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大賢者の末裔  作者: 理想久
第一章 魔術師の始まり
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魔術師を始める。

 

 

 目の前に、一つの押鍵(ボタン)がある。

 押せば何かが変化する。押すという行為をきっかけにして、何かが変わる。


 一つ得る度、一つ失う。

 一つ失う度、一つ得る。


 これはそういう契約。そういう物。

 これはそういう約定。そういう物。


 行為には責任が伴うという法則を、形に例えただけの話。


 では世界について、ある過程の話をしよう。


 人は生まれながらにして完成しているのか?

 人は果たして運命から逃れる事は出来るのか?

 人は真理に到達出来るのだろうか?


 これは俺が自分を見つける物語。


 ■◇■


 大賢者の末裔《Descendant of the Wiseman》


 ■◇■


 そこは余りにも広大な部屋であった。

 いや、部屋と呼ぶには余りにも異質。故にそこは余りにも広大な図書館であった。

 空間の壁という壁を書物が埋め尽くし、人が用いるであろう机や椅子にまで書物が詰め込まれている。しかし決して雑に扱われている様子は無く、製作されてからかなりの年数が経過していそうな背表紙達は当初の整然さを保っていた。


「諸君らに与えられたのは三つの権利である」


 その空間の前方で、一人の老人が直立してた。

 全身を魔力の練り込まれた魔道具(マジックアイテム)で身を包み、手に携えられた杖は生み出されてから何百年もの年月が経過しているであろう荘厳さを醸し出している。

 だが見れば分かる。

 ある程度熟達した者であれば、彼の本質がそれでは無い事が一目瞭然だ。


「探求・記憶・進化。我々は全ての知性体にとっての叡智であり、世界に存在する知の先導者でなければならない」


 老人が言う。魔術によって老人の声は拡声され、図書館の中に座した者達の元へ届けられる。

 何百人ともすれば千人は超えるであろう魔術師達の元へ、老人の声が届けられる。


「探究せよ。諸君に与えられた限りなき探究心の許す限り、世界の真理を探し求め、解き明かすのだ」


「記憶せよ。あらゆる知識を記し、残し、憶えるのだ。何れ遍く全てを書に記録し、誇るのだ」


「進化せよ。諸君は雛であり若葉である。常に上を目指し、常に変化し続けよ。何れ頂きを拝むその時迄」


 魔術師達は静かにその言葉を聞いていた。

 自らの内に抑えきれぬ欲望を抱いて。


「私は許そう。諸君らの知的好奇心を、その無窮の渇望を」


「私は許さない。諸君らの輝きがいつか錆びてしまう事を」


「私達はその全てを受け入れよう。此処には諸君らが求めるものが必ず存在する事だろう。足りなければ生み出し、知らねば学べ、魔術師を始めるのだ」


 そうして老人が宣言する。

 かの大神が、かつてそうしていた様に。


「見つけ出すのだ」


「無窮の宙の果てに在りし幻想を」


「遥かなる太古に眠りし龍の秘儀を」


「彼方へ消えし神々の真髄を」


「永久に忘れられた魔法の真理を」


 ある魔術師が笑う。

 ある魔術師が睨む。

 ある魔術師が俯く。


 彼等に共通する事は、既に始めた者であるという事。


「これより先は()()()()


