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大賢者の末裔  作者: 理想久
第一章 魔術師の始まり
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魔術師とは魔術を探求するものの事である


 ■◇■


「おいおいおいおい君!噂になってるぞ!本当に決闘を挑まれたのかい!?」


 ゼルマが自室にて調べ物をしている所にノアが飛び込んで来る。

 余程慌てていたのか、挨拶も無しにだ。


「………鍵はかけていたと思うんですが」

「ん?………ああ、まあそんなこと今はどうでもいいじゃないか。それよりも!だ。聞いたぞ、レックス・オルソラに決闘を挑まれたらしいじゃないか」

「先輩の耳にも届いているなんて、噂は早いですね」

「久しぶりに登校したら学内の至る所から聞こえてくるんだもの、そりゃあ知りもするよ」


 ツッコミ所は山ほどあったが、一先ずゼルマは保留する事にした。

 いくらノア・ウルフストンという魔術師が世俗に疎いとはいえ、いずれ耳に入る事は予想出来た事だったからだ。魔術師は常に娯楽に飢えているのだから。


「正気なのかい?本当の本当に決闘を受ける気?」

「受ける気も何も、もう受けてますからね。そういう訳でこっちは準備で大忙しなんです。心配してくれるのは嬉しいですが、今更どうにか出来る事でもありません」

「そりゃあそうだけれどさ………君、決闘なんて受けるタイプじゃないだろう?どうして今回は決闘を受けたのさ。普段の君ならのらりくらりと躱してるだろうに」


 ある程度付き合いが長いからこそ、ノアもまたゼルマの行動に違和感を抱いているようだった。


「クリスタル・シファーと君の間に、何があるというんだい?」

「………」


 故に、その疑問もまた当然だった。

 ノア・ウルフストンは聡い魔術師だ。少々ポンコツ気味な部分は否めないが、補って余りある頭の回転の速さや、推測力を有している。そうでなくては魔導士の学位等得られてはいない。

 世間の評価で考えれば、現状のゼルマよりも非常に高い評価を得ている。


 だが、ゼルマの答えは変わらない。


「別に何もないですよ。ただ、あいつがしつこく絡んで来るから受けた迄です。それに………決闘を通じて実力を証明出来るのは俺にとっても悪い事じゃないですからね」

「実力を証明………ああ、君()()()で行く気なのか」

「流石ですね。ええ、その為に今準備をしている所なんです」


 魔導士の学位を取得するもう一つの手段。非常に前例としては少ない、実践を通じた証明。


 ゼルマ・ノイルラーは現在二年目の魔術師だ。対してレックス・オルソラは最高学府を出る間近の魔術師。傍から見ればそこには大きな実力の隔たりが存在している。

 だからこそ、ゼルマはその状況を利用する事にしたのだ。


「レックスとかいう男、もうすぐ此処を出るんだってね。そりゃあ舐められたら終わりだって考える訳だ。勿論、彼自身の自尊心由来の部分も大きいだろうけれど」

「貴族なんてのはそんなもんです。………勿論例外は居るでしょうが」


 最高学府を出る。それは一般の教育機関における卒業を意味する言葉ではない。

 最高学府の魔術師は通常、入学したその瞬間から魔術師を終えるその時まで、魔術師として最高学府に属する事になる。最高学府は『最高学府』という巨大な組織なのだ。

 故に最高学府の魔術師に卒業は本来存在しない。何年経過しようが、最高学府の魔術師は最高学府の魔術師として魔術の探究を止める事は無いからだ。


 だが例外が存在する。それが最高学府を()()事だ。


 最高学府から出る、それは普通有り得ない事であるが故にそれを表す適切な語彙が存在していない。

 だがそれは退学と合わせた二つの手段の内の一つだ。


 最高学府から出た生徒は、以後最高学府の魔術師では無くなる。つまり魔術を学ぶ者としての魔術師の活動に終止符を打つ事になるのである。

 それは魔術師を始めた最高学府の魔術師にとっては、魔術師の終わりに等しい行為。


 そうして最高学府から出た魔術師がどうするのかというと、大抵の場合は冒険者になる。

 一般的に魔術師とは魔術を扱う者達の総称だが、最高学府に属する者達の認識は少し異なる。最高学府にとっての魔術師とは、魔術を探求する者の呼称。

 冒険者とは冒険する者の事だ。冒険者は魔術を目的の為に利用する事はあるが、魔術そのものを目的にはしていない。だから冒険者と魔術師は異なる存在なのだ。


 レックス・オルソラもまた最高学府を出る学徒ならば、その目的は冒険者だろう。

 冒険者は舐められたら終わり、という言葉が存在するように、冒険者にとって面子は非常に重要なもの。そして精神面から言っても、冒険者にとって自尊心は非常に重要なものと言える。


「という事で、すみません。今は先輩に構っている余裕が俺にはありません。もしかすれば………俺に残された最初で最後のチャンスかもしれませんから」

「そうか………君は、そんなにも………」


 自分で言っていて辛いものがあるが、しかしゼルマは理解している。

 自分という魔術師が魔導士の学位を得るには、最早この手段以外には残されていないであろうという事を。そしてその手段すら………普通の勝利では得られないという事も。

 だからこそ、ゼルマは決闘を受けたその瞬間から脳内で準備を始めていた。自宅に帰ってからも、殆ど休みを取る事無く準備を続けている。 


「ねぇゼルマ………私が、いや………()()()()()()が力を貸そうか?」

「………それこそ正気ですか、先輩?その言葉の意味が分からない魔術師では無いでしょう」


 ノア個人がゼルマに手を貸す、それは魔術師の先輩後輩としての行為であり何の問題も無い。一部の権力争いに脳を支配されたような魔術師は深読みするだろうが、個人間の助力に過ぎない行為だ。

