表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大賢者の末裔  作者: 理想久
第二章 魔術師の道程
24/87

人の顔は見る方向によって違うものである。


 ■◇■


「本当にこれで良いのかい?」

「はい。これが良いです」

「もっと高いのでも良いんだよ?ほら、こっちのとかさ」

「そっちも良いですけど……こっちが気に入りましたから」


 二人はある雑貨屋の中に居た。

 本屋から始まり、魔道具店、衣服店、もう一度魔道具店と回り五店目である。


 魔道具店は想像以上に滞在する事になった為、五店目だが外は既に日が落ち始めている。


「丁度欲しかったので、良かったです」

「……そっか。なら、うん、それにしようか!」


 ゼルマが手にしていたのは卓上用のランプだった。

 最近研究室を得たゼルマ。研究室で籠って読書する時間も長くなって来たのだが、まだまだ家具の類は揃っていない。研究室は基本的に空の状態で渡される為に、机を始めとした家具は魔術師自身が購入したり運び入れる必要があるのである。


 ゼルマも机や椅子、その他自室にあった魔導書等は優先的に研究室に運んでいたが、まだ机に置く照明は用意していなかった。


 小さめながら、アンティーク調に仕上げられたランプはゼルマの趣味にも合っている。

 ノアが指さしている方が高価なのだが、ゼルマは自身が選んだ方を気に入った。


 商品を購入し、研究室への配送の手続きを終えて店内を出る。

 最高学府の敷地は広大な為、こうした配送の仕組みを用意している店も多い。


「ありがとうございました。大事に使わせて貰います」

「ふふん!大切に使いたまえよ。それにまだ終わりじゃないよ」

「……あぁ、そうでした」


 かなり時間が経っていたのでゼルマも失念していたが、このお祝い選びはあくまでもサブ。

 本命はノア自身が予め用意していたプレゼントである。


「……あのさ」

「はい」

「こういうの初めて選んだんだよ。だから、つまりさ」


 恥ずかしそうに鞄の中に手を伸ばし、それを取り出した。


「ま、まぁ君は後輩だからね!ありがたく受け取って文句は言わないでくれ!良いね!?」


 それは魔道具だった。

 ブレスレットの形状をした魔道具。

 金属製の輪に幾つかの穴が空いており、何かを嵌め込める形になっている。

 デザイン自体はシンプルだが、かなり質の良いものである事が見て取れる。


「これは………魔道具ですね」

「ま、まぁ簡単な魔力貯蔵用のブレスレット………一応簡単な付与魔術はしてある……けど」


 どんどん自身が消えていくノア。まるで身体が萎んでいる様だ。

 実際に渡すとなると、緊張して自身が無くなっていったのだろう。


「……ダメかい?」

「全然。とても嬉しいです、ノア先輩」

「~~~!だ、だよね!?私のセンス悪くないよね!?」

「良いと思います。実用的ですし」


 魔力貯蔵用の魔道具は魔術師が持つ魔道具の中では一般的な部類だ。

 自身の余剰魔力を貯蔵しておき、使いたい時に取り出す。

 使い切りの魔力回復薬と比べて魔道具が壊れない限りは繰り返し使用する事が出来る。要は自然回復の延長線上なので特に意識する必要も無い。


 それで回復薬が魔力回復の主流となっているのは、貯蔵量が完全に魔道具の素材に依存するからだ。

 この魔道具の仕組みは魔力親和性の高い素材を加工し、付与魔術をかける事で魔術師から微量の魔力を吸収し貯蔵するというもの。

 つまり貯蔵量は素材の親和性次第。実用的なレベルの貯蔵量を確保しようと思えば、ある程度高価になってしまう。

 その割に魔力回復薬よりも回復速度が緩慢な為、あくまでサブの回復手段といった感じだ。


 だがあって困るものでは無く、身に着けているだけで効果を発揮する事もあって非常に便利である。

 魔術師への贈り物としてはとても良い選択だろう。


「………良かった、喜んでくれて」


 ノアがほっと胸をなでおろす。

 今日一日ずっと頭の片隅にあった荷物をようやく降ろす事が出来たのだろう。


「ありがとうございます」

「うむ、精進したまえよ!魔導士ゼルマ!」

「それは勘弁してください………」

「ふふふ!」

 

