第4話 事件発生
1月10日夕刻、司令部にとんでもない情報が入った。
なんとドイツ空軍所属の航空機が、ベルギー領に不時着したというもの。
そこまでは事故ということにできるが、乗っている者の所有物がまずかった。
ベルギー攻撃に際して、降下猟兵部隊の作戦計画が書かれた文書がベルギーに漏れてしまったのだ。
これは実際に史実で起きたこととして記録されている、メヘレン事件だ。
転生してきてから、初めて目の前で起こった史実の出来事だな…。
これに対してヒトラーは、作戦計画の変更をした。
それで採用されたのが、有名なマンシュタイン・プランだ。作戦の軸となるのが、虎の子の装甲部隊である。
まぁ、事件が発生するのを把握しておいたから、早めに作戦を練ったんだけどね。
事件発生から、すぐにヒトラー総統に呼ばれた。
案内されて部屋に入ると、流石にそうそうたるメンバーが集まっている。ヒトラー、ヒムラー、ハルダー、カイテル、ヨードルを始めとする、歴史に名を残した人達ばかりだ。そりゃそうだ。これから攻める国に、自分達の計画の一部が漏れたのだから。
「全員、集まったようだな」
総統が話を始める。
「諸君、すでに知っているであろうが、情報が漏れた。具体的な詳細については、まだ不明な点もあるが、分かっていることは、今の作戦では危険すぎるということだ」
ヨードルが発言の許可を求めた。
「総統、速やかな作戦変更を求めます。今の作戦では、リスクが大きく、敵に罠を貼らせることになります」
「...うむ、ヨードルの言う通りだ。逆に取れば、こちらも罠を張ることができるが、それをする必要性がない」
「総統閣下、ご命令を」
「うむ、命令を下す。現在の作戦計画を破棄し、新たな作戦を急ぎ、立案せよ」
グーデリアン閣下には許可済みだ、この時を待っていた!
すぐさま発言の許可を求める。
「どうしたランベルガーよ?何か、考えがあるのか?」
「はい総統閣下、私は既に、新たな作戦を立案済みです」
全員が驚きの表情を浮かべる。ただ一人、グーデリアン閣下だけが満足気な表情だ。
「ほう、それは興味深い。諸君、彼、ラインベルガーが、噂の未来からの転生者だよ」
タイミングが良い、ここで上層部の連中に顔を覚えてもらおう。
「はい、私が2022年から転生してきた、ラインベルガーです。ドイツの行末を、記憶しています」
「ラインベルガーよ。さては、こうなることを見越して、作戦を立案したのだな?」
ヒトラー総統が笑顔で聞いてくる。
その表情は、あたかも少年が新しい知識を得る時の、ワクワクするといった表情だ。
「総統閣下、その通りです」
「うむ、流石だ!。ちょうど良い、ここで皆に披露してくれないか」
「了解しました」
今まで練ってきた作戦、通称「黄の場合」作戦を披露する。
「装甲部隊による、突破の繰り返しか...そして、30万ものダンケルク包囲」
「今回の作戦の焦点はダンケルクにあります。私の記憶している情報通りに戦局が進んだ場合、確実にダンケルクに包囲が起きます。史実では、攻撃をせず、30万もの連合正規軍をイギリス本土に逃してしまいました。此度の作戦では、そのような失態は決して起こしてはならないと考えています」
ここまで自分が話し終えた時、ルントシュテットが首を突っ込んできた。何やら、言いたげな表情だ。
「ラインベルガーよ、君の作戦はあまりにもリスクが高すぎないか」
「と、言いますと?」
「君の言う、史実の記憶は不確かだ。君からすれば確実なのだろうが、私からすれば、占いのそれと似ている。ダンケルクに本当に30万もの大軍が包囲されるかも不明だ」
「確かに、それが正しい考えでしょう。私の記憶に間違いがあるかもしれない、それはそうです。しかし、今回の作戦は120%大成功を収めると確信しています」
ゲーリング国家元帥のような言い回しをしてみた。さぁ、どうでる?
「...ふむ。では、君の予測が一つでも外れたら?」
「それについては断言しかねます。戦場は生き物と同じです、動き続けます。予測できるのは、優秀な指揮官の証です。私の言っているのは、大局の流れです。戦術規模の動きについては、断言しかねます。しかし、大局の流れ、つまり、ダンケルクに包囲網ができる、とある一点の場所において、敵から大規模な反撃をもらう、その後の流れならば、断言します」
「ならば、こうしよう。大局の流れが一つでも間違いがあれば、君は軍をやめたまえ」
出席している全員がざわつく。総統は特に動きはない、静観している。ラインベルガーがどう答えるか、その一点を気にしているようだ。
「いいでしょう。その賭け、乗ります。ただし、ルントシュテット閣下、作戦中は私からの要望およびグーデリアン閣下からの要請などは、必ず、即答してください。そして、そちらがどんな状況だろうと、確実に実行してください」
「よかろう。私もプロイセンの軍人だ。約束は必ず守る」
「では、お互いの賭け金は五分五分ということで」
会議を終えたその日の夜、グーデリアン閣下とレストランで食事を共にした。
流石にドイツのレストラン、マジでワインが美味い。
転生してくる前はワインは苦手だったが...これ、病みつきになりそうだ。
食事中の話題は、次第に重要なものへ移っていく。
「いやはや、会議中での、国防軍で一番年上相手の大立ち回り、とても面白かったよ」
「お褒めの言葉として受け取っておきます」
「しかし、なんだ。君は相当自信があるようだね。フランス相手に圧勝するという点で」
「えぇ、裏打ちされた自信です。確実なものですよ」
「君の作戦の一部だが、やはり補給がネックか?」
「そうですね...将来的に考えても、我が軍の補給体制は改善すべきでしょう。今回の場合、交通の要所はある程度整備されているため問題はさほどないでしょうが、例の東の赤い国相手はそうはいかないでしょう」
「...ソビエトか?まさか、ソビエトと殴り合いになると?」
「はい、間違いなく」
「いつだね?」
手持ちのメモ帳に日時を書いて閣下に渡す、1941年6月22日。
「ふむ、なるほど。君の情報なら確実だろうな。しかしだ、ますます敗北する理由に納得してきた」
メモ帳を返しながら、グーデリアン閣下は苦言を呈した。
「はい、現時点で敵対関係にあるのはイギリスとフランスです。そのうち、フランスは今度の作戦で我が国の支配下になりますが、イギリスは健在です。そのような状況でソ連に攻めるのですから、自ら首を絞めるようなもの」
「君がいて良かったよ。君ならば、ドイツの未来を変えることができる」
「お任せください。必ずや、勝利します」
会話は弾んだ。上官に対する愚痴や、ドイツの未来について。
美味い料理と美味い酒、勝利の前祝いだな。
ラインベルガーはロマンを好む性格だ。この状況、最高以外に言葉はない。むしろ、他の言葉は不要だ。
最高、その一言でいい。
ワインを飲みつつ、窓の外を見る。静かで、いい夜だ。
嵐の前の静けさとでも言うのだろうか、この場合は。
最高の夜は続く。
次回「作戦開始」