う。


「その時はその時だ。どちらにせよ止めてただろうし、それに……」

「それに?」

「止めなきゃ怪我してたのは相手の方だ。多分な」


 それはそうか、とフリッツも納得する。

 彼等はあの上級生達がどれ程の実力者なのかは知らないし、知る由もない。

 だが、分かる。


 少なくとも彼等はあの少女に勝てはしない。

 ともすれば三人がかりであろうとも少女が勝つだろうという事を。


「アイツらがどうなろうと正直知った事では無いが、魔術師なら魔術師らしくやった方が面倒臭くないだろ」


 ただ、それでも止めた。それだけの事である。


「ま、お前が良いならオレは良いけど。でもそこまでの存在な訳だ、あの子」

「クリスタル・シファー。シファー家は彼女を排出するまで、大した名声も、権力も無い家系だったと聞く」

「それが一人の天才が産まれた事で一転した訳だ」

「家系全体の評価が変わったとは言い切れないが、概ねそうだろうな。それ程までにクリスタルは天才だった」


 エリンは歩きながら、あたかも講義をする様に話す。

 エリンは世俗に疎い傾向にあるエルフの中では比較的情報に通じている方だ。

 三人の中で、こうして解説役になる事も多い。


「一部教師の間では『大賢者の再来』とまで呼ばれているらしい。まだ大賢者の生死は不明であるにも関わらず、だ。それだけ彼女へ寄せられる期待は大きい」

「最後の()()はいつ見つかったんだっけ?」

「十九年前だったかな。その時の内容は魔術発動の連続性に革命を起こしたものだ。今では殆ど一般化されているというのも大賢者の偉大なる点だろう」

「ほへ〜やっぱ長く生きてると違うな、俺その時二歳とかだぜ?覚えてる訳ねーわ」

「それは私が年増だと言いたいのか……?」

「ちげーよ!普通に事実だわ!」


 フリッツは大声で否定するが、エリンの疑惑の眼差しは晴れない。エルフの中では若々しい感性を持つ彼女は、ゼルマやフリッツと年齢を比較される事を嫌っていた。


 ただし、エリンもそれ以上追求はしない。

 どうせフリッツの事だから、と納得した形だ。

 事実フリッツはそんな事を意図していない。彼は少々デリカシーに欠けているだけなのだ。


「まぁ何にせよ彼女はそれだけの天才だということだ。正直、私等足元にも及ばないだろう」

「謙遜すんなよ……お前だって優等生だろ」

「お前からすれば同じかもしれないがな、違うよ」

「おい!今のは馬鹿にしてるだろ!?」


 等と話をしている中、ゼルマがポツリと呟く。


「天才、か」

「……あぁ……済まない。ゼルマ、お前と比較した訳じゃないんだ。気分を悪くしたか?」

「いや事実だ。クリスタル・シファーが天才だという事も、俺が落ちこぼれだっていう事も」


 自嘲気味にゼルマはエリンに言う。

 その姿は特段悲しんでも、苦しんでいる訳でもない。もう完全に慣れてしまった、そんな雰囲気だ。


 実際ゼルマ自身もあの上級生達が言う事は正しい評価であると思っている。故に否定しない。

 自分は落ちこぼれであると、そして彼女は天才であると。そんな事は初めから知っている事であり、分かりきっている事だ。

 故に今更上級生に言われた所で傷つく事も無い。


「あいつら大袈裟だよなー、ゼルマに比べたら俺の方がよっぽど落ちこぼれだぜ?単位落としてるし」

「お前は一般の産まれだから感じ難いだろうが、やはり家系への注目や偏見は大きいものだ。そういう私も完全には理解していないのだが……」


 家系という概念は魔術師特有のものだが、中でも家系を構成するのは人種が殆どだ。

 エルフやドワーフといった人種以外の魔術師も家系を形成するが、その殆どは特権階級。

 魔術師とはいえ普通の人間が家系を形成し特別な力を得ているというのは、知識として知っていても理解はし難い概念なのだろう。


