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第3話 国分咲綾という女

「なあ、私は遊びに行こうって誘ったはずだよな?」


ああ、確かにそうだったな。だからこそこうして日曜の朝から顔を突き合わせているんじゃないか。


「それなのにどうして制服姿で学校にいるんだ、私たちは…。」


ちゃんと来ておいて文句を言うな。それに、どこで遊ぶのかは私に一任されていたはずだぞ。


「だから何度も説明したでしょ。国分さんから練習試合の応援に来て欲しいと頼まれたって。あんたとどこに行こうか悩んでいたところだったし、丁度いいからそれを了承したってだけ。」


…そう。私たちが日曜の朝っぱらからこうして学校に出向いているのは、国分さんが所属しているバスケ部の試合を見学するためであった。その理由については瑠花に説明してやった通り、国分さんからどうしても応援に来てほしいと懇願されたから。ちなみに言うと昼休みにアホ女4人衆から拘束されるという地獄はあの日以降も続いており、今回のお誘いもその折に受けたものである。




「それにしてもお前が部活の応援とはなあ。今夜あたり、季節外れの大雪でも振るんじゃないかね。」


ああ、正直私もそう思うよ。実のところ、最初は国分さんの申し出をきっぱり断ったんだ。そもそもどうして国分さんが私なんぞを誘うのかわからないし、瑠花との先約もあったしな。それでも国分さんは諦めることなくお願いしてくるし、これはどうしたもんかと悩んだ末に考え至ったのが『瑠花を伴ってなら行ってもいい』という結論だった。試合の応援ならそれなりに時間をつぶせるだろうし、何より無駄に身体を動かす必要もない。国分さんの健気な願いに応じつつ、瑠花との約束もきちんと果たせるという我ながら完璧すぎる作戦だったわけだが…。





「八島さん、今日は来てくれてありがとう。……ついでに瑠花も。」



先ほどから文句ばかりを言っている瑠花を適当に宥めていると、試合前の練習を行っていた国分さんが私たちの元へ駆け寄り声を掛けてきた。明らかに不満気な表情をその顔に浮かべながら。



「おい。せっかくこの瑠花様が応援に来てやったって言うのについでとはなんだ、ついでとは。」



な、なあ国分さんよ。別に瑠花の肩を持つわけじゃあないが、さすがにその言い草はどうかと思うぞ。こいつがむかつく奴だというのは激しく同意してやるところだが、面と向かってそういう態度を示せば誰だって不快に思うに決まっている。そもそもお前ら、ついこの前まで別段仲が悪くもなかっただろう。



「…今日はただの練習試合じゃない。対戦相手は去年の県大会…。準々決勝で私たちを破り、全国大会に駒を進めた強豪校。要するに、私たちにとっては因縁深い存在ってわけ。」


瑠花の文句に一切反応せず、何やら熱く語りだした国分さん。そういう熱血話は余所でやってほしいところだが、応援に来た手前とりあえずは真剣に話を聞いてやってるフリをする。まあ練習試合とはいえ勝ってなんぼのもんだ。せいぜい怪我をしない程度に頑張ってくれよ。




「……そ、それでね。もしこの試合に勝てたら八島さんと2人きりで話がしたいんだけど…。だ、駄目かな…?」



駄目だね、面倒くさい。言いたいことがあるならこの場ではっきり言ってくれ。どうしても人に聞かれたくない話なら、私の耳に手を当ててこっそりと語ってくれればそれでいいじゃないか。瑠花は他人の内緒話に耳を傾けるような奴じゃないし、仮に聞いてしまったところでそれを吹聴するような屑でもない。万が一そんなことをしやがったら、こいつをぶん殴った後に連帯責任で私も土下座してやるよ。



