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明日になれば君は  作者: 仁科 すばる
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わたしの幸せ05

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 教室に入ると、親友である波留が飛びついてくる。


 私よりも少しだけ低い身長と人懐っこい性格から、つい守ってあげたくなるような容姿をしている。その反面で、彼女が長女ということもあってか、意外と面倒見の良いタイプの人間だった。


「今日は珍しくお熱いねぇ」と冷やかしてくるが、私も実際まんざらでもなかったため、表情がほころんだ。先日、登下校は別なんだと愚痴を漏らしたためか、波留は自分の事のように喜んでくれた。

 

 ひとしきり立秋の話で盛り上がり、雲一つない空を見上げながら「明日は雨だね」と二人で笑いあった。


 今日はとても幸せな日だな。そんな風に幸福を噛みしめる一方で、幸せすぎる現状に不安を感じることもある。今日が幸せすぎると明日は不幸が訪れるのではないかとそんな風に思ってしまうからだ。


 いつもと変わらない退屈な授業を、ぼんやりと聞き流す。雲一つない空を見つめながら、新緑の香りを感じる。担任の教師は、今日も来年は受験生だからなんていう定型文を何度も繰り返す。そのうち、熱が入りすぎて説教になっていく。変わらない。何も変わらない。昨日も今日も、明日もきっと変わらない。


 終礼を終えると、辺りは部活動に向かう生徒でにぎわっていた。波留が髪の毛を編み込んであげると言って、私を席に座らせる。今朝の夢でもこんなシーンを見たなあ。なんて考えていると、立秋が教室の扉を勢いよく開けた。


「悪い、芹那。罰掃除させられることになった。少し帰りが遅くなるから、待っててくれ」


 いつもならば先に帰るように促すであろう彼が、待っててくれと言ってくれたことが嬉しかった。


 なるべく早く伝えようと思ってくれたのか、教室に入ってきた彼の息は切れていた。真面目な彼が授業を聞いていなかったという事実が意外で、珍しくて、とても可愛らしいと思えた。そんなこと伝えたら、「馬鹿」と言われることが目に見えているから、伝えることは出来ないが。

 それでも、彼の一挙一動が自分の感情の全てを揺さぶっている感覚が愛おしかった。



 結局、私も手伝うことにして、彼の教室に向かった。いくら同じ学年の教室とはいえ、自分のクラス以外に入ることは緊張する。

 各クラスがそれぞれに独特な雰囲気を持っているだろう。荷物の雰囲気や席の配置。教室はそんな日々の日常を連想させるのだろうか。ここで立秋は普段、どんな風に授業を聞いているのか。脳内で空想を繰り広げ、くすぐったい気持ちに浸っていた。



「何の授業で話聞いてなかったの」

「数学」

「珍しいね。」

「少し。いや、かなり真剣に考え事をしてた」

「授業を聞いてなかった人とは思えないほど、まじめに掃除するんだね」


 そんななんてことない会話を繰り広げながら、一時間くらいは掃除をしていたのではないだろうか。少しだけ茜色に染まり始めたグラウンドには、部活動に励む生徒が見えた。彼らの真剣な横顔が茜色に照らされて、キラキラと輝く。人が最も輝いて見えるのは、この夕暮れの時間だなと心底感じていた。目の前の立秋も茜色に照らされていた。その瞳には優しさがこもっていた。


「俺、先生の所に連絡してくるわ」


 時計を確認して、立秋は職員室に駆けていった。

 

 立秋が居なくなった教室は、急に強い孤独感を放ち始める。いつもの賑わいを知っているからこそ、一人きりになった教室は孤独を感じるのだろうか。

 

 一人という状況に対して孤独を感じるのではなく、普段みんなとすごす教室に一人ということが孤独なのだ。実際に、自室や普段一人で通る道のりに孤独は感じない。

 

 そんな孤独を感じ始めると、途端に恐怖が顔を出し始める。嫌な汗が背中を伝う。とにかく、この教室をでなければという警告が脳裏に浮かぶ。

 荷物を持って、立秋の向かった職員室まで行こう。そう思い立って、教室を出た。


 今いる教室から三クラス分先の階段を下れば、すぐに職員室にたどり着く。時間にして二分もかからないだろう。吹奏楽部が楽器の運搬を始めたのだろうか。一つ上の階から楽器を運ぶ音が聞こえてくる。同じ校舎内に人がいる、そう思うと緊張の糸が緩んだ。


 少し落ち着きを取り戻して、階段を一歩踏み出す。浮遊感と段差に背中がぶつかる強い衝撃を感じる。落ちる。


――そう感じた時には、もう体は階段の踊り場に衝突していたのだろう。たまたま目撃してしまってあろう吹奏楽部員が悲鳴を上げる。遠くで立秋が何かを言っている声が聞こえた気がした



 薄れゆく意識の中で、やっぱり人生はプラスマイナスゼロになるようにできているんだな、なんてことを考えていた。


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