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第0話 テーマ作り

人生という遠大な物語において、『自分』という概念はストーリーを動かす主人公であり、展開を紡ぐ作者であり、それを拝謁する読者でもある。



友情と勝利を追い求める熱いドラマがなくとも。智謀と策謀が入り混じった頭脳戦がなくとも。心ときめく恋愛模様がなかったとしても。どんなにつまらない駄作であったとしても、『自分』という存在が物語を構築する中心であることは紛うことなき事実なのだ。


もっとも、大多数の人は退屈でつまらない駄作なんかよりも心躍る壮大で面白い傑作を求めるモノだろう。どうせなら多くの人に認めてもらえる物語を作りたいと思うだろうし、自分自身が読み返した際に納得できる完成度でありたいと願うのは至極当然のこと。だからこそ人は努力する。自らの物語を彩るために試行錯誤を繰り返す。すべては人生という物語を唯一無二の大作へ昇華させるために。だが、そこにはある致命的な落とし穴が存在している。どんなに足掻いたところで覆すことのできない重大な欠陥。作者の力量だけではどうしようもない残酷な運命さだめ



それは物語の主人公たる『自分』の初期設定があらかじめ作者以外の何者かによって決められているということ。生年月日。性別。国籍。家庭環境。容姿。身体的機能。基礎知能。この他にも色々あるだろうが、一先ずはこのあたりで割愛させてもらう。なぜならここで触れるべき問題は、作者が数多くの縛りを課された状態で物語を展開しなければならないという無慈悲にして残酷な現実に他ならないのだから。



もちろんどんなに過酷な境遇からで成功を収め、大作足りうる物語を書き上げていった先駆者が数多く存在することも重々承知している。そうした偉大なる大作家様たちからしてみれば、初期設定などという戯言は昨今流行の親ガチャが如く努力しないための言い訳にしか聞こえないことだろう。



それでも敢えて言わせていただきたい。人生の物語を彩るうえで最も重要なのは、やはり基盤となる初期設定にあるのだと。先生方が傑作物語を書き上げられたのは、それを成し得るだけのポテンシャルを有していただけに過ぎないのだと。


努力できるのもまた立派な才能だ。要領がいいのも生まれ持った気質だ。運を味方につけるのも万人には得難き実力だ。創作上の主人公が落ちこぼれから成功を収めるのと同じ。サクセスストーリーを描く物語は最初からハッピーエンドに至ることが約束されており、反対にバッドエンドの物語もまたそうなることが既定路線となっている。いや、バッドエンドだろうと明確なオチがあるならまだましな方で、大半の人はオチどころか中身がスカスカの駄作しか書き上げることができないのだ。初期設定という、呪いのごとき制約を課せられているがために。






―とまあここまで長々と語ってきたが、これはあくまでも私という惨めな底辺作家の抱くつまらない持論にすぎない。傑作物語の主人公になれないことを悲観した哀れな女子高生のくだらない妄言でしかないのだ。


自分のことを平凡な高校生だなんだと語る才能溢れた創作上の主人公たちとは違う。学力も運動神経にも優れているとは言えず、人並み外れた運も努力する気概も持ち合わせていない。裕福な家庭に生まれたわけでもなければ、著しく困窮した家庭で育ったわけでもない。容姿も平凡で人に好かれる愛嬌も存在しない。何かに熱中できる情熱も興味を惹かれることも一切ない。唯一ゆいいつ平凡でないところをあげるとすれば、こんな思考を内に秘めている『痛い女』という属性くらいだろうか。そんな、どうしようもない底辺作家が紡ぐ益のない与太話。それが、八島希美が紡いできた16年にも及ぶ人生の物語なのだ。



……しかし、だ。自称底辺作家にして『痛い女』の私でも、人生という物語を完全に諦めている訳ではない。ここまで私が書き進めてきた16年にも亘るストーリーは、これから先も続いていくであろう長い物語の序盤でしかないのだ。私の物語が駄作であるかどうかは作品が完結する最後の瞬間までわからないだろう……と私は淡い望みを抱いている。傑作とまではいかなくとも、せめて人に読ませて恥ずかしくない程度の出来にはしたいなと常々願っているのだ。



