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大賢者の末裔  作者: 理想久
第二章 魔術師の道程
27/87

過程と目的を見誤るな。


 ■◇■


「………という訳だ」

「いや、という訳って。色々意味不明な部分が多すぎるんだが?」


 ゼルマは昨日に起きた事をエリンとフリッツに語り終える。

 場所はいつもの食堂では無く、最高学府の図書館の個室だった。


 食堂では無く図書館を選んだのは勿論静かな方が話しやすいという意味もあるが、それよりも他の新星大会参加者に話を聞かれる可能性を考慮してのものだった。


「つまり、あの決闘を見て興味を持った第五皇女がお前を補助要員に選んだ、という事だな?………中々信じ難い話だが」

「入学したてで身内以外に知り合いが居ないんだと。それで偶々俺に頼んだそうだ」

「うーむ………有り得ない話じゃ無い………のか?」

「ゼルマももう魔導士の一員だ。まぁ………有り得ない事では無い、かもしれない。やはり信じ難くはあるが………」


 二人はにわかには信じ難いといった表情を浮かべていた。

 それも当然だ。はっきり言ってゼルマとフェイムの間には大きな格の差が存在している。これは客観的に見ても、誰もがそう評価する。


「フェイム・アザシュ・ラ・グロリアといえば今年の特待生の中でも有望株として知られている。以前教師達が話しているのを小耳に挟んだ事があるが、相当優秀らしい。流石皇帝の血族か」

「あの栄光帝の娘かぁ………あんま実感ねーな。なんか物語の中って感じ過ぎて」


 フリッツが頬杖を突きながら話す。


「だってよお、栄光帝の逸話って人種なら絶対子供の時に聞くだろ?それこそ絵本にもなってるし。俺からすればもっと大昔の英雄と殆ど変わんねぇっていうか………やっぱなーんか実感ない感じだ」

「人種に限った事では無いだろうな。エルフにも彼の皇帝の偉業は知られている。私の森では無いが、彼の皇帝の偉業の中にはエルフにまつわるものもある。やはり人間種族なら娘といえど意識せざるを得ないだろう」

「それは………あるだろうな」


 栄光帝ルーヴ・アザシュ・レ・グロリア。

 彼の名が広く知れ渡っているのは序列に名を連ねているのは勿論、その成した偉業が余りにも有名だからという部分が大きい。

 フリッツの言う様に絵本や小説、演劇の題材にもなっているし、歴史書等を読めばおおよそ名前が出てくる。それだけの偉業なのだ。


 人種は弱い。性格には、人種は英雄になり難い。

 エルフには長命と優れた魔術適性がある。

 ドワーフには頑健な肉体と技術がある。

 獣人には権能たる獣化能力と野生の力がある。


 だが人種には無い。寿命は長くて七十年弱、魔術適性は疎ら、肉体は脆く、権能も有していない。それが人種という人間種族だ。

 人種で英雄と語られるのは常に勇者。

 そして勇者とは選ばれし者、種族としての強さではない。 


 ()()()()()、栄光帝は英雄なのだ。

 

