二度目の出会い
13歳の春休み僕は高校受験の参考書を祖父母の家の近くの本屋に買いに行った。
大きな窓ガラスの近くに置いてあるたくさんの雑誌を横目で見ながら、本屋の中をぶらぶらと歩いて回っていた。
ふと外を見た時、なんだか見覚えのある女の子が白いトレーナーに焦茶色のキュロットをはいて、不釣合の銀色の大きめのボロボロでサビサビの自転車を押しながら、少ししょんぼりした顔をして横断歩道を渡りこちらに向かっているのが見えた。
どう見ても、少しだけ成長したあの時の彼女だった。
3年ぶりだった。
見かけたのは3年前の1度きり、人の顔などあまり覚えない僕が彼女に気づいた驚きと戸惑い、自分でもよくわからない嬉しさ今まで味わったことない気持ちだった。
そして、「どうして僕はいつも彼女が落ち込んでいる時に遭遇してしまうのだろう」と言う落胆。
まぁ知り合いでも何でもないし、思春期を迎え中二病を患っていた僕には話しかけるのは難易度が高すぎた。
でも気になってしかたないから近場にあった雑誌をとっさに手に持ち、雑誌を読むふりをしながら、彼女を覗いていた。
どうも自転車は誰かからの借り物のようだ。
サドルの高さは全く合ってないし何より自転車が大きすぎるあっちこっちぶつけた跡があるしサビもひどすぎる。
何よりもガラス越しでも聞こえてくるカラカラカラカラッと言うカラカラ音、完全にチェーンが外れている音である。
よく見てみれば、彼女の指先とおでこ、白いトレーナーに縫い付けてあるアップリケのウサギの顔がサビ色になっていた。乗っている途中でチェーンが外れ一生懸命に直そうとしたがダメだったのであろうと。僕は予想をつけた。
彼女はそのまま、本屋の駐輪場まで自転車を止めに行き、鍵もかけずにその場を離れてしまった。
彼女の不用心さに驚きつつ自転車が盗まれないかひどく心配になった。まぁあんなボロボロの自転車を好き好んで盗む物好きはいないだろうけど、目の前で盗まれてしまっても、寝覚めが悪いし、仕方なく本当に仕方なく僕は自転車の止まっている駐輪場まで行き、彼女の自転車が盗まれないように見張ることにした。
彼女が戻るその少しの時間だけの見張りのつもりだったけど、彼女がなかなか戻ってこない。
人の自転車だし、勝手に触るのはいけないことだろうし、だけど帰り道彼女が困るのではないのかなとだんだん帰り道の心配までしてしまって、結局我慢できず外れたチェーンを治し始めた。
周りの人間に僕が泥棒だと勘違いされたら嫌なので、
「あーっ、チェーン外れてるなぁ直さなきゃなぁ」
なんて大声で言いながら、彼女の自転車のチェーンをガチャガチャと直していた。
近くにいた小太りのおじさんがなぜか一緒に直すのを手伝ってくれて、完全に僕の自転車だと勘違いしていた。
最後に、「ちゃんとメンテナンスしなきゃだめだぞ。」
っておじさんに注意をされてしまった。
僕のじゃないしとは言えないから黙って聞いてお礼を言った。手伝ってもらえて助かったし。
チェーンはかなり緩んでいたのでまた外れそうだなぁと思ったが、これは僕にはどうしょうもないことなのでとりあえずサビサビでかたくなったサドルも身長を考えながら下げておいた。
作業が終わって、汚れた手を洗ってからまた本屋の中に戻って彼女を探した。
彼女は、海外のファンタジー小説のハードカバーの本がたくさん置いてあるコーナーでまだじっくりと本を選んでいるようだった。しばらくして本を選んだ後、ほくほく顔で自転車の方へ歩いて行った。僕は彼女の反応がひどく気になったので、後から僕も帰る体で駐輪場までついて行きこっそりと様子を伺うことにした。
駐輪場に着くと彼女は、自分が自転車に鍵をかけていなかった事に気づき顔面蒼白となり、自転車が盗まれてなかったことに安堵し、そして、自転車を出すときに、サドルの高さやあのカラカラ音が出ないことに気がついて不思議そうな顔をして頭を傾けた後、もう一度自転車を見て驚いた顔をしてあたりを見回し、なぜか納得顔をして2回頷いてからにっこり笑い大きな声で「ありがとう」と言った。あの納得顔の意味は分からなかったが表情の七変化は面白かった。
今回も僕は彼女を救うことができた。そのことにとても喜んでいる自分に気がついた。前回はただの偶然だし、今回もただの偶然だったけど、自転車のチェーンを直すのは、泥棒と勘違いされるリスクもあるし、わざわざすることでもなかったのに、僕は進んで彼女の危機を救おうとしたどう考えてもやりすぎだった。
もし他の人が勝手に僕の自転車のチェーンを直していたらあまりいい気分ではないと思う。
知り合ってもない。2回だけ見かけただけの女の子にする行いとしてはキモすぎる行いだった。
僕は自分が善人でもないし、優しい奴じゃないってことを知っている。
今回自分自身がなぜこのような行動をとったのか謎だった。
基本的に、僕はよくものを考えて行動する方だし、善行もやりすぎれば迷惑になるものだし、押しつけがましい善意はむしろ悪だ。
どうやら僕は彼女に対してはやりすぎてしまうきらいがあるらしい。もう会うこともないかもしれないが、気をつけなければならないなと強く心に留めておくことにした。
もう会うこともないかもしれないと言いつつもまた会えたらいいなと期待する自分がいた。
そして、その機会は高校受験の日に突如訪れた。