だが、それにはまず決めておかねばならないことがある。それは物語の主題、すなわちテーマだ。初期設定と双璧を成す要素でありながら、作者がある程度自由に取り決めることができる物語の重要基盤。テーマとは果たすべき目標であり、注力している趣味であり、主人公を取り巻く人間関係。より具体的な例を挙げるなら、大会の優勝を目指して部活動に励む熱血ストーリー。或いは将来の夢を実現させるために努力する成長物語。想い人と結ばれるべく奮闘したり交際後のイチャコラを描いたりするラブコメ。好きなことに全力で打ち込んだり、友人と過ごす時間を大切にするというのもまた立派なテーマと成り得るだろう。



比喩などではない文字通りの創作物語であれば、こういったテーマは話を書き始めるより前に決めておくのが一般的だ。しかし、こと人生という物語においては話が進んでいく中で主人公自らがテーマを見出していかなければならない。自らの人生を価値あるものへ昇華するために。重厚な中身に彩られた唯一無二の大作を書き上げるために。初期設定を変えようがない以上、自らのテーマを何にするかが人生という物語をより良いものにする上で最も重要な要素であるといっても過言ではないのだ。





……では、改めて話を整理しよう。私が紡いできた16年にも及ぶ物語は現状駄作としか言いようのない残念な出来となっている。それはなぜなのかと言えば、偏に物語の基盤となるテーマが存在しなかったためだ。何度も自分を卑下したくはないが、私は秀でた才能も面白い要素も存在しない凡人中の凡人だ。成功を約束されていない、呪われた初期設定を背負っているのは覆しようのない事実なのだ。加えて私は何か一つのことに打ち込む情熱も持ち合わせておらず、趣味と呼べるようなものさえ一つもない。こんな、どうしようもなくつまらない主人公にふさわしいテーマは果たして存在するのだろうか。



まず、熱血ストーリーは確実に却下だ。そもそも私は身体を動かすのが死ぬほど嫌いだし、暑苦しい人も展開もまっぴらごめんだ。では、将来の目標に向けて取り組むサクセスストーリはどうかというと、これまた微妙なところだと言わざるを得ない。将来の夢というモノを持ち合わせていないのもそうだし、これから見つけようにもその取っ掛かりにさえ全く心当たりがない。完全に却下とまでは言わないが、今のところは保留という判断を下すしかないだろう。似たような理由で好きなことに注力する展開もなしだ。



それではラブコメ的なテーマはどうだろう。これもやはりなし……とは言い切れないかもしれない。先に述べた通り、私には優れた容姿も人を惹きつける魅力も存在しない。それでも、ラブストーリーを展開するうえで最低限の要素を今の私は持ち合わせているのではないか。なぜなら、今の私は誰もが羨む『花の女子高生』なのだから。



若さとは大人になってからでは取り戻せない期間限定の最強武器だ。全人類に等しく与えられる神からの救済だ。私の容姿は平凡もいいところだが、別に醜悪というほどではないはずだ。人を惹きつける魅力も愛すべき個性も存在しないが、対話不能のコミュ障というわけでもないと思う。そう、私は凡人なだけでであって、著しく劣った存在ではないのだ。だからこそ私は思う。『女子高生』というバフのかかった今なら、こんな私にもチャンスがあるのではないかと。ラブコメ主人公になりうる可能性を今の私は持ち合わせているのではなかろうかと。恋愛というテーマによって、彩り豊かな物語を紡げるのではないかとさ。




……いや、やはりダメだ。私は致命的な欠陥を見落としていた。八島希美という主人公は残念ながらラブストーリーを描ける舞台に立っていない。容姿とか性格とか以前の問題。本当に馬鹿だとしか言いようがない。私の通う高校は校内での恋愛模様がほとんど存在しない特異な場所。同年代の学友に同性しか存在しない異質な空間。



自分が女子校通いであったという事実を私はすっかりと失念していた。




あれもダメ、これもダメ。結局私は人生のテーマを見つけられず終い。


…まあ別にいいさ。時間はまだたっぷりとある。先に述べた通り人生という物語は話を進めていく中でテーマを見つけていくものなのだ。高校生の内からそれが存在する奴の方が少数派。大人になっても自分が何のために生きているのかわからない人間だって大勢いるし、最後の最後までテーマを定めることができずに終幕を迎える者だっている。そういう意味では若い私などまだまだ恵まれている方だろう。せいぜいこれからも考え、そして紡いでいくとするよ。



八坂希美の物語を……さ。


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