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大賢者の末裔  作者: 理想久
第二章 魔術師の道程
29/87

星の如き瞬きを。

今回短いです。


 ◇


 時間はフェイムとの特訓初日に遡る。


「お前に覚えてもらうのは所謂『初見殺し』だ」

「『初見殺し』ですか?」

「そうだ」


 場所はゼルマが借りた魔術演習用の部屋。

 流石にゼルマも自身の研究室で魔術を使わせる事はしない。


 それなりの広さの空間にはゼルマとフェイムしか居ない。


 そしてゼルマの唐突な言葉に、フェイムは首を傾げる。


「新星大会では誰と当たるか分からない。だが相手はお前を対策してくるだろう」

「私が特待生だからですね」

「勿論それもある。だがお前の場合一番大きいのは、お前の血だ」

「………」


 血と言われ、フェイムは自身の胸に手をあてる。

 フェイムの血………つまり帝国皇族の血である。


「お前の試合は注目され、お前の戦法は対策される。これは必ずそうなる」


 ゼルマは断言した。


 新星大会は全ての試合が公開される。

 特別観戦券はあるが、一般観戦は無料であり闘技場に入場さえすれば誰でも試合を観戦可能だ。

 だが多くの場合全ての試合を見る者は少ない。大抵最終日の試合に絞るか、或いは有名どころの試合に絞るかする。

 有名どころ、新星大会の場合は注目株と言ってもいいだろう。


 特待生かつ皇女であるフェイムはまさに注目株筆頭である。


「だからこそ、お前に教えるのは基本的な戦術じゃない。一度切りの使い切り………つまりは『初見殺し』だ。これは普通の試合じゃない。勝った後も、その次がある大会だ。お前はこれからの試合をお前自身の基盤と俺が教える『初見殺し』で勝ち進む」

「あの、私自身の基盤というのは何のことでしょうか」


 基盤という耳慣れない単語に、再びフェイムが質問した。


「すまない説明不足だった。基盤とは基礎、お前が今現在持っている魔術の力と技術そのものだ。俺が教えるまでもなく持っているその地力をそのまま利用する」


 基盤。それは普段大賢者がよく用いる言葉だった。

 今ゼルマがうっかり使ってしまたのもその癖からだ。

 だがわざわざそんな事を教えはせず、ゼルマは続きを語る。


「いくら本番までまだ時間があると言っても、特訓に費やせる時間はそう多くない。一つの技術を完璧に極めることは難しい。だから俺は今回数で勝負するつもりでいる」

「数。つまり様々な『初見殺し』を浅く広く詰め込むということですね」

「その通りだ。だが勿論それだけで勝てる程………相手も甘くない。特に特待生はな。付け焼き刃の魔術は必ず隙を突かれる。だからこそ、お前の基盤を利用するんだ」


 ゼルマの脳裏に浮かんでいたのは当然、ある魔術師の姿。

 クリスタル・シファー。彼女はゼルマとは異なり大賢者の魔術師としての資質を十全に受け継いでいる。それは魔術の能力だけではない。魔術を観察するセンスもだ。


 であるのなら、ゼルマが思いつく程度のことは恐らくクリスタルにも理解できる。

 しかもゼルマ以上の理解力を以て、その魔術を解析するだろう。


「えっと………ですがそれだと対策されるのでは?そういったのは先輩ですよね」


 フェイムの疑問ももっともだった。

 そもそもゼルマが『初見殺し』を教えると言ったのは、フェイム使い切りの戦術で相手の対策を更に対策するため。言い換えれば、フェイムの基本的な技術は対策される前提のはずである。