「てか皇帝の娘って事はつまりお姫様だろ?すげーじゃん、やっぱ高貴な感じ?」

「面白がるな………大変なんだ色々と………」


 昨日の事を思い出し、頭が痛くなる。


「というか寧ろ俺はお前たちに驚いた。お前達も出場する事になってたとは」

「な。すげー偶然じゃね?俺らもどうせ出場するつもり無かったし、面白そうだったからな」

「私は別に断る理由が無かったから受けただけだ。まあ困っている友人を助けたいという思いも多少はあるし、全力は尽くすが」


 フリッツは単純な興味から。エリンも本心は友人を気遣ってのものだ。

 二人共打算も何も無い。あのクリスタル・シファーのサポートメンバーがまさか全くの友人関係だけで選ばれているとは他の出場選手も思うまい。


「そうか。………なら期間中は敵同士だな」

「だな!お互い頑張ろうぜ」


 フリッツが差し出した手をゼルマも握り返す。

 ぐっと力を入れた手が少々痛いが、ゼルマにはその痛さがどこか嬉しかった。


「といってもサポートメンバーが何をするのか具体的にはよく理解していないんだが。今日はクリスも何やら手続きがあるとかで出会えないと言うし。お前の方は?」

「俺の方は………午後から早速予定が入っている」

「うげ、大変だな。姫さんの機嫌悪くすんなよ?」

「………気を付けるよ」


 ■◇■


「で、お前は今何をしているんだ?」


 そして、ゼルマの研究室。

 そこには既にフェイムの姿があった。

 ゼルマの椅子に座り、かなりゆったりとした様子のフェイムの姿が。


「一緒に来た侍従からも解放されたので、久しぶりにリラックスして読書をしています。ここの魔導書はどれも興味深い内容のものばかりですね。いつまででもいられそうです」

「だからといってリラックスし過ぎだ。勝手に俺の椅子に座るな」

「ですが立ったまま読書は疲れますよ?」

「そっち長椅子があるだろう。わざわざ俺の椅子に座らなくても」

「こちらの方がふかふかでしたので」

「………………」


 はぁ、とため息を吐く。

 これが素なのか、それとも演じているのか。まさか二人も彼の皇帝の娘の正体がこのようなものだとは想像もしていないだろう。

 ゼルマは仕方なく長椅子の方に座り、フェイムの方に目をやる。

 相当集中して読んだのか、或いはかなり前からこの部屋で待っていたのか、彼女が読んでいる魔導書の残り頁は既に後少しという所だった。


「本当に興味深いですね。今読んでいる此方の本も、最高学府でも余り見かけない研究テーマです。やはり大賢者様は素晴らしい方です」


 フェイムが呼んでいるのは最近出版された魔導書だった。以前エリン等と共に書店で購入したもののうちの一冊である。


「やめろ、俺の事を大賢者と呼ぶな。昨日も言っただろう」

「そうでした。ではゼルマ先輩、お帰りなさいませ。講義お疲れ様でした」

「どちらかというとお前とのやり取りの方が疲れたんだが………」

「それと、こちらが各種書類です。出場選手登録は既に済ませておきましたので、先輩はこちらの書類を確認してください。その間は読書でもして待っていますので」

「………」


 ゼルマの言葉をものともせずフェイムは束になった資料を渡してきた。

 これ以上言っても無駄だとゼルマは資料を受け取り、捲る。

 資料の大半は大会の規則に関してのもの。基本は常識の範囲内と思われる規則が長々と書き連ねられているが、中には今回から新しく追加されたものもあった。


 ゼルマは静かに資料を読み進める。何か勘違いがあり失格にでもなれば元も子もない。

 ゼルマが資料を読んでいる間、フェイムもまた静かに本を読み進めた。


 そして一通り読み終えた所で、ゼルマがフェイムに問う。


「出場選手はまだ発表されてないんだな?」

「はいですがもうすぐ締め切りですので、すぐに判明すると思います。三学年までの特待生数は一年目が三名、二年目が四名、三年目が三名の計十名。これは確定ですね。良ければ簡単な情報をお伝えしましょうか?」

「二年と三年は知っている。一年について教えてくれ」

「分かりました」


 フェイムは椅子から立ち上がる事無く、手に持っていた本を傍の机の上に置いた。


「私については省略させて頂きます。必要なら紹介しますが?」

「いらん」

「ですよね。………ではまずはスプリング家の三男、ケント・スプリングですね。まだ会った事はありませんが、優秀な魔術師だそうですよ」

「スプリングか。名門だな」


 スプリング家は六門主では無いにしろかなり有力な魔術師の家系の一つだ。

 外界での影響力はそこそこだが、最高学府内では十分名門と言っていい。特にスプリングが代々所属する現代魔術部門(アズバード)の物質科では大きな影響力を持っている。


 三男ともなると流石に個人の影響力は落ちるだろうが、特待生に選ばれている実力者だ。

 もし大会で当たれば油断はできないだろう。


「らしいですね。そして、素養入学で入学してきた魔術師ですね。年齢は確か十五です」

「それは………知らなかったな。素養入学で特待生?」

「はい。最近評価されて新しく特待生になったそうですから知らなくても無理は無いかと」


 最高学府には主に二つの入学方法が存在する。

 一つ目が一般入学。

 魔術師が受験し、幾つかの項目を達成すれば入学できるという普通の入試方式だ。ゼルマやエリン、フリッツ、シファーもこちらである。


 そしてもう一つが素養入学である。

 魔術師の素養を持つ者が、全て魔術師になるとは限らない。環境によっては魔術師としての才能を眠らせたまま人生を終える事すらある。

 故に用意されているのが素養入学だ。非魔術師の中から希望する者に対して素養を測る試験を行い、合格者に対して最高学府に入学する権利を与える。


 一般入学と大きく異なるのは、入学時点で素養入学者は魔術師では無いという点だ。

 だからこそ素養入学者に求められる素養は一般入学の魔術師よりの高い水準が求められるようになっている。ある程度の敷居が無ければ無制限に合格者を増やしかねない為である。


「なんでも最高学府に来る前は魔術を一度も使った事の無い全くの素人だったらしいです。これが真実なら逆に信じ難いですね」


 特待生に選ばれるのはそう簡単な事では無い。

 魔術に関して素人であるにもかかわらず特待生に認められる程の才能が、その新入生には眠っていたという事だ。


「会った事は?」

「無いですね。私、大抵避けられてますから」

「………」


 何故か自信ありげに宣言するフェイム。胸を張っているが、何が自慢できるのか。


 そんな少女の姿を見ながら、ゼルマは頭を悩ませていた。


(こいつを勝たせるのは正直………至難の業だ。無理難題に近い)


