第2章 学校という社会
学校から少し離れた駅構内にある駐輪場に、車両を止め
辺りを見回した。同じ生徒がいないか確認が出来たら
徒歩、約10分程の学校に向かって歩きだす。
どうしでこんな面倒な事をしているかというと、簡単な話
オートバイ通勤を禁止されてるからだ。おまけに同じ生徒
に目撃されてチクられた場合、停学はまだマシとして最悪
、没収までされたらタマったもんじゃない。
風を切って走るのは癒しの一つでもあるので、誰の目に
触れぬよう慎重に登校している。
ぼんやりと面倒な考えが浮かびながらも学校までの道中、
右手にある真鍮色で約4cm程の金属製の物体を見た。
このアイテムは『覚醒』と呼ばれている。
便宜上そう言われてるだけで正式名称はわからない。
親方(神代 劉星の事)の関連会社が所有する年代測定器
をもってしても計測不能で、おまけにこいつには有機物
としての側面もあるって話だ。
劉星の説明によると、オーパーツの可能性もあるかも
しれないと。しかも同じモノが複数もあり、世界中の
至る所で発見されたそうだ。一体、何の目的で存在して
いるかは、彼ら独自の調査である程度分かっているが、
まだ確証があるわけではないらしい。
再び、手のひらに収まっている物体を見つめる。
これを見る度に、握り潰して粉々にしたい衝動に
駆られてくる。だが無駄だとわかっていた。
問題は内に宿った力も関係しているから、破壊出来ない
のは自身が一番よくわかっている。
程なくして学校の外観が見えてきた。
N学園高等学校、全日制課程の普通科が設置されている
進学校で男女共にブレザー制服を採用している。
最近だとPCを使った授業も取り入れるようになった。
正直に言って、学業にはほぼ興味はない。
それよりも学ぶべきは、常に社会の中にしかないと思って
いる。まぁ一個人の考えにすぎないが。
通学しているのは、あくまで居候先に義理を建てているに
過ぎない。校門付近に差し掛かった辺りで、反対側から
自転車に乗った陽斗と摩璃子に鉢合わせをしてしまう。
「あれれ、あっ君何で?私達より早く出たのに?」
彼女は会うなり疑問を投げ掛けてくる。
「まぁ、その・・途中寄り道してた」
「どこに行ってたの?」
能天気に陽斗が聞いてきたが、構わず校舎に向かって
歩く。そうしなければ、面倒な事態が起きるとわかって
いたので自然と早歩きになっていた。
ふと後ろを振り向くと、2人を中心にあっという間に
人だかりが出来上がったのを見て軽く引いてしまう。
俺は目立つとか、人に囲まれることは避けている。否、
嫌っていたが例外的に、とある振る舞いで目立つように
している。かなり主義に反するがそれをやっていないと、
とてもじゃないがクラスの連中が正気を保っちゃいられ
ない。そんな面倒な考えが浮かびながらも校舎に入る。
幸いなことに陽斗、摩璃子とは、クラスが違っていて
かなりホッとしていた。しばらくすると教室が見えてきて
中に入ろうとした直後、廊下から歩いてきた男が笑顔で
挨拶をしてくる。
「おはよう、神条君」
「よ、よぉ」
目の前にいる男は高島 知樹。
4月の進級と同時に転校してきた。
父親の仕事の都合で引っ越して来て母親、妹の4人で
マンション暮らしをしている。
「相変わらず君の友達は人気者だよねぇ」
「まぁな。だが、あいつらと一緒にいると疲れる。
学校にいる間は特にな」
そろって席に座った直後、案の定あの2人やって来た。
「チョット、僕達を無視して先に行っちゃうなんて
酷くない?」
「そうよ~。高校生になって殆ど一緒に登校
してないしぃ~~」
こいつらは何かにつけて俺から離れようとはしない。
