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大賢者の末裔  作者: 理想久
第二章 魔術師の道程
20/87

荒野に身を置いてみるといい。必要なものが自ずと見えるだろう。

 

 ■◇■


 最高学府は飢えている。


 ある魔術師は最高学府について問われた時、その様に返答したという。


 その魔術師は最高学府を出た魔術師であった。

 最高学府を出た後は各地を転々としつつ冒険者としての活動に勤しんでいた。冒険の途中で得た仲間と共に、冒険者としての経験を順調に積んでいった。


 その中で、その魔術師は一人の仲間から問われた。

 その仲間は奇しくも同じ魔術師であった。

 しかしその仲間は最高学府出身では無く、所謂普通の魔術師というものだった。


 魔術師は魔術を使う者を指す言葉だ、少なくとも最高学府以外では。

 魔術をどのように使うのかは限定されていない。何かを打倒する力として使うのか、或いは一歩前へと前進する為に使うのか、そこに制限は無い。

 兎も角多くの人間にとって、魔術師とは魔術を使う者の事を指す言葉だ。そうとしか、知らないのだ。


 最高学府とは世界最高の教育機関。当然その敷居は高い。

 故に冒険者として活動する魔術師の多くは、最高学府とは何の関わりも無い者が殆どだ。

 最高学府では特待生がエリートだが、外の世界では最高学府の魔術師こそがエリートなのである。

 だからこそ、その仲間も気になったのだろう。最高学府を知らない魔術師が最高学府に憧れるのはよくある事だった。


 全ての魔術師が憧れる彼の学び舎が、一体どのようなものであったのか。

 世界最高の智の大図書館と称される場所で、どんな事を学んだのか。


 しかし返って来た答えは、単純な言葉ながら理解に苦しむものだった。少なくとも仲間の求めるものでは無かった。


 そして続けて、最高学府を出た魔術師は仲間に答えた。


「あれは、単なる学校じゃないよ。魔術とか、戦い方とか、魔道具とか……そういうものを学ぶ事は出来るし、僕だって学んできた。結局こうして最高学府を出てはいるけれど、あそこで学んだ事は一生涯忘れる事は無いだろうね」


 では何故、飢えている等という表現を用いたのか。

 それではまるで、最高学府に対して負の感情を持ち合わせている様ではないか。


 その魔術師は自らの杖を力強く握りしめながら、仲間に語った。


「――――――あそこは、魔境だよ」


 魔境。それは大陸西部に存在する、魔の領域。

 魔物が蔓延り、魔王が君臨する危険地帯。

 あらゆる魔物がひしめき合い、生存を競い合う場所。

 力無き者が一歩踏み入れたが最後、決して出られぬと恐れられる地。

 魔境に近い西方の国々では、悪さをした子供に対して魔境に連れて行くという脅しが存在する程に恐れられている場所なのだ。


「あそこには全てがあった。探求も欲望も憎悪も偏愛も、最高学府に居る魔術師は皆何かを抱えているんだ。そしてその何かの為には……他者を害する事すら怖くなくなってしまう。多分、人殺しだって行えてしまう。あそこに居ると……自分が人間じゃなくなってしまう気がしたんだ」


 そして、恐る恐る仲間は聞いた。

 ―――人間じゃ無い、何かとは?


