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大賢者の末裔  作者: 理想久
第一章 魔術師の始まり
2/68

世界は我々が知るよりも遥かに広く、そして我々の想像力は遥かに世界を超えるだろう。

 

 ■◇■


「皆さん、本日から再び教養を貴方達に教える事になりました。教養とは世界の基礎であり常識。常識知らずの魔術師達、そうつまり貴方達に魔術以外の知識について教養発展では教えていきます。では早速ですが昨年の教養基礎の復習から」


 一人の魔術師が教壇に立ち、手に持った短杖をぺちぺちと掌に叩きながら話していた。


「ではそこの学徒、最高学府について簡潔に述べなさい」

「はい」


 教室後方に座っていた学徒の一人が指名され、起立する。

 彼もまた若き魔術師であった。


「最高学府とは大陸中央に位置する魔術師の為の教育機関であり、魔術の研究機関であります。大陸中ありとあらゆる魔術師が集い、日夜魔術の深奥を追い求めるべく研鑽に励む場所です」

「よろしいでしょう。座りなさい」


 教師に促され、学徒が静かに着席する。

 これ位の事は最早一般常識であり、恐らく大陸に住まう魔術師の大半は答える事が出来る内容だ。それは今の学徒も例外では無く、故に他の学徒も当然の様に聞く。


「皆さん知って通り、此処こそは最高学府。世界最高の知恵を蓄える場所。魔術師による魔術師の為の学び舎です。そこの貴方も、そこの貴女も、この場に居る全ての人間が魔術師であり学徒。魔術師を始める場所、それが最高学府なのです」


 大陸には幾つかの大きな教育機関が存在する。

 しかし最高学府程に巨大かつ歴史の長い教育機関は存在しない。

 文字通りの()()。それが最高学府。


「では問題児のフリッツ・フランケン。魔術師を始めるとは何でしょうか?」

「げ……」

「げ、ではありません。早く答えなさい」


 あからさまに嫌そうな表情を浮かべるフリッツを教師が一喝する。

 この教師は昨年もフリッツを担当した教師であり、フリッツは彼女が苦手だった。


「……魔術師を始める事。それは魔術を追い求める事です」

「そうですね。よろしいでしょう、座りなさい」


 促され、渋々フリッツも着席する。


「魔術師を始める時、それは貴方が魔術を追い求めた時。貴方は真理の探究者となり、深淵の求道者となるのです。求めるだけでは駄目なのです。自らの知識と技術で追いかける。魔術師を終えるその最期まで、貴方達は魔術師であり、知を求め続ける事を忘れない様にして下さい。それこそが、魔術師として大成する一つ目の条件でしょう」


 教師が短杖の先でトン、と教壇を突く。

 するとこれまで何も無かった教室の前方に半透明で描かれた大陸の地図が浮かび上がった。


「偉大なる大賢者はかつて、こう言いました。『世界は我々が知るよりも遥かに広く、そして我々の想像力は遥かに世界を超えるだろう』と」


 それは魔術師ならば、誰もが知る言葉だ。

 最高学府の門戸を叩いた時、或いは魔術師になった時。時期はそれぞれなれど、この言葉を知らぬ魔術師は居ない。魔術を志したその時、知る事になる言葉だった。


「追い続ける事です。求め続ける事です。好奇心を忘れない事です。学ぶ知識の全てが貴方を魔術師にするでしょう。……では教養発展の講義に移りましょう。皆さん、資料を開いて下さい」


 ■◇■


「あー、面倒くさかったー……」

「殆ど去年の内容からの続きだっただろう。それに指定された内容もそれ程難しいものでは無かった。あれは魔術師ならば答えられて当然の質問だ」

「フレーメン先生苦手なんだよ……なんか怒られてる気がするし……」

「分かりやすくて良い先生だ」


 初日の一時間目が終わり、ゼルマ、フリッツ、エリンの三人は教室を移動していた。

 初日の講義は学年共通で行われる為、今日だけは三人全員が同じスケジュールであった。


「ゼルマはどう思うよ?」

「厳しい所は確かにあるな」


 フリッツがゼルマに問う。


「だけどまぁ、良い先生ではあるよ。本人の研究も面白いしな。確か『魔術書製作における恒久性の担保』だったかな」

「というか教養を教えられる魔術師は貴重なんだぞ?そういう意味ではフレーメン女史はとても優秀な魔術師だ」

「まぁ……魔術師ってのはマジ問題児ばっかりだからな」

「それはお前もだ」


 そうして三人が移動していると、目の前に人だかりが出来ていた。


 最高学府は小国にも匹敵する程の敷地面積を誇るが、かといって内部構造の全てが大きい訳では無い。無数にある教室、研究室、そしてそれらを繋ぐ廊下等も標準よりは大きい位の程度だ。

