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大賢者の末裔  作者: 理想久
第二章 魔術師の道程
26/87

先達に尋ねよ、そして利用せよ。

 ■◇■


 ゼルマの研究室。

 それなりの広さの研究室には既に大量の本や資料が運び込まれている。


「狭いですね」

「これでも広い方だ」

「大賢者様ならもっと良い部屋を割り当てて貰えるのでは?これでは侍従の部屋にもなりませんよ」

「それはお前の常識がおかしいだけだ。それと大賢者と呼ぶな」


 フェイムが実家もとい住んでいた場所は帝国の皇宮だ。

 ゼルマは実際に見た事は無いが、少なくともこの部屋は狭く感じるに違いない。


「そうだ、今私が住んでいる家の一室をお貸ししましょうか?まだ幾つか余っていますので、よろしければ一部屋でも二部屋でも大丈夫ですよ」

「………魅力的だが遠慮しておく」

「そうですか。それは残念です」


 今よりも広い部屋は欲しい。研究室は広ければ広い程、部屋に置けるものも多くなる。

 今後の研究等の事も考えれば今の倍は面積が欲しい所だ。


 しかしここで受け取ってしまえばまず間違いなく恩を売られる。

 出来るだけ関係を持ちたくないゼルマからすればそれは避けたい事だった。


 ゼルマはじっとフェイムを観察する。

 少女は研究室に置かれているものに興味があるのかきょろきょろと部屋の中を見回していた。


(………面倒な事になったな)


 ゼルマは大賢者だが、大賢者そのものではない。

 だからこそややこしいのだ。

 【末裔】の大賢者であるゼルマの目的は【天賦】の大賢者であるクリスタル・シファーの観察監視だ。極端に言えば、ゼルマが最高学府に居るのはその為なのだ。


 【天賦】の大賢者のコンセプトは『大賢者の才能だけを持った魔術師はどのような魔術を生み出すのか』。つまりクリスタル・シファーは自身が大賢者である事に気が付いてはいけない。

 故に、彼女の周囲にもその正体が露呈してはならない。


 だがゼルマは?

 ゼルマは自分がどういう存在なのか自覚し自認している。自分が【末裔】の大賢者として生み出された存在である事を認識している。


 ならゼルマは自分が大賢者であると他者に知られてはならないのか?

 答えはイエスでありノーだ。ゼルマは自分の目的さえ達せられれば良いのだから。

 つまり、正体が露呈したとしても観察監視が出来れば良いのだ。


 これまでにゼルマが【図書館】に接続した回数は一度だけ。つまりレックスとの戦闘の時だけだ。

 その際にも様々な魔術を用いる事で正体の露呈には対策していた。


 しかし、フェイムに正体が知られた。

 防ぎようが無かったとはいえ、これは変えようの無い事実。

 そしてレックスと違いフェイムは………


(………余りにもリスクが大きすぎる)


