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大賢者の末裔  作者: 理想久
第一章 魔術師の始まり
11/75

世界に無駄な知識など、存在しない。


 ■◇■


 大賢者。

 

 その名前を知らぬ魔術師は居ない。

 いや、魔術師で無くとも知らぬ者はいない。


 長い歴史の中で賢者と称される者は何人も居た。

 だが、大賢者と呼ばれる魔術師は一人しか存在していない。

 一人しか、存在できていない。だからこそ大賢者という名前はたった一人を示す呼び名だ。


 現代魔術の祖、果て無き知識を持つ者、魔術師の中の魔術師、世界最高の魔道具技師、序列十位。

 大賢者を称える言葉は数多くあり、そして大賢者の功績を越える魔術師は現代においても生まれていない。

 ある種、神々の如く神格化され信仰された存在。


 大賢者が書き記した魔導書が発見される度に、魔術の常識が変化すると迄言われている。

 大賢者の新刊。それが何処から来たものなのかを正確に知る者は居ない。

 遺跡で発見されるか、骨董市に紛れ込むか、或いは古い本の中に納まっている。それでも新刊と呼称されるのは、それだけ大賢者の魔導書に価値があるからだ。


 ある時には魔術の連続発動に革命が起きた。ある時には魔術の属性解釈に変革が起きた。

 大賢者の魔術理論には、それだけの価値が存在する。


 ()()()()()――――――それは呪いとなり得る。


 ■◇■


 ゼルマ・ノイルラーはノアが去った部屋で一人黙々と魔導書を読んでいた。

 ゼルマは努力家である。

 エリンが多種多様な講義を通じて最高学府の学びを得ているのであれば、ゼルマは読書と実践を通じて知識を得ている。ゼルマは一人の時間を大切にしていた。


 ゼルマの自室の机には山の様に魔術に関する資料が積まれていた。

 魔導書は貴重なものだが、最高学府では学徒は自由に図書館に所蔵されている魔導書を借りる事が出来る。最高学府の蔵書数は間違いなく世界最高であり、内容も充実している為に多くの学徒が利用している。

 ゼルマもその一人だ。一度に大量の本を借り、読み終えればすぐに違う本を大量に借りる。

 今では図書館職員とは顔馴染みである。


 その習慣はレックスに決闘を挑まれた現在も変わっていない。

 時間的には既に夜。つまり明日の正午には決闘が始まっている。

 睡眠時間も考慮すれば残りの自由時間は三、四時間といった所だろう。

 それでもゼルマは日課である読書をしていた。


 ゼルマは読書家だった。

 本の中には様々な知識が存在し、自らの知らない事を教えてくれる。

 顔も知らぬ誰かの研究成果を惜しげもなく記してある本達は、ゼルマにとって宝のようなものだ。


 ゼルマは自分に何が足りないのかを自覚している。

 自分自身の実力が、多くの魔術師が評価する通りのものである事を自覚している。

 故にゼルマは知識を求めている。才能で他社に後れを取るゼルマには時間が足りない。ならば本を読むしかない、本には先人が築き上げた知識の基盤が詰まっているのだから。


 現在読んでいる本も、恐らくレックスとの決闘では用途の無いものだ。他の魔術師、例えばエリンやフリッツであればもっと決闘に役立つ様な本を読むのだろう。

 だがゼルマにとって読書とはそういうものでは無い。


「ふう………」


 遂に一冊を読み終え、本を閉じる。

 ゼルマの読む速度はかなり速い。速読と言っても差し支えないだろう。

 今読んでいた本も本日二冊目である。


 普段ならば二冊程度読み終えた所で疲れ等感じないゼルマだったが、今日は一日中明日の準備を行っていた関係もあってか目の疲れを感じた。

 何も言わず、静かに目を覆う。

 ゼルマの用いる回復魔術はあくまで治癒力の向上であり、疲労までを回復させる事は出来ない。そも魔術の使用にはある程度の体力の消耗が存在する。微々たるものとはいえ、この程度の疲労で魔術を使うのは非効率的だった。