 しかしながら三名が現在歩いていたのは校舎間を繋ぐ廊下。他の廊下と比べ横幅がかなり広く作られている場所であった。


 そんな廊下を人だかりが道を塞いでいたのである。


「何かあったのか?」


 フリッツが人だかりを構成する一人に声をかける。


「ああ、喧嘩だぜ喧嘩!二年生と上級生がぶつかってら」

「へぇ……因みに誰と誰?」

「そんなの見た方が早いぜ、ほらアレ!」


 言葉のままに三人が人だかりの中へと足を踏み入れる。人の層自体はそれ程厚くは無く、中心に居る人物らを囲む様に円になって廊下を塞いでいる形だった。


「お、あれって……」

「ああ。……こんな事に巻き込まれるタイプには思えなかったが」


 そこに居たのは四名の魔術師。

 上級生と思しき三名の男性の魔術師達と、二年生らしき少女の魔術師とが対峙していた。


「ああ、クリスタル・シファーだ」


 ゼルマが呟く。


 彼等の視線の先に居るのは一人の少女。

 白く艶やかな長髪、小柄な肉体。そしてそれに見合わぬ大きな杖。

 だが何よりも特徴的なのはその名の如く水晶(クリスタル)の様に透き通ったその瞳だろう。

 美しく、何物にも汚されない、そんな静謐を感じさせる少女だった。


「おいおい正真正銘の特待生(エリート)じゃねえか。それも超が付く程優秀な!」

「シファー。最高学府史上最高評価での受験合格。既に三つの魔術分野について魔導士の学位を修得しているという。間違いなく私達の同期では一番優秀な学徒だな」

「なんでそんな特待生が初日から喧嘩してんだよ?」


 周囲の視線の先にて立つ四名は一触即発の雰囲気を漂わせている。

 今にも爆発しそうな爆弾、或いは決壊しそうな魔術式の様に。


「もう良いですか?時間の無駄なので早く戻りたいのですが」

「つまり、なんだ?馬鹿な俺達はさっさと消えろってか?なぁ?」

「別にそんな事言っていません。難癖をつけられたので『早く移動して勉強した方が建設的ですよ』と言っただけです。というか、さっきから同じ事を何度も言わせないで下さい」

「だからその態度が舐めてるって言ってんだよッ!!」

「舐めてません」


 恐らくはゼルマ達が来る前から同じような会話を繰り返しているのだろう。

 会話から推測されるに、上級生がクリスタルに何やら因縁をつけたのだが思っていた反応が得られず。かといって上級生という立場の手前引くに引けなくなってしまっているという所だろう。

 上級生三名の内のたった今怒鳴りつけていた学徒は明らかにイラついている事が見て取れる。対して他の二人は中心の一人の取り巻き的立場なのかどちらかというとハラハラしている様子だ。


