物事は始まった瞬間には決着がついているものだ。
■◇■
「〈土槍〉!」
先手を取ったのはレックス・オルソラ。
〈土槍〉が空中に生成され、ゼルマの元へと飛翔する。
「………〈土壁〉」
しかし、すぐさま貼られる土の防壁。
闘技場の部隊は石畳だが、そも魔術は無から有を生みだす術。
ゼルマの目の前に地面から生えるように土壁が現れる。
そして土で作られた槍は壁に衝突し、崩れ落ちた。
「〈土槍〉、〈土槍〉!!」
「〈土壁〉」
距離を保ち、遠距離から魔術を撃ち合う。
それは現代における魔術師の戦闘においては基本となる光景だ。
現代における魔術師は現代魔術を基本においた戦闘を行う。
現代魔術は詠唱を省略し、魔術節を用いる事で魔術発動を極限まで短縮した新しい魔術の形だ。
しかし現代と言ってもすでに神代の終わりから遥かな時が経過している。そうなれば当然、現代魔術に最適化された戦闘方法も編み出される。
「〈土槍〉」
「〈土壁〉、〈火球〉」
レックスが〈土槍〉を放ち、ゼルマがそれを防ぐ。
ゼルマも防戦一方では無い。火属性魔術である〈火球〉を撃ち、反撃を行う。
距離を保ち、攻撃魔術を繰り返す。
現代魔術は効率化された魔術であり、魔力消費の効率もまた古代魔術と比べ圧倒的に良い。
過去には一度の戦闘で数発しか放てなかったとも言われる魔術。神代には文字通りの決戦の為の武器であった魔術を効率化する事でより万能性を増した。
つまり、現代の魔術師は手数で勝負する。
「〈土壁〉、〈土槍〉、〈土槍〉!」
「〈土壁〉、〈火球〉、〈土球〉」
レックスが放つ魔術は槍の魔術節を用いた〈土槍〉。
ゼルマが使用している魔術は球の魔術節を用いた魔術だ。
槍の魔術節を用いた魔術は文字通り槍を生み出す。攻撃に向いた魔術節であり、基本四属性のどの属性にも適した基本的な攻撃用の魔術節だ。
対し、球の魔術節は球体を生み出す魔術節。槍の魔術節とは異なり攻撃に用いたとしても単純な球体を撃ちだす事になる為に、威力においては槍の魔術には遠く及ばない。
球の魔術は最も基本的な魔術であり、戦闘に向いたものでは無いのだ。
「おいおい!そんな攻撃じゃいつまで経っても俺を倒す事は出来ねえぞオラ!!」
「………〈土壁〉」
◇
『先ずはお互いの手札の探り合いでしょうか!基本的な決闘と同じく、互いの魔術を撃ちあっております!しかしレックス・オルソラの攻撃に対し、ゼルマ・ノイルラーは防戦必至!時折攻撃を撃ち返しはしますが、火力が及んでおりません!流石に六年目と二年目、実力の差は大きいように思えますね!』
実況席から試合を観戦している魔術師がゼルマとレックスの決闘を実況する。
「あんの野郎、まるでゼルマが何も出来てねぇみたいじゃねえかよ!」
「落ち着けフリッツ。確かに腹立たしくはあるが、現状の光景だけを見れば事実だ」
闘技場には結界が張られており、舞台上の音声はある程度拡声されるようになっている。
つまりゼルマとレックスの声は闘技場全体に聞こえているという事だ。そしてそれはどちらの魔術師がどれだけ魔術を発動しているのか、闘技場の誰もが理解出来るという事でもある。
「流石に最高学府を出るというだけあって攻撃魔術は練度が高いな。しかも全力ではない」
「様子見ってとこだろうな。明らか手抜いてるぜ、あいつ」
「やはり腐っても最高学府の魔術師だな。魔術式がかなり効率化されている。本気を出していないにも関わらず、かなりの魔術の構成速度だ」
「手加減してやってるってか、しょうもない野郎だな」
「だが、好都合だ」
今もエリンとフリッツの目に映っているのはレックスの攻撃を〈土壁〉で受け止めるゼルマの姿。
実況されていた通り、ゼルマも攻撃の隙間に魔術を放っているが有効打にはなっていない。
誰がどう見てもゼルマは防戦一方の状態に陥り始めている。
『レックス・オルソラは貴族オルソラ家の魔術師!オルソラ家は代々土属性の魔術を得意としている家系だそうです!今回の決闘でも存分に本領を発揮しているようですね!流石の練度と見えます!』
「適当言いやがってよぉ」
「実況の仕事とはそういうものだ」
エリンとフリッツの空気感に反比例するかのように、会場は盛り上がっている。
実況もさることながら、やはり新学期始めての決闘という事もあり魔術師達はゼルマとレックスの攻防の一挙手一投足に声を上げていた。
「間に合うと思うか?」
「五分五分………といった所だろうな。ゼルマ次第だ」
「クソ、気張れよ………ゼルマ」
◇
魔術と魔術が衝突する。
魔術の強度は込められた魔力量や魔術師の力量によって変わる。