 レックスは王国の貴族とはいえ公爵級の貴族ではない。

 対してフェイムは帝国の皇族だ。その影響は計り知れない。


 万が一、皇帝を敵に回せば………それは考えられる限り最悪に近いだろう。


「それで、なんで俺に新星大会に出て欲しいんだ?」

「そうですね。ではそうなった事情からお話させて頂きましょうか」


 そうしてフェイムは話した。

 自身が特待生である事。そして特待生に与えられた課題について。

 今年の新星大会が三学年合同になり、サポートメンバー制度が追加された事等。

 奇しくもクリスタル・シファーがエリン達にしたものと殆ど同じ説明だった。


「それで丁度良い機会だと?」

「はい。どうやって接触………いえ挨拶しようかと悩んでいたのでこの機会にと。本当はもっと前にお話しようかと思っていましたが中々機会に恵まれず」

「だから今日一日尾行してきたのか?」

「ばれてましたか」


 最近は研究室に籠りきりだったゼルマ。

 一応発言は妥当だ。


「それで、出場して頂けますか?」

「無理だな。そもそも俺に利益が無い」


 一連のフェイムの頼みはゼルマにとって何の利益も無い。

 ゼルマが出場するのは百歩譲って理解出来るかもしれない。だがフェイムのサポートメンバーとして出場すれば、間違いなく疑惑の念が彼の集まる。


 ゼルマは『大賢者の末裔』として一定程度名が知られているが、フェイムは『栄光帝の娘』である。知名度の格に差があり過ぎる。

 しかもフェイムは実際特待生として最高学府から認められた実力者だ。落ち零れであるゼルマをサポートメンバーとして選出したとなれば詮索されてしまうだろう。


「私のような美少女の師匠になれるというのは得がたい経験では?」

「自分で言うのか………それ?」

「そうですね………これは少々恥ずかしかったです」


 若干肌を赤らめつつ、フェイムが続ける。


「ですが利益ならありますよ。今年の優勝賞品、それをゼルマ様に差し上げます。どうせ私には要らないものですから」

「賞品?」

「はい。今年は三学年合同という事もあっていつもより豪華な景品だそうですよ。私は去年在学していませんでしたので知りませんが」


 新星大会には毎年賞品が存在する。

 最高学府が直接開催運営している大会だけあり、その賞品は例年からり豪華なものだ。

 魔道具、魔導書は定番として、珍しい素材や最高学府内の権利が賞品だった事もある。

 資金に困窮しがちな魔術師にとってはかなり嬉しい賞品達だ。


「今年の賞品はなんなんだ」

「土地です」


 フェイムはきっぱりとそう言った。

 土地はこれまでに前例のない賞品だ。


「最高学府内のか?」

「いえ。正確には『土地に行ける権利』も内包した賞品と言うべきでしょうか」


 フェイムが何やら含みのある言い回しをする。


「今年の優勝賞品は『魔境の土地権利』です」


 ◇


 魔境。それは大陸の西方諸国よりも更に西に存在する魔の領域だ。

 空気中の魔力の密度が他の場所と比較して高く、それが影響してか魔物が多数生息している。

 そして魔境が魔境たる所以。それこそ魔王の存在である。


 魔王。魔物の王。

 その危険性故に、魔境は『魔境』として恐れられているのだ。

 

「何でもかなり()()環境らしいですよ。私は特に興味無いですが」

「………魔術師にとっては確かに喉から手が出る程に欲しいものだろうさ」

「ですね。だからこそ賞品足り得るのだと思います」


 だがそれでも魔境を目指し、夢を見る者は多い。

 それは魔境に眠る上質な素材や特殊な環境が齎す影響を求めてのものだ。

 魔術師ならば魔術の研究の為、冒険者であれば大金を求めて。

 希少な魔境の素材は、貴重であり高価なのだ。


「だが生憎、今の俺には無用の長物だ。残念だったな」

「私が優勝したら全て差し上げると言っているのに、ですか?」

「………俺はまだ最高学府を離れるつもりは無い」


正確には離れられない、だ。

 魔境の土地を仮に得られたとして、その場所に向かえば最低数週間は最高学府を留守にする。

 その間クリスタル・シファーを野放しにしてしまう。それはゼルマの目的に反している。


「そうですか………では出場は諦めます」


 意外な事にあっさりと引き下がるフェイム。 


「なら………」

「でも弟子は諦めませんよ?それとこれとは別ですから」

「お前な………!」


 なら帰れと言おうとしてすぐに否定される。

 そもそもゼルマが誰かを弟子にする事自体が有り得ない。するつもりが無いのだから。

 だから彼女がどれだけ頼もうが、無意味という事になる。


「元々そちらの方が目的ですので。今日断られたからと諦めるつもりはありません。それに最終手段もありますので。もしどうしても断られ続けられたのなら、それを使います」

「最終手段?何だそれは」

「最終なのでまだ言いません。もう少し粘ってから使うつもりなので」


 気になる所だが、フェイムは教えるつもりは無さそうだった。

 無理矢理に聞く事も出来るが、無用な争いを産む事に繋がる。


「では今晩はこれくらいで。あんまり遅くなっても明日に差し支えますからね」

「………もう来るな」

「そうはいきません。また必ずお願いに参ります」


 この言い方では明日にでもまた来そうだと、今から頭が痛くなる。折角研究室を手に入れたにも関わらず、研究室を毎日訪ねられるような事になれば研究室に通う事も出来ない。


(これは明日からしばらく引き籠るかな………)


 そうして研究室を出ようとするフェイムが独り言の様に呟いた。


「ですが、残念ですね。折角なので優勝を目指してみようと思ったのですが………流石に先輩方にはまだ及ばないでしょうし」

「自力でやれるだろう、お前なら」

「そうです、と言いたい所ですが………流石に厳しいですね。特待生は全員参加しますから」


 フェイムの実力は確かなものだ。

 だが特待生は全員彼女と同格かそれ以上。

 学園長に見出された天才や六門主の魔術師、そうした魔術師が参加する。

 最高学府で学んだ期間も短いフェイムは、才能があるにしても不利だろう。


 そんな風に考えていたゼルマだが、続く言葉に思考が一部吹き飛ぶ。


「特にクリスタル・シファー。順当にいけば優勝候補はあの方でしょうね」

「――――!」


 それは聞き逃せない言葉だった。


 クリスタルは外の世界に行きたがっていた。

 これはレックスに教えられた事であるが、ゼルマが他ならぬクリスタルから聞かされた事でもある。

 最高学府きっての天才である少女が次に興味を抱いたのは最高学府の外だった。


 それ自体は構わない。寧ろ止める謂れはない。

 どんな魔術を生み出すのかを見届ける事が目的のゼルマからすれば、喜ばしい事ですらある。


 だが、時期が悪い。


 魔境の土地権利を手に入れればクリスタルは必ず魔境に行く。外出の際に、これまでの予定を変更して魔境に優先して赴くだろう。


(彼女なら、彼女ならそうする)


 その時彼は着いて行けない。当然だ。

 最高学府の外出許可は単に『外に出たいから』だけで下りるものでは無い。

 外出の目的やその方法、研究であれば予算等、様々な要素を加味して下りるもの。

 その中でも魔境への外出は特に許可が下りない目的だ。魔境はそれだけ危険な場所。そう易々と許可を出す訳にも行かない。


 普通の外出程度ならまだなんとかなる。

 だが魔境ともなれば、最高学府が認めた土地権利を持つ人間以外は簡単には許可が下りない。

 恐らくはそういう意味を含めての土地権利だ。


(………拙い。このままでは………彼女は)