魔術師(諸君ら)における最高の学び舎であり、世界最高の知の集合点」


 それは決して誇張ではない。

 れっきとした事実であり、正しい真実。


「機会は均等に与えられた。後は諸君らの成すべき事を成すが良い。いずれ魔術師を終えるその時迄」


 そうして老人が締めくくる。


「最高学府学長、キセノアルド・シラバス」


 ■◇■


「おいゼルマ、お前何履修するかもう決めたか?」

「大体決めた」

「マジ!?なー頼むよー!俺達友達だろー!?教えてくれよー!!」

「教えてもいいけど、課題の手伝いはしない。もう二年目なんだ、自分の事は自分でしろ」

「後生なーーーー!!!」


 二人の男子学徒が食堂で会話をしていた。

 食堂は既にかなりの学徒達で賑わいを見せており、人種(ヒューマン)、エルフ、ドワーフ、獣人様々な人間達がそれぞれに昼飯時を過ごしている。

 食堂には様々な文化圏の料理が取り揃えられており、どの者達も思い思いに好きな料理を楽しんでいる。

 ゼルマと呼ばれた学徒もまた、そうして注文したばかりメニューを食べていた。


「良いじゃんかよー!お前頭は何でか良いんだからさー!ちょっと位座学苦手な俺に恵んでくれたって!」

「『何でか』は余計だ。というか自分の適性に合った講義を履修するのが一番楽だぞ。実技は結局自分の実力が無ければ合格出来ないんだから」

「だからこそ課題を手伝ってくれる親友が欲しいの!ってか自分の研究だけでも時間が無いのに他にも色々取るとか無理だって……」


 赤毛の人種の男子学徒がぐったりと食堂の長机に項垂れる。

 食堂に置かれた長机は、それ一つで数十人は同時に食事をする事が出来る大きさである。二人はそんな長机の端に座っていた。


「普通だよ。どの学徒も三年目迄は基礎の講義を履修するんだから」

「あー良いよなー特待生(エリート)はー……あいつらは二年目から自由履修だろ?マジ羨ましいよ」

「あいつらもあいつらでそれなりに努力してるよ。義務だってあるだろうしな」

「分かってるよ、受験とかしてる奴はな。でも家柄で入って来てる様な奴は納得いかねー」

「……それなりに苦労してるだろ、家柄の良い奴(エリート)も」


 そうして男子学徒達が話していると、一人のエルフが先程受け取ったばかりであろうスープとサラダを手に二人の元へと現れる。

 凛と伸びた金の髪はいかにもなエルフの特徴である。静かながら鋭い眼差しも合わせ、彼女から受ける印象は伝統的なエルフに対するイメージそのものだろう。


「お前はまだそんなくだらない文句を言っているのかフリッツ。いつまでもゼルマに付き纏うな、鬱陶しい。食べる気が無いならそこの席を空けろ。私が座れない」

「うっせーエリン!優等生のお前には分からんだろうよ!俺の苦労なんて!!」

「分からんな、履修を失敗して休暇中補習を受けていたお前の気持ちなんて」

「あああああああ!!??言っちゃいけない事言ったなお前!?折角忘れかけて来たのに!折角記憶の彼方に置き去りにしようとしていたのに!」


 エルフの女子学徒エリンは赤毛の男子学徒フリッツと出会って早々に口論を始める。

 しかしもう一人の男子学徒、ゼルマは止めるそぶりすら見せない。彼等がこうして口喧嘩をするのは既に見慣れた光景であり、どうせ暫くしたらお互い何も気にしていない事を知っているからだ。


「少しはゼルマを見習ったらどうだ?というか余り騒ぐな、五月蠅い」

「うっせー!つーかゼルマだって別に真面目って訳じゃ無いだろ!時々サボってるし!」

「だが単位はしっかり取ってるだろ。補習を受けている馬鹿よりマシだ」

「だからあれは事故だったんだって何度も言ってるだろ!?俺だって好き好んで登録忘れなんてした訳じゃねーよ!」

「登録忘れに気付かず期間中履修するのは流石に馬鹿だろう……」


 ぐぬぬ、とフリッツは唸るがぐうの音も出ないという奴である。

 登録を忘れるという事だけでも相当アレな事は彼自身も理解しているが、まさか登録忘れに気が付かずしっかり講義に出席していたなんて馬鹿はフリッツ一人だけだろう。

 少なくとも最高学府の長い歴史の中では彼だけである事は後に講師から聞いた事だ。

 本来なら単位取得は絶望的だったが、本人が普通に講義に出席していた事は教師も知っていたので休暇中の追加補習で何とか単位を取得したのであった。


「そういうお前は登録済ませたのかよ!?」

「当然だろう。明日からは普通の学期だぞ?寧ろギリギリまで登録していない方が珍しい」

「……因みに何取った?」

「教養発展、現代魔術発展、古代魔術総論、信仰魔術基礎、錬金術基礎、魔具工学基礎、魔像工学基礎、精霊魔術基礎、魔術式学、序列学、魔王研究、神代歴史学、国家歴史学、人種歴史学、古代エルフ語、実戦魔術戦闘、実戦杖術、実戦弓術……」

「ちょちょちょ!!タンマ!」


 淡々と自身の履修する科目を言い続けるエリンをフリッツが思わず制止する。


「何だ?まだ半分位だぞ」

「どんだけ取ってんだっつーの!幾ら何でも多すぎだろ!」

「確かに多少多めに登録してはいるが……この位常識の範囲内だ。ここは最高学府だぞ?探せば私より登録している魔術師なんぞ普通に居るだろう」

「だからそれは優等生だけなんだって!俺は参考になるような話を聞きたいの!馬鹿みたいに勉強に追われて本末転倒!みたいな感じにはなりたくないの!!」


 フリッツがダンダン!と机を叩く。その様子を見てエリンは再び大きく溜息をついた。


「だから何度も言うが、此処は最高学府だぞ?勉学こそが我々の本分。魔術師の本領だ。基礎を固めずして魔術師は始められないだろう。お前だって魔術師を始める為に此処に来たんだろうが」

「正論言うなーーー!!この年増エルフがぁぁぁ!!」

「なっ!?と、年増だとぅ!!??」

「お前俺の倍以上は生きてんだろうが!何でそんなに説教臭い事ばっか言うんだ!オカンか!?お前は俺のオカンなのか!?」


 種族によって寿命には幅があるが、人種であるフリッツから見ればエルフであるエリンは遥かに長命種だ。例え精神年齢で考えればそれ程差は無くとも、現在のフリッツの年齢はエリンの半分程度しかない。

 エルフであるエリンからすれば同年代に違いなくとも、実年齢として数字で見れば確かな差がある。


「し、失敬な!私はまだ若い!お前こそ人種にしては老けてる癖に!」

「俺は筋肉が付いてるだけで老けてる訳じゃねー!!」

「私からすればどちらも似たようなものだ!」


 そしていつも通りの口喧嘩は加熱する。

 しかし周囲の人間は特に彼等の事を気にする様子は無い。こんな諍いは最高学府に住む魔術師達からすれば日常茶飯事なのだ。

 時には学徒を教え導く立場にある講師達が己が信条の違いから衝突する事すらある。最高学府はそういう場所なのである。


「ご馳走様。……二人共、俺はもう行くぞ?」


 そして醜い言い争いを続ける二人を尻目に淡々と昼食を食べ終えたゼルマはそのまま食堂を後にするのだった。


理想久です。異世界系です。

本日19時にもう一話投稿しますので、まだの方はそちらも。


また「ベツバラ!!」というシリーズも更新中ですので、興味があればよろしくお願いします。

https://ncode.syosetu.com/n2900gy/

こちらは何でもありのローファンタジーです。


〇最高学府

 大陸中央部に位置する世界最大の教育機関。六門と呼ばれる六つの部門と、それぞれの部門に幾つかの学科が設けられている。魔術師における文字通りの最高の学び舎であり、勢力として小国を遥かに凌駕する。

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