「そういうもんかねぇ?」

「まぁゼルマの場合は少し特殊とも言えるが……私達には関係の無い話だ」

「だな、まっ気にすんな!」

「……二人共、ありがとう」


 ゼルマは少し笑い、礼を言った。


 ◇


 二限目。魔術式学。


「良いですか皆さんッッ魔術とは芸術ッッ!かの大賢者が残せし魔術書からその美しさを紐解いていくのがこの魔術式の講義ですッ!新たなる魔術の創造には魔術式の知識が不可欠ッッ!皆さん、これから共に魔術式の理路整然とした美しさを学びましょうッ!」


 教室を移動した二限目。やたらとテンションの高い男性の魔術師が教団で自身の杖を振り回しながら話していた。

 それだけならば単純にヤバい人間扱いだが、ここは最高学府。教壇に立つ教師という存在は皆一流の魔術師である。


 当然、彼もその一人。

 魔術を構成する魔術式の研究を専門とする魔術師なのだ。


「ああそうそうッ!完全に私信なんだけれどねッ。つい最近私の門弟から魔導士を取得した者が出たのですッ!ええ、喜ばしい事ですね!」


 自慢気に話す男性教師。若干…いやかなり大袈裟な物言いだが、本心なのだろう。

 周囲の冷めた視線を気にもせず、身振り手振り、更には回転を駆使して多種多様な感情表現をしている。


「知っての通り魔導士とは、ある分野において『魔術を導く士』たる者であると最高学府に公式に認められた魔術師の事ッ!魔導士の学位を取得すればその分野においては講師として講座を設ける事も可能ですッ!ええ、実に素晴らしい!」


 最高学府は教育機関だが、しかし実質そこに終わりは無い。

 故に多くの魔術師が、一つの目標として設定するものが魔導士の学位だった。


「皆さんも魔術式に興味があるのであれば、是非我がトキワ教室を覗いてみて下さいねッ!!」


 ◇


 三限目。神代歴史学。


「はいはーい、学徒しょくーん。この講義ではー神代の歴史について学んでいくよー。魔術の歴史の中でも神代についてはすっごく重要だからー皆眠たくなっても頑張って来てねー。一緒に研究講義も登録してくれてる子はそっちもよろしくねー」


 二限目とは打って変わって緩い雰囲気で授業を始める女性。

 先程の魔術師然とした格好に反し、彼女の装いはどちらかと言えばカジュアルなもの。普通に歩いていれば魔術師とは一見して分からない装いだ。


「なんかねー自己紹介からしろって上がうるさいからさー、自己紹介するねー。ヴァイオレット・ハールトですー。専門は神代歴史ー、特に『神代における魔物と人の関係』について研究しているよー」


 うふふー、と笑う彼女の纏う雰囲気は穏やかで、学徒達の空気感も解れていく。

 しかし一部の学徒は、一層眼差しを真剣なものとしていた。


「じゃあ始めるねー」


 二分された空気の中、彼女の講義が始まった。


 ◇


 四限目。現代魔術発展。


「儂がこれから諸君等に教授するのは現代における魔術の構造、研究内容、問題点である。現代における魔術とは神代における魔術とは原理からして大きく異なる事は知っての通りだろうが、この講義においてはより理論としての知識を学ぶ事となる。実技、筆記共に試験を行うので各自復習を怠らぬよう心掛けよ」


 教室は再び移動し、書庫。

 入学式兼始業式で用いられた大図書館と比較すれば小規模だが、それでも並みの蔵書数ではない。下手な図書館よりも充実した蔵書達に囲まれ、学徒と教師が講義を始めていた。


「尚この講義は昨年開講されている現代魔術基礎を履修した上で受講している事を前提としている。用語の解説は適宜していくつもりだが、詳細な解説は省くつもりである。理解が及ばぬ者は昨年の講義の復習を同時に行い、講義の進行を邪魔せぬように」