 たった今ゼルマが読み終えた魔導書は属性魔術の運用方法に関するものだった。

 属性魔術。一般的には火、水、土、風の四大属性に加えて光・闇の属性が属性魔術の基本とされている。この他にも発展属性や特殊属性等が概念としては存在するのだが、それは魔術師によっても意見が分かれる所であり共通するものではない。今読み終えた本でも解釈の揺れが存在していた。


 魔術師だけでなく、人間や魔物には生まれ持った得意属性が存在している。

 これを魔術師の世界では生得属性仮説と呼んでいる。つまり生物は生まれ持った属性が既に存在しているのだ、という仮説だ。

 属性に関しては幾つかの仮説が存在しているのだが、中でも生得属性仮説は最も有名なものだろう。


 例えばエリンは風の属性を得意としている。これはエルフの種族的特性だ。またフリッツは土の属性を得意としている。人間の場合は種族的特性として得意属性が存在しないというのは通説だ。


 相手の魔術師の生得属性が分かれば、自然と使う魔術の属性も推測できる。

 特に魔術師の戦いでは相手の属性を知る事は戦術に大きく影響する。

 そういう意味では先程読んだ本も、全く明日の決闘に関係しないという訳ではないだろう。


 そして数分の休憩を経て、再びゼルマは積みあげられた本に手を伸ばす。

 結局ゼルマはこの日四冊の魔導書を読み終えてから就寝したのだった。


 ■◇■


 そして決闘の日。正午の一時間前。


 闘技場の控室でゼルマはエリン、フリッツと会話をしていた。


「ちゃんと飯は食って来たか?忘れ物は無いか?」

「忘れ物も何も持ち込めるのはこれだけだろ」


 ゼルマは手に持った杖をフリッツに見せる。

 レックスが提示した決闘のルールは何でもありだったが、最高学府の管理下で決闘が行われる関係上最低限のルールは存在している。

 

 一つは殺傷の禁止。これは当然だ、最高学府は学徒が無駄になる事を良しとしない。

 二つに魔術書の使用禁止。魔道具は持ち込み可能なのだが、魔力を通すだけで魔術を使用できるようになってしまう魔術書は禁止とされている。本人の実力が関係しなくなってしまう恐れがあるからだ。


 ゼルマは魔道具を積極的に使う魔術師ではない。一部の魔術師、錬金術師や魔道具技師などの魔術師は自身の製作した魔道具を決闘でもふんだんに使用する傾向があるが、ゼルマが使うのは基本的に自身の杖一本だけである。