 これは有名な語り草だ。物語や寓話、説話になっている程ではないが、冒険者の中では長く語り続けられている話。最高学府にまつわる、有名な話。


 その魔術師は、仲間にこう答えたのだという。


 ――――――魔術師だよ。


 ■◇■


「おはようございます、先生」 

「……随分と早いな。何か急な用事でもあるのかね」

「ええ、以前話していた研究についてなのですが目途が立ちましたのでそのご報告に伺いました。ご都合が悪いのでしたら、また午後に出直させて頂きますが」


 静謐な部屋の中、美しい少女の声と威厳を感じさせる老いた男性の声が響いた。


「構わん。君の話は多くの予定より優先される。理由は分かるね?」

「はい。私にそれだけの価値があるからです」

「そうだ。しかし君だけではない。優秀な魔術師は、それだけで貴重であり財産だ。この最高学府ではそういう者こそ優先される」

「理解しています」

「では話は聞こう、クリスタル・シファー。要件とはあの事だろう?」


 少女の名前はクリスタル・シファー。

 白く艶やかな長髪、小柄な肉体。そしてそれに見合わぬ大きな杖。

 そして最も特徴的なのは水晶の如く透き通った瞳。

 大賢者の再来とも称される、若き魔術師であった。


「はい。外出許可申請の件です」

「許可が下りたのか。かなり早かったな」

「まだ時期としては先になりますが、許可自体は得られました。正確な時期は恐らくですが、三か月後になります。此方の進捗状況にもよりますが」


 クリスタルが話す相手が、ふむ、と自らの顎鬚を触った。


「目的は以前と変わらずか?」

「はい。先ずは東方に行き、帝国を訪れた後海岸線を進んで魔境に行く予定です」

「かなり長い外出になるだろうな」

「覚悟の上です。少なくとも共和国と帝国は自分の目で見なければいけませんから」


 彼女の言う共和国と帝国はどちらも最高学府よりも東方に位置している国家だった。

 最高学府は大陸の殆ど中央に位置している。若干西寄りだが、誤差の範疇である。


 共和国は多種族国家。人種を含む様々な人間がそれぞれに代表を出し合う事で政治を行っている。

 対して帝国は完全な帝政国家。強大な皇帝とその血族を頂点と置き、極東という広大な土地を貴族達が統治している。


 どちらも大陸屈指の強国であり、そしてどちらも序列に名を連ねる存在が居る国でもある。


「その間、最高学府には戻れないと思いますが……」

「構わん。その為の特待生制度だ。君はその探求心と好奇心の赴くままに知識を得るがいい」

「ありがとうございます……シラバス学長」


 シラバス学園長、そう呼ばれた老人は自らが座していた椅子から立ち上がった。

 その老人こそ、最高学府において最も権力を持つ魔術師、最高学府学長キセノアルド・シラバスだった。


 キセノアルドは椅子から立ち上がると、そのまま窓から外を眺めるように移動した。

 窓の外には最高学府の各種施設や属する魔術師、その他様々な物が見えていた。


「しかし、そうか、三か月後か」

「はい……それが何か?」

「シファー、君はもう二年目だな。であれば当然知っている筈だ」

「……すみません、思い当たるものがありません」

「シファーよ。あらゆる知識に貴賤は無い。君は少々世俗について無関心すぎるきらいがあるな」

「……すみません」


 クリスタルが申し訳なさそうに頭を下げる。

 それを見ると、キセノアルドが杖を軽く一度振った。

 すると彼が先程まで居た机の引き出しから一枚の書類が抜き取られ、そのまま浮遊してクリスタルの前までやって来る。その後は丁寧に引き出しが閉められた。


「これは……」

「最高学府は飢えている、だったか。とても良い言葉だと思わないかね?非常に良く、この場所の事を表している言葉であり、表現だ」


 キセノアルドは窓の外を眺めながら、語り続けた。


「丁度一か月先、例の催し物が行われる。君の知っている通りのな」

「……しかしですね……私は」

「君も出なさい。これは特待生としての義務とする」

「…………分かり、ました」


 最早逃げる道は無いと悟ったのだろう。

 シファーが小さく了承の返答をした。


「既に選別は始まっている。他の特待生や、優秀な魔術師には順次声がかかるだろう。本来は自主参加だが特待生は別だ。これは最高学府に対する証明であると捉えて貰ってもいい」


 特待生はその名称の通りに最高学府内において様々な権限を与えられている。

 必修科目の免除や、最高学府からの予算、研究への支援等、その内容は様々だ。

 しかしそれは特待生がそれだけ優秀であると認められているからこそ与えられているもの。故に特待生には最高学府に対して時折、自らが特待生足り得る存在であるという証明が必要になる。


 魔導士の学位取得や、危険度の高い魔物の討伐・素材入手、そして今回の様な最高学府からの公的な要請が証明となるのである。


「帝国の第五皇女、スプリングの三男、アズバードの後継、ハールトの息女は既に参加を決定している」

「もう、ですか」

「残る選別も直に終了するだろう」


 キセノアルドが挙げた名前は現在の最高学府の若手の中でも注目されている魔術師の呼び名だった。

 若手、というのはクリスタルと同輩または後輩の魔術師という意味だ。


「君は優秀だ、それは間違いないだろう。天才であり、魔術師としては一流と言わざるを得ない。誰もがそう評価するだろう。しかし……君は決して最強でも無ければ、無敵でもない。まして大賢者を越える存在では無い。故に、日々の研鑽を惜しむ事無く、常に自らを向上させなければならない。分かるかね?」