「と、とにかく今は試合の応援よろしくね。終わったら改めて声を掛けるからさ。」



どうやって断ろうかと悩んでいると、国分さんは私の返事を待たず足早にチームメイトの元へと戻ってしまった。うーん、こいつは困ったな。試合が終わるまでに何とか穏便に断る方法を考えなければ。いや、そもそも相手チームが勝ってさえくれれば済む話か。そうだな、それが一番手っ取り早い。我が校には申し訳ないが、今日のところは相手チームの応援に勤しむとしよう。




―。




バスケのルールにはてんで疎い私だが、さすがにどちらのチームが勝っているかわからないほど馬鹿じゃあない。試合は現在終盤戦。強豪だというチームを相手に、国分さん要する我が校は圧倒的点差で優位に立っている状況だった。



「ねえ、さすがにちょっと優勢すぎるんじゃない?ひょっとして相手チームのメンバーは全員控えだったり…?」


漫画やアニメだと強豪チームは格下相手にレギュラーを起用しないって展開がお決まりだ。そんでもってチームが不利になってくると満を持して登場し、試合の流れをひっくり返すまでがお約束。


……いや、もちろんそういうのがただのフィクションであることはよくわかっているよ。練習試合だろうと貴重な実戦の場であることには変わりないし、控え選手を試すにしてもレギュラーを誰一人起用しないなんてことは基本的にないはずだ。相手チームの監督が漫画的演出を好む人物だって可能性もミリ単位で残っているが、仮にそうだとしたら真打を登場させるのがあまりに遅すぎる。



「……ただ単にこっちのチームが頑張ってるってだけだろ。特にあいつ……。」



瑠花が視線を送る先。そこには本日チーム最多得点を記録している国分咲綾さんの姿があった。コート上を縦横無尽に駆け巡り、攻撃面だけでなく守備でも多大な貢献をしている国分さん。バスケにあまり詳しくない私の目から見ても今日の彼女がMVP級の活躍であることは明らかだった。その原動力はいったいどこから湧き出てくるのか。まさかとは思うが、私と2人きりで話したいがために張り切っているなんてことはないよな?






ピィーというけたたましい笛の音が試合の終了を告げる。結果は76-24で国分さん率いる我が校の勝利。こちらが決めた得点の4割以上が国分さんによるものという、まさしく破竹の如き活躍であった。1年の頃からエースを張っているとは聞いていたが、その様を生で見せつけられるとさすがに感動を禁じ得ない。まったく、こんなに優れた人をアホ女呼ばわりしていた自分が恥ずかしく思えてならないね。



「…それで?どうするんだよ、この後。」



人がせっかく感動に浸っているというのに、本当に空気が読めない奴だなお前は。どうするもこうするも国分さんとの約束を果たしに行くに決まってるだろうが。正直面倒くさいのは山々だけど、あんな活躍を見せられた後にお断りを入れるのは流石に野暮ってもんだ。まあ、国分さんにとって私との約束は去年の雪辱を果たすついでみたいなものだと思うけど。



とにかく、そういうわけだからどっかその辺で時間をつぶしておいてくれ。お詫びの印にジュース代くらいは出してやるからさ。





―。





「ま、待たせてごめんね。試合後のミーティングが長引いちゃって……。」


試合が終わってから凡そ1時間。誰もいない教室で缶コーヒーを飲みながら黄昏ていると、ユニフォーム姿の国分さんが汗だくになりながら私の元へと駆け寄ってきた。



「別に気にしてないよ。こうやってボーっとしてる時間も私は結構好きだしさ。そんなことより勝利おめでとう。大活躍だったね、国分さん。」



缶コーヒーと一緒に買っておいたスポーツドリンクを手渡しながら、私は国分さんに対して労いの言葉を送る。正直私はスポーツをやるのも見るのもあまり好まないが、頑張っている人の姿に感動を覚えるくらいの心は持ち合わせているんだ。恵まれた存在の活躍を目にしたところで別に僻んだりはしない。私はそんなに狭量な人間じゃあないんだ。