 だがゼルマは言う。


「ああ。だから見せる力を選ぶんだ」

「………成程。そういうことですか」

「理解が早くて助かる」


 数秒の思考時間の後、フェイムは理解したようだ。


「お前が使って良いのは光魔術、それも単純なものだけだ。それ以外は徹底的に隠せ」


 そう、これがゼルマの考えた第一の戦術だった。


 光魔術………光属性は扱える者が少ない希少な属性であるとされている。

 実際光魔術に適性を持つ魔術師は基本四属性、つまり火水土風に適性を持つ魔術師よりも圧倒的に少ない。これも火水土風の属性が基本四属性と呼ばれる所以だ。


 つまり、光魔術を相手にした経験を持つ魔術師は殆どいないということなのだ。

 これを利用しない手はない。


 勿論光属性は適正を持つ者が少ないというだけで最高学府全体を見れば少数だが存在する。

 そもそも属性の適性が無くとも魔術は使えるのだ。実際に適性を持つ魔術師の数よりも、光魔術を使える魔術師の数は幾らか多いだろう。

 ゼルマ自身も光属性の適性は無いが、使おうと思えば使える。かなり魔力を消耗するし、消費量に対しての効率も悪いために他の魔術を使うことが殆どなだけだ。


 だがそれでも、フェイム程の実力で光魔術を扱える魔術師は最高学府全体を見ても少ない。

 ゼルマの知る限りでは大陸を見渡しても、かなりの適性を持っている。

 ならばそれは、相手にとって『初見』の魔術が多いということ。

 フェイムにとっては基本的で簡単な魔術でも、相手にとっては未知の領域であるということだ。


「見せる手札を絞り、それで勝て。お前が俺の教える『初見殺し』を使うのは本番………つまり」

「特待生との戦いだけ、ですね」


 光魔術だけでフェイムが勝ち進めるとはゼルマも考えていない。

 クリスタルやその他特待生は当然のように対応してくる。

 だがフェイムよりも格下の魔術師も新星大会には多く出場している。

 光魔術だけでも押し勝てるような相手。そんな相手に手札を晒す必要性はない。


「お前に教える技術は使い捨てだと考えろ。一度大会中に見せれば二度と使えない使い捨て。だがそれで良い。お前に教えるのは勝つ為の技術だからだ。それと、今日からここ以外で魔術を使うな。全ての情報を遮断する」


 エリンやフリッツ達ですら智霊大祭期間中はライバル。しかもゼルマにとっては絶対に優勝させたくない出場選手のサポートメンバーである。

 幸い一試合目はクリスタルの試合が二試合目にある為に観戦できないようだが、彼等も大会が進めばフェイムの試合を見に来るようになるだろう。

 その場合は仕方がないが、それ以外の場で情報を漏らす訳にはいかない。

 エリンやフリッツ以外にもフェイムの情報を欲しがる魔術師は多いのだ。


 だが演習室であれば情報が洩れるリスクをかなり減らすことが出来る。

 しかも今現在この空間にはゼルマが幾つかの結界も張っている。

 大抵の魔術は遮断可能だ。


「理解しました。では今日は何を?」

「ああ今日教えるのは――――」


 ◇


 歓声が沸き上がる。

 帝国の第五皇女、フェイム。その姿と魔術の実力を見ようと多くの観客が興奮している。


 フェイムの前に相手が立っている。

 様子を窺っているのか、魔力は滾らせているが魔術を使う気配は無い。


 だがそれはフェイムにとっては好都合でしかない。


「瞬殺で参りましょう」


 先に動いたのはフェイム。

 ゼルマに教わったことを忠実に実行する。


 全身に流れる魔力を活性化させ、全身に纏う。

 皮膚に薄く、膜の様に魔力が覆い、魔力が目に見える程に滾る。

 元々の魔力量の多さからか、フェイムのそれは一般の濃さを大きく超えていた。


 相手が動き出した。判断は十分に早い。

 魔力を纏ったフェイムを見て、危険を感じとったのだろう。受けの悪手として魔術を編む。

 相手も既に滾らせていた魔力を集め、魔術を唱えんとする。

 杖の先に集まっていく魔力が次第に形になる。

 それはお手本の様に基本に忠実な魔術の唱え方。


 あと一動作。短縮された現代魔術においては残り一動作、魔術節を唱えれば足りる。

 ただ一言、魔術節を口にすればいい。それだけで定型化された現代魔術は式を編み発現する。

 その一動作に一秒も要しない。


 本来ならば、普通ならば、魔術の撃ち合いと攻防が始まる。

 ゼルマとレックスの決闘の様に、魔術で攻撃と防御を行う。


 だが、そうはならない。


 魔力が、迸る。


「――――〈光環(フォトム・ゼロ)〉」


 先に唱えたのはフェイムだった。

 そして全方位に放たれる高出力光線。フェイムが持つ瞬殺の一手。

 逃げ場のない光の攻撃が、舞台を覆う。


 一瞬。閃光。暗転。

 眩い光と共に観客は思わず目を瞑る。

 それは生体としてごく自然の反射だった。

 強すぎる光を受容した肉体は、失明を防ぐ為に瞼で眼球を覆う。

 暗転は視界がそれによって覆われたから。


 だがそれこそが、その一動作が彼女の決着を完成させる。


 一瞬だった。

 光が収まり、観客たちが目を開ける。


『――――な』


 そこで見たのは二人の魔術師。だが開始時点とは明らかに異なる。


 一人は何事も無かったかのように開始点で立ち、

 一人は意識を失って舞台の上で仰向けに倒れている。


 閃光が収まり現れた光景は、目を疑う程に静かに決着していた。


『しょ、勝者は………!』


 動揺する実況。だが必死に自分の役割を思い出し、声を届けようとする。


 圧倒的だ。その言葉と感想を、恐らく多くの観客が抱いただろう。


『勝者、フェイム・アザシュ・ラ・グロリアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』 


 瞬殺。瞬く間に殺す。

 即ち、この光景であった。


 ◇

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