俺たちの幸せ05
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自分の教室にたどり着いた時には、遅刻寸前だった。席につくと、高橋が仁王立ちで立ちふさがる。
「立秋。お前、変なこと考えてねぇだろうな」
肩を掴む手が食い込んで地味に痛い。はやまるなと口にはしないが、全身で訴えかけてきていた。
高橋は昔から、変なところで鋭いのだ。それでいて周囲よりも少しばかり情に厚い。そういうところが人に好かれるんだろう。俺も、高橋のそういうところが嫌いじゃなかった。
俺がいなくなった時、芹那の隣にいるのは高橋がいいと思う。高橋なら、俺も安心して芹那を頼める。そんなこと、口にはしないけど。
「変なことは何も考えてない。俺にできる最善を尽くすだけだ」
そう言って、肩をすぼめて見せた。
高橋は不満げだったが、担任教師が入室してきたことで席についた。
もう、何度も着た授業をぼんやりと聞き流す。きっと芹那も俺も、この授業の範囲だけは完璧な答案を出せるだろう。寝てばかりの高橋も、普段よりは幾分ましな成績を取るのではないか。波留は、普段から優秀だから問題ないか。
俺がそのテストを受けることも、みんなの答案を目にすることもないんだろうけど。
長くてくだらない終礼を終えるチャイムが鳴り響くと同時に、高橋が俺の前に再び立ちふさがった。
何か言いたげな表情をしていたが、それをぐっと飲みこんだようだ。俺の決意が変わらないことを悟って、諦めたのかもしれない。
「立秋。また明日、また明日な」
そう言って笑って見せた。
「あぁ、また明日」
「芹那、帰ろうか」
芹那が教室にいることを確認して、胸をなでおろす。
波留には何があっても、芹那を教室から出すなと伝えていた。万が一、俺がいないところで事件が起きたら計画の全てが台無しだ。それが、最後の今日の一番の不安要素だっった。
「立秋君、芹那。ちょっと待って」
波留が呼び止める。
芹那を見て、俺を見る。視線を交互に動かした後、俺らをぎゅっと抱きしめた。顔をあげた波留は、穏やかな笑顔だった。
「二人とも、また明日」
そう言って、体を離した
校舎を出て、芹那の家までの道のりを歩く。しっかりとした足取りで、なるべくゆっくり周囲を確かめながら歩く。
俺が目指す場所は、最初の事故現場である交差点だ。
もう少し、もう少しであの交差点だ。運のいいことに、ちょうど信号は赤いランプを点灯させていた。
「ねぇ、芹那。人生はプラスマイナスゼロになるって話覚えてる?」
「うん」
「芹那の人生は今、幸せ?」
「当たり前だよ。立秋君と付き合ってからは、幸せすぎるくらいだよ。だから、これは差異を調整するためのマイナスなんだよ」
仕方がないよね、と言って笑う。そんな簡単な言葉で片づけられるほど、俺は大人じゃなかった。
「芹那の綺麗な長い髪が好きだ。笑った顔も困った顔も全部好きだ。芹那には一生分の幸せをもらったよ。だから……」
「だから?」
不安を瞳に宿した芹那の手を強く握る。
「だから、俺の明日は芹那が生きて」
「え……?」
いつの間にか信号は青を点灯させていた。それにもかかわらず、猛スピードでこちらへ向かってくる車が見える。
本来ならば、芹那はあの車に轢かれる予定だったのだ。
握っていた芹那の手を思い切り強く後ろに引く。華奢な芹那の体は、俺が強く引いたことによって、大きく後方によろめいた。
それを視界の端に確認して、猛スピードの車へと飛び込む。運転手には多少の申し訳なさがあったが、放っておいてもどうせ、芹那を轢くのだ。 男か女か、罪には大した変わりはないだろう。
父さんが言った。命の数が合わなくなる。それが問題なら、俺が死ねば問題ない。
幸せの差異が合わなくなるなら、俺が不幸を背負えばいい。
俺が死んだという出来事が芹那にとって、大きなマイナスになれば差異も合う。
芹那に明日がくれば、もう俺はどうでもいい。
芹那が幸せになってくれたらそれでいい。
その時、そばにいるのは俺じゃなくていい。高橋と波留が居たら、それで十分だ。
急ブレーキを踏んだことで、アスファルトが焦げた匂いを発する。地面に打ち付けられたのだろうか。自分の体が鈍く痛む。意識が遠のいていくことを、ぼんやりと感じることが出来た。
それでも、もう巻き戻しはしない。
芹那に明日がくれば、それでいい。