「いつからあんな感じなんだ?」

「かれこれ十分以上はあっこでああして言い争ってんだよあいつら。ま、片方は理解してないみてぇけど」

「ふむ……まぁ彼女の実力なら問題ないとは思うが……」

「てか心配するならあっちの野郎の方じゃね?上級生って言ってもどうせまだだろ?」


 緊張感と野次馬根性が満ちた空気の中、呑気に会話するフリッツとエリン。

 正直彼等の普段の喧嘩は目の前のものよりもっと野蛮なので、それ程心配していなかった。

 寧ろ、相手の方を心配する位には余裕があった。


「それがよお、相手の上級生そろそろ出るって噂なんだと。だから周りの奴等も手出ししてないんだよ」

「うげ、戦闘専門かよ。そりゃ厄介だ」

「まぁ彼女なら大丈夫だろう。そろそろ移動しないと次の講義に間に合わない。行くぞゼルマ……ってゼルマ?」


 フリッツ達が周囲から様子を見ていた生徒に話を聞いていた、その時だった。


「あの、本当に私忙しいのでもう行きますね。用事があるのなら私の研究室まで来てください。では」

「待ちやがれ、このクソガキッ!!」


 遂に痺れを切らしたのだろう。

 暴力的な学徒が、クリスタル・シファーの元へと手を伸ばす。


 しかし、その手が少女の身体に触れる事は無かった。


「……手は駄目だ、先輩」

「――――んだ、お前?」


 いつの間にか少女たちを取り囲む円から一人の男子学徒が飛び出し、延ばされた腕を掴んでいる。


 その生徒の髪は燃え尽きた炭の様に黒く、瞳もまた同様に黒い。

 その生徒を見てある赤毛の学徒は「おいおい」と笑い、あるエルフの学徒は、あちゃあという表情を浮かべていた。


「魔術師が決着をつけるのなら魔術だ。これは魔術師のやり方じゃない」

「だから、お前は誰なのかって聞いてるんだよ……!」


 男子学徒はクリスタル・シファーと上級生三名との間に割って入る形で立っている。

 しかし傍に立つ少女には一切目もくれず、ただ黒髪の間から覗かせる黒水晶の如き眼で上級生の顔を見ていた。


「あ、お前!もしかして!」

「……知ってんのか?」


 取り巻きの学徒の一人が、黒髪の学徒の顔を見て何かを思い出し指を指す。


「レックスさん、こいつ『ノイルラー』ですよ!去年噂になってたノイルラーの魔術師です!」


 ノイルラー、それが彼の姓。少なくとも現代では彼の家系以外には存在しない、彼の生まれ。

 伸ばされた腕を掴んだ少年の名はゼルマ。ゼルマ・ノイルラー。


 つい先程までフリッツ、エリンと共に外円から様子を見ていた彼が今は円の中心で代わりに上級生と相対している。まるで立場そのものを入れ替えた様に。


「おいノイルラーって言えば……!」

「……そうか、お前が()()


 上級生がゼルマに掴まれた腕を振り解く。

 ゼルマもまた素直に彼の腕を離した。


「―――()()()()()のノイルラーか」


 レックスと呼ばれた学徒が笑う。

 その笑みは、単なる笑みで無い事は誰の目から見ても明らかだった。


「『歴史だけは長いノイルラー』、『過去の栄光に縋る魔術師』。魔術師の誇りも恥も外聞も無い、そんな家系……で合ってるか?そんでお前が落ちこぼれのノイルラーって訳だ」


 いつの間にか上級生たちの視線は少女から少年の方へ向かい、興味の対象も変化していた。


「合ってるよ、それで」

「なら良かった。ノイルラーは俺達の間でも噂になってたからな、『百年ぶりの最高学府合格』ってな」

「…………」


 尚もレックスによる嘲笑は続く。しかしゼルマもそんな彼を否定する事も、止める事もしない。

 ゼルマには、彼の言っている言葉が全て真実であると知っているからだ。


 だが、そんな言葉を許さない者も居る。


「おいおいおいオメーら俺のダチに何言ってくれてんだぁ?えぇ!?」

「どうやら余程頭カチ割られたいらしいな」


 フリッツとエリンもまた、円の中心へと侵入する。

 フリッツはわざとらしく怒っている様子で、エリンは冗談か本気か分からない声の調子で。

 しかしそれは単なる演技ではなく、自らの友人が侮辱された事に対しての正当な怒りであった。


「ま、これ以上は拙いですよレックスさん!赤毛の方は全く知らないですけど「おい!」エルフ女の方はあのルッツです!ちょっと前に試合で上級生をボコボコにしてたエリン・ルッツです!」

「残虐エルフで噂のあのエリン・ルッツですよ!」

「誰が残虐エルフだ!それと私の名前はエリン・ペンテシア・フィ・ルッツだ」

「俺の方もフリッツ・フランケンだ!」


 取り巻きの二人が慌てる中、レックスは一人沈黙する。

 やがてゼルマを睨みつけながら、彼は口を開いた。


「優しい仲間に護られて嬉しいかノイルラー?」

「さぁ?」

「……なら、良いだろう。丁度腕試しがしたかったからな」


 レックスが再び笑みを浮かべる。先程のまでのそれとは異なり。侮蔑の精神が含まれた笑みではなく、性格の悪さが滲み出る様な笑顔。


「だが戦るのはシファーじゃねぇ、お前だノイルラー。お前が俺と戦え」

「……な、それは筋が違います。彼は私を庇っただけなのに」

「そうだな。俺はそれを受け入れてやる義理はない。悪いが次の講義があるんだ。失礼させてもらう」


 沈黙を保っていたシファーがレックスの言葉に反論する。

 ゼルマもまた彼の言う事を聞く気等さらさら無く、そのままこの場を去ろうとフリッツとエリンの元へと戻ろうとする。


「逃げるのか?つくづくダセェ野郎だなぁ!」 


 その背中にレックスの言葉が投げかけられたが、ゼルマは歩みを緩める事すらしない。

 

「知らないな。それに、三対一で脅しを掛けていた先輩も相当ダサかったと思うよ」


 そしてそのままゼルマは振り返る事も無く騒ぎの場から立ち去るのだった。

 その背中を睨むレックス達を残して。


 ■◇■

〇家系

 魔術師が一代で真理へと至る事は困難を極める。多くの魔術師にとって老いは逆らえぬものであり、死は逃げられないものだからだ。故に魔術師は自身の子孫にその目的を継承させる。古い家系では神代より家系が続くものもある。歴史が長ければ良いという訳でも無いが、そうした家系出身の魔術師は家系独自の魔術や資質を有する為に優秀な魔術師である傾向にある。

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