 先程緊張していた姿は何処へ行ったのか、一転して悪戯っ子の様に笑う。

 ゼルマからすれば、こちらのノアの方が普段通りにで良い。


「さて、そろそろ帰りましょうか」

「そうだね、もう夜だし」

「明日も講義がありますからね」

「真面目な学徒は大変だねぇ………」


 ◇


 ノアを自宅まで送り、そのままゼルマは夜道を歩く。

 奇しくもあの時、レックスから襲撃を受けた時の様に一人人気の無い道を歩く。


 少し歩くとノアと以前訪れたベンチ前に辿り着いた。


 商店街の外れのその場所は公園、或いは広場の様になっており、ノアが遊んでいた砂場もそこに在る。昼間でも人気の少ないその場所は、日も暮れかけている今人影は全くない。

 日は完全に落ちておらず、更に広場には灯りが存在している為にそれなりに明るい。


 ゼルマがベンチに座り、広場に生えた木の方を向く。


「で、君は誰なんだ?」


 その言葉は余りにも唐突だった。


 人の影なんて一つも無い広場。傾いた日が、木々の影を伸ばしている。

 まるでその影自体に話しかけているかのような言葉だった。


 返答など返って来る訳が無い、


「流石ですね、先輩。これ位の偽装なら容易く見破られてしまいますか」


 ―――筈だった。


「見破った訳じゃない。偶然かまをかけてみたら当たっただけだ」

「ご謙遜を。そんな違和感を持たれるような魔術じゃない事はお分かりの筈です」


 その人物は現れた。

 何も無い場所からまるで空間から滲み出てくる様に、一枚紙を捲る様に。


 現れたのは少女だった。

 腰まである長い金髪、凛と伸びた睫毛と碧眼。

 気品を感じさせる顔立ちに似合わない赤い大きなリボン。

 そして、()()()()()()()()()()()服装。


 その少女は木の裏から出てくるとそのままゼルマの方へと歩む。


「で、俺に何の用だ?まさか弟子入り志願って訳でも無いだろう?」

「その通りです。流石ですね」

「………すまない、少し耳が悪くなったみたいだ。何だって?」

「仰る通りですよ。こうして会えるのを心待ちにしていました」


 ゼルマの目の前まで少女は歩き、そして立ち止まった。

 その表情は決して嘘を吐いているいる様なものでは無い。


「ふざけてるのか?」

「ふざけてなんかいませんよ。貴方の様な天才にこそ、私は師事したいと考えています」


 その言葉は、決して聞き逃せないものだった。

 ゼルマは天才では無い。それはゼルマ自身が一番理解している。

 ゼルマが魔導士の学位を取得出来たのは偶々に過ぎない事も、全て。


 あの決闘を見た魔術師ですら、ゼルマの事を『天才』とは評価しない。

 その魔術を、理論を一定程度評価しても、『天才』とは呼ばない。


 最高学府の魔術師は、真の『天才』とはどういうものか身に染みて理解しているからだ。


 だからこそ、そう、だからこそ。

 その言葉を、ゼルマに向けて言う意味。


「俺の事を誰かと勘違いしているみたいだ。俺は天才なんてもてはやされる人間じゃ無い。先生を探すならもっとマシな奴がいる。そうでなくても俺はまだ二年だ」


 これは事実だ。ゼルマは魔導士になり講師をする権限は有しているが、最高学府が公式に認めた教師ではない。講座を開く事は出来ても講義や教室を持つ事は出来ない。


「そんな事は戯言だって、貴方が一番理解しているのでは?」

「…………」

「逆に聞かせて欲しいくらいです。貴方以上に魔術の事を知っている魔術師が、この最高学府に、いえ世界に存在しているのですか?」


 至極当然の様に、当たり前の事を答える様に、ただ確認をする。

 その言葉を、少女は言う。


「そうでしょう?―――()()()()

「――――」


 瞬間。ゼルマの視界は大きく動く。

 それは世界の方が動いたのではない。

 ゼルマ自身がベンチから立ち上がり、少女の喉元へ掌を向けたのだ。


「そんな殺気を放たなくても何もしません。だから魔術を解いて下さい」

「………何を知っている?いや、それはもういい。何故知っている」


 ゼルマが大賢者である事。それはエリンやフリッツも知らない。

 クリスタル・シファーですら、自身が大賢者である事を自覚していない。


 彼が大賢者である事を知っているのは彼と、彼を作った他の大賢者たち。


 にも拘わらず、何故目の前の少女が彼の事を知っているのか?