「はい、理解しています」

「君の先輩にも、同輩にも、或いは後輩にも……優秀な魔術師は存在する。ここは最高学府だ」


 キセノアルドが振り返る。

 その目は老人とは思えぬ程に強い眼光を発し、その身から迸る魔力は若き魔術師を圧倒する。


 学長、キセノアルド・シラバス。

 最高学府史上唯一の学長。


「知るという行為は素晴らしき行為だ。そして君には多くの事を知る権利と義務がある。我々は魔術師なのだから」

「肝に銘じております」


 ■◇■


「なーんで魔導書ってこんなに高いんだ?マジで苦学生には厳しい金額だろ」


 フリッツが書店の中で並べられている魔導書を手に取り、値段を見ながらため息をついた。


「魔導書は魔術師の考えた魔術理論が詰まっているからな。魔術師の権利を守る為にある程度値段が上乗せされているんだ。因みに魔術師の収入源でもある」

「でも高すぎるって!こんなんポンポン買える金額じゃねーだろ」

「だから図書館があるんだろう。お前もゼルマみたいに図書館に通ったらどうだ」

「……前返すの忘れてめっちゃ怒られてから行き難くってよ」

「自業自得だ」


 書店の中にはエリン、フリッツそしてゼルマの三人の姿があった。

 この書店はゼルマの住む寮の近くにあり、今回はゼルマに同行する形で二人は訪れた形だ。


「つーか、魔術師になって収入を得るためには魔導書を買って勉強しなき駄目で……その魔導書を買うためには収入が必要って悪循環じゃんかよ!」

「まぁ……それは否めないな。こういう時は貴族出身の魔術師が羨ましくはある。図書館は便利だが根本的には借り物だからな」

「だよな!?しかも読みたい奴が丁度借りられてたりすんだよ!」


 書店内には彼等と店員以外に姿が無いとはいえ、一応声を抑えて話す二人を余所目にゼルマは黙々と本を探していた。その手には既に何冊も本が積み上がっている。


「……買い過ぎじゃね?やっぱ魔導士の収入?」

「……ん?……ああ、この前の決闘で興味を持った魔術師が多かったみたいでな。つい昨日纏まった金額が振り込まれていたんだ」

「無駄遣い……では無いな。お前は積み残しなんて縁遠いか」

「しかも研究室まで貰ったんだろ?魔導書買い放題だな。……まぁこのペースだとすぐに埋まりそうだけど……」


 ゼルマは魔導士認定の後に研究室を貰っていた。

 その後二人の手伝いもあって、寮の部屋に積み上がっていた書籍の大部分は研究室に移動されている。今寮の部屋にあるのはゼルマが定期的に繰り返し読む名著と未読のものだけだ。