繰り返しになるが本当に見事だったよ、国分さん。



「あ、ありがとう…。その、八島さんが応援してくれたおかげだよ…。」


いや、私は瑠花と駄弁りながら見ていただけだし、そもそも途中まで相手チームの方を応援していたんだが。……なんてことは口が裂けても言わない方がいいな。当たり前だけど。



「それで、2人きりで話したいことっていったい何なの?」



国分さんに対する賞賛の言葉はまだまだ尽きないが、瑠花を待たせているため早々に本題へと移らせてもらう。2人きりでしか話せない話題というモノに若干興味もあったしな。



「えっと…うん、そうだよね……。けど、その前に1つだけ質問させて。前にも聞いたけど、八島さんと瑠花って本当にただの友達なんだよね?」



…またそれか。鈴木さんといい、こいつらはどうしてそんなに私と瑠花の関係性を聞きたがるのかね。そんなことを知ってもお前らには何の益にもならないだろう。第一、これまでさんざ説明を尽くしてやっただろうが。



「何度もいっているけどあいつとはただの腐れ縁…。今日連れてきたのも、他に誘える奴がいなかったっていうつまらない理由だよ。」


この回答でこいつらが納得しないのは十分すぎるほど理解させられてきたが、だからと言って他に説明のしようがないので仕方がない。ひょっとすると小粋なジョークでもかましてれば満足するのではとも思ったが、如何せん私にはそういう才能が皆無でな。真実をありのままに伝えることくらいしか私にはできないんだ。



「……そ、そうなんだ。…えっと。ご、ごめんだけどもう一つだけ聞かせて。八島さんってさ…。その、女の子同士の恋愛についてはどう思う……?」



ふざけんな。質問は一つだけだって言っただろうが。……なんて子供染みた文句を私は言わない。いや、本当は言ってやりたいところだったが、彼女の表情があまりにも真剣だったために悪態染みた言葉を吐くのがどうしても憚られたのだ。



もしかしてこいつあれか?私と瑠花が恋愛関係にあるんじゃないかと疑っているのか?だとしたら見当違いも甚だしいぞ。私は別に女同士の恋慕を否定しないが、何度も述べているように瑠花とは中学からたまたまクラスが同じというだけの腐れ縁でしかない。あいつは恋人どころか親友でもない、単なるクラスメイトAでしかないんだ。まあ、私にあのアホ以外の話し相手が存在しないのも事実だが…。



「人を好きになるのに性別なんて関係ないでしょ。お互いを真剣に想い合えるなら、女同士だろうが別に問題はないと思うけど。」


私は国分さんが妙な勘違いをしているのではと疑いつつ、上手い切り返しも考え付かなかったので一先ずは思ったことを正直に話すことにした。最悪なのはここから「それってやっぱり瑠花が好きってこと?!」みたいな展開になるケースだが、さすがにそこまで飛躍した結論を出すほど国分さんもアホじゃないだろう。



「…そっか。さすがだね、八島さん。あなたのそういうところ、本当に素敵だなって思う……。」


素敵も何も、私は至極当たり前のことを述べただけだぞ。この程度のことで褒められてもちっとも嬉しくないんだが…。いや、待てよ。国分さんは事ある毎に私を魅力的だとか可愛いとか妄言を吐いてくるし、ひょっとすると人に対する評価基準が相当低いのかもしれない。それか、かなり視野が狭いかのどちらかだ。最初はただからかっているだけなのかと思っていたが、そう考えるとなんだかしっくりくる気がする。



「そ、それで本題なんだけど……。」



そういえばすっかり失念していたけど、ここまでのやり取りはまだ本筋じゃないんだったな。あまりにも前置きが長いんで途中からどうでもよくなってた。それにしても2人きりで話したいことか…。まあ、その内容については少なからず気になっていたよ。ただ、出来れば手短に済ませて貰えるとありがたい。これ以上瑠花の奴を一人で待たせておくのは流石に申し訳ないからさ。







「……八島さん、あなたのことが好きです。どうか私とお付き合いしてくれませんか?」





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