 だが、ウルフストンは違う。ウルフストン家が力を貸すとなれば、話は異なる。


 ウルフストン家は最高学府六門の内が一つ、魔術歴史部門を担う門主の家系。

 最高学府内外に大きな権力を有した、ともすればレックスのオルソラ家等よりも強大な影響力を保有する家系なのだ。特に魔術師にとってのその名前は余りにも大きい。

 ウルフストンがゼルマに助力する事となれば、ゼルマは望むままに欲する魔道具を支給されるだろう。根回しを行えば決闘を今からでも有利な条件にする事も可能かもしれないし、そもそもの理由であるレックスとの因縁すらも解決出来うる。

 だが、ウルフストンが個人の魔術師に力を貸す。それは単に支援するという域を超越した行いだ。

 ウルフストンは魔術歴史部門の門主。そんな家系が一人の魔術師に力を貸せば、その魔術師がどんな存在なのかを対外的に宣伝するという事に等しい。

 ゼルマは将来的に魔術歴史部門への所属を確約されるようなものだ。ゼルマが望まずとも、他の部門がゼルマという魔術師を受け入れない。既にウルフストンが唾を付けた魔術師であると認識されているのだから。


「正気だよ、私は。ウルフストンなら、多分君の問題はすぐに………とはいかないだろうけれど解決出来る。そうでなくとも君を支援する事が出来る。魔導士の学位を取得する為に、してあげられる事は沢山あるよ。そうだよ、そうすればいいじゃないか!三年を終えたら魔術歴史部門(ウチ)に来ればいいし、私も研究室を開くからさ!それに、なんだったら私とウルフストンに………!」

「先輩」


 名案を思い付いたとばかりに勢いづいて話すノアを、ゼルマが遮る。

 ゼルマの一声は、彼の部屋に静かに、だが確かに響いた。


「確かにそれは魅力的な提案です。今ある問題の多くをウルフストンの助力は解決してくれる」

「だったら!」

「ですが先輩、俺は前に先輩に告げた筈です。俺は、自分の未来は自分で決めます」

「………!!」


 ゼルマは物怖じする事無く、躊躇う事も無く、ただ事実を彼女に告げた。

 確かにノアの提案は魅力的なものだった。ウルフストンからの助力は強制力もあるが、それを考慮しても補って余りあるメリットをゼルマに齎すだろう。

 六門主の家系が後ろ盾となる、という事は此処最高学府においてこれ以上無い程強力なものだ。


 だが、それでは駄目なのだ。


「俺は先輩みたいに優秀な魔術師ではありません。もう四回も魔導士の学位を落としている、落ちこぼれです。誰かに誇れるだけの才能は、俺にはありません」

「そんな事は………!」


 ノアはゼルマの言葉を否定しようとして、出来なかった。

 ノアは自身は、ゼルマの事を認めている。才能が無いとは、決して思っていない。

 だが、ノアが先程提案した事は、他ならぬノア自身が彼の実力を疑ったが故の提案だった。

 無意識的に、ノアはゼルマがレックスには勝てないのでは、と考えてしまったのだ。意識上ではゼルマの勝利を信じていても、不安を抱いてしまったのだ。

 そしてゼルマが自力で魔導士の学位を取得する事も、疑ってしまった。これは裏切りに等しい行為だと、彼女は自分自身に思う。

 それに気が付いたからこそ、ノアに安易な否定は出来なかった。


「だからこそ、俺はやらなくてはいけないんです」


 ゼルマはつい先日と同じ様に、ノアに告げた。


「俺はウルフストンの力を借りるつもりはありません。先輩には悪いですが、魔術歴史部門に入る事も無いでしょう。ウルフストンの一員になる事もありません」

「あっ………。ッ~~~!!!」


 ゼルマの否定に、ノアは先程何を口走ろうとしてしまったのかを思い出し顔を赤面させる。

 ウルフストンに入る、一員になる。その意味が分からぬ魔術師は居ない。


「ち、違うよ!?私はそんなつもりで言おうとしたんじゃ無くてね!?」

「分かってます、だから落ち着いて下さい」

「ほ、ほんとだからね!?ただ君が困っているなら力になれるかもしれないって、本当にそれだけだから!別に君がウルフストンにとか、全然思って無い………事も無いけれども!本当に、違うからね!?」


 動揺して何を言っているのか自分でも分からなくなり、とんでも無い事を言ってしまっているノア。

 普通の人間ならこの場に居るのもいたたまれない所である。


「分かりました」

「うん!!」


 だがゼルマは物ともせず、冷静に返事をする。

 息を切らし、顔を耳まで赤くしたノアが大きな声で肯定する。

 これで気が付かないのは余程の鈍感だけだろう。


「………という事で先輩の力は借りません。俺は俺だけの力で勝利します」

「………分かったよ。もう何も言わない。けど、応援だけはさせて貰うよ?それ位は良いだろう?」

「勿論です。ありがとうございます、嬉しいですよ」

「うぅ~~~そういう所だぞ、君………」


 ■◇■

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