ゼルマは〈火球〉と〈土球〉を用いて飛来する〈土槍〉を撃ち落とし、漏れた〈土槍〉を適時〈土壁〉を使う事で防いでいる。
的確に生成途中の〈土槍〉に魔術を衝突させる事で被害を最低限に抑えた戦い方だ。
だがレックスの〈土槍〉は二撃、或いは一撃でゼルマの〈土壁〉を破壊する。
それだけ一つの攻撃に威力差が存在しているのだ。
直撃すればただでは済まない事は自明。故にゼルマは受けに徹している。
しかし逆に言えば、現在は拮抗状態にあるという事でもある。
ゼルマが受けに徹している事で、レックスの〈土槍〉はゼルマに有効打を与える事は出来ない。
「ハハッ!この程度じゃ流石に落ちねぇわな。なら、これはどうだぁ!?」
だがそれはレックスの手札が〈土槍〉だけであればの話であり………現実はそうでは無い。
「二重に刻め……〈二重土槍〉」
「……ッ〈土壁〉」
新たに生み出された土の槍。だがその大きさは先程の二倍はあろうかという大きさだ。
飛翔する土の槍が〈土壁〉に衝突し、貫通する。
「―――ッ」
土の槍がゼルマの身体に衝突し、ゼルマの肉体が後方へと大きく吹き飛ばされた。
『レックス・オルソラの魔術が!今、ゼルマ・ノイルラーの肉体に直撃したああああああ!!』
拮抗状態に陥りつつあった試合に変化が見られ、実況と共に沸き立つ観衆達。
ゼルマの肉体は舞台端ギリギリの所まで吹き飛ばされ、間一髪の所で止まる。
『ゼルマ・ノイルラー!ギリギリでしたね!もう少しで場外負けの所でしたが、〈土壁〉によって威力が抑えられていたのかギリギリの所で耐えました!』
今回の決闘、決着のつき方は二種類。
一つが戦闘の続行不可能が判断された場合。
そしてもう一つが場外負けだ。
舞台の広さは十二分に用意されている。その為、滅多な事では場外負けは起こらない。
これは逃走によって決着が着かなくなる事を防ぐ為に用意されたルールなのだ。
だが今、ゼルマの肉体はいっそ大袈裟とも言える程に吹き飛ばされ舞台の縁ギリギリの所で止まっていた。後少し後方にズレれば片足が舞台外に落とされていただろう。
「おいおい!無事かぁ!?殺したら俺の負けだから死ぬんじゃねえぞ」
「………」
ゼルマが立ち上がり、杖を握り直す。
肉体への損傷は無いが、痛みは確実に蓄積している。
咄嗟の〈土壁〉によって威力を抑える事に成功したが、そう何度も受ける事は出来ない威力だ。
(二重魔術………それ位の事はするよな)
多重魔術。それは名前の通り同一の魔術を多重に発動させる技術の事だ。誰にでも出来る技術では無く、ある程度修練を積んだ魔術師が習得できる技術とされている。
重ねた魔術の数が多い程に魔術の威力・効果は増大し、二重の時点でも二倍から三倍程度の増大効果が存在している。
「おら!次行くぞ!!〈二重土槍〉ゥ!!」
「………聞こえてるよ、〈土壁〉」
レックスの〈二重土槍〉が再び生み出され、飛翔する。
ゼルマの生み出した〈土壁〉の強度は先程のものと変わらない。
つまり、威力を抑える効果はあれど防ぐには至らない。
二度、三度とレックスの攻撃を受け続ければいつかは回らなくなる。
魔力量で比較してもレックスはゼルマよりも多い。加えて土属性魔術はレックスの得意とする魔術。
生得属性と同じ属性の属性魔術の魔力消費は他の属性よりも抑えられる。
レックスが今のペースで〈二重土槍〉を使用したとしても、少なくともこの決闘中に魔力切れを起こす事は無いのだ。
その認識は観客たちも同じ。
「〈二重土槍〉!」
「〈土壁〉」
ゼルマの額には既に汗が流れているのに対し、レックスはその場から殆ど動いていない。
殆ど一方的な攻撃、〈土壁〉でこの現状は打開できないであろうと、多くの魔術師がそう考える。
「―――〈土壁〉」
だがゼルマも無策で〈土壁〉を発動させたのではなかった。
「〈二重土――――――ッ!?」
〈土壁〉が、レックスの足元から現れる。
〈土壁〉の魔術は土の壁を生成する魔術。
ゼルマの生み出す土壁は厚みこそ人一人分程度だが、横幅はゼルマを守るに十分な幅があり、高さに関してもゼルマの身長をカバー出来る高さだ。
そんな土壁が、急に足元から現れればどうなるか。
レックスは咄嗟に回避行動を取り、直撃を免れる。
だが当然、不動のままでは居られない。
体勢を崩し、よろめくレックス。
そんな自分の行動にすぐさま気が付きゼルマの方を向き直るが、もう遅い。
「やあ先輩。足元掬われるぞ………〈火球〉」
声が聞こえる程の距離に近づいたゼルマの攻撃が、レックスに直撃した。
■◇■