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明日になれば君は  作者: 仁科 すばる
7/24

君の幸せ02

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 暑い。


 夏が近寄る気配を感じる。寝苦しさを感じて目を覚ました。壁に掛けられた時計は深夜一時を指している。まだに眠りについてから、二時間程度しか経過していないにもかかわらず、とても長い夢を見ていた気がする。疲労がたまっている。悪夢というのは、時間の経過すらも無視してしまうものなのだろうか。


 気分は最悪だが、空腹が気になる。とりあえず、何かお腹に入れよう。そう思い立って、部屋のドアを開けた。


「立秋、どうした? 顔色が良くないぞ」

 父がちょうど向かいの部屋から出てきた。仕事をしていたのだろうか。普段はかけていない黒縁の眼鏡を身に着けている。


「大丈夫。変な夢を見て目が覚めただけ。お腹が減ったから、キッチンで何か少しだけつまんで来ようと思って」


 父は「そうか」と言って、自分の部屋の中へと戻っていった。「夢を見た」そう俺は口にしたが、違和感が口の中に残る。あれは果たして本当に夢だったのだろうか。夢にしてはやけに感覚がリアルであったように感じる。


 繋いでいた彼女の手が衝撃と共に消えた感触は、経験したことがないにもかかわらず、鮮明に残っている。夢と現実を混同してしまっているのだろうか。こんなにも現実と夢の境は曖昧なものなのだろうか。考えていると混乱はますます深まってしまった。


 冷蔵庫には昨日の夕飯の残りの焼きそばが少量残っていた。深夜の焼きそばほど背徳的な食べ物はないなと一気に掻きこむ。ソースの香りがさらに空腹感を掻き立てるが、冷蔵庫にはそれ以上つまめるものは残されていなかった。


 つい先ほど夕飯を食べたばかりだと言うのに、綺麗に平らげてしまった皿を見て、この焼きそばは明日の弁当用に残されていたものだったのではないかと思い立った。用意していたはずの弁当の具材を失って、母が困る様子が脳裏に浮かんできて罪悪感が生じる。

 

 今日は少し早めに家を出て、念のため芹那を迎えに行こう。生きていることを確認したい気持ちとお弁当をごまかすために、そう決意した。



 いつもより家をはやく出たおかげで、弁当をごまかすことには見事成功していた。

 芹那の家は学校をはさんで反対側にある。徒歩で行けば四十分くらいだろうか。芹那が普段学校に来る時間から逆算をして、家を出る時間を調整した。万が一にでもすれ違うことがないように、予想よりも十五分早く着くように考えた。


 芹那の家は住宅街にある。小さな子供が学校に行く準備をする声や、どこかの家の味噌汁の匂いがする。生活感が嗅覚に訴えかけてきて、いつか俺も芹那と暮らすのだろうかと想像する。自然と将来に思いをはせている自分がいることに気が付き、誰にも見られていないはずなのに、周囲を確認してしまった。


 芹那との生活を考えている四十分間はあっという間だった。芹那の家からすぐの曲がり角で、身だしなみを整える。


 ガチャリと玄関の扉を開ける音が聞こえた。家を出てくるのが芹那ではなく、父親や母親だったらと緊張感で体がこわばる。しかし、出てきたのは見慣れた少女だった。

 

 他のクラスメイトよりの少し容姿の整った俺の恋人。誰にでも優しくて、心配性な俺の最愛の人。

 

 ホワイトデーに一世一代の告白をして快諾をもらえた時には、柄にもなく小さなガッツポーズをしてしまったほどだ。彼女を守ることが出来るのであれば、俺は悪魔にだって死神にだって迷わずこの魂をささげるだろう。


「おはよう」

 

 俺の顔を見た芹那は、驚いた表情を見せた。無理はない。普段の俺は恥ずかしさから登下校は共にしないと言っていた。嫌だっただろうかと不安になったが、芹那の表情が幸せそうにほころんだのを見て、安心した。

 

 昨日の夢で失ってしまった小さな手の感触を確かめるように握りしめる。しっかりとした体温を感じることができ、生きていることを認識する。良かった、やはり夢の中の出来事だった。そう安心して、眠気が襲ってきた。しかし、その安堵も一瞬で奪い去られてしまった。



「今日の夢、すごくリアルで怖かったの。交通事故にあうんだよ、しかもすごく体痛いし、縁起悪いよね」


  ついこの間、一緒に購入したボディソープの香りが鼻孔をくすぐる。しかし、アンバランスなほど彼女の言葉が機械的な冷たさを持ったものに聞こえた。

 

 梅雨が明けて、気温は急上昇を続けている。今日にいたっては、雲一つない快晴だ。ひりひりと皮膚が焼けていくのを感じる。それなのに、体は急速冷凍されたように冷たく凍えていた。


 そこから、芹那と何を話して登校したのかは覚えていない。正確には、芹那の話は昨日とほとんど同じもので聞かなくても知っていた。見にいきたい映画の話や漫画の新刊が発売されること、覚えている限りの会話は同様に繰り返された。


 やはり、何かが可笑しい。こんなにも夢と合致してもいいものなのだろうか。本能が警鐘を鳴らしている。それでも、無力な俺は握りしめた芹那の手だけを見つめていた。

 

 気が付けば、ごった返す教室の前だった。前方から、芹那の親友の視線を感じる。表情が冷やかしに行くぞと告げている。絡まれる前に退散しなければ。俺は「帰りも一緒に帰るぞ」そんなセリフを並べた。


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