只、とある事情を抱えているから、わからないでもない。
問題は追っかけまで連れてくるから厄介なんだ。
「お邪魔しちゃ悪いと思ってな」
「別に関係無いよ。なぁ摩璃ちゃん」
「陽君の言うとおり。高校入ってからほぼ1人で
学校行くようになってどうしちゃったの?」
「別にそんなことはどうでもいいだろ。それよりも」
顎で高島に挨拶するように促して、慌ててそれに習う。
「あっ、おはよう高島君ごめんねぇ。
いつもあっ君が迷惑かけて」
「そうなんだよ。あっ君は僕達がフォローしないと
すぐ問題起こすんだ。だから宜しく頼むよ」
「いや、その・・・どちらか言えばこっちが
お世話になってるから」
本人は苦笑いを浮かべながら、余りの押しに
タジタジになっている。
「あのなぁ、さっきから黙って聞いてりゃ
勝手なことばっかり言いやがって」
実際はトラブルが、向こうからやって来るっていうのが
正しい。それどころか昔は、何も対処出来ない文字どうり
無力な子羊、いやそれ以下だった。2人には随分フォロー
してもらった過去があるので、言っている事は間違っては
いないが。・・ほんの一瞬、昔の怯えた姿が脳裏に蘇る。
「うん?神条君どうかした?」
「い、いや何でもない。それよりもお前ら早く
自分達のクラスに戻ってくれ」
高島の一声で正気を取り戻すと、朝っぱらから騒がしい
こいつらに、早く帰ってもらうよう促す。
事実、教室の前は既に人だかりが出来ていたからだ。
この厄介な幼馴染み達は、よくある人気者に共通する
見た目や性格に人望だけではなく、芸能事務所からの
スカウトの経験も多数あるという。傍から見たら、
幸運が勝手に付いてくるようにも思える。
反対にこっちは、見た目も体格も極めて平均的でもてる
要素すらない。だが、それで良いと思っている。
それに目立つということは好ましい事ばっかりじゃない。
裏を返せば不特定多数の視線にさらされ、誰かの嫉妬に
出くわすといったことに繋がることも知ってるからだ。
その辺も実体験と、趣味である読書から学んだ。
だがもっと言えば朝は静かに過ごしたい。窓際の一番後ろ
席から、見える風景をぼんやりと眺めてたい。
オートバイを運転して、自身に起きてる現実を忘れたいと
無意識に考えが浮かんでくる。
【キ~ンコ~ン カ~ンコ~ン】
思考を遮る形で一時間目の授業を告げる
チャイムが鳴り響く。
「もうそんな時間か、しょうがない陽君行こう」
「そうだねわかった。あっ君今度こそ放課後は
一緒に帰ろう。約束したからね」
(は~~あぁ~~)
あいつらは俺がオートバイを、所有しているって事をまだ
知らない。当分の間は、話すつもりないので当然ながら
無視して帰る。それに校内の大部分が、俺達の間柄を熟知
していて仮にもし通学にも使っているとバレたら、ほぼ
全校生徒に知れ渡る可能性すらある。
(黙ってられないというか、揃って口が軽いからな~~)
廊下に居た人だかりも徐々にいなくなり、ようやく静かに
なり始めたと思っていたら、教師とほぼ同時に入ってきた
同級生の女の子が、こっちに向かってくる。
三苫 玲菜だ。今日は一段と不機嫌な表情をしていた。
「おはよう! ねぇ神条、朝は静かに過ごしたい人もいる
と思うの。あの2人にこのクラスに来るのは、控えめに
して欲しいって説明してくれない」
「頼むから、あいつらに言ってくれ」
「でも幼馴染みなんでしょ。毎日騒がしいのは
どうかと思うの」
まぁ、言っていることはごもっともだが。あの廊下に、
溢れる大勢の人数を見てるとウンザリする。
あれだけゾロゾロと引き連れて来ると、流石に
どうすることはできない。
「心配するなって。俺達は今年で卒業だ」
