持つべきものは、限りなく近い他人だ。
■◇■
「面倒臭い事になりました」
「何が?」
「流石に突然が過ぎるぞ、クリス。急に現れてどうしたんだ」
「面倒臭い事になってしまったのです……」
平日の昼下がり、食堂に集まる三人の姿。
山盛りの主食を頬張っているの青年、フリッツ。
健康的な組み合わせのメニューを丁寧に食べているエルフ、エリン。
そしてついさっき彼等の元へとやって来た少女、クリスタル。
性別も見た目もバラバラな三人が一つの卓で向き合っていた。
あの謝罪以降、時々ではあるが彼等は出会うようになっていた。クリスタルが特待生という都合、毎日顔を合わすという程では無いが、こうして食堂で昼食を共に食べる機会も何度かあった。
「あれ、ゼルマさんはいらっしゃらないんですね」
「ああ。ゼルマは今日は用事があるとかでな。授業が終わって早々に別れたんだ」
「多分先輩に呼び出されてるんだと思うぜ。アイツが出かけるって俺達に誘われるか先輩に呼び出されるかの大体二択だしな」
「意外でした、彼にも親しい先輩が居たんですね」
「そう意外な事にな」
「意外………か?」
クリスタルの言う通り、普段は彼等と行動を共にしているゼルマの姿がそこには無かった。
「それで、今日はどうした?暫く見ていなかったが何かあったのか?」
エリンが問う。
エリンがクリスタルとこうして顔を合わせるのは大体一週間ぶりの事であった。
「特待生は忙しいんだろ」
「そうですフリッツさん。正にその事なのです」
「だろ………うん?」
「今日は皆さんに相談………というより、お願いにやって来たのです」
「お願い………?」
「はい。ゼルマさんも同席していれば都合が良かったのですがやむを得ませんね」
二人が疑問符を浮かべる中、クリスタルは事の詳細を話し始めた。
「事の発端は一週間前です。私はキセノアルド学園長に呼び出されました」
「………クリスの言っていた先生というのは学園長の事だったのか?」
「はい。そういえば言っていませんでしたか」
特待生という存在自体は有名だ。
最高学府の中でも限られた存在しか選ばれない制度であり、称号。
その名前を夢見る学徒は多い。主にその特殊な権限を目的にしてだ。
だが一方で具体的に特待生がどういうものか、その詳細は知られていない。他の学徒に比べ優遇されている事は知っていても、どんな制度なのかを具体的に知る者は少ない。
それは特待生が学徒の中の例外、なろうとしてなれるものでは無いからだ。特待生になる為には選ばれるしか無いのである。
「私達特待生は多くの特権を与えられますが、代わりに学園長直轄の教室に配属されるという形で様々な課題を課せられるんです」
教室というのは教師が独自に開く特別な授業形態の事をさす言葉だ。
最高学府が主体となり開講する講義、魔導士が独自に開講する講座に並び、最高学府では三つ目の授業という事になる。
教室では多くの場合一人の教師の元でより専門的に魔術について学ぶ事になる。
講義では到達できない領域や、講義では足りない部分。より専門的な魔術を学ぶ為に特定の教師に師事する、それが教室という制度だった。
人気の教室では学徒の選別を行う事もある程に、教室という制度は学徒にとって当たり前の存在でもある。仮に学園長が教室を開いているとなれば、希望者は殺到するだろう。
「課題………もしかして相談というのはそのことか?」
「そうです」
クリスタルは力強く頷く。
「でもよぉ、俺らが何の役に立つんだよ?自慢じゃねーけど勉強は出来ないぜ」
「本当に自慢じゃないな。だがフリッツの言う事も分かる。課題というのは何なんだ?」
「………そうですね。では順を追って話させて頂きます」
そしてクリスタルは二人に説明を始めた。
「先程も言ったように、特待生は定期的もしくは不定期に課題が与えられます。この課題は強制で、達成出来なければ最悪特待生の剥奪もあります」
「定期的、不定期というのは?」
「定期的に行われるのは主に研究成果の提出等。こちらは普段の活動を評価するもので、差程大きな負担ではありません。精々一月に一度論文を学園長に提出するくらいです」
「いや、十分負担だろ?俺らまだ二年だよな?」
「………こう聞くと凄まじさが理解出来るな」
月一回の論文提出は十分早い頻度だ。
魔導士認定の為の論文に比べれば幾らか簡単だろうが、それでも入学から二年目の、しかも齢十六歳の少女がこなしているにしては信じ難い頻度である。
だからこそ、彼女達は特待生足り得るのだろう。
事実既にクリスタル・シファーは三つの魔術分野について魔導士の学位を取得しているのだから。
「そして不定期というのは、学園長が都度設定する課題を達成すること。内容は疎らで、毎回全く異なる課題が出されます」
「つまり相談というのは」
「はい、不定期の方の課題のことです」