 フェイムは才能に溢れている。これは確かな事実だ。

 高威力の光魔術に加え、まだ詳細は知らないが特殊な二種類の生得魔術を保有している。

 大賢者を除いたゼルマの基礎能力を比べれば雲泥の差がある才能。


 だが、彼女はまだ知らない。


 最高学府の一年は、余りにも大きすぎる差だ。

 ゼルマがレックスに勝利を収めたのは様々な条件が積み重なった結果。最初から相手が全力で戦闘に望む新星大会とは比較しようが無い。


「昨日聞けなかった事を聞く。正直に答えろ」

「はい。………あ、プライベートな質問ですか?」

「お前自身、お前の魔術についてだ」

「………無視ですか」

「良いから早く答えろ。これからの戦術に大きく関わる事だ」


 いい加減フェイムのやり方にも慣れて来たゼルマはそのまま続けた。


 そしてフェイムもやれやれといった表情でゼルマの問いに答える。


「属性魔術は凡そ全て扱えます。中でも光属性が得意ですね」


 そして昨日と同じ様に左手に小さな光の球を生み出してみせた。

 光球は二個、三個と増えていきくるくるとフェイムの周りを浮かぶ。

 やがてふっと消えた。


「生得魔術はこの目です。〈複写の眼〉と〈予測の眼〉と呼んでいます。能力は昨日お伝えした通りで、魔術の複写と未来予測が出来ます」

「条件があると言っていたな」

「〈複写の眼〉の発動条件は魔術を見る事、発動に足る魔力を有している事の二点です」


 ゼルマが用いた〈静寂(ガズバード)〉を複写したのはこの魔術だ。

 〈静寂〉は魔力消費の激しい魔術だが、フェイム程の魔力量があれば十分発動できるだろう。


「幾つまで魔術を覚えていられる?」

「さあ?分かりません」

「分からない………?」


 はい、とフェイムは答える。


「恐らくですが、()自体に容量の様なものがあると考えています。〈静寂〉はかなりの容量を使いましたので、多分過去に複写した魔術の幾つかが消えていると思います」

「自分では分からないのか?」

「感覚としては、薄っすらと理解出来ます。ですが具体的には分かりません」


 生得魔術とは生まれながらに備わった魔術のことだ。

 だがその性質は魔術とはかなり異なっている。

 本来魔術は様々な知識や理論の上で組み立てられるものだが、生得魔術にはそれが無い。

 元々身体に備わったものであるが故に、組み上げるという過程が無い。


 例えば手を動かすという動作の詳細を説明する事が難しい様に、生得魔術を有する者にとっては産まれながらに備わった一機能なのだ。


「成程………で、〈予測の眼〉の方は?」

「………すみません。〈予測の眼〉の条件は私にも分かりません。こちらも〈複写の眼〉と同じ様に直接予測の対象を見る事が入っているとは思いますが………」

「それなら常に未来が見えている筈だ、という事だな」

「はい。仰る通りです」


 ゼルマは生得魔術を有していない。そもそも生得魔術を有して産まれる者は極々少数だ。

 だからこそ、フェイムがそう説明するのであれば、それを疑っても仕方がない。


(未来予測が意識的に使えればかなり優位には立てると考えたんだが………難しいか)


 一年の特待生もかなりの実力者らしいが、実践で考えれば二年と三年の特待生の方が危険だ。

 特にクリスタル・シファーと並び、アズバードの後継者であるナルミ・アズバード。彼は特に注意しなければならない魔術師と言えるだろう。


 特待生の特権をフルに使い殆ど学園には行かず、最高学府敷地内の自宅で籠りっきりだが、その実力は折り紙つきである。 


「………」

「あの………」

「ん?どうした」


 ゼルマが考えていると、フェイムが声をかける。


「やはり、難しいでしょうか?」

「………まぁ、簡単ではないな」


 正直な所、フェイムが優勝する理由は無い。理由があるのはゼルマの方だ。フェイムはあくまで課題の為の出場であり、優勝は折角だからという理由だった。

 一回勝つだけなら出来る。だが目的は優勝だ。

 初見殺しの方法を教えたとしても、次の戦いでは間違いなく対策される。そう何度も同じ手が通用する相手ではない。


「だが、出来る」

「―――!」


 ゼルマはそう言い切った。


「これからお前に教えるのは、知識を得る最高学府の魔術じゃない。誰かに勝つ為の、勝ち取る為の魔術、俺の魔術だ」

「勝つ為の、魔術………」

「そうだ。だが過程が違うだけで、俺が教える事は決して無駄にはならない。無駄にさせない」


 そう。最高学府のやり方に加え、ゼルマが教えるのは実践的な魔術。

 【末裔の大賢者】たるゼルマ・ノイルラーの魔術である。


「かなり厳しくいくが、それでも大丈夫だな?」

「―――勿論。望むところです、先輩」

「よし」


 ゼルマはフェイムの眼を見て、言う。


「講義を始める」


 ■◇■

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