 真実によってはゼルマは目の前の少女を―――。


「理由を話せば解放してくれますか?」

「する訳無いだろう」

「信用がありませんね」


 少女が溜息を吐く。

 少女の喉元にはゼルマの手。魔術は必ずしも掌から放たれるものでは無いが、この状態では一秒もかからずゼルマは魔術を放つ事が出来る。着弾も一瞬だ。


 それでも少女が冷静なのは、そう演じているのか、それとも少女にとっては危機とすら感じる必要の状況なのか。或いは―――。


「人には悪意がある。その悪意が人間の特権だ。だが悪意がある以上、全ての言葉を『はい、そうですか』と受け入れられる筈が無い」

「同感ですね」

「話せ」


 ゼルマが話すように促すと、少女は素直に話し始めた。


「信じて貰えるか分かりませんが………私、未来が見えるんです」

「―――何?」

「未来に起こる景色が、私には時々見えるんです。変えようの無い確実に起こる未来が」


 未来が見える。

 それは余りにも突拍子の無い言葉だった。

 未来が見える、即ち未来予測。

 もし少女の言う言葉が真実であるのならそれは………大賢者ですら魔術に落とし込む事が出来ていない、権能の領域の力だ。


 少女は尚を言葉を紡ぐ。


「決闘、お見事でした。あの時私も観客席に居たんです。初めての決闘でしたから、今後の参考にでもなればいいなと思いまして」

「………」

「最初は正直退屈でした。でも貴方の形勢が逆転し始めた時………見えたんです」

「何が見えた?」

「太陽の沈んだ夜にオルソラを圧倒する貴方の姿、そして………」


「大賢者と名乗る貴方の姿です」


「………」


 嘘はついていない。

 あの時、ゼルマが大賢者として使った魔術、〈不人領域(ア・イル・ラーファ)〉は簡単に言えば人払いの魔術だ。

 人間種族限定で効果をもたらし、無意識的に魔術の効果範囲を忌避させる魔術。無意識に働きかけるが故に、そう易々と抵抗できるものでは無く、そして大賢者の使うそれは通常の何倍もの効果を発揮する。

 また魔力による生命感知にも反応は無かった。つまり、あの場に居たのは確実にゼルマとレックス達だけだったのである。


「これでもまだ駄目ですか?なら―――〈静寂(ガズバード)〉」

「これ、は」

「はい。これで私が見たという証明になりますか?」

「………」


 認めざるをえなかった。

 〈静寂(ガズバード)〉もあの時、ゼルマが用いた魔術の一つ。効果範囲内で発生した音が外部へと漏れ出る事を防ぐ遮音の魔術。

 そして最高学府に来てから、ゼルマはあの時しかこの魔術を使っていない。


 つまり少女が今この魔術をわざわざ選べたのは、あの状況を見ていたという事に他ならない。


 だが疑問も残る。


「〈静寂〉は高等魔術だ。こうなると分かってて準備していたのか?」


 そう。〈静寂〉の効果は単純だが、その難度は非常に高い。

 内部の音を完全に閉じ込める〈静寂〉は、高等魔術と言うに相応しい発動難易度を誇る魔術。


 それを、目の前の少女が軽々と発動させた。

 殆ど予兆も動作も無く、だ。


 現代魔術は速度の魔術体系であるとはいえ、難度が上がれば当然必要となる時間も伸びる。


 そこでゼルマが考えたのは、ゼルマが決闘で用いた戦術と同じもの。

 即ち遅延魔術によってタイミングを今に合わせたという寸法だった。


 しかし、少女の答えは異なっていた。


「関係ありません。それが私の魔術なんです」


 少女がにこりと微笑む。

 その笑顔はどこか高貴さを感じさせる、優雅なものだった。


「〈複写の眼〉、と呼んでいます。私の生得魔術ですから名前は勝手に決めました」

「魔術の複製か」

「似たような感じです。複製では無く、複写ですけど。私は自分の眼で見た魔術を複写できます。勿論制限はありますが、便利ですよ」


 つまり少女はこう言いたいのだ。

 あの時、貴方が使っていた魔術を見ていましたよ、と。

 こちらも彼女が言う言葉が真実であれば、確かに一部始終を見られた証左をなるだろう。


「さ、これで解放して頂けますか?」


 ここでようやくゼルマは喉元へ突き付けていた腕を下げる。


 全てが解決した訳では無い。だが少女が言っている言葉が正しく、嘘が無いと認めたの為だ。

 目の前の少女が未来を見る事でゼルマの戦闘を見て、ゼルマが大賢者である事を知ったのだ。


「………最後に一つ聞く。何故俺に師事したいと?」

「誰よりも優秀な魔術師に教えを乞いたいと考えるのは変ですか?」

「過程がおかしいと言っている。そこまでする理由が在る筈だ」

「そうですね………では未来の師匠の頼みですし、お答えします」

「師匠じゃない」


 すぐさま否定するが、少女は気にも留めず答える。


「ある魔術を教えて頂きたいからです」


 その眼差しは真剣そのものだった。

 ゼルマにだって分かる。少女は生半な気持ちでゼルマに声をかけた訳では無いのだ。

 覚悟を決めた人間の眼差しだったのだ。


「大賢者にしか使えない、大賢者の秘奥を。私に教えて下さい」

「………何の為に」

「変えられない未来を変える為に」

「………君は誰だ」

「そうですね。ではそこから始めましょう」


 ここでやっと、ゼルマは少女の名前を問う。

 少女は自身の前髪を手櫛で整え、再び真剣な眼差しでゼルマの目を見据えた。


「申し遅れました。私の名前はフェイム。フェイム・アザシュ・ラ・グロリア」


 グロリア。その名前を知らぬ人間は居ないだろう。

 何故ならば―――


「――――グロリア帝国第五皇女です」


 燦然と輝く栄光の名前なのだから。


 ■◇■

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