 厳格な声が書庫に響く。

 黒いローブ、長い杖、そして片眼鏡。物語の中に登場する様な、いかにもな魔術師の姿。

 こうしたいかにもな装いの魔術師は少なくなっているが、彼は少数派だった。


「だが、知らぬ事を恥じる必要は無い。かの大賢者も『優秀とは出来る事では無い。出来ないを知る事である』と言い残している。大賢者ですらも、始まりは無知であったという事だ。産まれたての雛に等しい諸君等が無知であるというのは、同時に喜ばしい事でもある」


 壮年の男性魔術師は口角を微妙に上げ、微笑む。


「但し、無知は許されても忘却は許しがたい事だ。知らない事を当然とするのは止める様に……では現代魔術の講義を始めよう」


 ■◇■


「……な、長かった……」


 昼休み。四限迄の講義を終えゼルマ達三人は大食堂を訪れていた。


 フリッツは最早動けないと主張せんばかりに食堂の長机に項垂れている。

 それを見てゼルマは微笑み、エリンは呆れていた。


「しっかりしろ。四限までは殆ど必修だからな、ここからが本番の様なものだぞ?」

「もう……無理……勉強って苦手なんだよ……」

「はぁ……お前という奴は……。そういえばゼルマは午後は何の講義を履修しているんだ?」

「そうだよ!昨日聞いた時は教えてくれなかったじゃんか!」

「別に面白くもなんとも無いぞ?普通だ、普通」


 はぁ、と軽い溜息を吐きゼルマは淡々と語り出した。


「必修科目は飛ばすぞ?……序列学、魔王研究、勇者研究、実戦魔術戦闘、実戦体術……あぁ、魔術書研究も登録してるな。な、別に普通だろ?」

「幾つか私と被っているな、魔王研究を登録していたのは意外だが」

「いやいやいやお前幾つ登録してんだよ。そりゃあんだけ登録してたら幾つかは被るだろ……。でも実践魔術戦闘と実践体術は俺も取ってるぜ。良いよな、運動!」

「まぁ、魔術師も少しは身体を動かせないとな……」


 最高学府では毎年多種多様膨大な講義が開講されている。どの学年にだろうが、どの時期に入学していようが関係なくそれらは好きに登録し履修できる仕組みだ。

 しかし当然身の丈に合わない講義を履修しても何も理解出来ず、付いて行けない。その為、最高学府入学から最初の三年間は必修科目として必ず登録しなければならない講義が設定されているのだ。

 その後は自身の好きに履修していく事が可能であり、魔導士の学位を取得すれば自身で講義を開講する事も出来る。極端に言えば教師も条件はあれど、こうした魔導士の一人なのだ。


「しっかし、こうして講義を受けてるとさやっぱりシファーの異常さが分かるってもんだぜ」

「魔導士の学位の話か?」

「そうそう。俺と同年(タメ)とは思えんね、マジで」

「私がどうかしましたか?」

「へ!?」「おっ?」「…………」


 フリッツが振り返る。そこに立っていたのは見間違いようの無い、水晶の如き瞳の少女。


「あれ、どうかしましたか?」


 クリスタル・シファー、本人だった。


 ■◇■



〇必修科目から一部抜粋

 現代魔術基礎/発展:神代以降の魔術について学ぶ。

 古代魔術基礎/発展:神代における魔術について学ぶ。総論は必修ではない。

 魔術式:魔術を構成する式について学ぶ。

 神代歴史/国家歴史:それぞれ神代/国家の歴史について学ぶ。

〇魔導士

 ある特定の魔術分野において、『魔術を導く士』たる者であると最高学府に認められた証。

 魔導士の学位を取得すれば、その分野においては講師として講義を開講する権利を得る。

 他にも研究室を持つ権利や、その他最高学府からの支援を受ける事も可能。

 

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