 防がなければならない。


「ではありがとうございました。また次の機会に………」

「待て!!」

「どうされました?」


 部屋から去ろうとしたフェイムをゼルマが呼び止める。 


「………気が変わった。良いだろう、お前のサポートメンバーとして出場してやる」

「急にどうされたのですか?先程はあんなに関心が無さそうでしたのに」

「………俺の利点を見出した。だから参加してやる」

「それはとても嬉しいですが、利点ですか?」

「ああ。出場はしてやる、優勝できるように力の限りを尽くしてやる。だが約束してもらう。優勝賞品の土地権利は俺が貰う。これが条件だ」

「構いません。元より私には必要ないものですから」


 フェイムが急なゼルマの心変わりを疑問に思い、問う。

 それを適当な言い訳で誤魔化し、ゼルマは脳内で今後の事を考える。


 クリスタルの優勝は万が一にでも阻止する必要がある。

 少なくとも彼女以外の人間が優勝し、賞品を獲得しなければならない。


 最も確実なのはゼルマ自身が出場する事だ。

 【図書館】に接続し、魔術を行使すれば良い。

 だがこれは確実だが最悪の手段である。


 クリスタルはゼルマの正体を知らない。

 もし知られれば、彼女の脳内にはその可能性が残ってしまう。

 優秀な彼女ならば、その断片的な情報から自身の正体を推測するかもしれない。 


 ならば次点はゼルマが誰かを優勝させる事だ。

 そしてその候補は目の前の少女、フェイム。

 都合よくゼルマにサポートメンバーを頼んできた少女。

 弟子入り云々の問題があるとはいえ、今から彼女以外の人間を擁立するのは不可能だ。そもそも特待生程の実力者がゼルマを引き入れるとは思えない。


「では契約成立ということですね」

「………ああ」

「これからよろしくお願いします、師匠」

「師匠にはならない。それは約束の範囲内じゃない」

「ですが私を鍛えてくれる、そういう意味ですよね?ならこの関係を呼称するのは師弟が適切ではないでしょうか?もしくは先生と生徒?どちらでも構いませんよ、ゼルマ様」


 自身の方が優位に立ち始めたと理解したのか、冗談を交えてくるフェイム。その姿はどこぞの悪役令嬢のようだった。

 事実ここでフェイムの断られればかなり状況が厳しいゼルマはある程度彼女の要求を受け入れなければならない。

 もし断られでもすれば、それこそゼルマの方が最終手段を使う必要が生まれる。


「………分かった。だがこの期間だけだ、そして呼び方は『ゼルマ先輩』に統一しろ。そこが妥協点だ」

「分かりました、ゼルマ先輩」


 良いようにされている。それはゼルマにも分かっていた。

 結局フェイムの師匠という立場になってしまったゼルマ。


「では早速明日から指導をお願いできますか?私は講義がありませんのでゼルマ先輩の都合に合わせますよ。朝から晩まで、いつでも大丈夫です」

「………俺は明日も講義があるから午後からだ。午後にまたこの部屋に来い」

「この部屋で待っていてもよろしいでしょうか?」

「………鍵が欲しいと?」

「はい。幸いここには沢山の魔導書があるようですので」


 部屋の外で待機されたり、自身を追われても面倒だと感じ、ゼルマは渋々予備の鍵を渡す。

 受け取ったフェイムは嬉しそうに鍵を懐にしまった。


「では本当に今日はこの辺で失礼させて頂きます。また明日からよろしくお願いしますね先輩」

「………もうこの際聞いておくが、最終手段は何だったんだ?」

「私としても出来るだけ使いたくなかったので、もう使いませんよ?」


 不思議そうに首を傾げるフェイム。

 出会った時からそうだが、彼女は顔立ちのわりに仕草が幼い。


 フェイムはもう使わないと言うが、それでも気になるものは気になる。

 ゼルマの好奇心だ。


 そして、フェイムが何でもないように答える。


「簡単です。父に貴方が大賢者であると伝えるだけです」

「………………」


 聞いて良かったと安堵し、聞かなければ良かったと後悔した。

 彼女が自身の父親がどれだけの影響力を持つのか理解している。しているにも関わらず、肉親という立場故かあまり重く感じていない。


 だからこんな最悪の脅迫をさらっと言えてしまう。


 ゼルマが大賢者だと皇帝に露呈する。

 普通は冗談の類だと一蹴されるだろうが、フェイムは皇帝の娘だ。

 そうなればゼルマの身は間違いなく帝国に狙われるだろう。それだけ大賢者が持つ名前の意味は大きい。大賢者とはこの世界における魔術師の最高峰なのだから。


「師匠命令だ。この事はお前の父親には絶対に言うな」

「………?だから言いませんよ?」

「今後の事だ!絶対に言うな!」

「分かりました」


 まさかすぐに師匠の立場を利用する事になるとは思いもしなかったゼルマだった。


 ■◇■


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