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明日になれば君は  作者: 仁科 すばる
22/24

俺たちの幸せ05

コメント・ブクマお待ちしております!!!

 自分の教室にたどり着いた時には、遅刻寸前だった。席につくと、高橋が仁王立ちで立ちふさがる。


「立秋。お前、変なこと考えてねぇだろうな」

 肩を掴む手が食い込んで地味に痛い。はやまるなと口にはしないが、全身で訴えかけてきていた。


 高橋は昔から、変なところで鋭いのだ。それでいて周囲よりも少しばかり情に厚い。そういうところが人に好かれるんだろう。俺も、高橋のそういうところが嫌いじゃなかった。


 俺がいなくなった時、芹那の隣にいるのは高橋がいいと思う。高橋なら、俺も安心して芹那を頼める。そんなこと、口にはしないけど。


「変なことは何も考えてない。俺にできる最善を尽くすだけだ」

 そう言って、肩をすぼめて見せた。

 高橋は不満げだったが、担任教師が入室してきたことで席についた。



 もう、何度も着た授業をぼんやりと聞き流す。きっと芹那も俺も、この授業の範囲だけは完璧な答案を出せるだろう。寝てばかりの高橋も、普段よりは幾分ましな成績を取るのではないか。波留は、普段から優秀だから問題ないか。


 俺がそのテストを受けることも、みんなの答案を目にすることもないんだろうけど。


 長くてくだらない終礼を終えるチャイムが鳴り響くと同時に、高橋が俺の前に再び立ちふさがった。

 何か言いたげな表情をしていたが、それをぐっと飲みこんだようだ。俺の決意が変わらないことを悟って、諦めたのかもしれない。


「立秋。また明日、また明日な」

 そう言って笑って見せた。

「あぁ、また明日」



「芹那、帰ろうか」

 芹那が教室にいることを確認して、胸をなでおろす。

 波留には何があっても、芹那を教室から出すなと伝えていた。万が一、俺がいないところで事件が起きたら計画の全てが台無しだ。それが、最後の今日の一番の不安要素だっった。


「立秋君、芹那。ちょっと待って」

 波留が呼び止める。

 芹那を見て、俺を見る。視線を交互に動かした後、俺らをぎゅっと抱きしめた。顔をあげた波留は、穏やかな笑顔だった。


「二人とも、また明日」

 そう言って、体を離した




 校舎を出て、芹那の家までの道のりを歩く。しっかりとした足取りで、なるべくゆっくり周囲を確かめながら歩く。

 俺が目指す場所は、最初の事故現場である交差点だ。

 もう少し、もう少しであの交差点だ。運のいいことに、ちょうど信号は赤いランプを点灯させていた。


「ねぇ、芹那。人生はプラスマイナスゼロになるって話覚えてる?」

「うん」

「芹那の人生は今、幸せ?」

「当たり前だよ。立秋君と付き合ってからは、幸せすぎるくらいだよ。だから、これは差異を調整するためのマイナスなんだよ」

 仕方がないよね、と言って笑う。そんな簡単な言葉で片づけられるほど、俺は大人じゃなかった。



「芹那の綺麗な長い髪が好きだ。笑った顔も困った顔も全部好きだ。芹那には一生分の幸せをもらったよ。だから……」

「だから?」

 不安を瞳に宿した芹那の手を強く握る。


「だから、俺の明日は芹那が生きて」

「え……?」


 いつの間にか信号は青を点灯させていた。それにもかかわらず、猛スピードでこちらへ向かってくる車が見える。

 本来ならば、芹那はあの車に轢かれる予定だったのだ。


 握っていた芹那の手を思い切り強く後ろに引く。華奢な芹那の体は、俺が強く引いたことによって、大きく後方によろめいた。


 それを視界の端に確認して、猛スピードの車へと飛び込む。運転手には多少の申し訳なさがあったが、放っておいてもどうせ、芹那を轢くのだ。 男か女か、罪には大した変わりはないだろう。


 父さんが言った。命の数が合わなくなる。それが問題なら、俺が死ねば問題ない。

 幸せの差異が合わなくなるなら、俺が不幸を背負えばいい。


 俺が死んだという出来事が芹那にとって、大きなマイナスになれば差異も合う。


 芹那に明日がくれば、もう俺はどうでもいい。

 芹那が幸せになってくれたらそれでいい。

 その時、そばにいるのは俺じゃなくていい。高橋と波留が居たら、それで十分だ。



 急ブレーキを踏んだことで、アスファルトが焦げた匂いを発する。地面に打ち付けられたのだろうか。自分の体が鈍く痛む。意識が遠のいていくことを、ぼんやりと感じることが出来た。


 それでも、もう巻き戻しはしない。

 芹那に明日がくれば、それでいい。


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