一瞬、彼女はなにか言いたげだったが珍しく黙っている。
思えば三苫とは出会った頃と比べて随分と変わった。
一年の時からだが、今よりもかなり大人しかった。俺と
関わるようになってからは口うるさい時もあれば、妙に
大人びた時もあるといった具合に、かなり感情の起伏が
激しい部分もある。
唯一変わらないといえば150cm台の身長だけで、本人は
もっと背が欲しいと嘆いている。前は内に籠りがちな
部分があったが、大分明るくなった。あの頃の彼女は、
黒縁メガネにロングヘアーの大人しい存在で、休憩中は
ノートを広げて一心不乱に何かを書いていた。
今は、雰囲気が変わりショートカットヘアーで髪色は、
光が当たってやっと茶色がわかるぐらいだ。眼鏡も
外してコンタクトに変えていた。休み時間にやっていた
行動はもうやらなくなったが、そのことを訪ねても一切
答えようとはしない。ふとそんな昔を思い出しながら、
一時間目の授業は仮眠するため、机に突っ伏して眠りに
つく態勢をとる。
「あっ、神条君ちょっと」
「相変わらず朝一は寝ちゃうのね」
前の席に座る彼らからの突っ込みが入ってくる。
「ただの仮眠だ。7時間の睡眠は俺にとって
必須だからな」
うつ伏せに寝たまま呟く。
実際に毎朝、新聞配達のバイトが終わって稽古してる身と
しては、可能な限り少しでも休みたい。
その上、昨晩は闘っていたからな。
人間である以上、完璧じゃ・・・・・・・
ここは学校の屋上?なぜ、いつの間に?
そうかこれは夢、明晰夢か。確か自身が自覚している状態
で見る夢だ。校舎の屋上で男達に囲まれ殴る、蹴るの暴行
を受けながら顔から血を流し涙も流していた。
哀れで惨めな過去の俺だ。
授業終了を告げるチャイムで、身を震わせるように
目が覚めた。
「クソっ!!」
突っ伏した状態で、叫びながら右拳を振り下ろしていた。
起き上がった瞬間よだれが机に付着し、おまけに
破壊した痕跡がはっきりと残っている。
(やっちまったよ)
国語担当兼このクラスの担任でもある大河内が、
怯えた表情でこっちを見ている。
寝ぼけていたとはいえ、拳がめり込むほど叩きつけて
しまうとは。だが原型を留めているだけマシか。
「し、神条・・ど、どうかした・・・ 」
「うるせぇ、黙ってろ!!」
しゃべっている途中で怒鳴ったせいか、大河内はビビって
すぐさまホワイトボードに向き直した。つられて他の連中
も同様の行動をしている。
(相変わらずムカつく野郎だ)
見た目は典型的な50半ばで、白髪混じりのバーコードハゲ
でどうしようもないクソヤロウだってことを知っている。
再び、机の状態を確認してみたが他は異常はなさそうだ。
危うく、もう少しで破壊しそうになった。
「うなされてたけど大丈夫?」
「あ、ああいつの間にか完全に眠ってたみたいだな」
高島に心配されながらふと、はめている青いゴム手袋に
目が入った。他の奴らと違って普段通りだ。
ここにいる連中で、このクラスメイトだけが本当の俺の
正体を知っている。理由はある特殊能力のせいだ。
反対に三苫だけ殆ど何も知らない。
その彼女が鋭く突っ込みを入れる。
「あ、相変わらず物凄い力ね。拳の痕が
くっきりと出来てるなんて」
「本気を出したら粉々になる」
声が聞こえたのだろう。皆があからさまにビクつている。
「えっ!?」
「冗談だよ」
マジだ・・・とは言えず笑いながら肩を軽く叩いたが
三苫は予想以上に固まっていた。
(マズイな)
もうこれから仮眠をとるのは、どこか別の場所にしよう。
学校を退学で済めばまだマシ。下手をするとマスコミ
どころか奴らに居場所がバレてしまう。