「やっぱり最高学府の品揃えは良いな……というかここの品揃えが良い」

「そう言ってくれるとありがたいね。ゼルマ君はウチの常連だから」

「流石ですね、メジャーなものからマニアックなものまで……しっかりツボを押さえている」

「ウチは最高学府外の魔術師からも仕入れてるからね。種類は中央通りにも負けない自信があるよ。……まぁそんなに数は仕入れられないんだけど」

「十分です、俺が買うので」


 ゼルマは店員もとい店主と会話しながらも次々と本を手に取っては積んでいく。

 魔導書の値段はピンからキリまであるが、冊数だけで考えれば既にかなりの金額だ。


「気になったんだけどよ、ゼルマって魔導士になる前からここの常連だったんだよな」

「そうだな。融通を効かせて貰ってる」

「じゃあよ、これまで買ってた本はどうやって買ってたんだ?魔導士になる前は収入なんて無いだろ俺達」


 フリッツの疑問はもっともだった。

 エリン、フリッツもある程度裕福な家の産まれだが、最高学府における若い魔術師の収入源は限られている。基本的に支出の方が多くなる。


 ゼルマだって魔導士になる前はそうだったはずだ。

 ではゼルマはがこれまでに購入していた書籍たちは、一体どこから購入していたのだろうか。


「……ああ実家からの仕送りが殆どだな。そこからは生活費を削ってだ」

「実家って、ノイルラーだよな?」


 フリッツの確認に対して、ゼルマは「ああ」と答えた。


「六門主や貴族程じゃないだろうが、ノイルラーはある程度裕福なんだ」

「……大賢者の遺物か」

「そうだ。隠す様な事じゃないから言うが、ノイルラーの収入源はアレが殆どだな」

「大賢者の遺物?」


 エリンがゼルマの目を見て、それに対してゼルマも構わないと頷いた。

 そしていつもの様にエリンが語り始める。


「大賢者の遺物……ノイルラーが大賢者の末裔であると証明した魔道具の事だ。ノイルラーはその魔道具を起動した事で名を上げ、財産を築いたとされている」


 魔道具。それは大まかに魔術の力が込められた物を指す言葉だ。

 使用者にある程度の魔術の心得を要する場合もあれば、一般人でも使えるものもある。大きさも指先に乗るものから都市を覆う規模のものまで様々である。

 一般的には魔道技師や魔工技師と呼ばれる魔道具の作成を専門とする魔術師が作成する。


「あー、聞いた事あるな。魔道具フィーバーだろ」

「……まぁ意味合いは同じか。そう、一つの魔道具が莫大な富を生む事があるのが魔道技師の世界だ。ノイルラーの場合も同じだ。ノイルラーの家系にしか起動できない大賢者の残した魔道具……その権利収益だけでも凄まじいものがあるだろうな」


 ようは魔導士や魔導書と同じである。

 少し異なるのが魔道具の作成にはより専門的な知識と技術を要するが故に、作成した魔道具はより高い価値を持つという点だ。

 ある魔道技師にしか作成できない、しかし優れた魔道具。それが意味するものは大きい。誰にも作れないのなら、その製作者を頼るしかないという事だ。

 そして一つ一つの値段が低くとも、一般社会で大量に流通するような魔道具であれば十分な収益を得られる。これがフリッツの言う魔道具フィーバーの仕組みであった。


「でもよ、そんなに有名なのに俺見た事ないと思うぜ?」

「多くの者がそうだろうな。だが確実に恩恵を受けた事がある筈だ」

「何なんだよ」

「それは―――」


「常駐型魔術供給用魔道具……通称『賢者の石』だ」


 エリンが答えようとしたその時、ゼルマが割り込む様に答えた。


「賢者の石って……あの!?」

「いやフリッツが思い描いているものじゃない。あっちは錬金術、こっちは魔道具だ」

「じゃあそれって何なんだ?」


 ゼルマは手に持っていた本を一冊、フリッツに手渡した。


「この本を浮かしたいと思ったら……フリッツ、お前ならどうする?」

「どうって……まあ浮遊魔術だろ。苦手だけど」

「じゃあ浮かし続けたいと思ったら?」

「普通に浮遊魔術を使い続ければ良いんじゃね?」

「何時間どころじゃない。何日も、何年も浮かし続けたいと思ったら?」

「そんなん無理だ。体力も魔力も持たねえよ」

「そうだな。それが普通だ」


 ゼルマはそう言うと杖を一振りする。

 するとフリッツの手元から本がふわりと浮かび上がった。


「『賢者の石』な、魔術師の代替不可性を緩和する為の魔道具なのさ」

「代替不可性?」

「そうだ。そもそも『賢者の石』はかなり大規模な魔道具でな、用途は殆ど一つだけなんだ」

「用途って?」


 ゼルマは更に続けた。


「都市型結界の維持だ。数が限られている『賢者の石』の用途はそれだけだ」

「都市型結界ってでかい町とかに使われてるアレだよな?」

「最高学府にも使われているな。大きな都市には必須となるものだ」

「アレがなんでその『賢者の石』に関係するんだ?」


 魔道具と都市型結界。一見すると関係性は薄いように思える。


 一般的に魔道具の効果効能というものはある程度限定されたものだ。

 魔道具には魔道技師が付与できる魔術しか付与できない。この付与できるというのは、使えると同義ではないのだ。魔術の付与は魔術の使用よりも高度な技術を要するのである。

 これが魔道具が高価になりがちな要因の一つでもある。


 故に都市型結界に代表される、一般的に大魔術と称されるような魔術を付与できる魔道技師は限りなく少ない。殆どゼロと言っても良いだろう。

 その為に現存する強力な魔道具は過去に存在した天才魔道技師によって作成されたものを使いまわしているというのが現状なのである。


 だからこそ、一般的なイメージとの乖離にフリッツも疑問を抱いたのだろう。


「都市型結界と一括りに言うが、その実態は複雑に絡み合った魔術式で作られた魔術の集合体だ。そして……使える魔術師は当然限られる。優秀な魔術師が何人も集まって維持するものなんだよ」