「本当にそれだけで良いのか?一応私の魔道具も準備してきたぞ?」


 エリンが袋の中から幾つかの魔道具を取り出す。


「大丈夫だ。それに今から魔道具を想定した戦い方なんて覚えられないんでな」

「そうか………すまない、余計な世話だった」

「気にしてない。何度も言うが、心配はありがたいさ」

「う、うむ………」


 ゼルマの言葉に申し訳なさそうに頷くエリン。


「体調とか大丈夫か?呪いとかけられてないか?」

「お前は心配し過ぎだ、フリッツ。大丈夫だ、何も異常は無い」

「だってよ!負けたら退学なんだぜ!?ギリギリまで心配するだろそりゃ!」


 負ければ退学。当然退学になれば復学も出来ないだろう。

 そうなればゼルマは最高学府の地を二度と踏めなくなる。


「狼狽え過ぎだ、フリッツ。ゼルマが心配要らないというのだから私達はそれを信じれば良い」

「お前だってさっきは余計なお世話働いてただろうが!てか知ってんだぞ!昨日一番心配して、その魔道具をわざわざ買いに行ってた癖によ!」

「ばっ!これは元々私が持っていたもので改めて買ったものでは………!というかお前は余計な事を言うな!黙れ!」


 よく見ればどの魔道具も使用感が全く存在していない。つまりは新品という事だ。

 魔道具は決して安いものでは無い、質を求めれば青天井に価格は伸びていく。高品質のものは殆ど一点物という事もあり、値段に非常に大きな幅があるのだ。

 エリンが取り出した魔道具はどれも良品であり、これらを市場で揃えるとなるとそこそこの金額が必要だった筈である。


「そうなのか?悪い、後で買い取らせて貰う」

「いや、大丈夫だ!これは元々私の持っていたものだし、ゼルマは何も気にしなくていい」

「それこそ申し訳ないからな。元はと言えば俺の為に用意してくれたものなら、俺の為にも買い取らせてくれ。必ずどこかで使うから」

「そ、そうか………?本当に気にしなくて良いんだぞ?」

「こっちが気にするんだよ、仲間に一方的に金を使わせてしまうのは」


 うーむ、と少し悩む素振りを見せた後、エリンは仕方ないといった顔で受け入れた。


「わかった。そこまで言うなら、後で金額は教える」

「ありがとう、エリン」


 そんな会話を挟み、時間は過ぎていく。


 そして、遂に正午が訪れた。


「時間だ………行ってくる」


 その言葉と共に立ち上がるゼルマ。


「おう、勝ってこい!待ってるからな!」

「終わったら祝杯をあげよう、食事も用意しておく」


 その背中に激励を浴びせるフリッツとエリン。

 彼等の言葉に一言、「ああ」とだけ返してゼルマは闘技場へと歩いた。


 ■◇■


『さぁ見て下さい!この観客たちの数!凄まじい数です!』


 拡声器による声が闘技場に響く。だがそれを覆う程のざわめきがそこには存在していた。


『それも当然と言えるでしょう!新学期始めての決闘なのです!しかも本日は多くの暇を持て余した学徒がこの決闘を見ようとここ第二闘技場へと集まっております!』


 エリンの予測通り、時間割の都合で講義が少ない今日は多くの学徒がゼルマとレックスの決闘を一目見ようと第二闘技場へと押し寄せていた。

 観客席は殆ど満席。立ち見が出る程でも無いが、それでも急遽決まった決闘である事を考慮すれば凄まじい熱気が会場には存在していた。


『さあいよいよ正午!お待ちかねの選手入場です!』


 その合図と主に、ゼルマとレックスの姿が第二闘技場に表れる。

 互いに正面の入口から入場し、舞台の上へと歩く。

 彼等の姿が見えた時、一層観客の盛り上がりは増した。


『方やハルキリア王国貴族であるオルソラ家の魔術師!レックス・オルソラ!!方や古き歴史を持つ魔術師の家系であるノイルラーの魔術師!ゼルマ・ノイルラー!!レックス・オルソラは近々最高学府を出るとの噂がたっております!この決闘はその景気づけなのでしょうか!?』


 最高学府所属の魔術師は非常に多い。

 世界中から魔術師が集まってくるという事もあるが、何より多くの学徒が最高学府に残って研究を続けるという理由もある。

 その為かハルキリア王国貴族であり、しかも最高学府を出るというレックス・オルソラの注目度はもとより高かった。


「逃げずに来たじゃねえか」

「今更逃げる訳無いだろ。そっちこそ逃げると思ってたよ、()()

「は、一々腹立たしい奴だなぁ、お前は!」


 向かい合った開口一番、両者の舌戦が始まる。

 露骨な煽りにゼルマも冷静に撃ち返す。


「しっかり味わっとけよ、最初で最後の闘技場と最高学府をな」

「ああ、今から楽しみだよ。先輩を倒すのがね」


 そして両者距離を取り――――――


『試合、開始ィィィィィィィ!!!!』


 戦いの火蓋は切って落とされる。


 ■◇■

〇大賢者

 世界最高の魔術師。大賢者と呼ばれる者が歴史上一人しか存在していない為に、大賢者という言葉が大賢者の名前を指す言葉となった。未だに世界に及ぼす影響は大きく、大賢者を越える魔術師は世界に誕生していない。

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