それだけはなんとしても避けなければいけない。
(無関係な人間を巻き込んだり、騒ぎを大きくする
わけにはいかねぇからな)
「その・・・・悪かったな騒がせてしまって」
謝罪を聞いた教室内にいる全員が固まっている。
まさか謝るとは思ってなかったのだろう。
皆あっけにとられてるようだ。
「まぁ、何事もなくて良かったよ」
高島が先頭きって発言してくれたおかげで、多少はクラス
全体も和やかにはなかった。と、いきなり三苫が右手を
両手でガッツリ掴み怪我がないか調べ始めた。
「本当になんともないの?」
「なんともねぇ~よ」
握られた手をさりげなくふりほどきながら、さっき高島に
頼んでいた例の件を実行に移してもらった。
「ほ、本当にやるの?」
「ああ、やってくれ頼む」
恥ずかしながら、ある施しをする。しばらくして準備が
完了したようだ。そして机の上に立ち上がると制服の
シャツをおもむろに開き頭を覆って、腹筋部分が
剥き出し状態になる。
黒マジックで書いてもらったひょっとこが現れた。
周りがどうしたのかと思ったのか、俺のふざけた踊りを
見た瞬間に爆笑が巻き起こった。
「よっ、ほっ、とぉ」
腹筋をよじらせながら踊っていると、あり得ない表情に
変化したお陰なのかはわからなかったが、更なる
爆笑の渦を巻き起こしている。
「「「あ~ははははは」」」
当たりを見渡すと涙を流している奴らもいた。
多少は成功してると思ったが、高島と三苫にいたっては、
こっちを見上げたまま、自分達の席に座った状態で
固まっている。
どうやら普段の姿からは、想像すらしなかったのかも
しれない。偶々、目に付いた廊下寄りの席には、夢にも
現れたヤンキー風で3人の男達もいる。笑ってない生徒
同様、予定外の行動に戸惑っているようだった。
コイツらはちょっとした問題児だったが、とある事件が
きっかけで黙らせてやった。今じゃ借りてきた置物の
ように大人しくなっている。
だが、昔の名残か意地かまではわからないが、髪型だけは
しっかりと『いかついまま』だ。もっと周りを見渡すと
こっちを注目したまま苦笑いしてる奴もいる。
そう、この行動こそが敢えて目立っている理由だ。
事の発端は入学当初、俺が起こした
とある問題行動のせいだ。
以降は、先程の悪い意味で騒がせた場合、こういった立ち
振る舞いで誤魔化すようになった。
笑わせていれば、この身に宿ったふざけた力の
カモフラージュにもなる。これはその為の対策だ。
全くいつになったら、抱えている柵からの卒業が出来る
んだろうと注目されながら考えていた。学校社会という
やつは、やっぱり苦手だしそもそも団体行動が駄目だ。
仮に何処かの企業に就職したとしても、それは変わらない
のは容易に想像出来る。それにこの学校には、手本となる
大人がほとんどいない。大河内も含めてだ。その担任も
いつの間にか、消えてしまっている。あいつに対して
は生理的に苦手もあるが、ほとんどの奴らが授業を聞いて
いないし、俺と同様に居眠りしてる奴もいるぐらいだ。
おまけに授業途中で、体調崩して早退するを何度も繰り
返すなど教師として不向き以前の行動しかとっていない。
だがその原因を造ったのは、実は他でもない俺自身だがら
一概には責められない。
あんな教師だけではなく、やる気を削ぐような人間とは
年齢性別に関係なく一切関わってはいけないのも、
これまでの経験で学んだ。
(おっとマズイ)
そろそろ例の件に取り掛からないといけない。
少し焦って身支度を始めた。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
次回も早期投稿を心掛けて頑張ります。