「儀式魔術とも言われる体系だな」

「魔物避けの効果一つだけでも様々な属性が使われている。それこそ何十、何百の魔術式によって組まれた魔術。一人で維持するのは不可能に近い」

「まー、あんなの一人で維持できる訳ねえわな」


 魔力の消耗という話だけではない。それだけ重なり合った魔術を一人の魔術師が維持するには処理能力も圧倒的に足りない。

 それこそ、無限の魔力供給と天才的な魔術回路でも無ければ不可能だ。


「そこで使われるのが『賢者の石』なのさ」


 ゼルマは浮遊させていた本を自身の手元にまで移動させる。

 そしてそのまま手の上に着地させた。


「都市型結界に重要なのは、切らさずに発動し続ける事だ。だが使える魔術師の数は限られている。しかも莫大な魔力も必要だ。何せ、都市全体を覆う規模の結界なんだからな」


 魔術は込められた魔力を消費し終えると消滅する。

 魔術で生み出された物質は消え去り、効果も途絶える。

 小規模の結界なら発動時の魔力だけでもしばらく維持できるだろうが、都市型結界ともなると維持に必要な魔力だけでも莫大となる。


「『賢者の石』の効果は『最初に設定した魔術を魔力が供給される限り発動させ続ける』というもの。つまり一度発動させてしまえば、その後は魔術師の力量に関係なく魔力さえ供給出来れば魔術が維持できるという訳さ」

「過去には結界の維持の為に大量の魔術師が()()されていた時代もあるという。その時代から考えれば革命的な魔道具だろうな」


 大都市では必ずと言っても良い程に張られている都市型結界。

 そのコストを最小限に抑える事が出来る魔道具が『賢者の石』という事だ。


 そして、当然その価値は凄まじい。

 ノイルラーにしか起動できず、調整(メンテナンス)も出来ない魔道具。

 それこそがノイルラーに富を齎したのだ。


「ほえ~……すっげえのな」

「そもそも『賢者の石』の数自体が少ないから大国の王都位にしか使われていないけどな。……まぁそれでノイルラーにはある程度の金があるって訳さ」


 事実、ノイルラー家の現在の収入は『賢者の石』の運用による権利収益が大部分を占めている。

 だがそれは、決して誇れるものでは無い。

 少なくとも、魔術師にとっては。


「何だよ、めちゃくちゃすげーじゃん。何であの先輩お前の事、落ち零れとか言ってたんだ?」

「魔術師としては、ノイルラーは落ち零れでしかないからだ」


 そう話すゼルマの表情は、何一つ変化が無い。

 ただ黙々と本を選んでいる。


「魔術師は進み続けなければならない。にも関わらず、ノイルラーにあるのは大賢者の遺物だけだ。一度はそれで名誉を得たが……他ならぬ魔術の連続的起動自体が大賢者によって否定されているからな、停滞は退行と同義だ、魔術師としては……落ち零れだろうな」


 魔術師が魔術の進歩を止めれば、それは最早魔術師では無い。

 少なくとも最高学府においては、魔術師の条件ではない。

 魔術師を終える事すら出来ていない。


「まぁそんなに気にする事じゃない。俺は俺だ、それに両親には感謝こそあれ憎む事なんて無い」


 それはゼルマの本心だった。

 彼が今こうして最高学府で思うままに魔術を学べているのも、両親の力という部分が大きい。無駄な過程ではあるのだろうが、ゼルマは自分が他の家系に産まれている姿が想像できなかった。


「………さて、今日の所はこれ位にしておこうか」


 ゼルマの腕の中には十冊近い魔導書や参考書が積まれていた。

 いつの間に選んだのか、話している最中も積みあげていたのだ。


「ま、所詮はそんなもんだよな」

「産まれや育ちを気に掛ける必要は全く無いぞ。かく言う私も半ば飛び出す様に森を出て来た身だからな」

「それはちょっとズレてるんじゃね?」


 そうして三人は笑う。いつも通りの姿がそこにはあった。


 ………その後、ゼルマが購入した書籍の総額に二人は言葉を失ったのだった。


 ■◇■

 

〇魔道具

 魔力の力で動く物の総称。魔術を組み込まれた道具達。

 その種類は様々で厳密には全てが同じ方法で効果を発揮しているのではない。

 有名なものでは回復薬やゴーレムも魔道具の一種。

 普通の魔術とは異なる技術を要する為に高価になりやすい傾向にある。

〇魔道技師

 魔道具を専門的に作成する魔術師。

 しかし真理を求め魔術を学ぶという在り方からは離れた存在の為、最高学府の言う魔術師では無い。

 ただ現在の世界にとっては必要不可欠な存在でもある。

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