定期的な課題がクリスタルにとって苦では無いのであれば、残るは不定期の課題のみだ。
「だが待ってくれ。フリッツの言葉を借りるつもりは無いが、定期課題の方なら兎も角、クリスでも困難な課題を私達が解決できるとは思えない。一体私達に何を頼むつもりなんだ?」
「…………」
エリンの言う事は最もだった。
エリンは確かに優秀な学徒であり、魔術師である。
二年目とは思えない量の講義を受講し、その知識は上級生に勝るとも劣らない。
魔術師としての腕前も、その特異な精霊魔術を以てすれば多くの魔術師と渡り合えるだろう。
フリッツもそうだ。
知識としてはゼルマやエリンに劣る彼だが、戦闘能力にかけては十分互角。近距離戦闘においては有利を取れるだろう。
だがそれはあくまで一般学徒の中での話である。
特待生に選ばれた魔術師や六門主の家系の魔術師と比べればどうしても一歩見劣りする。ある分野に限れば勝る部分もあるだろうが、総合的に評価すればやはり特待生は圧倒的だ。
少なくとも現時点ではクリスタル・シファーという魔術師の能力は、エリンやフリッツ、そして素のゼルマを大きく上回っているのが事実だった。
「単刀直入に言います。フリッツさん、エリンさん」
そして、そんな彼女が言う。
「――――私と新星大会に出場して欲しいのです」
◇
「新星大会ぃ?って来月のアレ?」
「そうです。性格には約三週間後ですが」
「確かもう公募が出ていたな………だがあれは個人の大会だろう?私達四人で参加するというのはどういう意味か教えてくれ」
「そうですね………皆さん、今年度の新星大会が三学年合同に変更されたのはご存じですか?」
エリンとフリッツが顔を横に振る。
「無理もありません。公募されてからまだ数日ですし、出場する予定の無い学徒にとってはそもそも知る由も無いことですから」
「なんで急に?」
「そこまでは分かりません。ですが三学年合同となれば今年度の新星大会は間違いなく過去最大の混戦が予想されます。もしかしたら、それが狙いなのかもしれませんが………兎も角、私達特待生は課題として新星大会への出場が課されたのです」
三学年合同となれば、勝利に自信が無い学徒の出場者は減少するだろう。
特に新入生の出場者は減少する筈だ。
だがこの状況は逆に、自身の腕に自信がある学徒の出場者する増加も意味している。更にここに加えて課題による特待生の全員参加。
出場者としては例年よりも減少するだろうが、その分密度は濃いものになることが予想される。
勿論、順当に三学年合同となったことで
全ては始まってみなければ分からない事ではある。
「また三学年合同に変更されるに伴い、幾つかのルールも導入されました。その一つが大会期間中のサポートメンバー制度です」
「では私達にサポートメンバーになって欲しい、そういう事だな」
「はい、その通りです」
彼等は知る由も無いが、この幾つかのルールの追加こそがレオニストと他の六門主との会議で追加されたものであった。
レオニストとしても当初想定していた状況から変化が見られた以上、参加する学徒をフォロー出来るルールの追加は望ましいものだったのだろう。
「サポートメンバーには二人登録できます。サポートメンバーには参加選手に許可される大会の期間中の各種施設の利用権限が解放され、観戦席もサポートメンバー専用の場所が与えられるそうです」
「それだけか?」
「後は試合には参加出来ませんが、休憩時間中の支援魔術の使用もサポートメンバーには許可されます。本人の魔力を温存させる為でしょう」
魔力の使用にも体力は消耗する。そして魔力の回復にも相応の時間が必要だ。
サポートメンバーによる支援は、そうした試合以外での体力の消耗を抑えられるという点や試合に集中できるという点で有用だと言えるだろう。
「勿論無理にとは言いません。ですがもし受けてくださるのであれば礼は必ず―――」
「良いだろう。受けよう」
「よ、よろしいのですか?」
「ああ。フリッツも良いだろう?」
「良いぜ、てか面白そうだしな。俺に何が出来るか分かんねえけど任せとけ!」
思わぬ快諾に、目を丸くするクリスタル。
まさか二つ返事で受けて貰えるとは思っていなかったのだろう。
「これで二人だな」
「ゼルマさんに相談しなくても大丈夫なのですか?」
「ああ。………それに今はアイツも忙しそうだからな。智霊大祭の期間中は通常講義が少なくなるとはいえ、ゼルマ自身の時間も大事にしてやりたい」
「アイツすぐに厄介な事に首を突っ込むからな。ほら、アンタの時もそうだっただろ?」
その時の事を思い出し、クリスタルは静かに微笑んむ。
「………そう、でしたね。では、はい。改めてよろしくお願いします、フリッツさん、エリンさん」
「ああ、大船に乗ったつもりでいろや!」
「十分なサポートを提供できるよう、努力させて貰う」
■◇■




